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ナイロン製  作者: 朝しょく
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0.露天

 門の前に人がいるのが見えた。アマリアが歩いて行って、門越しにその人と何か話をしている。

 しばらくするとアマリアは頭を下げて屋敷の方へ歩いてきた。門の前にいた人は門から離れて去っていく。

「さっきの人誰?」

「押し売りです」

「この世界にもあるんだ。何売りに来たの?」

「薬です」

 凄い世界だ。

「救急箱は家にありますか? あった方が便利ですよ、とのこと」

「ああ!」

 それか!



 ステラの部屋に行くと珍しくソファでステラが眠っていた。使い魔ではなく、ステラがだ。こんなに珍しいことはそうそうない。

 毛布をかけると目を覚ました。眠そうに瞬きをしながら僕を見る。

「わー!」

 突然声を上げて、起き上がった。慌ててクローゼットを開いて服を着替え始めたので目を逸らす。ソファの下に落ちていた鞄を手にとり、走って部屋から出て行った。

 なんだろう。何があったんだろう。毛布を畳み直しているとステラが部屋に戻ってきた。

「夜じゃないの……」

「夜だよ」

「朝だと思った……」

 寝ぼけていたらしい。晩ご飯もまだ食べていないのに。

「わー! となるものが出てきて良かったね」

「う……いやみ……」

 ステラはソファに座ってあくびをした。

「疲れてるね」

「つかれてない」

「ステラ最近休んでる?」

「やす……」

 ソファの上で膝を抱えて俯いた。

「やすんでない……」

 休んだ方がいいんじゃない。なんて言葉を言う資格は、僕にはないな。

「ステラ、もうお風呂入った?」

「え?」

 顔を上げて、僕を見た。

「そういえば、行ってないわ……着替えたのに……」

「それならさ、今日は外のお風呂入らない?」

「外? どうして?」

「露天風呂に入ってみたい」

 あくまで自分の我が儘として言ってみたら、ステラの気分転換に繋がらないだろうか。

「チュール、そんなに外に出たい?」

「そう言うんじゃなくて……」

 ダメか。

「気分転換になるかと思って」

 ステラが驚いた顔をした。

「疑ってごめんなさい」

 普段外に出たがっているのだから疑って当然だろう。

「疑われるのは僕の日頃行いのせいだよ」

「……そう、ね、そうだわ」

 肯定されてしまった。

「じゃあ、今日は外のお風呂に入るわ」

 あ、そっちか。

 部屋のドアをノックする音の後、アマリアの声が聞こえた。

「お嬢様、御夕飯の準備が出来ました」

「ご飯を食べ終わってから、チュールは着替えを持って私の部屋に着てね」

「わかった」


 と、答えたが、一緒に入るのか?

 食後、部屋で寝巻きの準備をするために衣装箪笥を開けた。

 混浴だったらどうしよう。そんなわけないか。

「ケニー」

 ベッドで仰向けに寝転がっている犬に問いかけた。

「外の風呂ってちゃんと男女別れてるよね?」

「あ?」

 犬は寝返りを打ってベッドに伏せをした。

「外の風呂に行くのか?」

「うん」

「ステラに内緒で?」

「ステラと一緒に」

「……混浴なのに?」

 持っていた寝巻きを落としてしまった。

「そんなことアマリアは一言も……」

「アマリアは一人でしか入らないから気づかなかっただけじゃないか?」

 そんな、まさか。元は使用人が使っていた風呂なのに? ありえるのか?

