第一話
加筆や校正はあとでやります。誤字報告とかしてくれたら嬉しいです。あとその場の思い付きで書いているため、矛盾とかあったらすみません。
書斎の机には山となった紙が沢山置かれていた。
まるで、椅子に座る俺を見下ろすかのような紙束。書いても書いても一向に減らないそれには沸々と怒りが溜まり、見るのですら嫌になってきた。
「……もう懲り懲りだ。やってられるか。不死者だからって何度も何度も押し付けてきやがって。不死でも睡眠欲求はあるんだぞ。なあ、そうだろ!」
ついに、限界を超え、苛立ちをぶつけるように放り出した俺は紙束が床にドサりと音を立てた先――乱雑に散らばった紙束の正面に立つ少女に同意を求めた。
十代後半の見た目をした少女の名はラドリア。青白いと形容していいほど透き通った肌に、極め細やかな銀髪を腰まで伸ばしている。
一冊の本を大切そうに胸へ抱え込んだ少女は美しい容姿と言える。
だが、無気力な赤い瞳の下には酷い隈があり、疲労が溜まっているのか美しさと同様に儚げさがあった。
そんな今にも消えそうな彼女は呆れたようにため息を吐き、じとっとした目を俺に向けている。
「……わたしもあなた様の尻拭いで、ここ三ヶ月ほど寝ておりません。魔王様が仕事をしないようなのであれば、休暇を申請してもよろしいですか?」
誰に申請するというのだ。直属の上司は俺だ。
いやまさか、俺よりも階級が上のやつらか。
そんなことしたらあいつらが説教しにやって来るじゃないか。
俺はクソ面倒なことになる前に、ラドリアを説得することを試みる。
「いや、ほら、お前は俺の副官だろ。ていうか、三ヶ月も本当に寝てないのか……? いやそんな馬鹿な。俺より寝てないなんてことあるのか?」
「はい、事実です。もう死んでいますが、死にそうです」
珍しくラドリアが冗談を飛ばしてきたなと思った。
いつも淡々と俺の秘書に徹し、愚痴を漏らしたこともないあのラドリアが。
だから、俺はそれに乗っかって笑ってみた。
「はは、魔王軍はブラックだよな」
「ここ、宵闇都市・ナイトオブテイカーは貴方様――第二魔王テイカー様の管轄なのですが。わたしが死にそうなのは、主に貴方様のせいなのですが」
少しだけ感情がこもった声で訴えてきたラドリアへ、俺は堪えられずに視線を逸らす。
体の力を抜き、机に突っ伏して言い訳を口の中で転がす。
半目で見詰める先は投げ捨てた紙束だ。
「……分かっているさ。いや、俺の采配が悪いわけじゃない。このクソだだっ広い都市に俺を含めた四人だぞ。たった四人で都市部の防衛機能を回しているんだ。なのに、あのクソ魔王共が援軍要請なんてもんを大魔王に送る。それで俺に命令が下りてくる……」
「まあ、ゴブリンみたいに繁殖している勇者が魔大陸まで乗り込んでいますからね。どこも手が足りないのでしょう」
「ああ、俺が捨てたその紙も援軍要請だ。これも援軍要請……あ、これも援軍要請か。つうか、全部援軍要請の紙じゃねえかッ」
「全部で六十二箇所から至急応援を寄越してくれと来てますね。その他には攻撃された城壁を建て直すから人員を派遣してくれ、などです」
「仕事が多すぎだろ。他の魔王は何してんだよ……」
「テイカー様以外の魔王は自身の都市だけで手が足りないのでしょう。数は多いですが、弱者に変わりはありませんから」
「それでも守らないと拠点にされる。あいつらはどこからでも湧いてくるからな。拠点を取られたら更に防衛が厳しくなるのは目に見えてるだろ」
「その通りです。なので、住民ごと町を更地にすればいいと提案致します」
項垂れていると、とても物騒なことが聞こえてきた。聞き間違いかな。
ラドリアと視線を交差する。目が本気だ。まじかよ。
「ぶっ飛んでる意見だ、却下で。……住民を避難させた後ならいいと思うが、やらないだろうな。住民を退去させた後のことを考えればナシという選択しかない。ほとんどの魔王は階級にかたっくるしいし、移民の受け入れなんてまず絶対しない」
「……弱者のこだわりは分かりません」
「はあ……俺のところなら受け入れも整っているんだけどな。誰も来ないし。やっぱりアンデットって臭うのか……?」
