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ナイロン製  作者: 朝しょく
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0.苦手

 カラン、と足に何か当たった。

 木の枝だった。手に取ってみると、影狼のおやつだろうか。散歩のつもりで屋敷の中を歩き回っていたら屋根裏の入り口まで来ていた。

 近くに影狼がいるのかどうか分からない。歩いてきた方向へ木の棒を投げてみた。

 カランカランと虚しく床に落ちた音が廊下に響く。

 取ってこい、のつもりで投げたが、どうも近くにはいなかったみたいだ。

 と、思ったら、木の棒が宙に浮いて近づいてきて足にぶつかった。

 しゃがんで手を伸ばすと、柔らかい毛の塊に触れた。スンスン、とにおいを嗅ぐ音が聞こえる。もしかして、僕の姿見えていないのかな。

 フードを外すと、影狼は僕の顔を見た。

 フン、と鼻を鳴らして枝を咥えたまま僕の横を通り過ぎて屋根裏へ上がっていった。



 いつも通り部屋で本を読んでいると、ステラはおやつにとアマリア特製のケーキを三つ持ってきた。なんだか申し訳なさそうな顔をしていたので、何か後ろめたいことがあるからケーキを持ってきたのだと思った。例えば、もう僕を飼っていられない、とか。お金が、とか。

 使い魔はいつものように宙に浮いて寝ていた。

「ごめんね、チュール」

 謝られた。そういう雰囲気があったので特に驚きはしないけれど。

「何が?」

 シフォンケーキなのに飲み物がないこと? と冗談を言える空気でもない。

「最近、ずっと気を使ってくれてるでしょ」

「そんなこと……」

 ないといえば嘘になるか。

「……ごめん。でもステラが気にしてるほどじゃないと思うよ」

「ありがとうチュール、あなたには迷惑かけてばかりで……」

 やけにネガティヴだ。

「ステラ疲れてる?」

「疲れてないわ」

 即答。これ以上言っても否定されて終わりだろう。

「無理はしないでね」

「チュールは何も聞かないでいてくれるのね」

 聞いてもいいんだろうか。

「実は話してくれるのを待ってる……」

「正直ね」

 ステラはケーキをフォークで一口サイズに切り、それをフォークで刺して僕の口元に近づけた。

 戸惑っていると、ステラは口を開けるよう諭してきた。

「あー」

「……ん」

 少し身を乗り出してケーキを食べると、ステラは満足そうに笑った。恥ずかしい気持ちになっているのは僕だけか。

「資格を取ろうと思って勉強してるのよ」

「資格? 何の?」

「魔薬草の」

「ああ、あの凍るやつ」

 火で燃やしたら凍って真っ黒に焦げてしまった蔦。お茶にしてもあんまり美味しくなかったなあ。

「そうそう、そういった植物を応用して、いろいろ使えるようになるための資格を取ろうと思って……試験会場も遠いし、できれば一発合格したいのよね」

 少し留守にするってそういうことか。何泊もしないといけないくらい遠いのかな。

「ステラなら出来るよ」

「そう思う?」

「うん。ステラなら大丈夫だよ」

「チュールからもらったお守りもあるしね」

 言われるまで存在を忘れていた。

「お守りがなくてもステラなら大丈夫だよ」

 ケーキをフォークで一口サイズに切って、それをフォークで刺してステラに差し出した。

「ステラを過信しすぎかな?」

 ケーキを食べて、ステラは少し照れていた。やっぱりこの行為は恥ずかしい気持ちになるものなんだ。

「ありがとうチュール」

「大丈夫だよ、ステラ」

 ステラはケーキを食べ終わるとすぐ帰っていった。

 読んでいた本を手に取る。テーブルの上にある使い魔の分のケーキを見て、天井に近い位置で仰向けに寝転がっている使い魔に話しかけた。

「起きてる?」

「起きてる」

 起きているのか。

「見てた?」

「見てた」

 見ていたのか……。

 使い魔が降りてきて、黒髪の女性の姿に変わった。

 テーブルに置いてあったケーキの乗った皿を持って僕の前に座った。ケーキを一口サイズに切って、フォークを刺して僕の口元にケーキを差し出してきた。その時点で起きていたのか。

