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ナイロン製  作者: 朝しょく
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0.貴方

 僕は卵を割るのが下手だったので、よく殻を入れてしまっていた。アマリアはそれを箸で取る。

 取っていたら、箸の使い方が上手くなった。

 そして箸に興味を持ったらしく、ご飯に和食が増えた。慣れ親しんだはずの白米や焼き魚が出てくることに違和感があるのは、今までパン食ばかりだったからだろうか。

 食べてみて思うのは、ご飯は美味しいけど、やっぱりパンの方が好きだ。



「僕は本の世界が好きなんだよ。特に小説の世界が好きだね。でもここにあるのは教科書みたいなものばかりで、あんまり面白くないんだ。でも、だからといって好き嫌いは良くないよね、面白くないからといって義務教育を受けないわけにもいかないし。まあ僕の場合義務ではないし本も教科書でもないんだけど」

 腕を組んで図書室の中を漂っている。離れても声がはっきりと聞こえてくる。はきはきと元気よく話しているわけでもない、むしろ気だるそうに聞こえるのに、言葉がきちんと警備員の言葉が僕の耳に届く。

 というか、目が見えないのに本を読むことなんてできるのか?

「そもそも本って読むものなのかな? 見るものではないのかな?」

「文字を読んでいるんじゃ……」

「絵は読んでいないのかい」

「絵は見る」

「文字を見て理解することを読むと言うのかな? でも読んでいても理解できないことってあるよね? 頭に入っていない。あれ、なんだっけ、って読み返したり。そのとき入ってこなかった文字は読んでいないってことになるのかな? あとさ、声に出して読むことを音読と言うけどこの単語には読むって言葉が入って

「待て待て待て」

 お喋りが過ぎる。

「な、何にしても君は本が読めるんだね」

「読めないよ、目が見えないから」

「じゃあ絵も?」

「絵は読めるよ、チュールが見ればね」

「僕の心越しに見るってことですか」

 心越しに見るってなんだよ。

「心を読むっておかしいよねえ。考えを読むなら分かるけど考えていることってその人の心なのかな? 例えば他人のためにサンドイッチを作るとする。無事を祈ったり美味しくなるようにと願って作ったとき心はこもっているとは思うけどそれは

「待て待て待て、話がズレる!」

「チュールが見て考えて僕に教えてくれれば良いんだよ」

「本はどうやって読んでるの?」

「本は見えるから」

 頭がこんがらがってきた。

 一番近くにあった朱殷色の本を手にとった。警備員の近くに寄って差し出す。

「この本は見える?」

「朱殷色の本なんてたくさんあってどれか分からないね」

 こちらをちらりとも見ずに言った。まあ見えないのだが。

 本を表紙を見ると黄色い字で『初級・中級魔法講座』と書かれている。

「その本はティッシュをそよ風で飛ばす程度の初級魔法しか書いてないから木の家一軒を風で飛ばす程度の中級魔法を知りたいときは黄土色の本の中級・上級魔法講座を読むと良いよ。その法則でいくと上級魔法を知りたいなら超上級・特級魔法講座を読むといいんだな、と思うでしょう。でも超級・特級の中身は上級魔法というわけではなくて、本当に超級特級魔法のことしか書かれてないんだよ。丁度いい上級魔法の本はその出版社から出されていないんだ」

