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僕が踏み出す  作者: 黒羽 百色
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「ごまドレッシングが足んねーよ!追加買い出しだ」と社員からメッセージが自分のスマートフォンに届いたのは午後の休み時間だった。今日からスタートしている自分が考案した新メニューの売れ行きは好調で、評判もかなり良いみたいだ。とりあえず、自店には少し貢献しているそうでひとまず安心した。


「良い顔してるねー」と太一が覗き込む。隣にいる俊哉は不服そうだ。

「そりゃあ気分は非常に良いさ」

「こいつの料理なんてアレンジした即席麺しか知らないぞ」

「なんでお前にきちんと料理を振る舞う必要があるんだよ」

二人にも食べてほしいという本音は隠しておいた。調理士の専門学校の資料を眺め、週末の学校見学に備えた。両親も時期が時期なだけに多少慌てていたが、自分が将来的な話をしてきた事が嬉しかったのか、決して後ろ向きな態度はとらなかった。それどころか予習しておけと父が調理の本を買ってきてくれたりと、親として背中を押してくれていた。


「俺も太一も進学、お前も進学。まあ最低二年は時間が合いそうだな」

俊哉と太一もそれぞれ専門学校への入学が今月には決まりそうで、三人とも二年制の学校のため、少なくとも二年間は時間が合いそうだ。それには正直嬉しい気がしたが、大人へと進んでいく寂しさがあったのも事実だ。三年後はおそらく社会人。きっと会う頻度も次第に少なくなるのは避けては通れない道だ。そんな十月の後半、もう目の前に迫っている十一月だが、今日はやらなくてはならない事がある。委員長として再び教室の前に立った。


「十二月に開催される学園祭の‥クラスの出し物と一般向けの出店について決めまひょう」

「ひょう?」

「決めましょう!」

このようなお決まりのやり取りを終え、クラスの出し物を決める時間となった。この学校では初日が一般向けの学園祭、二日目は本校の生徒向けのみの日となり、各クラス出し物の発表が行われる。この二日目がなんといっても盛り上がる一日になっている。ほとんど一日を体育館で過ごす事になるのだが、一年生から三年生まで、また有志や教員も含めバンド演奏や合唱、コントに漫才、演劇等が行われる。今の校長になってからの試みで、生徒が楽しむ日となっている。しかし問題の件はこれから発表しようとしていた。


「ちな‥みに‥三十分‥」

か細い声は雑談にかき消されて届いていない。

「さ、さんじゅ」

「ああ?何だって?」

城島の一声に雑談がぴたりと止んだ。二度深呼吸をした後、再び口を開いた。

「枠は‥三十分‥です」

時計の針が進む音が聞こえる程、クラスは見事な静寂に包まれた。このままなら、心地良い時間を過ごせると思った。


「嘘だろおめー!」

「信じらんねー!」

「なーにやってんだお前はー」

一瞬で静寂から罵声が飛び交う状態へと早変わりしてしまった。たまに政治家が多くの罵声を浴びて発言が聞こえない様子をテレビで見た事があるが、まさに今それを再現している。各学年、出し物の発表の時間が決まっている。五クラスずつあるのだが、その時間が十五分がニ、二十分がニ、三十分が一クラスとなっている。これは公平に各クラスのクラス委員長が集まった会議にて、じゃんけん、またはくじ引きで決める事になる。三年生は先日、多田の呼びかけで集まりくじ引きとなった。その結果、見事に黄金の右腕が「三十」と書かれたくじを引いてしまった。


「三十分とか‥演劇じゃねーか!」

前川の言う通り、毎年三十分を引いてしまったクラスは演劇を行なっていた。合唱や他の出し物では三十分という尺は埋まらないため、演劇を選ぶのが例年の流れだ。それぞれが被らない出し物を、という校長の狙いがある。そしてあの校長は演劇や舞台が好きだという不要な情報もある。


「お前一人で漫談やれ」と非情なアイデアも出たが、結果として演劇をやらざるを得ない状況にある事をクラス中が認めた。そんな中、一人のクラスメイトが手を上げた。川尻陽一かわじりよういちだった。


「脚本は俺でいいか?」と川尻は周りを見渡した。

「陽一がいたわ!」と本田が手を叩くと川尻は嬉しそうに頷いた。川尻は見た目こそ整った顔をしているが、はしゃいだりする賑やかなタイプではなく冷静沈着であり、ふとした時にぼそっと面白い事を言うタイプだった。そんな川尻の意外な趣味や将来が明るみになったのは二年生の時だ。インターネット上のとあるサイトを使い、小説を投稿している事が発覚した。数多くの作品の中からコンテストで最優秀作品に選ばれ、書籍化までされたのだ。そして著者名を「コンテストだから本名かと思った」という理由でそのまま本名で載せてしまったために、学校中に知れ渡る事になったのだった。


「自分は脚本、演出に携わる仕事をしたい。小説を仕事に選んでしまえば使命感で書けなくなる」という理由で、あくまで趣味として小説の投稿をしていたため、小説家としてやっていく道は選ばずまた書きたくなったら書くと言い、実際に来ていたメディアのオファーなども断っていた。そして夢を叶える為に来春からは東京の学校でそれらの勉強をする進路が決まっている。そんな彼が挙手したのだからクラス中に「なんとかなるんじゃないか」という前向きな空気に変わりつつあった。準備期間は一ヶ月と少し、しかもオリジナルの演劇となれば脚本や台本作りなどかなり難しい訳なのだが、川尻はむしろこの状況を少し楽しむように、三日という期限を自ら設けて、我々のクラスの演劇という出し物が動き出した。

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