服の裾に鼻を押し付けて嗅いでみるが、ラドリアが毎日洗ってくれているため清潔な匂いだ。
これはハーブか。妙に落ち着く。
「テイカー様自らが、弱者に慈悲など与えなくてもよいのです」
「そういうわけにもいかんだろ。人族が活性化していて魔大陸全土の非常事態だ。ああ、どうすればいい……俺にこんな数の仕事をこなすなんて無理だぞ。絶望だ」
「この都市にも勇者が攻めてきていますから、テイカー様が動く必要はありません」
「そうだよ、この都市だって勇者が攻めてきている。にも関わらず、俺のところにも援軍要請をするなんてふざけんのも大概にしろってな。そもそも、俺は今月で潜伏していた勇者を三人も殺している。こんな短期間に数が異常だ、魔大陸の中心部まで近づきつつあるぞ」
「はい、わたしも今月で二十八人を殺してます」
「……え、そんなに来てんの?」
「今月の初めからですが、本格的に魔大陸を攻略しに来ていますね。二週間前ですが、六人の勇者と聖騎士を名乗る二十二名が宵闇都市に侵入してきました。迎撃したのち、宵闇の森にて野宿していたところを暗殺しました。昨日、魔王様が投げ捨てた報告書に書いてあります」
思っていた以上に人族と魔族の状勢が変わりつつある。
俺が統治している都市は魔大陸の中心部より少しだけ外れた場所。
ここまで勇者共が来ているということは前線の国境沿いに穴が空いていることに他ならない。
どう対策を練るべきか。
考えるのがダルい。
一先ず置いておいて、まずはラドリアを褒め称えてから考えよう。そうしよう。
「それは……ふむ。よくやったと労ってやろう」
「……ありがとうございます」
偉そうに言うとラドリアは小さな頷きを返した。
「褒美は欲しいよな」
何かあげられる物あったかな。
金とかは興味無いだろうし、また本でも贈ろうかな。
「半日でいいので休みをください」
そうだよな。一番は休み欲しいよな。
だが、答えはノーだ。
「すまない」
「……そうですか。ですが、現状は分かっております。それで、どうするおつもりですか? このままいけばわたし達は過労で闇に落ちそうなのですが。他上位不死者も泣きながら前線に出ております。死んでいるのに死にたいなんて、馬鹿なことを呟いています」
「……そんなにか。アザメとルーリエには働かせすぎたかもな。もう心身共に参っているのか。だが、俺を恨むんじゃなく、こんなブラックな働かせ方をする魔王軍を恨んでほしいものだな」
ここには居ない俺の部下である二人から、長い愚痴を延々と聞かされる未来を想像して吐きそうになる。
全て魔王軍が悪いんだ。俺が悪いわけじゃない。
この魔王軍は俺の指揮する部隊を指しているわけではなく、魔族を統括している魔王軍である。
第一魔王軍から第八魔王軍があるが、俺の第二魔王軍は部下の意見はちゃんと聞いている。
実行に移すかどうかはその時になってみないと分からないが、聞くだけはタダだ。
俺の部隊は極力グレーホワイトを目指しているつもり。
完璧なホワイトだと仕事が回らないし。
「このような状態が続くようなら時間の問題でしょう。人族の教会が異界の勇者を召喚しているという噂もあります。戦線も押し上げてきて今後は更に過激となるでしょう。こちら側も魔神の使徒を召喚する企てはありますが、テイカー様のせいで実行は不可能でしょうし……」
それは聞き捨てならないぞ。
「あのさ、魔神の使徒の件で俺のせいにするのやめてくれない?」
関係ないよ。あれは事故。仕方ない。うん。
「そういうことにしときます」
全部、分かってますみたいなラドリアの誤解を解こうとしたが、面倒くさくてため息が出てしまう。
「……はあ。つうか、なんかもう、色々と破綻してる。頭使うの嫌になってきたし、こんなのやめようかな」
人族と魔族の状勢なんてどうだって良くなってきた。というより、何で俺はこんなことをやってんだろう。
人族とか魔族とかどうでもいいじゃないか。
「こんなのとは……?」
首を傾げたラドリアに俺は告げることにした。
このまま仕事に従事していたら雁字搦めにされ、頭の脳みそが悪い意味でとろけそう。
善は急げ、決めたら即行動。
「俺、決めた。本日付けで魔王やめるわ……!」