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ナイロン製  作者: 朝しょく
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0.内緒

 今はもうすらすらとこの世界の言葉を話せるが、ステラによるとこの世界の言語は一つではないという。

 そりゃそうだ。僕の世界にもその国ごとの言葉があった。

 ステラや僕が話す言葉はアルヒ語というらしい。イポーニアという国は元々アルヒという国の領土にあったが、独立してイポーニアになったという。

 僕はあまり歴史や戦争や領土の話は得意ではないので歴史と名のつく本を読んでこなかったし、詳しくは聞かなかったが、とにかく僕の話す言葉はアルヒ語らしい。

「ステラはアルヒって国に行ったことあるの?」

「あるわよ。コントセリーもサミハにも行ったわ」

「何それ、どこの国? 地図ないの?」

 地図を出して現在地と国の場所を教えてもらった。

 この世界の地図で見る陸地は僕の見たことない形に歪んで固まっていた。本当にこの世界は、僕のいた世界の未来の世界なのかと疑いたくなる。



 世界は一本の木で支えられている。それを聞くと、ステラが僕のことをチュールと名付けた理由も何となくわかる気がする。

 世界を支えているというその木は、見てみるとただの普通の木だった。神話なのに存在する木。僕にとっては不思議ではない。僕のいた世界にも神話に出てくる刀や鏡が神社だか寺だかに祀られているからだ。

 そして件の木は、四角く建てられた“日本風”の建物の中心に植えられ、祀られていた。いや、おそらく逆だ。木を中心に四角く囲むように建物を建てたのだろう。

 いつもは扉を締め切っていて、建物の外からは屋根からはみ出た枝や葉しかみえないらしいが、十月にだけ建物の扉が開いて中が見られるようになるらしい。

 それほど木は大きくはない。もっと山ほど大きいものだと思っていた。

 ずっと屋敷にこもっていたので今が何月なんて気にしたことはなかったが、今はどうやら十月らしく、中が見られた。しかも人が少なくて建物の中にもこうして入れた。

 植物に詳しくないのでなんの木なのかはわからない。見れば見るほど普通の木だ。

 建物の中なのに帽子を深くかぶって、不審者扱いされないだろうか。なんて思いながら、じろじろとその木を見た。

「何でこんな」

 普通の木が、と言いかけたところでふわふわと宙に浮いている白いシャツを着て黒いズボンを履いた使い魔に頭を叩かれた。

「否定的な意見を言うな」

 小声で言った。

「じゃあ、えっと、何で十月しか見れないの?」

「昔の……お前の時代の、旧暦の神無月とかが関係あるんじゃねーのかな。よくは知らないけど」

 何もない木。けれど一応は世界を支えている木だ。それなのに入場料もなく賽銭箱も置いていない。

「この神社はどうやって維持されてるんだろう」

「ここは寺だろ」

「なんでそんなに詳しいんだ……」

 後ろで浮いているはずの使い魔を見ようと振り返ると、全く知らない男女二人組が少し離れてこちらを見ていた。僕と目が合うとサッと目を逸らす。

 もしかしてこいつ、普通の人には見えないのか。いや僕も普通の人だけど。

「どうした?」

 空中で仰向けに寝ている使い魔は不思議そうにこちらを見てくる。それを無視して木の周りを見て回ってから建物から出た。

 建物から出ると祭りで見るような屋台が石畳の道沿いに建っていた。大きな門もあって、僕たちはどうやら建物の裏から入ってきたらしい。入り口に見えたのに。

 僕でも知っている和菓子を売っている店や、景品がただの紙にしか見えないくじ屋、三冊1000pと書かれた看板を立てた古本屋、亀すくいならぬ……なんにせよ、見ていて楽しい。