「あーん」

 そこから見ていたのか。

 ケーキを食べるとニヤニヤと笑っている。

 使い魔のフォークを取って、同じようにケーキを切って口元に持って行くと使い魔も食べた。

 ステラ相手だと凄く恥ずかったのに使い魔相手だと全く照れも恥ずかしさもない。一応、女の人の姿をしているのに。

 使い魔は食べ終わると少し口を開けた。

 もっとくれ、と。

 ケーキを切らずにフォークで刺して使い魔の口に突っ込むと、動じずに頬を膨らませてケーキを食べていた。

「行儀が悪い」

 口の中のケーキを飲み込むと、反論して来た。

「女にする態度じゃない」

「ケニーは男だろ」

「今は女だよ、ほら」

 使い魔は僕の手を取って自分の胸に当てた。

「柔らかい」

「率直なご感想どうも」

 どうなっているんだろう。これは魔法で体の作りを変えたんだろうか。男から女になるのはまだ分かる気がするけれど、人間から猫に変わるのはどうやっているんだろう。

「これ、大きくできる?」

 服が少し膨らんで、手に圧迫感があった。胸が大きくなった。動かしていないのに、当たっているだけで、触れているだけで柔らかさを感じる。人間ってこんなに柔らかいのか。

「男に戻ってみて」

 と言うと、何を聞くでもなくすんなり元の姿に戻った。髪が短く胸が平らでちょっと硬い。背の高い白髪の見慣れた姿になった。

「人体の不思議……」

 使い魔はフェネックに変わって、僕の足の上に座った。撫でると小柄でふわふわしている。

「お前も魔法が使えるようになったらやってみればいい」

 こんな日がいつか来るのかな。

「出来れば僕は鳥になりたいな」

「年頃なんだから女になって女湯に入りたい、くらい言えよ」

「女の人になった時点で鏡見ればよくない?」

 使い魔はわざとらしくため息をついた。

「自分の裸なんて見ても楽しくないだろ」

「性別が変わった自分の裸だよ」

「性別が変わった俺の胸をさっき触ってたんだが」

「そういえばそうだ」

「それに女になったらステラと一緒にお風呂に入れるぞ」

「え゛う……」

 なんでそこでステラが出てくるんだ。

「女になってステラと友達になったら風呂にも入れるし一緒に寝られるぞ?」

「それは、違うでしょ……」

 もうそれは僕じゃない。

 いや……僕じゃなければなんだ? 使い魔は性別が変わればステラと風呂に入れる、一緒に寝られる、と言っているんだ。男の僕では叶えられないことだ。そう言う話をしているんだ。叶えたくもないが、とそこまで考えるのはステラに失礼だ。

 悶々と考えているとフェネックがまた女性に変わった。

「こうして私がお前の膝の上に座っていても何ともないんだろ」

「ケニーだからね」

「じゃあ……」

 と言って、自分の顔を両手で覆って隠した。髪が肩まで縮んで、髪の色が薄茶色になって、体型も目の色も変わった。顔から手が離れて真正面から使い魔の顔を見た。

「ばあ」

 使い魔はステラの姿になっていた。

「チュール」

 声も姿も全く同じなのに、どこかが違う。何か違う。違和感がある。

「変だ、ステラはこんなことしないし」

「………………」

 仕草も姿勢も僕を見る目も、どこかステラとはかけ離れている。違和感がある。

 ステラ扮する使い魔は僕が瞬きをしている間にフェネックに戻った。

「ケニーはその姿が一番いいよ」

 ふわふわしているし。

「女は男に必要のないものがあるし男は女に必要のないものがあって面倒だ」

「それはつまり人間になるのが面倒ってこと?」

「動物は人間に必要のないものがあって面倒だし、人間は動物に必要のないものがあって面倒だ」

 使い魔はベッドの上に飛び乗ると丸まってあくびをした。

「チュールも魔法が使えるようになったらわかる」

 分かるようになるといいな。

「あ」

 と言って使い魔は顔を上げた。

「そういえばお前手紙どうしたんだよ」

「隠してある」

「ステラに見せてないのか?」

「見せてない」

「ふーん」

 ちなみにノートも返していない。

「ステラじゃないような気がするんだよ」

「アマリアか?」

「アマリアでもないような……」

「じゃあ誰にも渡せないな」

「ケニーに開けられないなら誰にも開けられないんじゃないかな」

「なんだそれ」

 それに、ガルムと僕は初対面だったのに本の彼は僕を知っていた。たぶんあの本は未来の僕と会った後に作られているんだ。現在の僕と同居している人ではなく、未来の僕が同居している人に渡して欲しいってことじゃないか、と渡さない理由を考えている。

「ステラ宛ならリリー経由で渡しそうじゃない?」

「あいつはガルムと会えないんじゃないか」

「なんで?」

「あいつはガルムに何も望まないから」

 そういえば本の中で、質問に答えた代わりに手紙を渡して欲しいって言われたんだった。なにも聞かなかったら何も渡されなかったのか。使い魔はそういう解釈をしているようだ。

 リリーはなんでノートの管理をしているんだろう。いや、管理してる、か?

「分からないことばかりだなあ……」

「いつもだろ」

 フェネックは鼻で笑った。

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