 タイトルを読む前に詳しく説明された。本一冊どころか、本のシリーズ、出版社までよく知っている。

 本の内容は分からないから合っているのか分からない。部屋に戻って本を持って、

「ビューレイストの本は面白いよねえ」

「う……」

 そうか。僕の読んだことのある本を持ってきても、僕の考えから本の内容が分かってしまうのか。確かめる方法は、図書室を片付けてからこの本を読むしかない。

「疑り深いんだねえ」

 本は読めるけれど本自体は見えないなんて理解できない。

「チュールは自身の存在が一番合理的ではないくせに他人に合理を求めるんだね」

 首を左右に振ってやれやれ、とわざとらしくため息をついた。

「ごめんなさい」

「わかっていないのに謝るのは感心しないね。でもチュールは自分のこともよくわかっていないんだから合理的でないと言われても納得できないか」

 本当に、全部バレてしまうんだ。

 かと言って、じゃあいっそ気になることを質問……しても、説明するのが面倒だと言われそうだ。

「本当に良い子だねえ、説明するのが面倒だから答えないね。その察しの良さのご褒美になでなでしてあげたいよ」

 手招きされたが本棚の上で手招きされても近づけない。近づけても近づかないが。

「うんうん、でもそうだな、一つだけなら何か質問してくれても良いよ」

「この図書室の中にある本で一番魔法の使い方がわかりやすい本ってどれ?」

「即答で、予想外すぎてビックリだ」

「手っ取り早く知りたくて……」

 ここにある本を全部読むのは骨が折れそうだし。

「本を読むだけで得られるものなんて知識しかないよ、経験は本では得られないからね。まあ、知ることがなければ経験すら出来ないけど」

 警備員は本の山の上に降り立った。とんとんと本を足のつま先で踏んで、数歩移動してはまた踏む。視線が分からないので何をしているのかわからない。僕の言った本を探してくれているんだろうか。

「探してるよ」

 それは面倒ではないのか。

「ありがとう……」

 手伝った方が……

「手伝わなくていい」

「はい」

 見守っているとある場所で止まった。中央の一番左にある本棚と、壁にある本棚の丁度真ん中。

 しゃがんで、手で本を触っている。遠目で見ると白髪で本当に使い魔にしか見えない。

「そういえば、グレアムくんは元気なのか?」

「元気です」

 この前鳥の頭を食っていたけれど。

「それなら良かった。あいつ、ここから出て行ったきり会いにも来ないんだよ」

 あ、もしかして埋まっている間、使い魔の話相手を

「していたよ。図書室がこんなにぐちゃぐちゃになる前は彼、よく来ていたんだよ。何か本を探していたみたいでさ」

 本を手にとっては投げ捨てている。投げ捨てられた本は地面に落ちる寸前で止まって、ゆっくり床に降りた。

「まあ本を探していたからあんなことになったんだけどね。グレアムもなかなか運が悪いね。いや、良いのかな」

 本に生き埋めにされて運が良いことなんてないと思うが。

「あったあった。この部屋を掃除してくれるお礼にこの本をチュールにあげるよ」

 警備員が立ち上がった。白い本を手に持ったまま本の上を歩きづらそうに歩いて僕の方へ来た。山積みになった本は崩れないどころか、少しも動かない。

 あまりにふらふらと歩くので僕の方から近づいて、本をを受け取った。分厚くて、真っ白で新品に見える。

 タイトルは角度を変えなければ見えない白字で『生物・魔物解剖学』と書かれていた。

「これは?」

 とても魔法の使い方が書かれた本には見えない。

「読んだだけで魔法が使えるようになる本はないよ。その本をベッドの下、立っているだけじゃ見えないくらい奥に隠しておきなさい。そうすれば君は魔法が使えるようになるよ」

「ベッドの下に置くだけでいいの?」

「少し時間はかかるけどね。それにチュール、君はたくさん努力をしなければならないよ」

「ありがとう。頑張る」

 警備員は僕の位置を確認するように手を伸ばして、顔に触れた。そのまま手は顔を伝って喉から肩に下りた。何かを探っているみたいだ。

 ステラにつけてもらったネックレスのチェーンに触れると、警備員はそれを引っ張って銀色のフダを僕の服の中から取り出した。

「そういえばさ、忘れていたことってたまに不意に思い出されるよね。ってことは忘れていることは忘れていても頭の中にちゃんとそこにあるってことだよね。現実なんて人によって見え方も感じ方も異なるから、思い出したことが実際と百パーセント合っていることはあまりないけど、チュールの無くした記憶もチュール自身の中にあるってことだよね」

「そうだね」

 いつか僕の記憶も戻るんだろう。

「普通はね、記憶喪失の方がおかしいんだよ、戻る戻らないじゃない、なければいけないんだ。君の体はちゃんと死んでいないんじゃないのか?」

「し、死んでないよ生きてるよ」

「チュール、このタグはずっと持っていなよ。この屋敷を出て行くことになってもね」

「そんな」

 ことがあるのか、と言い切る前に口に札を突っ込まれた。おまけに顎を殴られ、ガチンと歯と札が当たる音が頭の中で響いた。

 ステラに言われたのは札を“咥える”であって“噛みしめる”ではない!!

 抗議をしようとしたけれど誰もいなかった。

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