第五話
冒険者になることに決め、ラドリアへ任せると道行く人族に尋ねていた。
そして、ギルドと呼ばれる施設に行けばいいらしいという情報を得る。
その場所は巨大な建造物。
大聖堂ギルド支部と呼ばれているらしい。
そんな神聖そうな場所へ俺達が行っても大丈夫なものかと悩んだが、見た目は人族とそう変わらない。
魔族であるが、問題ないだろうと結論に至る。
訪れたギルドは大聖堂と付くだけあって巨大な教会だった。俺の城にも劣らない荘厳さで、真っ白なアーチが掛けられていた。そこを潜れば三階建ての建物だ。
天界の天使を模している石像が両脇に配置された扉。
開きっぱなしの扉は人の出入りが激しいが、俺達は臆せずに建物の中へと入っていく。
潜り踏み込んだ先は見渡す限り冒険者だった。
様々な装備に身を包んでおり、少数は女性冒険者もいる。
ざっと冒険者の顔色を探ってみたが、ラドリアが言っていたように異常者は少ないような気もする。
明らかに顔色が悪いやつや人相が悪い者もいるが、狂気の類いを浮かべている者はいない。
そんな中で、俺達は上手くとけ込めていると思う。
「普通にバレないものだな」
「まあ、見た目は変わりませんからね。力を抑えてますし、そう易々と見破る者はいないでしょう」
確かに、外見の違いはない。
俺達が人族と明らかに違うのは内包している魔力量だが、それも不死者としての力を抑え込んでいるため、簡単に看破できる者は限られる。
そんな俺達は素顔を晒していた。黒いローブで顔を隠せばかえって怪しまれるためだが、功を成している。こちらへの注目はそんなに集まっていない。
少数からの視線が多少あるが、意味合いが異なるものである。
傍らに居るラドリアが原因だ。
色白な肌に整った顔立ち。どこからどう見ても美少女。
あと、肩にかけている鎖に巻かれた鞄も人目を引く要因となっている。
「で、冒険者になるにはどこへ行けばいいのだ?」
「そうですね……。ええと、あちらですね」
ラドリアを先導させて厳つい者や華奢な者など何十人と集まっている冒険者の間を縫って奥へと進み、何個も並ぶ受付の近くまでやってくる。
そこで新規冒険者用と書いてある受付を探し当て、書類を眺めていた受付嬢へ話しかけた。
「冒険者登録を二人でしたいのだが」
「こんにちは、冒険者登録ですね。では、こちらに記入をお願い致します」
受付嬢から手渡された紙にサクッと書いていこうとペンを握るが、俺の住所は魔大陸である。これは書いたら不味いよな。
人族の領地については詳しくないし、どうしたものかとペンを迷わせているとラドリアから念話が届いた。
隣にいるのに受付嬢の目を気にして頭の中で言葉を伝えてくるラドリアへ頷き、人族の領地の名前などを教えられた通りに記入していく。
直ぐに書き終わったが、名前以外は全て嘘である。
この領地の名も本当にあるのか分からん。
ラドリアの紙を盗み見すると同じようなことが書いてあった。
「随分、遠くからいらっしゃいましたね。確認終わりました。では、最後に神聖結晶による鑑定です。これに手を当てるだけで初期ランクが決まります。冒険者ランクや勇者ランクですね」
どうやら俺達が書いた人族の領地は実在しているようだ。
次に受付テーブルの横に置かれた水晶球に触れれば最後らしいが、口を挟む。
「冒険者ランクと勇者ランクってなんだ?」
受付嬢に聞くよりも、癖でラドリアへ聞いたら首を傾げられ、代わって受付嬢が教えてくれる。
「説明させていただきますね。まず、冒険者ランクはAランクからFランクまであります。この制度によって受けられる依頼が制限され、無謀な依頼を受注することを防いでいます。報酬はランクが上がるにつれて高くなり、また依頼の難易度も比例して難しくなっています」
「ほう、因みに魔大陸で魔族を殺す依頼などもあるのか。その場合はどれぐらいのランクになるのだ?」
「魔大陸に行くには最低Cランク以上となります。ですが、Bランクまでは勇者様と同行するのが決まりになってますね。単独で魔大陸に渡るにはAランクを所持しないと不可能で、危険度は最難関となってます」
