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3波乱の予感

「はぁ……、憂鬱だ」

「ふふっ、そんなに学校始まるのが嫌?私はワクワクしてたけどなぁ、新学年は特に」


 ほんの小声で呟いたつもりだったが、聞こえていたようだ。琳佳は秋人のそのぼやきを明後日か始まる学校のことだと思っているらしい。秋人は思考を切り替え琳佳に話を合わせる。


「憂鬱ですよ。だって俺、学校に友達いないですし。新学年って言ったって同じ高校、たかが知れてますよ」

「ほんと、謎なんだよねー、秋人くんに友達がいないの。それ、ほんとなの?」

「本当ですよ。この春休み俺が一回でも遊びに行くとこ見ました?学校ではずーっと本読んでるか寝てるかだけです」

「うーん、本もいいけど、誰かに話しかけてみたらいいのに。せっかく秋人くん面白いのに」


(俺が面白い、か。そう思ってくれるやつが学校にいればいいんだけどな)


 秋人の高校は明るい人種が多い。いわゆる陽キャだ。その括りが偏見に満ちたものだと分かってはいるが、どうしても放課後にカラオケやフードコートなんかに行って駄弁ったりするのに興味を感じない。であればその時間を読書に当てたいと思ってしまうのだ。

 琳佳のような人がいればいいのに、と思う。基本的には物静かで、些細な冗談でも笑ってくれる。読書好きだとなお良しだ。そういう人は一緒にいて苦にならない。居心地が良い。


(まぁ、琳佳さんといるのは別の意味で心が落ち着かないんだけどな……)


 とにかく、少なくとも高校一年の頃はそういう奴には出会わなかった。だから友達がいないのは事実なのである。


(それに”あいつ”もいるし……)


 秋人は心の中である一人の男子生徒を思い浮かべる。そいつは秋人と同じ中学から今の高校に上がってきた。同じ中学だからと言って仲がいいわけでは全くない。むしろ秋人の中で嫌いなやつランキングナンバーワンに堂々君臨するほどの関係だ。

 比較的入試の難しいかつ地元から離れた高校を選んだのだが、なんという運命のめぐりあわせか、そいつと高校がかぶってしまったのだ。入学当初、初めてその事実を知った時の秋人の絶望は筆舌に尽くしがたい。

 高校で友達を作らない(作れない)のは一部にはそいつのせいもあるのだが……。だめだ、琳佳と一緒にいるこの幸せな時間に考えることではない。


 秋人が思考を中断させようと頭を振っていると、琳佳が「あっ」と突然声を上げる。皿を割ったかと一瞬ヒヤリとするが、そうでは無いらしい。どうやら何かを思い出したように見える。


「そうだ、秋人くん。憂鬱な気分の君に良いこと教えてあげよう」

「ん、なんですかいきなり。良いこと?」

「うん。この部屋の隣空き部屋だったでしょ?」


 この部屋はアパートの2階、202号室だ。そのうち隣の203号室が琳佳の部屋である。ということは今指しているのはもう片方、201号室の方だろう。確かに、ここで一人暮らしを始めてから一年、201号室はずっと空き部屋だった。

 秋人が「そうですね」と相槌を打つと、


「明日、新しい人が来るみたいだよ。高校生の女の子だって言ってた」

「女子高生?どこ情報ですか、それ」

「大家さんから直接聞いたから間違いなしだと思うよ」

「ほう……そうですか。あの大家さんが……」


 女子高生。秋人はその単語にあまり良いイメージを持っていない。その単語を聞いて思い浮かぶのは、まったく気が合いそうに無い自分の高校の女子達だ。

 分かってはいる。世の中、彼女らみたいな人ばかりでは無いことを。


(琳佳さんだっていつかは高校生だったんだしな。なにそれ、めちゃくちゃ見たいな……)


 秋人の思考を琳佳(高校生Ver)がかき乱す。


(制服姿の琳佳さんとひっそり図書室デート……。ありだな、ありすぎる)


 唇をかんでにやけそうになるのを抑えながら、すぐに頭の中の彼女を追い出す。そして、女子高生の隣人と聞いて、改めて残るのは漠然とした嫌な予感だけだった。


「あ、あれ?喜んでない?男子高校生って女子高生っていうワードだけで喜ぶものだと思ってたけど」

「どんな偏見ですか、それ。あんまり女子高生に良いイメージ無いんですよ。まぁ強いて言うなら大人しめの子だったら良いですね」

「ふーん、秋人くんは大人しめの子がタイプかー。もしそういう子だったらどうするの?」

「いや、タイプとかじゃないんで。大人しめの子だったら必要以上に関わる必要がないんで楽だなぁと」

「もう、すぐそういう事言うんだから……」


 仕方ない奴だとばかりに白い目を向けられた。怖いからよそ見しないで皿を見ていて欲しいと思いつつ、秋人は内心複雑な気分になる。


(タイプなのはあなたなんだよなぁ。けど今の発言って俺は全く眼中にないって事だよな。いや分かってはいましたけども……)


「はぁ……」


 秋人はもう一つため息をつく。今度は少し大きめに、彼女にはっきり聞こえるように。


「私もおとなしめの子がタイプかなぁ。そうそう、秋人くんみたいな」

「へ……?」


 琳佳のその言葉が耳に入った瞬間、ドクンっと胸が大きく鼓動した。今、目の前の彼女はサラリと何を言ったのだろうか。自分のきき間違えでなければ、”タイプ”、と……。

 驚きに見開いた眼で茫然と琳佳へと目を向ける。口にした本人はさして気にした様子もなく、平然としていた。その真意を探ろうと、秋人が口にするべき言葉に迷ってまごついていると、


「もしそんな子だったら、こんな感じで仲良くなれるかもしれないし。ね?」

「あ、ああぁ。そう、ですね。俺は自分からかかわるつもりはないですけど」


 なんだ、そうですよね。隣の子の話ですよね。タイプとかいうから勘違いしちゃったじゃないですか……。こちらから改めて真意を問いただすまでもなかった。危うく、生まれてこの方17年、最大にして致命的な恥をかくところだった。もし何か口にしていたら、翌日首をつるレベルの失態になったに違いない。

 まるで真冬の川に突き落とされたかのように、全身をほてらせていた熱が急速に冷めていく。はぁ、ほんとこの人といると心臓に悪い。いつかヒートショックで心臓が止まってしまうんじゃないだろうか。


「さ、じゃあ、お皿も洗い終わったし、宿題全部片づけちゃおっか。今夜は寝かさないよ?」


 最後の何気ない琳佳の言葉に、少したじろいでしまう健全な思春期高校生、佐藤秋人だった。

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