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ナイロン製  作者: 朝しょく
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0.ない

 ステラは植物が好きだった。部屋にはよく花が飾ってあって、毎朝早くに起きて部屋を出ていくので理由を聞くと庭の手入れをしているのだと言っていた。

「植物は魔法にも使えるから重宝するわ」

「薬にもなるよね」

「薬は私の専門外だけど、よく友人が庭の葉を採らせて欲しいって頼みに来るわね」

「庭ってあの噴水の?」

「あれも庭だけど、あれは人に見せるための庭ね。いつか裏庭を見せてあげるわ」


 昔の学生だった僕は一人暮らしを考えただろうか。働いてお金を稼いで一人暮らしをして……。

 今の僕はもう学生でも何でもなく、。異世界から来たただの無職。

「ただの穀潰しだ」

 そのうえ女の子に養ってもらっている。こんな未来を過去の僕は想像できただろうか。

「違うってば」

 ステラの部屋で朝食を食べたあと、悩んで机に打っ伏している僕の頭をステラが撫でた。今日のステラは珍しくワンピースを着ていて、腰にベルトをつけ、その上からマントをつけていた。

「何か手伝いたい。庭の草抜きだけでも。部屋の掃除だけでも」

「魔法で賄っているから手伝いなんていらないわ」

「魔法が使えない人間なんてただの役立たずだ」

「う……いや……そんなことないわよ」

「役立たずなんだ……」

 顔を上げるとステラが困った顔をしていた。

「チュール、お嬢さまを困らせないでください」

「アマリアはメイドでしょ、いつも何してるの」

「お嬢様のお側にいます」

「そうよ、あなたも何もしなくてもいてくれるだけでいいのよ」

 そう言われても、そうはいかないだろう。

「僕に魔法を教えて。ステラの役に立ちたい」

 魔法が使えない人間が役立たずなら、魔法を使えるようになれば、少しくらいは役に立つのでは? そう思ったがきっと、ステラの負担が増える。世話をしてもらっているのにそのうえ魔法まで教えてくれるだろうか。

