第八話
半端だったので半分ぐらい追加しました。
三匹共がそれぞれ俺の方へ木の棒を振り回してきたが、当たったところでどうということも無さそうな威力である。
しかし、俺に触れることすらなく、ゴブリンが間合いに入る前に四肢がバラバラに切り刻まれた。
まず、三匹のゴブリンが木の棒を持っていた腕が肘から消し飛び、すっぽ抜けた棒があらぬ方向へ飛んでいった。
続いて、三匹の残った片腕が切断され、右足と左足の順に血飛沫を上げた。
肢体の無いゴブリン。自然落下を始めるが、地面に伏す前に頭部も首から綺麗な切断面を残して分離され、ドタドタと地面に落ちていく。
同時に起こった出来事に俺は驚くこともなく、ゴブリンの死に様を看取った。
一瞬の間に命を絶たれたゴブリンは自分がいつ死んだのかも分からないような顔をしていて、体を痙攣させている。
未だに生気も宿っているが、暫くすると生き絶えた。
「腕を上げたな」
葬ったゴブリンをいつものように俺が闇の中へと移しながら、三匹をあっという間に惨殺したラドリアへ賛辞を送る。
「恐れ多い御言葉です。テイカー様の後ろを着いていくため、日々訓練を欠かしておりませぬゆえ」
謙遜しているが、もはや近中距離は俺を超えている。俺はラドリアが操る糸が見えていないし、挑んだら秒で切り刻まれそうである。
そんな、もしもの話はやってこないだろうけど。
「ふむ、今後も精進するように。さて、あとは二匹。どこら辺にいるんだ?」
「はっ、索敵範囲を広げます」
瞳を閉じて索敵に専念していたラドリアはすぐに目を見開き、臨戦態勢に入った。
「どうした?」
「後方にて人族の集団がこちらへ向かってきています。数は十五。後を着けていた者が先頭になっています」
「ほう、あの勇者たちか」
「恐らくは」
「何の用だろうな。まさか、こう真っ正面からやってくるのだ。短絡的なことではあるまい」
「どうでしょう。わたしは浅はかな考えと予測しますが」
「……相手の出方によっては応戦するしかないが、あまり目立ちたくはないな」
「今さらではないでしょうか。勇者ランクを獲得したことで衆目を集めています」
「まあな。だが、悪目立ちだけは避けたい」
「承知しました」
そんなことを二人で言い合っていると人族の団体が俺達の前にやってきた。
場所は森の中の浅瀬。
木々に囲まれた平坦なところだ。
ラドリアが索敵した通りに数は十五人だった。全員が武装をしており、先頭にはギルドで誘ってきた勇者がいる。
「よぉ、また会ったな。勇者ランクAだからって自惚れてる雑魚」
白々しく宣う勇者に俺は後を着けてきたことを突きつける。
「また会ったなど、冗談はいい。追跡してたのは知ってる。俺たちに何か用でもあるのか」
「ハッ、当たり前だろ。オレ様のことコケにしやがった罰を受けてもらう。お前は初心者だから知らねえと思うが、ここに居るやつは勇者ランクCが三人と冒険者Bランク所持者が十一人だ」
「臆病者だから数を集めたのか」
「……口に気を付けろよ。殺すぞ、クソガキ」
「本当のことだろう?そんなどうでもいいことで、人数を揃えて来てる」
「……お前は勇者ランクを取って、オレの誘いを断った。他の七聖の派閥に入られると困るんでな。ここで芽を摘んでおくってことだ。勇者ランクAが現れたことは既に七聖シュウスケ様に伝えているしな」
勇者でも派閥なんてものがあるのか。
「俺は派閥になんて入らないから失せてくれないか?」
「……馬鹿にしやがって。お前はもう、派閥に入ろうと入らまいと終わりなんだよ。七聖が直々に殺しにくる。ハハ、光栄なことだろ?」
その七聖とやらは強いのだろうか。
魔大陸の魔王としては一刻も早く殺すべきだが、俺はもう無関係を貫きたいのが本音だ。
俺の道に塞がるというのなら除去するが、手を出してこないのなら見逃すつもりである。
にしても、他人頼りとは情けない。
「お前たちは殺らないのか? 敵対するという明確な意図を持つのなら受けて立つぞ」
「ハッ、勇者同士の争いは禁止されてるっこと知らねえのか。オレたちは勇者協会に目を付けられたくはないんでな。そこの女を殺してやる。そして、仲間を失ったお前は直々に七聖に殺られるわけだ」
嗜虐的な目をした勇者。
「……ふむ、勇者同士は駄目で七聖とやらは俺を殺してもいいのか? それに、ラドリアを殺すというが、お前らも罪になるだろう」
「その女を殺したところでオレたちは勇者だ。どうとでもなる。そして、七聖こそがこの国のルールだ」
「……そうかい。では、ラドリア。勇者がご所望だ。一人でやってくれ」
