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第二話

「は……?」


 俺が意気揚々とした宣言に副官たるラドリアは胡乱げな赤い瞳をこちらへ向け、いきなりすぎて飲み込めていないのか疑問符を浮かべていた。


 俺は気にせず、今後の方針を決めていく。


「今日から俺は晴れて自由の身だ。好きなことを思うがまま、縛られず気ままに行こう。故に、他の魔王共に知られたら面倒そうだからまずは夜逃げだな。そのあとは適当に各地を巡りながら安息の地を確保しよう。よし、これでいくぞ」


「ちょっと待ってください。何を言っているんですか。頭の中、大丈夫ですか?」


 意味を理解し、机まで詰め寄ってきたラドリア。


 俺は不遜な態度を崩さず、大仰に頷く。


「おう、俺の脳みそはぎっしりだ」


「いえ、そういう答えを期待したわけではないのですが、魔王を止めると仰いましたか?」


「ああ、魔王なんてやってらんねえし、俺は自由になる!」


「何を馬鹿なことを。頭の中身はいつだって自由だったじゃないですか……」


 とても酷いことを言われたような気がする。いや、気のせいじゃないよな。忠臣がそれでいいのか。よくない。


 だが、深いため息を吐いたラドリアには頭が下がる思いなのも事実。

 毎回、頼りっぱなしで苦労を掛けており、少なからず自覚もしている。


「……俺もそれなりに頑張ってきたほうだけどな。仕事の四割ぐらいは投げっぱなしにしてたけど」


 そんなことを机に突っ伏して消え入るような声で呟く。

 いやだって、あの量は俺の許容範囲外なんだって。どうみても無理だって。限界ってあるじゃん。


 そしたら、ラドリアが一歩前に俺の方へと足を動かすのが見えた。


 お叱りか。

 と、身構えたら、違った。


「テイカー様。貴方様こそが魔王に相応しいとわたし共――上位不死者は思っております。わたしは魔王を続けて欲しい。そして、ゆくゆくは大魔王――いえ、世界の覇者となって世界を塗り替えてほしいのです。現状に不満があるというのなら、いっそのことあらゆる生物を支配しませんか?」


 ラドリアの想いの綴りに俺は起き上がり、瞬きを三回した。


「え、何言ってんの。嫌だよ、ダルそう」


「……」


 世界を作り変える?


 やるわけないじゃん。

 今より仕事が増えそう。


「というか、ラドリアはそう言うけど、俺に王の器なんて無い。毎晩、心の叫びが聞こえてくるんだ。……働きたくない、吐きそうって」


 俺がラドリアの想いに対して、素直な思いの丈を吐露するとラドリアは瞳を閉じ、考える素振りをした。


 僅かな時間が空白に包まれる。銀髪の副官ことラドリアは静かに息を吐き。


「……意思は、固いようですね」


 と、納得したのか定かだが、俺の意思を尊重してくれるようで折れてくれた。やったね。


「もちろん。さあ、新たなる旅立ちの日だ。早速、夜逃げの準備を始めよう。アザメとルーリエには戦線放棄した後に、行方を眩ませて現地集合って念話で伝えて。俺も着替えるから、ラドリアも身支度よろしく」


「……承知、しました」


 渋々と言った様子で書斎から出ていったラドリアを見送り、俺も自分の身支度を整えていく。


 必要なものは何だろうか。

 どこへ行くかも決まっていないが、必須の物は身に付けていこう。

 お気に入りの黒いローブ。両手に十個の指輪を嵌めて、両腕にも一つずつ腕輪を付ける。金色の装飾がされた高そうな指輪と腕輪である。


 派手な色合いは趣味じゃないが、これはただの装飾品ではない。

 魔術紋章が刻まれていることから分かる通り、俺の最高戦力を封じてある召喚魔法の楔だ。


 俺自身にはさほど戦闘能力はないため、一人のときはこれが頼りとなる。


 それを身に着け、あとは金と食料ぐらいか。

 食い物は食料庫に寄るとして、袋に入れた紙幣を腰に括りつけて準備は完了する。


 そんなに荷物ないな。


 ラドリアが来るまで暇をもて余した。


 脇に置いてある姿見で完全武装している俺を眺める。


 中々、良いと思う。さすが魔王といった貫禄すら漂っているようだ。いや、魔王なんてロクな仕事は辞めるけどさ。


 と、ラドリアが書斎に戻ってきた。


 当たり前のことだが、彼女の服装も変わっている。


 俺のローブと同様なものを着ており、一際目に引くのは肩にかけた鞄。何十にも巻かれた鎖や、大きな南京錠が四つ付いている。厳重に施錠された鞄の中身はきっといつも肌身離さずの本だろう。


