0.大犬
ステラに四葉のクローバーのしおりを貰った。とても綺麗に出来ていて早速読んでいた本に挟んだ。
「四つ葉ってやっぱり珍しいの?」
「そうでもないわよ」
繁殖に成功でもしたのかな。
そう思っていたのに散歩から帰ってきた使い魔がしおりを見て驚いていた。手にとってじっと見たり無意味に振ったりしている。
「ステラが作ってくれたんだよ」
「四つ葉を?」
「しおりを、だよ」
「四つ葉は?」
「ステラが見つけたんじゃないかな……そんなに珍しいの?」
「珍しい。俺は見つけたことない」
僕も見つけたことはない。外に出ないから、と言う理由ではなく前にいた世界でも見つけたことがない……はずだ。
「この世界って、四つ葉は珍しいの?」
「いや……珍しいものでもないが久しぶりに見た」
そう言われれば、僕もこの世界に来て初めて見たかもしれない。
薄い布の切れ端を丸めて、その布の上に別の布を被せ、紐でくくって、てるてる坊主を作った。
この国は雨季に入ったらしく最近毎日雨が降っている。けれど屋敷の中がジメジメすることはなく、いつもと変わらない。
じゃあ何故てるてる坊主を作ったのかというとなんとなくとしか言いようがない。勉強を休んでいるのもなんとなく。
「何これ、ジュグってやつか?」
黒いパーカーに黒いジーパンを履いた使い魔がてるてる坊主の首に括られた紐を掴んでジロジロ見た。
「ジュグって何?」
「他人を呪ったりする道具」
あ、呪具か。ということは藁人形みたいなものだと思ったのか。確かに首を吊った人形に見えるか。
「いや、違うよ。おまじないみたいなものではあるけれど、これで雨を止ませられるというか」
「へえ、すごいな」
「百パーセントではないよ」
「どれくらいの確率?」
「降るか降らないかの五十パーセント」
「高いな」
高いのか。博打みたいなものなのに。
「これに顔を描く」
僕が手を出すと、使い魔は持っていたてるてる坊主を返してくれた。
点を一個、湾曲した線を描いて笑顔に見える顔を描いた。
「出来上がり」
「片目がない」
「叶ったら描くんだ」
「へえ」
そう言って使い魔は部屋から出て行った。飽きたのだろうか。
これをどこに吊るすか考える。できれば窓際が良いけれど、こんなものぶら下げたいと言ったらステラは許可してくれないだろう。てるてる坊主を知らない人間が見たら首吊った人形にしか見えない。なので、部屋に飾ることにしよう。
部屋を見渡してぶら下げられるところがないのに気づいた頃、使い魔が戻ってきた。
「雨止んでないぞ」
本当に止むのだと信じているのか。言うなればこれはただの遊び、暇つぶしなのに。使い魔ってたまに純粋だな。
いや、でも魔法がある世界で、道具を使ってこれで雨を止ませます、なんて言われれば僕も信じる。
「これは明日の雨を止ませるんだよ。あとどこかに吊るさなきゃいけない」
「なんだ。そうなのか」
「確実に止むかどうかは分からないよ?」
「止んだら面白い」
確かに。
「どこに吊るそうかな。出来れば軒先が良いんだけど、太陽が見える場所ならどこでもいいのかな」
「窓辺に吊るそう」
「軒先とは言ったけど、ダメでしょこんな変なもの、目立つ」
「お前が頼めばステラは断らない」
「そんなわけないだろ」
「良いわよ」
ステラは紺色の七分袖で腰にリボンのついたワンピースを着て、花柄で可愛らしい紙のサイズを測っていた。
「ほらな」
「良いの? 突然人が来てこんなものがぶら下がってたら怖くない?」
「雨季に来る人なんていないわよ。私だって外出を控えているのに」
「でも……」
本当にいいの? と聞く前に使い魔が遮った。
「まあとにかくつけて良いってことだよな」
「ええ、良いわ」
「よし、つけに行こうチュール」
そんなに楽しみなのか。テンションの高い使い魔に腕を掴まれステラの部屋を出た。
「屋根裏の窓につけよう」
「屋根裏……」
薄暗くて怖いからあんまり行きたくはない。階段も途中で折れているし。収納できる階段なのだから収納するか階段を直せばいいのにと思うが、自分でできないことをわざわざ言うことはできない。何か意味があるのかもしれないし。
「別にここの窓でも良いんだよ」
と適当な窓を指さした。
「それじゃあここにしよう」
そう言って使い魔は紐を伸ばした。天井まで飛んで、ぶら下げると、大きい窓の真ん中でてるてる坊主は揺れていた。
「紐を伸ばしたのって魔法?」
「そうだよ」
窓枠の柄もあいまって、てるてる坊主が花畑で遊んでいるみたいだ。そう考えるのはあまりにファンシーすぎるか。
「で、これでいいのか?」
「うん。明日晴れると良いね」
明日天気になあれ、は天気を占う歌だったか。てるてる坊主の歌は、何だったっけ。明日天気にしておくれ?