 ステラは少し俯いて悩んでいるようだった。

「少し時間を頂戴」

 めちゃくちゃ悩んでいる。部屋の中をうろついて、珍しくとても悩んでいる。こんなに悩んでいるステラを初めて見た。

 ため息をついて、ステラは言った。

「良いわ。魔法の復習になる」


 ステラの部屋にあるクローゼットの裏に隠し部屋があったのを初めて知った。魔法を練習する場所で、ステラが学生の頃は毎日その部屋で魔法の練習をしていたらしい。

「久しぶりに入ったからちょっと埃っぽいかもね」

 入ると勝手に明かりがついた。四角い真っ白な部屋だった。窓もなく、あるのは出入り口になっている穴だけ。

 ステラが呪文を唱えると、風が吹いた。どうやら中の埃を外に出したらしい。

「アマリアは外で待ってて」

「了解しました」

 部屋に入ると入ってきた穴のような入り口が消えて、真っ白な壁になった。

「私は教科書を読んで勉強するよりもまず実践して覚える方が楽だと思ってるから、チュールもそれに従ってもらうわよ」

「基礎とかはどうやって知ればいいの?」

「基礎こそ実践あるのみよ。もしチュールが勉強してから覚える方を得意としているのなら、とりあえず基礎を教えるから後で本を読んで勉強なさい」

 そんな適当でいいのか。というか、その教育方法はステラに効いても僕に効くとは限らないんじゃ? 基礎すら出来なかったらどうしよう。今さら不安になってきた。

「私は今から火を出すわ」

「え、うん……はい」

 手のひらを下に向けた右手を前に出した。

 その瞬間、火がステラを中心に床から壁を伝って天井まで燃え上がり、一瞬で火に囲まれた。

 そして瞬きほどの速さで消えた。余熱で部屋全体が暑く息苦しい。

「空気を入れ替えましょうか」

 と、またステラは風を吹かせた。出入り口がないのにどうやって入れ換えるんだと思ったが、風は冷たく何処からともなく流れて、息がしやすくなった。

「びっくりした……」

「いつも使ってる魔法とさっきの魔法、何が違うかわかった?」

「……火を使ってる」

「そういえばチュールの前で火を使ったことなかったわね」

「杖を使ってない?」

「じゃあ、いつものを。アゴーニ!!」

 何処から湧いたのか、火が七ヶ所ステラ周辺に渦巻いて球状に固まり、銃弾のような速さでこちらに向かって飛んで来た。

 左頬、左腕、左手、右肩、右耳、右足、球が掠り。一つだけ空中で目の前に止まった。驚いて尻餅をつく。

 ジワジワと掠めた頬や耳が痛くなって触れると手に血がついた。よく見ると服も焦げ付いていた。

「これがいつも使ってる魔法」

 いや……怖すぎるだろ。

 空中で止まっていた球が床に落ちた。僕を掠めた球の行き先を見ると、同じく床に球が落ちていた。床の材質が強いのか、それとも球の威力が弱いのか、床には傷ひとつ付いていなかった。

 球に近づいて見ると真っ赤な火が小さい球の中で蠢いている。手を近づけると熱も感じる。球じゃない。火そのものを撃ってきていたんだ。

「チュール」

 ステラが近づいてきた。火は音もなく煙になって消えていった。

「ステラ?」

「動かないで」

 頭の近くまで手を出されて、また何かの魔法をかけられるのかと身構えて目を瞑った。頭を撫でられて目を開けるとステラは笑っていた。

「ごめんなさい、怪我させるつもりじゃなかったんだけど。怖かった?」

 怖かった。殺されると思った。一度目も、二度目も。熱さも痛みも感じたし、二度目なんて最悪死ぬような魔法なんじゃ……。

「こわかった」

 と、正直に答えるとステラは頷きながら、

「よく知ってるわ」

 と言った。


 頭を撫でる行為は怪我を治すためのものだったらしく、頬や耳の怪我はきれいに治っていた。

「はい、じゃあ一回目と二回目、何が違ったか分かる?」

「えーっと……呪文? を言ったか、言ってなかったか」

「そうね」

「あと……二回目は凄く攻撃的というか……他人に向けちゃダメな魔法な気がする」

「じゃあ一回目は他人に向けても良い魔法ってことかしら?」

「そうじゃ、なくて……ごめん、考えがまとまらなくて」

「良いわよ。まとめなくても思ったことを言ってくれれば」

「……一回目はまだ応用がきく。暖炉をつけるときとか、料理を作るときとか。でも二回目の魔法は……銃みたいに、生き物を殺したり脅したりするためのもの、というか……どっちも危ないし怖いとは思うんだけど、二回目の方が死にそうだと思った」

「それだけ答えられれば優等生ね」

 ステラはそう言って指を鳴らした。

「ドーシチ」

 ザァーと、僕たちを避けて雨が降り出した。

「二回目と同じ方法で出した魔法なのに、一回目と似たような魔法が出たわね、何故かしら」

「うーん……もしかして魔法って」

「お嬢さま」

 雨が止んだ。ステラが壁に空いた穴の前に立っているアマリアの元へ歩いて行った。何か話しているが、声は聞こえない。

 水たまりが床に染みるように消えていった。

 魔力には種類がある? 種類があるのなら、その種類によって使い分けているんじゃないのか。魔力ってどうやって作られるんだろう。僕に魔力はあるのだろうか? 僕に魔法は使えるのか? もし魔法が使えなかったら、魔法を使えない人間が、ただの役立たずはこの世界に必要なのか?

「チュール」

 僕の名前を呼びながらステラが小走りで近づいてきた。

「どうしたの?」

「お昼ご飯の時間よ。昼からは私、少し用事があるから魔法はまた今度にしましょう」

 ニコニコと笑って少し機嫌が良さそうだ。たぶん、昼から買い物に行って植物を買う予定でも出来たのだろう。

「うん、ありがとうステラ。あの、魔法の勉強したいから本とか、貸してくれたり……」

「ごめんなさい、今日は基礎すら教えてないから貸せないわ。基礎すら知らないのに試しに魔法を使って大変なことになったら責任取れないもの」

「あー……確かに、僕は試しちゃうかも」

「また今度ね」

 けれどこの日以降、ステラは僕に魔法を教えてくれることはなかった。

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