第三話
宵闇都市を踏み出すと光が降り注ぐ。
浄化の光――ではなく、普通の太陽の光だ。
しかし、天に激しく自己主張している太陽を忌々しく睨みつけた俺は深くフードをかぶり直す。
俺やラドリア、不死者にとって太陽の光は天敵なのだ。
皮膚が痒くなるぐらいだが、長時間浴び続けると焼けてしまう。
闇が生者を拒むように、光は死者を拒む。
鬱陶しいことこの上無い。
「……難攻不落の宵闇都市。今日でお別れです」
後ろ髪を引かれるように都市を一瞥したラドリアはフードを深く被り、亡者が浄化される際に発する叫び声を背中に前へと進む。
俺の魔法で覆っていた闇は解除した。
結界魔法の一種、領域魔法・ナイトオブテイカー。
都市全体を包み込んでいた闇は取り除かれ、太陽の光が降り注いだことにより、都市で活動していたアンデット達が浄化されているのだ。
崩れ落ちていくアンデットに憐れみがないわけではない。
俺の勝手な召喚魔法で呼び出し、我が儘で都市を捨てることにした。
だが、アンデットに意思や痛覚など無いことは周知の事実。
俺は仕事をやりたくない。
ならば仕方のないことではないだろうか。
瞬きの時間を黙祷に費やし、俺は一歩前にことさら明るく踏み出した。
「さて、行こうか。安息の地を求めて!」
「魔大陸に安息など無いに等しいのですが。勇者が攻めてきているので」
出鼻を挫くラドリアに腕を組んで思案する。
「……それもそうか。どこを目指せばいい」
「第七魔王が管轄している都市に匿ってもらうのはどうでしょうか。あそこはテイカー様の実力を高く評価しています」
「あの淫乱にか? 俺の貞操の危機が毎日訪れてたまるか。却下だ、休まる日がない」
「……では、魔大陸のどの場所でも不可能でしょう」
「魔大陸は勇者共のせいで混沌としているからなぁ」
魔族と人族は遥か昔から相容れない存在とされ、戦争が長らく続いていた。
しかし、最近になって人族の攻撃が激化していっており、魔族が住まう魔大陸全土にて激しい攻防が繰り広げられている。
第一の理由として、ここ近年において勇者と名乗る者が増え始めたのが上げられる。
勇者とは何か。
勇敢であり、世界に平和を与える者と人族の中では言い伝えられている。
だが、無謀とも言える突撃は果たして勇敢と言えるのだろうか。勇者は魔大陸へ繰り出し、数多くの死体を量産している。魔族側も討ち死にし、死屍累々と阿鼻叫喚の混沌の世界と様変わりしているのだ。
破滅をもたらすのが勇者。
俺達、魔族側の認識ではそんな感じだ。
あいつら勇者はゴブリン並みの繁殖力で数を増やし、魔大陸まで攻め込んできている。
魔大陸のそこかしこに潜入し、魔族を根絶しようと牙を研いでいるのだ。
俺は戦闘をやりたくない。
あいつら勇者は口を開けば同じことしか言わないし、会話の余地すらなくて疲れる。
――魔族は滅ぶべきだ。世界の平和を守るために死ね、と彼等は口を揃えて言う。
お前らから戦争を吹っ掛けているくせに、世界の平和とか笑ってしまうだろう。
なにより、どうせ勝ち負けは決まっているのだ。
勇者には勝手に野垂れ死んでくれと切に願う。
安息を求めるなら、いっそのこと勇者が居ないところを目指すべきか。そうすれば無意味な戦闘など起きない。
そう考えて。
……閃いた。
「俺は人族の領域に行こうと思う」
「……突然どうされました」
脈絡もなく俺は目的地を決め、怪訝な顔で眉をひそめたラドリアへ閃いた意図を伝える。
「勇者が魔大陸を攻めてくる。勇者がどんどん人族の領域を出ていく。安息を求めるならば、魔大陸より断然に人族の領域が安全だ。そう、既に安息が約束されたようなもの。……完璧じゃね?」
「あの、わたしたち魔族なんですが。正体が露呈したら敵のど真ん中なのですが?」
「それも正体がバレたらの話だろう。……この考えはいけるっ!」
「……正気ですか」
「ああ、魔大陸を出よう。そうすれば第一魔王も追ってこれまい」
「もう一度だけ聞きます。正気ですか……?」
「何を心配している。俺はマジだ」
「魔族と知られれば魔女狩りのようなことがおきます」
「俺たちが火炙りにされると?」
「はい。敵の本拠地では易々と逃げることも叶わないでしょう」
何を言っている。逃げる必要なんてあるのか。
「魔女は絶対的な数が少ないからこそ、罵る者共を殺せなかった。俺たちはどうだ、人族の軍勢に囲まれたら身を守れないほどなのか」
「……いえ、申し訳ございません。失言でした」
「ああ、たかが人族だ。俺がもしもその立場になったのなら、返り討ちにしてやるよ。罵った者を火炙りに、口を二度と開くことさえできない闇へと、この手で送ってやろう」
魔大陸に来ている勇者の実力ならばどれだけ居ても余裕だろう。
俺の力に過信なんてもんはしてないが、たかが人族ごときに遅れを取ることはない。そう言い切れる。
俺や部下三人も含め、基礎の実力が違うのだ。
俺が真っ向から勝負をしたくないのは第一魔王だけ。
あいつには負ける可能性がある。
「さすがです、テイカー様。そういうことでしたら、何処までも着いてまいります」
まあでも。
「……魔大陸に来てない勇者にも強い奴がいる可能性もなくはない。そのときは宵闇都市に作り変えて殺すしかないが」
「困難な敵と相見えようとも、わたしはテイカー様の盾となり矛となりましょう」
ラドリアが平淡な声で言いつつも、俺の威光にいたく感激しているようで。
しかし、悪いが、もしも正体がバレたときの話だ。
そうならないように善処するのが前提。面倒なことにはならないようにする。
「よし、ならば目的地は人族の地で決定な。歩くのもダルいから早馬でいく。あと落ち着けるところで寝たい」
俺はそう言ってお得意の召喚魔法を公使する。
魔法の理に従い、魔力を放出。
魔方陣と呼ばれる代物が地面に浮かぶ。
直後、地の底からうめき声が鳴り響き、地面を割って出てきたのは馬。
屈強な八本足に朽ちた肉体。
汚臭すら放っているのは下級アンデットの魔物・アンデットホースだ。
「さあ、出発だ」
俺達二人は馬の背に乗り込み、未知なる土地――人族の領域へと旅立つ。