 というか、ラドリアが持っていく物が本だけだ。細かな物は多分だが、身の内側に用意しているのだろうか。しかし、それだけだ。


 まあ、現地調達すればいいという考えか。金はあるし。


「……一応準備をしてきましたが、本当に行くのですか?」


 再度、確認してきたラドリアへ俺はローブを翻す。


「本当に本当だ。さ、着いてこい、ラドリア」


「……では、お供致します」


 二人して書斎を出て、静寂に包まれた廊下を歩いていく。


 広すぎる廊下は無人であり、誰も居ないような静けさだ。というより、俺たち二人しかこの城に居ないのだが。部下はあと二人だけ居るが、前線に出ている。


 赤い絨毯が引かれている廊下を無言で進みながら途中で食料庫に寄る。


 しばらくは餓えないように保存食を確保しつつ、久方ぶりに俺は城から出た。


 真っ暗な夜である。

 星は無い。風もない。聞こえてくるのは亡者のうめき声。


 この宵闇都市に生者は居ない。


 俺やラドリアは勿論のこと、住民は意思の持たない下級アンデットだけだ。


 城からは宵闇都市のほとんどが眺められる。

 ここが一番高い所になっており、下っていくと城を囲む円となって木造住宅が層ごとに配置されている。


「テイカー様、どこへ行くおつもりですか?」


 とりあえず都市を出るために門までゆっくり歩いていると後ろに付き従うラドリアが質問してきた。


 何も考えていないからテキトーに答える。


「んー、安全で楽に生きられるところ」


「曖昧ですね。この都市が一番安全だと思われますが……」


「でも、仕事が来るじゃん? 呼んでないのに積み重なっていくじゃん?」


 俺の我が儘とも言える本音にラドリアは呆れながらも隣に並ぶ。そうして、真面目な表情をしながら提案してきた。


「仕事なんて放棄なさればいいのでは。大魔王や第一魔王に直訴すれば考慮してくれるのではないでしょうか」


「書類を見るのも嫌になってくるほどだぞ。見ろ、この蕁麻疹を。ヤバいんだろ。いや、ヤバいんだってまじで。それに、言ったところで何も変わらないのは目に見えている。魔王の階級は実力が全て。聞き流されるのがオチだ」


 俺は第二魔王で、第一魔王と全ての魔族を統括する大魔王には逆らえない。


 宵闇都市を外界から隔てている門を見ながら階級というクソったれた制度について考えていると、ラドリアが過激な発言をしてくる。


「二人を消しましょう」


「嫌だよ」


 ラドリアへ顔を合わせずに即答する。


「その実力を持っているのに、それをしないのは何故ですか?」


「ラドリアは俺を少々買いかぶりすぎだな。俺にそんな力なんて無い。ただ、適性者に不死を与えられる能力と召喚魔法、あとは一つだけの結界魔法しか習得していない」


「唯一無二ではないですか」


 本当に唯一無二なのだろうか。まあ、魔大陸に住まう魔族の中では俺のような力を持っていないのは確かではある。


「そうだけど。ドラゴンを操る力もなければ、魔神の継承者でもない。俺の力は珍しいで済まされる範囲内だ。過信なんて出来るものか。まっ、つべこべ言わずにここを出るのは決定事項だからな」


「……分かり、ました」


 ラドリアはここを離れるのが嫌なのだろうか。

 まあでも、俺の我が儘に付き合ってくれたまえ。


「……この宵闇ともお別れですか。少しばかり名残が惜しいです。ここはわたしたちにとって居心地が良かったですから」


 巨人でも通れるほどの開けっ放しの門を抜けるというところで、ラドリアが振り返って宵闇都市を一眸した。


 その目に宿るのは哀愁。

 暗い闇の中でも目立つ赤い瞳が映すのは、数百年住んでいた思い出を辿っているようであった。


 俺も一緒になって都市を見る。


 徘徊しているのはアンデット。

 地べたに寝転ぶのもアンデット。

 ゴミ箱に躓いた馬鹿はもちろんアンデット。


 俺にもこの宵闇都市には思い出がある。


 楽しかった。辛いときもあったし、苦しいときもあった。仕事が追い付かなくて、吐くほど胸が締め付けられているときもあった。


 俺と部下である三人が過ごした地。

 俺が魔王になってから過ごした全てがここにある。


 だが。


「ナイトオブテイカー。都市の名でありながら俺の名前を冠している。そして、魔法名でもあるこれは、お前たちが付けてくれたものだ」


 そんなことを星空のない闇へと紡ぐ。


 それを聞いたラドリアがハッとして赤い瞳を大きく揺らし、俺の眼下で膝まずいた。

 家臣が取るような片膝を地面につけ、頭を垂れるアレである。


 いきなりどうした。


「その通りでございます。テイカー様がわたしたちの道しるべ。希望の闇でございます」


 俺の部下であるのでその態度は決して間違いではないのだが、少し堅苦しくて苦笑いしてしまう。

 だが、昔から向けられている不変の忠義。それを有り難く思いながら、俺は偉そうに口を開くのだ。


「――ああ、俺が歩む道こそが宵闇だ」

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