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ナイロン製  作者: 朝しょく
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0.魔女

 歴史。僕が最も苦手としてきた教科だった。

 しかしこの世界の歴史は僕の知る歴史とは違う。魔法を使う文化の繁栄、そのせいで起こってしまった悲劇と差別。

 僕のいた世界の歴史書物は古すぎることと、一番は戦争による国土の関係であまり現存していないと警備員から聞いた。

 もしも今までの歴史がずっと残っていて、人が日々改善改良を意識して正しく生きていけたら差別も戦争もない世界になるんだろうか。

 ……そんなわけないか。



 読んでいた本の主人公が故郷の自宅の前で泣くと、その声を聞いて父親が家から出てきた。主人公を見ると急いで駆け寄り、抱きしめた。後から母親が家から出てきて、その光景を見ると母親も主人公を抱きしめて泣いた。

 ベッドに寝転がって、自分のお腹の上に本を置いた。

「帰りたい」

 と呟くと、短足な犬になって空中を徘徊していた使い魔は僕の方を見た。

「ホームシックには遅すぎる」

 確かにそうかもしれないけれど。ホームシックに遅いも早いもあるのか?

「ホームシックになったこと、ある?」

「俺はことはいい」

 あるんだ。

 ケニーは僕の頭のすぐ横に降りてきた。

「なんで帰りたいなんて思ったんだ?」

 本の影響だ。

 夢に父親や母親、そして妹か弟か兄か姉のような人間が出てくることがあるが、顔が見えてこない。やけに親しく優しく懐かしい気がするから恐らく彼ら彼女らは家族なんだろう。

 家族なのかどうかも分からない、家族の顔も見えない、それが悲しいとも虚しいとも思わない。

「僕は家族のことを覚えていないから、会いたくなっちゃった」

「そんな本読んでるからだ」

「この本読んだことあるの?」

「ある。魔法事故に巻き込まれて遠くの国へ瞬間移動した子供の話だろ」

「そう言う事故ってよくあるの?」

「ないようにできている」

「どうやって?」

 短足犬は空中を見た。考えている。

「知らない」

「絶対知ってるでしょ」

 説明を面倒くさがっているだけだ。

「知らない」

「教えてよ」

 短足犬は大きなため息をついた。

「……まず魔法というのは分かりやすくいうと脳内イメージを具現化したものである。そのイメージの中に事故がないように配慮された部分がある」

 ん?

「うん」

「それも複数あるのでどこかを省略してもどこかで補われている。相当のバカじゃなければ事故は起きないが、相当のバカはそんな魔法を使えない」

 なるほど?

「なるほど……」

「分かったか?」

 よく分かってません。

「分かった」

「分かってないだろ」

「お菓子で例えて」

 犬はフン、と鼻を鳴らした。

「アマリアに聞け」

 確かにお菓子作りが趣味だけど。

 犬の胴体を撫でると尻尾が上がった。撫で続けていると尻尾が左右にゆっくり揺れ始める。

 犬に化けると犬になるんだろうか。犬に変身しているから犬に近づいて行くのか、犬に近づけるから犬に変身できるのか。

 使い魔はいろんな動物に化けている。さっきイメージって言っていたし、動物へのイメージが明細なのかも。そのイメージの中には人間に戻るためのものも含まれているのだろうか?

 理解できそうで理解できない。魔法使いになるのって大変だなあ。

「ケニーの髪色って地毛?」

「さあ?」

「元は何色だったの?」

「さあ? 忘れた」

「なんで今は白いの?」

「なんとなく」

 なんとなくで髪色が変幻自在って良いな。楽しそうだ。

「前は何色だった?」

「いた国によって変えてた」

「例えば?」

「お前の好きなコントセリーでは赤毛やオレンジとか、暖色系の色を少し暗くした髪色の人間が多かったから、それにしてた」

 赤毛の使い魔をイメージできない。白髪に慣れているからだろう。

「寒色系が多い国では水色にしたり、金髪にしたり、差別や偏見がないと謳っている国では黒にもした」

「いろんな色に変えられるのは楽しそうだね」

「楽しくはないな、面倒だった」

 かと言って一色を固定にしていろんな国に行く方が面倒だったらしい。

「まあ髪色を変えずに世界一周を目指している人間もいたが」

「友達?」

「違う」

 パタ。としっぽが垂れた。あまりいい思い出じゃないみたいだ。

 お腹の上に置いた本を手に取って続きを読む。

 感動の再会があって、お母さんがご飯を食べよう丁度今出来たところだから……と主人公は手を引かれるがまま家の中に入ると、目を覚ました。全ては夢だった。主人公は魔法の誤送で辿り着いた先で元々住んでいた家よりも裕福な家庭に養子として迎え入れられ、そのままそこで暮らしていたのだった。旅をして家に帰った今までの記録は「あのとき諦めずに帰っていたら……」と、主人公が想像したものだった。全て妄想だった。

