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4一番苦手な同級生



 ピンポーン。

 ……うるさい。

 ピンポーン。

 ……まだ眠い。

 ピンポピンポピンポーン。

 ……ぶちっと。秋人の中で何かが切れる音がした。

 うちから湧き出る激情に従って、勢い良く布団から飛び出ると、寝癖そのまま、寝巻きもそのまま玄関へと向かう。普段からの死んだ魚のような目は、寝起き+不機嫌のせいでさらに悪化している。だが今の秋人にそんな我が身を振り返るほどの理性はなかった。


(ああ、くそ。どこのどいつだ、こんな朝っぱらからアホみたいに呼び鈴鳴らしやがるのは。クロネコか?サ◯ワか?どっちでもいいクレームつけてやる……)


「はい、今開けます……」


 しかしいくら内心不機嫌でも、いざ扉を開ける瞬間には怒りを収めてしまうのが小心者の秋人だった。

 秋人がゆっくりと扉を開けるとそこにいたのは、見慣れた緑の制服にクロネコマークのお兄さん、ではなく見慣れない黒髪ロング、黒縁メガネの女の子で――


「あっ、こんにちは!今日から隣に引っ越してきた、黒葛原 聖楽(つづらはら せいら)

です!早速ですがご挨拶に伺いまし……た?」

(ん……?つづらはら?どっかで聞いたことあるような......)

「あぁー!ってか、あんた、佐藤じゃない!えーっと、佐藤……なんだっけ?」

「……秋人(あきひと)だ」


 あぁ、思い出した。こいつは去年俺と同じクラスだった女子高生だ。黒葛原つづらはらなんていう珍しい名前だからかすかに記憶に残っていた。


「あーそうそう、秋人だったわね。去年影薄すぎて忘れちゃった」

(ああ、そう……。別に傷つかんけども)


 まぁ名前を覚えられていないのは想定の範囲内だ。問題はそこじゃない。今、目の前のこの女は何と言ったか。これが夢か寝ぼけた頭の妄想なんかじゃない限り、どうやらこいつは今日から隣に住むらしい。


「はぁ、なーんだ、まさか顔見知りとはねー。隣の人から高校生だって聞いたから期待したのに。わざわざ挨拶しちゃって損した気分」

(はいはい、ごめんね?俺なんかで)


 聖楽は落胆した様子でため息と共に露骨ろこつに顔をしかめていたが、「あっ、そうだ」と何か思い出したように呟いて、


「んっ、これ」


 そう言って手に持っていた紙袋を差し出してきた。


「なんだ、これ?」

「あれよ、挨拶回りで持っていく『つまらないやつですが』って奴」

「ああ、くれるのか?ありがとな」


 なんだかんだで手土産はくれるらしい。意外としっかりしているんだな、と聖楽に対する印象を少しだけ修正する。しかし、それを受け取ろうとした瞬間、差し出されていた手がシュっと引っ込んだ。結果、秋人の手は空を切る。


「......は?」

(え?なにそれ、よくあるあれですか、あーんすると見せかけて自分で食べちゃうみたいなやつ。あれ、どんなに好きな人にやられても絶対むかつくよな。やられたことないけど。……で、今、そんな流れだった?)


 戸惑いと苛立ちの混じる抗議の目線で聖楽を見ると、なにやら片手を顎に当てて思案顔だ。


「おーい……?」

「いや、知り合いのあんたに改めて高いお菓子あげる必要あるかなって思っちゃって。これ私も食べたいの」

「お、おう」

(いや、だからって一度出したもん引っ込めるなよ。なんだよこの微妙な空気。どうしたらいいんだよ)


 自分に正直すぎる聖楽に戸惑いを隠せず、秋人は空を切った手を伸ばしたまま呆然と立ち尽くす。しばし沈黙の時間が続いて――


「そうだ、あんた、私の引っ越し手伝ってよ。家具とか一人で組み立てるの大変だからさー。そしたらこれあげる。それでいいでしょ?」

「え、あ……おう」


 ようやく破られた沈黙に秋人はうなづくことしかできなかった。


(いや、要らないんだけどとか言ったらまた気まずい空気になるに決まってる……)


「よし、じゃあ決まりね。あんた、寝起きでしょ?着替えて準備できたらインターホン押してね。じゃ、あとで」


 それだけいうと聖楽はくるっと方向転換して自分の部屋へと戻っていった。聖楽が自分の右隣の扉を開け中に入るのを見て秋人は実感する。あれが間違いなく新たな隣人なのだと。

 開けていた扉を閉めて、ようやくの解放に一つため息をつく。そして思わずこう口にせずに入られなかった。


「……あぁ、やっぱりあいつ苦手だ」

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