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僕が踏み出す  作者: 黒羽 百色
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校庭に戻った時には既に俊哉と太一の二人三脚は始まっていた。二人の姿を目にしたのは丁度二人が転倒した時だった。転んでしまえと念を送った事を申し訳なく思っていたが、思わぬ出来事が重なった。転倒した俊哉と太一に釣られてか、なんと他のペアも転倒し始めた。二人に気を取られてバランスを崩したり、その転倒したペアに足が引っ掛かり転倒を繰り返す。起き上がろうとしても他のペアに絡まり再び転倒など、まさに地獄絵図と化していた。なんとか起き上がった俊哉と太一が一位でゴールテープを切るなんて見ている誰もが思っていなかった結末だろう。


「あいつらが引き金のハプニングなんになあ」

城島の言う通りであったが、結果として一位を取るという、終わり良ければ全てよしの着地となった。砂にまみれ、息を切らして戻ってきた二人は互いに正反対な顔をしていた。

「み、見たか‥逆転劇をな!はあ‥はあ」

「どうしよ‥恨まれるよあれえ」

勝ち誇る俊哉と報復に怯える太一の正反対な二人による二人三脚であった。


「お前どこ行ってたんだ?」

「ん?ああトイレと‥」

「トイレと?」

教室での青春劇、そして宮間さんの意味深な質問。それらの話はこの二人といえど話す事ができなかった。宮間さんのあの質問の答えも見つかっていない。


「まあ、春が少し‥ね」

「はあ?」

怪訝そうな顔をする俊哉をなんとか誤魔化し、報復に怯える太一を宥めて、自分の出番である綱引きに備えて集合場所に向かった。勝ち抜けという最後の対決が毎年盛り上がる綱引きは、柔道部員が五人もいる他クラスがいつも圧巻の実力を見せるのが恒例だった。組み合わせはあらかじめ配られた当日の予定表にて記載されていた。昨年は初戦で見事に我がクラスは全員が引きずられるという柔道部の恐ろしさと力の差を見せつけられていたが、今年はいきなり初戦でそのクラスには当たらずに済む組み合わせになっていた。これにはクラスの綱引きの出場者から安堵の声が溢れた。


「渡部、お前は先頭に行け」と城島に背中を押されて前に出た。

「ななな何で?」

「先頭で戦え」

理由は不明だったが、いざ綱が置かれた位置に行き、隊列を組むと城島が自分を前に出した理由が理解できた。


「また君か‥」

目の前には呆れ顔、と言うより飽き顔をした多田がいた。初戦は多田のクラスとの対決だった。そして多田も綱引きの列の先頭という事だ。


「仲良しだなあお前ら」

後ろから城島の意地悪な声が聞こえてきた。

「負けんな渡部」

「いや、これ個人種目じゃない‥」

やがて綱引きの開始を告げるアナウンスが響き、それぞれが綱を握り開始の笛を待つ。恐る恐る顔を上げると、当たり前なのだが多田と目が合った。多田は真剣な眼差しで自分を見ていた。よく見ると多田の後ろには先程、宮間さんに勇気を出して想いを伝えた井川の姿があった。井川の表情もまた真剣そのものであった。宮間さんのクラスである我々相手であれば、わざと負けるよりは頑張っている姿を宮間さんに見てもらいたいだろう。


「引けー!」

開始の笛が吹かれ、慌てて綱を引く。

「そーれ!そーれ!」の合図に合わせて引いていくが、僅かに多田のクラスの方が優勢である。


「渡部腰入れろ!引け!」

後ろから城島の厳しいゲキが飛ぶが、こちらも一応本気で力を入れているつもりだ。思えば今日まで前へ踏み出す事を意識していたが、今この種目では後ろに引く事に力を入れている。当たり前だがどこか不思議な感覚だ。前までは後退する事の方が得意だったはずなのだが。

「引け!引け!下がれ!」

城島のゲキに合わせ徐々に多田のクラスが前に出てくる。徐々に形勢逆転しつつある。早くも決着がついたのか歓声が離れた位置から聞こえてくる。


「みんな頑張れー!」

左の方から宮間さんの通るような声援が聞こえた。すると声に反応するように井川が宮間さんを見たのが分かった。気になるのか更に落ち着きが無いように見える。ちらちらと伺っては体勢変えたり一人だけずれている。それを見た時、できるだけ大きく息を吸い込んだ。


「みんな引けー!」

今だと言わんばかりに後方を見て声を出した。自分でも思わず驚いたが、後ろにいた城島や他のクラスメイトはもっと驚いていた。

「うるせー渡部!」

「黙れ!」

城島に続いて次々に罵声が飛ぶが、更に引く力が強くなっていく。目の前の多田の表情が苦悶に歪んだところで勝負はついた。歓喜に沸くクラスメイト、項垂れる多田のクラス。両手を見ると手のひらにくっきりと縄の跡が付いていた。初戦でこれでは最後にはとんでもない事になっているのではないかと思った。


「てめー何興奮してんだ」

城島が肩に手を回してきたところで、先程の自分の大声を思い出し恥ずかしくなり急に縮こまってしまった。

「まあ最高じゃねーか。お前にあんなん言われたら余計気合い入るわ。なんかむかつくけどな!」

頭を一度叩き、他のクラスメイトの所に戻って行った。敗退した多田のクラスはその場を後にするのだが、井川だけはまだ残っていた。あの時、必要以上に余所見をしていた井川に何故か自分が少しだけ違和感を覚えた理由は、多田や他の人が奮闘するなか一人だけ気持ちを逸らした事や、他にも説明が難しい感情が自分の中にあった。関係無いはずの自分が何故あんな感情になったのか考えても答えは見つからなかった。


「渡部ー準備!」

次の試合が行われる位置に移動し、置かれた縄を見つめた後、相手クラスの方へ顔を上げた。

「うわ、うわ」

まるで森で熊と遭遇したかのように尻餅を着いてしまった。目の前には体格も自分の倍はある大きな体つきをした男がいた。それも前から五人目まで同じような体格だ。二回戦で当たる事になった昨年の綱引き優勝クラスだ。柔道部員五人を擁して今年もしっかり優勝候補だ。


「はは!良いね!」と城島が腕をぐるぐると回し気合い十分といった様子だった。目の前の縄に添えられた手がまるで野球のグローブに見える程に大きく見える。しかし城島同様に自分の中でふつふつと沸き上がる何かがあった。高鳴りは鼓動だけでなく、高揚する気持ちも同時にあった。この時、少し笑ってしまいそうになるほど、自分の中の変化に驚いた。三年目の最後にして球技大会同様に、この体育祭も少し楽しく思えていた事に気が付いた。だからこそ、柔道部員が相手であろうとこのクラスで勝ちたいと思えている。

その一分後、昨年と同じく全員が見事に引きずられて完敗したのは言うまでもない。

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