 と、いうのも実は嘘で、そういう“もう一つのあり得た人生を想像した”と、いうわけではなく、本当に全て妄想で「たまに本当の家族を思い出す」と締め括られていた。

 その次には作家ではない人間の解説。

 混乱する。なんだこれは。結局どれが本当でどれが嘘だ。

 どんなことを解説しているのかと読んでみると、この本は作者のほぼ実話らしい。

 魔法の事故で飛ばされたわけではないが、家庭の事情で国外に行った先で、夜な夜なこう言った妄想をして過ごしていたそうだ。

 つまりこの本の主人公は事故で知らない土地に行き裕福な家庭で過ごしたが家に帰る妄想をよくする、ということか。

『この物語には多くの批判が寄せられたが、途中に時間の魔女が出てきているため、勘のいい読者はここでもしかして妄想なのではと気付いたはずだが、多くの読者は気づかなかった。それは、時間の魔女ガルムが存在していてほしいとどこかで願っているからではないか?』

 本を閉じて、僕の横で眠る使い魔の体に、本をそっと置いた。そのまま寝ていたのでゆっくりベッドから降りて部屋を出た。


 最近、アマリアはたまに換気のために廊下の窓を開けている。窓を開けていても僕は外に出ないと信用されたのかもしれない。出られたとしても屋敷を囲む塀からは恐らく単独では出られない。

 開いた窓から見える世界は現実だ。実際に歩いたのだから存在している。でもこの世界そのものが僕の夢だったら。

 手の甲に爪を立ててつねってみる。痛い。夢じゃない。

 とか言って、この世界が痛覚もあるゲームの世界とかだったらどうしよう。

 なんて、こういうことは考えても仕方がない。5秒前に出来た世界とか、水槽の脳の世界とか、証明のしようがないし。

「チュール」

 声のした方を見るとステラがいた。いつもどこかへ出かけていたのに、今日は出かけていなかったのか。

「ステラ、どうしたの?」

「出かける準備をしていたのだけれど、気がついたら掃除しちゃってて……」

 ステラは照れ笑いをした。

「チュールはどうしたの?」

「本を読んでたんだけれど話のラストが微妙で、ちょっと落ち込んでた」

「そうなの。何の本?」

「“じゃがいものカレー”って名前の……」

「ああ、あの本。確かにハイライトの書く物語は最後が……絶妙、ね」

 凄く言葉を選んでいるが、絶妙という言葉は適切ではない気がする。

「今からアマリアがおやつを持ってきてくれるのだけれど、チュールも一緒に食べない?」

「行く。あの本の、ステラの意見が聞きたい」

「うう……」

 少し嫌そうだった。

 ステラと一緒におやつ食べるの久しぶりな気がする。


 ステラの部屋に行くと本棚の上に置かれていた本が何冊か本棚に収まっていて、朝来た時にはなかったトランクケースが置いてあった。

「本を持っていくの?」

「少しだけ書斎に移して本棚を整理しただけよ」

 そういえば出かける準備をしていたのに掃除を始めてしまったって言ってたっけ。

 よく見ると本棚に置いてある本は植物の本ばかりで、園芸や農業、特定の花の育て方の本の中に接客や経営、お金に纏わる本も置いてあった。

 よく知らない人の本棚だ。

 花屋でもやるんだろうか。それとももうやっているのか。

 アマリアがクッキーと紅茶を置いてくれた。

「アマリアありがとう」

「どういたしまして、失礼致します」

 アマリアが部屋から出て行ってしまった。

 ステラと二人きりだ。

「準備はもう終わったの?」

「まあ大体ね」

 どこに行くの?

「そうなんだ」

 どれくらい留守にするの?

 そんなこと聞いてどうする。

「……あの本、読んでた本に時間の魔女っていう単語が出てきたんだけど」

「うん」

 ステラはクッキーを一枚食べ始めた。

「時間の魔女って何?」

 誰? の方が正しかったかもしれない。

「んー」

 ステラはカップを手に取って紅茶を飲んで答えた。

「時間を自由に行き来することができて、頼んだ過去を変えてくれるみたい」

 タイムパトロールに指名手配されていそうな人だ。

「あと、魔法を作ったとも言われているわ」

「凄い人なんだね」

「都市伝説みたいな人だけれど」

 僕の世界で言う神武天皇みたいな人なのかな。

「ステラは実在していると思う?」

「実在していると思う」

 意外だった。

 変えたい過去でもあるんだろうか。それを聞いて、例えば僕のことを言われてしまうとショックが大きすぎる。立ち直れないと思うから聞かなかった。

 いや、きっとステラはそんなことは言わないと分かっている。けれど、もし質問に答えてくれたステラの表情に嘘があれば、僕は今後ステラを疑ってしまうだろうな。

「いるといいね」

「いてもいなくてもどちらでもいいけれど」

 と言ってステラは笑った。

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