元ま10
「今、何と言った」
魔族と呟いたような気がした。
読心術など身に付けていないから勘違いの可能性もあるにはあるが、そのような幅広い技術を会得しているラドリアが七聖勇者の動向を探りながら立ち位置を変えたことによって聞き間違いという説を否定した。
ゆっくりと着実に、不自然に思われない動作でラドリアが俺の右前に出てくる。
魔力を解放していないが、いつでも動ける立ち位置。
俺の壁役となるために身を全面に曝したラドリアは周囲を睥睨し、ローブで隠している糸を地面に垂らしていた。
辺りの位置取りを把握したラドリアが準備を終えたとでも言いたげに俺のほうへと向く。
ラドリアとは長い仲だ。意思疏通もそれなりに出来る。
だから、俺の一言を待っているということも、どんな言葉を望んでいるかも察することができた。
――ただ、一言。蹂躙せよ、と。
その赤い瞳は今すぐにでもこの場の全員を殺してやるという意思が垣間見えていた。
しかし、早急すぎるのがラドリアの欠点たるところ。
俺は次に七聖勇者が発する言葉を待つ。
それによって、この場が戦場へ変貌するかどうか見極めてからラドリアへ命ずる。
大勢の冒険者、数人の勇者、ギルドを任せられている長を殺せと。
まあ、アンデットを召喚して混乱の最中に逃げるのも有りだが、そこら辺は状況を見て判断を下す。
「えっと、ええっと……その」
周囲の注目を一身に浴びる七聖勇者は言葉を濁し、知ってはいけない事実を知ってしまったかのような慌てぶりで視線をさ迷わせている。
口をもごもご開閉し、はっきりとしない七聖勇者。
俺はそんな様子に多少の苛立ちを含みながら、確信を突くべく声高に問うた。
「七聖勇者、貴様に問う。ラドリアの何を視て、何を知った」
「その……えっと」
投げるが、返ってこない。
なんかもう面倒臭い、この女。
人族の領域に着いて間もないが、面倒だから別のところ行こうかな。こうなってしまったのは安易に事を運ばせたからで仕方ない。
思慮が足りないと言われればそれまでだが、そんなことをする気もハナからない。
まあ、割り切るべきだろう。
うだうだと言葉選びを迷っている七聖勇者に付き合うのも時間の無駄だ。いっそのこと適当な理由をでっち上げ、場を立ち去ってもいいのではないか。
そんな思惑が脳裏を過ったとき、七聖勇者が大声を上げた。
「無実です! そう、この方々に非はありませんっ! 正当防衛、仕方なくというものでしょう。この方々の無実はわたくし、キョウカ・サエギが保証致します!」
どうしてか七聖勇者キョウカ・サエギが俺達を擁護した。
声を張り上げ、事の成り行きを見守っていた野次馬達にも聞こえるように俺達の無実を宣言する。
周りを囲んでいた関係のない冒険者達は雄叫びを上げて、七聖の判決にわき上がった。
「オオォォ!」
どうみても無関係な冒険者達は場を楽しんで盛り上がっているのだが、渦中の俺達は冷めたもので。
「……テイカー様」
「どういう意図があるか分かるか。魔族って言ったよな」
「はい、確実に魔族と言いました。わたしたちの正体を知った上で無実を保証するなど、何を考えているのか分かりません」
「……ああ、だよな。少し様子を見よう」
「かしこまりました」
ひそひそと俺とラドリアは喋っていると、七聖勇者がギルドマスターのほうへ向いた。
「そういうことで、この方々は無実で。ギルドマスターさんも異存はないですよね?」
「ええ、七聖様こそが我らのルールですゆえ。二人は無罪となります。諸々の処理はこちらが引き受けましょう」
「はい、お願いします。さて、テイカーさんと言いましたか。改めまして、キョウカ・サエギによる審議は終わりです。それで、このあと時間が空いていればお茶などいかがですか! もちろん、来ますよね!?」
「……ラドリア。どう考える。意見をくれ」
この七聖勇者、頭が桃色の髪と同様にふわふわしている。
俺はこういうタイプは苦手だ。何を考えているのか読めない。
「一種の脅迫かと。バラされたくなければ着いてこい、と」
「……そうか。そうだよな。俺もそう思う」
「ど、どうですか。二人っきりでお茶でも!」
「二人で、か」
「テイカー様、罠の可能性が高いと思われます」
ラドリアの忠告の通り、わざわざ二人きりを望んでいるのが罠としか見えない。
俺達が魔族と知った上で誘うのだ。
もしも、誘い込んでの罠だとしたら厄介だ。俺ならば切り抜けられる自信があるが、第一魔王や大魔王と同等の実力者ならば俺でも苦戦は免れない。
適当に断るべきところだが、しかし何かしら大事な話があるというのなら聞いておきたい。
七聖勇者について俺は分からないことのほうが多いからな。
少し考えて決めた。
「……分かった。誘いに乗ろう」
罠だったら殺すだけ。簡単なことだ。
「よ、良かったですっ。良いお店知ってますので、そこに行きましょう!」