「本当に晴れるのか?」
「雨が降れば首を切る。晴れたら描かなかった目を描く」
「罰が重いな」
作られた時点で晴れても雨が降ったとしても最終的に捨てられることに変わりはない。
「雨だったら目を描かないで部屋に飾っておこうか。また晴れさせたいときに飾ろう」
「使い回せるのか」
「知らない」
使い回そうだなんて布を丸めただけの人形に変な情が湧いてしまったんだろうか。
次の日の朝。朝食を食べる前にてるてる坊主を見に行くと胴体が千切られていた。紐は天井から垂れ下がり、床には頭だけが落ちていた。丸めた布を覆っていた布は破れて周りに散っている。
「なんて無残な……」
「何を驚いているんだ」
「ぼろぼろになってるから」
「首を切られたんだろ?」
「僕の知るてるてる坊主は失敗しても成功してもてるてる坊主に変化はないんだけれど……」
使い魔が驚いた顔をした。
「このてるてる坊主、は、作ったものに呪いが返ってくるとか、邪魔したものに呪いがかかるとか、何かあるのか?」
そんな、藁人形じゃないんだから。
「何もないよ、あるなら作らない」
ぶら下がった紐を外してもらって、頭と散らばった布を回収して、ステラの部屋に行った。
ステラはシルエットが分かりにくい裾に少しスリットの入った長袖のロングワンピースを着ていて、いつもより大人っぽく見えた。
「頭を貸して」
まじまじと残骸を見た後ため息をついた。
「カゲロウのせいね」
「何それ」
「私も存じ上げないです」
アマリアが机に朝食用の皿を置きながら言った。
「言ってないから」
「俺は知ってる」
使い魔がてるてる坊主の紐であやとりをしながら言った。驚いていたわりに呑気だな。
「あなたは見えるでしょうね。アマリアも、外でなら見たことあるかもしれないわ」
「もしかして、あのわんちゃんですか?」
「そうよ」
見たことないのは僕だけか。
「わんちゃんって、犬?」
「まあ、犬ね」
「そんな凶暴な犬がいるなら言ってほしかった」
「普段は大人しくて温厚な子よ。実害がないからチュールも知らずに過ごしているのだしね。屋根裏にいて、昼間に出てきて屋敷を歩き回って夕方頃には帰るのが習慣で……どうしたのかしら」
「それって屋根裏に上がるための階段が壊れてることと関係ある?」
「大ありね。朝食を食べたら直しに行くわ」
僕の見たことない昼間に歩き回る犬なんて、どんなんだろう。普通なわけがない。『あなたは見えるでしょうね』という言葉が気になる。
「カゲローってどんな生き物なの?」
「見たら分かる」
めんどくさそうに使い魔が答えた。
「見えないんだよね?」
「見えないことはない」
話も見えない。
ステラに助けを求めると、苦笑いをした。
「見えるときと見えない時があるのよ」