 服を拾い直して、手提げ鞄に入れた。

「ニヤニヤするなよ」

「してない」

「微塵も想っていない相手に興奮されたらステラも嫌だろうな~」

「しないよ!」

「本当にそう言い切れるのか?」

「言い切れない!」

 さっきもステラは僕の目の前で着替えていた。それくらい僕はステラに男として見られていない。いや、だからなんだ。僕自身もステラに対してなんとも想っていない。

 混乱してきた。しゃがみ込んで頭を掻いた。

「興奮しない魔法とかない?」

「お前、今めちゃくちゃ怖いこと言ってるぞ」

「ケニーも一緒に行こうよ」

「行っても仕方ないだろ」

「ヤバくなったらケニー見てる」

「……仕方ないな」

 ベッドから降りた犬は人間の姿になった。

「行くぞ」

 使い魔は黒髪で目が紫色の女の人になって床にしゃがみ込んでいる僕に手を差し出した。

「ケニーが変身していると思うとそんなに……」

 立ち上がっても目線が一緒で違和感がある。

「遊びがいのない。中身は男でも体は女だ。胸でも揉んでみるか?」

「揉んでも本物との違いが分からないからなあ」

「俺の変身は本物だぞ」

「本物って」

 ノックの音が三回した。

「チュール、寝ちゃった?」

 ステラの声だ。使い魔と話すぎた。

「ごめん待たせて」

「ううん、大丈夫。それじゃあ、行きましょうか」


 二回目の外だ。ステラ公認だと、初めての外だ。

「空が綺麗だね。庭も相変わらず……」

 しまった。

「庭も綺麗だね」

「どうも、ありがとう」

 咲いている花は殆どないが手入れが行き届いている裏庭を通り過ぎて、一軒家のような大きな建物の前に来た。

 玄関を開けると正面にカウンターがあり中に髪の短い男性とも女性とも取れない人が立っていた。

「あら久しぶりだね可愛いコスモスちゃん」

「こんにちは」

「そちらは新しい使用人君かい」

 僕の方を見た。

「こ、こんばんは」

「こんばんは。君は女の子かな?」

「いえ、男です」

「じゃあこっちだ」

 絵の書いてある鍵を二個カウンターに置いて、僕から見て左側を指差した。

「そっち男湯ね」

「え?」

「じゃあ、また」

 ステラは直接鍵を受け取って、右側の廊下へ入っていった。

 手提げ鞄に入っていた黒いフェネックが吹き出した。

「本当に混浴だと思ったのかよ」

「ケニーがそう言ったから!」

 鍵を受け取って廊下の入り口にかかっている暖簾をくぐる。絵の描いたロッカーがたくさんある脱衣所に出た。

 銭湯みたいだ。

「わくわくする」

「外に出る前にわくわくしろよ」

「外に出る前は緊張してた」

 鍵を一つ使い魔に渡すと、鍵に書いてある絵と同じ絵が書いてあるロッカーを開けた。

 真似してロッカーを開けると、中にはタオル、石鹸、シャンプー、リンス、カミソリやクシが入っていた。

「凄い」

「ほら」

 使い魔に桶を渡された。その中にタオルとアメニティ類を入れて、いざ浴場へ。

 少し薄暗いが、入って右側に洗い場がたくさんある。左側に大きい浴槽が三つ。壁から滝のようにお湯が流れている。正面の突き当たりには扉が二つあった。

「広い!」

 とにかく広い。空間を弄る、という魔法なんだろうか。外観からは想像できないくらい広い。天井が高いので開放感がある。

 銭湯というより健康ランドみたいだ。

「あのドアは?」

 突き当たりのドアを指さした。

「サウナ」

「サウナ! 優雅じゃん」

「優雅か?」

 見渡していると入り口に並んですりガラスの引き戸があった。

「これは外?」

「偽露天風呂」

 ニセ?

 引き戸を開けると、天井がなく、真ん中に夜空が反射しているプールのような湯船があった。正面と左側には壁があり、右側は手すりの向こうに森と海が見える。

「この家ってこんなに高台に建ってるの?」

「魔法で外を模倣しているだけだ」

 少し風が吹いていて偽物の気がしない。

「この海も偽物なはずなのに、何でこんなに心が揺さぶられるんだろう」

「偽物だからだろ」

 どういう意味かは分からないが納得しておいた。

 湯船に入るために、先に髪と体を洗う。使い魔はサウナに入っていった。

 洗い場に一人。広くて少し背中が怖い。

 急いで体を洗ってサウナの戸を開けると、ちゃんと使い魔がいた。

「何だ」

「ケニーも露天風呂行く?」

「行かん。広い風呂に怖くなってんじゃねえよ」

 バレている。

 早足で外に出て、星の浮いている湯船に浸かった。お湯が熱い。でも少し冷たい風が吹いているので心地は良い。

 屋敷を出たときに見た夜空よりも星が見える気がする。空も湯船もプラネタリウムみたいだ。

 湯船から出て手すりの向こう側へ手を伸ばしてみた。届きそうにない。

 この先に行ったらどうなるんだろう。どこまでが模倣なんだろう。

 ずっと遠くの海の向こうに街が見える。

 人がたくさんいるんだろうな。人と魔法で溢れていて、どこ見ても目を引くものばかり……。

 肌寒くなってきた。

 露天風呂を後に屋内に入った。使い魔が入り口から一番遠い湯船の隅に入っていた。

「体洗った?」

「洗った」

「なんでそんな隅っこに?」

「なんとなく」

 一緒に入ろうと使い魔に近いたら使い魔は手を前に出した。

「来るな」

 足を止めた。

「なんで?」

「一緒に入りたくない」

「こっちのお風呂には?」

「入って良い」

 三つ並んでいる湯船の両側に一人ずつ入る。三つのうちの一つと言っても一つ一つが広いのでなんとなく落ち着かない。使い魔と同じように隅に移動した。

「この前一緒に入ったよね?」

 僕の声だけが響いて、返事はなかった。

「ちゃんとステラは気分転換してるかな」

「さあ?」

 いつもシャワーで済ましているからだろうか、お湯が熱い。

 百秒数えて風呂を出た。

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