「はっ」
恭しく一礼したラドリアが前へ出る。
それに対し、勇者達は腹を抱えて笑ったり、小馬鹿にするような笑みを浮かばせた。
「ふっ、はははは。冒険者ランクAだからそいつと同じで調子に乗ってんのか!? 魔導師相手にこっちは複数、それに近接寄りの勇者が四人だ! 舐めてんのも大概にしろやッ」
ラドリアのことを魔導師と言っているのか。
鞄に吊るされている鎖に巻かれた本で判断したのだろうが、ラドリアに魔法の才能はない。
だが、魔糸を使う才は一流。
「……舐めてるのはそっちだ。魔導師なんて言ってないのに決め付けて、あと明らかに人数不足だぞ。ラドリア、こいつに現実を見せたい」
「どうすればいいですか」
「――そいつ以外、全て切り刻め」
「仰せのままに」
いつでも動けていたラドリアは両手を広げ、魔力で操る糸を飛ばす。
直後、崩れていった。
勇者の周りにいた人族が、命を絶たれる。
胴体が、首が、手足が。糸によって切断される。
「は?」
先頭にいた勇者の周りの者が音もなく殺られ、身を覆っている防具ごと体を絶たれて地面に落ちていく。
一人だけ取り残された勇者は茫然とその光景を眺めていた。
「まだ格の差を分かってないわけではあるまい」
「ひっ……!」
お互いの隔てる壁が途方もないことを突き付けると、勇者は悲鳴を上げた。
勇者は腰砕けとなって血溜まりの地面へ尻餅をつく。
俺たちは勇者を見下ろす形となる。
赤黒く染め上げられたものは森の一部を彩り、刻まれた人だったものは鼻を刺激するただの物体と成れ果てた。
その中央で腰砕けになり、後退りをする勇者。
濃密な殺気を五感で感じ取っているのだろう。
まるで、不死者のように青白く染めた唇に、言葉にならない叫び声をあげてもがいている。
殺気を放っているのはラドリア。
俺は何もせず、傍観に徹している。
「ゆ、許してくれ! オレは、こんな!」
勇者の瞳に映っているのは恐怖であった。
化け物を見るような目で俺達を捉え、必死に逃げようとしている。
「テイカー様、反省しているようではありますが」
「……そうだな。あまりにも呆気ないし、この勇者には気概すら感じられない。雑魚だし、別に見逃してもいいけどなぁ」
俺とラドリアがそんな会話をすると皮切りに命乞いを始める勇者。
「命だけは勘弁してくれ! 欲しいものなら何でもやる! 七聖にも口聞きしてやるからッ!」
滑稽にすら映る無様さ。
あれだけ見栄をきっていたのに関わらず、命の危機が訪れるとこれだ。
頭がおかしいのではないのだろうか。
俺ならば死物狂いで抗い、そのまま死ぬ方が美談にもなると思うが、魔族と人族の感性は違うのだろうか。
俺が不死者で、死なないからこそ言えることかもしれないが。
死という恐怖は未知の世界である。
冷淡な瞳でそれを眺めていたラドリアは情けない勇者の処遇を求めてきた。
「どうしますか?」
「こいつに利用できる価値はあるか?」
「ありません」
だよな。
俺も即答で返してきたラドリアと同意見だ。
「殺していいぞ」
「かしこまりました」
「ちょ、待ってくれッ!? オレはもうあんたらに関与しないって言って――」
俺に慌ててすがり付こうとした勇者をラドリアが蹴る。
常人ならば首の骨がへし折れる威力だったが、さすが勇者というところなのか即死せずに後ろへ盛大に吹き飛ばされた。
二転三転と地面と戯れた勇者は鼻の骨が折れたのか血を流している。
「お前の言葉なんて信じられない。そう言っておいて、寝首をかこうとする勇者が多すぎたからな。お前を例えるなら、そうだな……目障りなハエだよ。死のうが生きようが関係ないが、目の前に来られたら鬱陶しくて潰すだけの存在。運が悪かったと嘆き、潔く死んでくれ」
「冗談だろ……オレが死ぬ? そんな馬鹿なことあるかよ!」
「冗談ではない。俺たちは殺られそうになったら殺り返す主義なんだ」
「クソックソックソがッ! ……お前らは七聖に殺されるッ! そして、後悔しろよッ、化け物!」
「化け物とは的確な表現じゃないか。俺たちに死の概念は無い。勇者よ、悪いな。それは無駄な遠吠えとなる」
そんな呪いの言葉を最後に向けた勇者は手足をラドリアの糸によって切断される。夥しい血が流れると比例し、苦痛の声を絞り出しながら首と胴体が別たれた。
森に響いていたものが無くなり、心地の好い静寂に包まれながらそういえば、と俺は勇者共の死体を片付けながら思った。
この勇者に七聖が何なのか聞いとけば良かったな、と。
まあ、ギルドで誰かに聞けばいい話か。