それなりに人族の中では選りすぐりしか魔大陸に行けないのか。過去を含め、強いと思った者はいなかったが。
それより勇者ランクというものが気になって仕方ない。
「……なるほど。勇者ランクはどういった制度なのだ?」
「まず、勇者様になるには選ばれた者しかなれません。厳密に言うと、神聖結晶が示した者です。勇者ランクは冒険者ランクと異なり、CランクからAランクがあり、ランクによってあらゆる支援を受けられます。主に、Cランクから国からの支援金を月に一度貰えたり、この国に存在する全ての施設の利用が無料だったりします。……あとは聖剣と呼ばれる特殊な武器を支給されますね」
「マジか。勇者って働かなくてもいいのか」
良い制度じゃないか。国に寄生するようなものだ。
俺が殺してた勇者はこんな良い思いをしてたのか。となると、死んで当然とすら思うな。
俺だって働きたくないのに頑張ってたんだぞ。
「……その割りに勇者は魔大陸に来ますけどね」
「その通りです。勇者様になると二月に一度は魔大陸に行き、魔族を倒さなければいけません。冒険者と同様に依頼を受けていても、二ヶ月ほど魔族を討伐しなければ勇者ランクの剥奪となります」
「二ヶ月に一人か」
「あとは、勇者様だけのルールがあり、勇者様同士の争いはご法度とされています。お互いの了承を得てからなら神聖決闘という同等の対価を賭けてできますが……。まあでも、勇者様になるには一握りの逸材だけなので、あまり気にしなくても良いかと。さ、手で神聖結晶に触れればランクが決まりますのでどうぞ」
「では、テイカー様。わたしから先にでもよろしいですか?」
「ああ、許可する」
「触れたままで居てください。直ぐに反映されますので。……! 出ました、Aランク冒険者ですっ。最高ランクの冒険者にですよ!」
「ふむ、さすがだな」
「ありがとうございます」
「しかし、これは何をもって判別しているんだ?」
ラドリアは力を抑えているから人族とあまり変わりないぞ。
それなのにAランクなのか。
「現魔力量や潜在能力によってです! 最初からAランク冒険者なんて滅多に居ないんですよ!」
「潜在能力か。なら、俺も同じのだろうな」
殆ど今のラドリアと俺は同等なのだ。次も冒険者の最高ランクだろうと神聖結晶なるものに手を触れると受付嬢が目をかっ開いた。
「……!」
「どうした」
水晶球に顔を近付け、あわあわと口を開いたり閉じたりを繰り返す受付嬢を不審に思いながら問う。
神聖結晶に反映されたランクを読み取った受付嬢はガバッと勢いよく顔を上げ、大声で叫んだ。
「勇者、勇者ランクAです……!」
そんなことを宣ったのだ。
意味を理解し、呆然とする。
「勇者……だと? この俺が?」
「さすがです。テイカー様」
隣に居るラドリアが然もありなんと当然のように頷くが、おかしいだろ。
「いやいやいや。嘘だろ。え、どういうこと?」
俺は魔族である。
俺は魔族であり、魔族の王たる者である。
宵闇都市・ナイトオブテイカーの支配者、元第二魔王なのだ。
「ええ、人族のちんけな代物と見ていましたが、どうやら見る目があるようです」
「……なあ、ラドリア。何をもって俺が勇者なんだ?」
「そのお心でしょう」
間髪入れずに即答するラドリアに内心ため息を吐くが、こいつは俺を美化しすぎだ。
勇者などおぞましい者になるつもりはない。
あいつらは同族殺しの憎き敵だ。
そんな風に、この決定を無かったことにしてもらおうと受付嬢に頼もうとするが、先に捲し立てられる。
「勇者様ですよ、それもAランク勇者! どうですか、なりますか? 決定権は一応はそちらにあるのですが、勇者様になれば多額の支援金で一生遊べますよ!」
「一生遊べる……だと?」
その言葉は甘美なものだった。
決心が揺らぐ。
「はいっ、ランクを維持できれば億万長者も簡単です!」
億万長者。
怠惰に生きて、暇をもて余す理想の生活。
俺は傾きかけたものを元に戻すことが出来ずにいて。
「ほ、ほう。……よし、俺は今日から勇者になる!」
と、宣言してしまった。