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2.美人の睨みは恐ろしい

「そういえば、秋人くん、もうすぐ学校始まるっけ?」

「あー、確かにそんなのも始まるような……」

「あはは、そんなのって秋人くん高校生なんだから学校が本業でしょう?なんか、他人事みたい」


 琳佳はお箸を持った手を口元に当ててクスクスと笑う。そんな可愛い仕草を見ながら、秋人は学校のことを考える。

 今日は3月30日。あと2日で秋人の高校一年生の春休みは終わりを告げ、高校二年生としての新学期が始まる。


(最悪だ……。また毎日7:00起床、8:30出勤、16:00上がりという地獄の社畜生活が始まるだと……)


 高校生の秋人には知る由もないが、彼が絶望しているその社畜生活は世間一般では十分ホワイトとされる部類だ。しかし、何時起きても許されるという学生の長期休みからのギャップを考えればその絶望も致し方ない。休み期間中、遊びに行く友達もいない秋人にとってはなおさらだ。


(あー...ずっとこうして琳佳さんを眺めて生きていたい。もう結婚してくれねえかなあ、この人)


 と、もはや現実逃避を超えた、ただのキモい妄想に耽っていると、琳佳は何やら心配そうな顔をする。


「秋人くん、宿題ちゃんと終わってる?そんなボーッとしてるとお姉さん心配だなぁ」

「あはは、宿題ですか……。お陰さまで数学はバッチリです」


 痛いところを突かれて、秋人は引きつった笑みで苦し紛れに答える。ここ3ヶ月は、秋人が料理を作る代わりに、夕食後には琳佳が勉強を教えるという習慣ができていた。琳佳は将来数学の教員志望だそうで、勉強を教えるのが好きなようだった。


(やっぱ、教員志望の美人東大生家庭教師ってやばすぎない?もう反則でしょこの人……)


「数学以外は?」

「あーいや、まぁぼちぼち……」

「はぁ、もう。未来の先生としてだらけた高校生は見過ごせないなー。じゃあ、今日は他の教科片付けちゃおっか」

「え、他の教科も行けるんすか」

「まぁ、ちょっとだけなら、ね」


 秋人が目を輝かせて見ると、琳佳はその視線に照れたように顔を少し赤くした。謙遜はしているがきっと苦手な教科などないのだろう。


「さすが、東大生っすね」

「もう、そのからかい禁止って言ったでしょ。秋人くんだって頭良いんだから。うちの大学目指すんでしょ?」


 ――『俺、琳佳さんと同じ大学目指します』。

 それはいつか秋人が琳佳に憧れて口をついて出た言葉だった。

 前提として、秋人の頭は悪くはない。今通っている高校も都内では上位に入るし、学校での成績も悪くない。しかし、簡単に東大に行けるほどずば抜けてもいない。ようは秀才型の凡人レベル。

 秋人は適当に言ったつもりだったものの、今ではそれを聞いた琳佳の方が真剣に受け止めてしまっている。さすがは先生志望といったところか。


(それ以来、琳佳さん勉強のとき厳しいんだよなぁ。いや、厳しい琳佳さんも最高なんですけど)


「で、なんの教科が残ってるの?」

「家庭科」


 秋人が含み笑い気味にそう言った瞬間、かちゃりという音が響いた。それは琳佳が箸をお茶碗に置いた音だ。まだ食事は半分も残っているというのに。恐る恐る秋人が視線を向けると、冷たい笑みを顔面に貼り付けた琳佳と目があった。


「あはは、秋人くん、面白い冗談言うようになったね。私への当てつけ?」

「い、いや、嘘です嘘です、ごめんなさい...」


 お察しの通り家庭力の低い琳佳を少しからかうつもりだったのだが、琳佳の凍てつく程の冷たい声を聞いた瞬間、秋人はとっさに謝ってしまった。


(うっわ、めっちゃ怖い、この人……。美人さんの冷たい目って怖い……)


 琳佳を安易にいじるのはやめておこうと秋人は肝に銘じる。ここまでの地雷だとは思わなかった。ゴホンとわざとらしく咳払いをして場をやり過ごす。


「えと、正直に言うとそんなに残って無いですよ。流石に2日前ですし。英語と物理がちょっとですかね」


 それを聞いた琳佳は、ぱぁっと顔を明るくした。


「ふふん、どっちも私の得意教科じゃない。もっと早くいってくれればそっちも教えたのに」

「どうもその二つはやる気が出なくて」


 何はともあれ、ふふんと得意げに胸を張る琳佳を可愛いと思いながら、秋人は残り少なくなった料理を一気に口に放り込む。じきに琳佳も全て食べ終わると、よいしょと言いながら立ち上がりお皿を台所へと運んだ。料理は秋人、皿洗いは琳佳の担当だ。琳佳が、申し訳ないからといって始めたのだが、初回で見事に皿を割った。練習を重ねた今でこそ、安心して任せられるが琳佳の家庭力はそのレベルで酷いのだ。

 そんな美人秀才残念お姉さんの後ろ姿を、頬杖をついてぼーっと眺めながら秋人は思う。


(これが初恋ってやつなんですかね。でも高嶺の花だよなぁ……)


 どうせなら初恋はもっと手軽な相手が良かった、と心底そう思う。こうして一緒の部屋で頻繁に夕食を食べるなど、異常な関係であることは秋人も自覚している。きっかけはどうであれ、あくまでもこの関係は琳佳に大きなメリットがあるからこそ続いているのだ。秋人の出す食事はもちろん、食後の勉強会も彼女にとっては教員を目指す上で役に立っているらしい。

 だから、異常に距離が近いこの関係は、しかしこれ以上発展することはないのだ。


(きっと、琳佳さんは俺のこと、料理がうまい年下の男の子としてしか見てないんだろうなぁ。俺だって年下は対象外だし)


 大学生の目に高校生という存在がどう写るのかは、今の秋人には分からない。だけどそこにはきっと透明な壁があって、恋愛の対象にはならないのだろうと思う。


「はぁ……、憂鬱だ」


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