 屋台が多いのに歩いている人は少なくて歩きやすい。

「随分道が綺麗なんだね」

「普通だろ」

 家の中が綺麗なのはステラが綺麗好きだからなのだろうと思っていたが、この国の人はみんな綺麗好きなのか。

「こんなに綺麗ならステラと来たかった」

 と呟くと使い魔はため息をつく。

「あーあーやだやだ。飼い主がいなくて暇そうだったから出してあげたのに、飼い犬は飼い主がいなくても飼い犬ってか」

 出たいとは言っていないのに、暇だし晴れているし外に行こうと言い出したのはそっちじゃないか。

 と言いたいのを我慢して、話題を変える。

「木の皮の入ったお守りだって。お土産に買って帰ろうかな」

「偽物だからやめとけ」

「本物とか偽物とかあるの?」

「お前が見た木は偽物だ。そこで売られてる皮はあの偽物の木から出たものだ」

「へー、そうなんだ。よく知ってるね」

 っていうか、やっぱりあの木は普通の木なのかよ。

「お前にはわからないのか?」

「分からない」

 何がわからないのかが分からない。質問の意味もわからない。

「そもそもお前金持ってないだろ」

「買って」

「は?」

「か、買って」

 物凄く嫌そうな顔をされた。


 歩き続けて屋台のあるところからだいぶ離れた。道なりに歩いてきたはずなのにいつの間にか大きな木に囲まれている。地面も石畳から白い砂利道に変わり、歩きにくいがとても綺麗な場所に出た。

 大きな池の中に、大きい鯉たくさんが泳いでいる。特別な仕切りはなく近くまで鯉が見えた。

 辺りを見渡しても誰もいない。私有地に入ってしまったのではないかと不安になったが茂みの隅の方にベンチと機械で出来た箱があった。

 ベンチに座ってぼんやりと使い魔を見る。

 使い魔は相変わらずふわふわと目に見えない椅子に座っているような体勢で浮いたりしている。使い魔は宙に浮いているときは決まって腕はだらりと力なく垂れている。

 今は本当に退屈そうだ。

 羽がなくても飛べるものなのか。こうやって宙に浮くのも魔法が必要なんだろうか。

 そんなことを考えていると急に地面に足をついて、真剣な顔で僕の前に立った。

「何?」

 僕のかぶっている帽子のつばを持って帽子を脱がし、頭を直に、雑に撫でられた。髪の毛が乱れたまま、帽子をかぶせられる。

 何も言わずに行われたこの一連の行動の意味がわからずに驚いていると、使い魔はまた空中に漂いだした。

「何? 何なの?」

「怪しいと思ったんだ」

 何が? と言いかけたところで、空から声が聞こえた。

「そこの男二人、手をあげなさい」

 見上げるより前に赤毛の男が空から降ってきた。綺麗に着地をして、こちらをじっと見る。深い紺色の帽子に紺色のスーツを着ていた。

 その上からもう一人、女の子がゆっくり降りてきている。男と同じ赤毛の女の子は男と同じ色の帽子をかぶり、同じ色のスーツを着ていた。問題は制服の下が男と違ってスカートを履いていたことだった。

 使い魔が僕の隣に座ってわざとらしく短い口笛を吹いた。

「あ、あの、ちょっと」

「言うことを聞きなさい。手をゆっくり上げて、手のひらが見えるように」

「いや、それよりも」

 慌てる僕をおかしいと思ったのか、男も僕の視線を追って、気づいた。

「パンツが見えてる」

 そう男が言うとドサ、と女の子が地面に落ちた。大した高さではなかったが、駆け寄って見ると左腕の肘が赤くなっている。血が滲んでとても痛そうだった。

「大丈夫ですか!?」

「手をあげなさい!」

 銃のようなものを向けられて、大人しく手を頭の横に上げると女の子は服についた砂を払いながら立ち上がった。男の脇腹を蹴った後、僕の帽子を取るとじっと頭を見る。後ろで痛そうにうずくまっている男が気になる。

「あなた、それ地毛?」

「そうですけど……」

「魔物、こっちに来なさい」

「魔物?」

 使い魔が歩いて僕の隣に来て、同じように手を頭の横にあげた。

「最後に使った魔法は?」

「あー……変身魔法。こいつが昔の猫好きだから猫に化けた」

「ふーん……見せて」

 何も言わずに使い魔は猫に変身した。手足のある猫だった。そしてすぐに人間と同じ姿に戻った。

「分かったわ。もう手を下ろしていいわよ。ごめんなさいね、ちょっと通報があったから調べていたの」

「え、何かあったんですか」

「黒い髪の男がいるって言う通報があったの、君たちは見てない?」

 それって僕のことじゃないか、と思って使い魔を見ると、使い魔はこちらを見て首を傾げていた。

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