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ナイロン製  作者: 朝しょく
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0.遠く

 ステラが街に出かけていていないとき、アマリアがおかし作りを練習していたのでそれを手伝いながら聞いてみた。

「ステラの誕生日っていつなの?」

「祝うおつもりですか」

「うん。いつもありがとうって」

 たまごを割って、ボールに入れてアマリアに渡す。

「祝われるのが苦手だから誕生日を教えないで。と、お嬢さまから止められております」

 アマリアはたまごの殻を取りながら言った。

「僕の誕生日は祝うのに?」

「祝うのは好きなようですが、祝われるのは苦手なようです。サプライズは特に嫌いなようですよ。昔、誕生日に私がお嬢さまに内緒で部屋を飾り付けてケーキを用意したら大変怒られました」

「アマリアにもそうなんだ……」

 それなら僕がやったら余計に怒るだろう。

 アマリアがたまごを混ぜている間、アマリアが書いたメモを見ながら砂糖と牛乳の量を測る。

「何かできることってないのかな」

「ありません。チュール、あなたはお嬢様の側にいるだけで良いのです。お嬢様にも言われたでしょう」

「そうなんだけど……それじゃあ嫌かな……」

 っていうか、ほとんどステラは出かけていて側にもいないし。



 本を読むのが好きだったんだろうか。それとも本を読む楽しさに目覚めたのか。または本が面白いのか。

 夜寝る前、球体の電気スタンドをつけて本を読むのが日課になっていた。

「紙の本なんて読みにくくないのか?」

 とうつ伏せで本を読む僕の背中に使い魔が座った。小さくて軽い。見えてはいないが恐らく動物に変身している。

「読みにくくない」

「紙をめくる感触が好きなのか」

 そもそも紙じゃない本を知らない。

 ……あ、電子書籍は知っている。

「そうだね。紙をめくる行為は文字を読むか書く時しかしないから」

 嘘を並べると黒くて耳の大きいフェネックの姿をした使い魔は僕の左腕に顎を乗せてあくびをした。

 人間の姿で土足でベッドに上がると僕が文句を言うので、使い魔はベッドに上がるときはこうして動物の姿になる。

「昔の本なら、今と言葉が違うんじゃないか?」

「この世界の昔の言葉? 僕の世界の言葉?」

「この世界の昔の言葉と今話す言葉の単語の意味が本によって違わないか? 当時の流行や言葉遣いや略語や独特な文化とかそういうの、読んでてわかるのか?」

「古い本を現代版にした本はだいたい一番後ろに説明が書いてあるし、そう言う本を一通り読んだら古い本を読んでも意味がわかるよ。まあ、でも、そのときの流行とかは分からないから、本の設定なのかなって思っちゃうし、たぶん設定だと思ったままの本もあるかも……」

 ふーんと興味のなさそうな返事をして本を覗き込んでくる。邪魔で本が読めない。

「町の名前なのか人の名前なのか分からない」

「このページに書いてある名前は全部人の名前だよ」

「どんな話なんだ」

 と聞かれて少し考える。

「主人公が友達の死を看取る話だよ」

「その友達はどうなるんだ」

「死ぬんだよ」

「死んだ後」

「主人公が死んだ後に友達と遊ぶ」

 一度読んだから知っている。きっと彼らは死後、異世界に飛ばされたんだ。一度目に読み終わったときはそんなことを考えた。

「死後の世界があるのか」

「場所の詳細はないけど、たぶん天国かな? 行ったことある?」

「あるって言ったらどんなところか聞くつもりだろ」

「誰でもそう聞くでしょ」

「ない」

 そう言って使い魔は小さい口で大きなあくびをした。

 本を閉じて枕元に置いてから、明かりを消して仰向けになって目を閉じる。

「お前は死後の世界を信じてるのか」

 声が聞こえる。

「ここが死後の世界だよ」

 返事はなく、ただあくびをする声が聞こえた。

「おやすみ」

 返事はない。いつものことだった。

 暗闇の中で、眠るまで考え事をした。死後の世界。そんなものあるんだろうか。死んだあと人はどうなる。なんて考えても仕方はないけれど、死んだ後、きっと人は幸せになれるんだろう。そう考えるのはいけないことだろうか。そうじゃなければ……

「お兄ちゃん」

 男の子とも女の子ともつかない声が聞こえた気がして目が覚めた。使い魔が人間の姿で、上下青いジャージを着て本を読んでいる。リラックスしすぎだろう。

「何か言った?」

 部屋の明かりが全てついていて明るさに目が眩む。

「おはよう。何も言ってない」

 こちらも見ずに本に夢中になっている。使い魔が本を読むのを初めて見た。

「なんか、変な夢見た」

 多分本の影響だ。

「でもなんの夢をみたのか忘れた」

「本当に夢なのか?」

 怖いことをいう。

「今何時?」

「朝」

 何時だ。

 起き上がって脱衣所にある洗面台で顔を洗って服を着替えた後部屋に戻ると使い魔は本を閉じて枕元に本を投げた。

「借り物だから大事にしてよ」

「馬鹿らしい」

 それは本の内容がなのか。それとも借り物だから大事にしろと言ったことに対してなのか。

「なあ、起きたとき何か聞こえたのか」

 そう言いながらベッドに寝転がる。靴だけは普段から僕がうるさく言うので脱いでいた。

「……聞こえたと言うか夢だよ、なんて聞こえたのか忘れたし。あとベッドから降りて」

 ポンチョを着て部屋を出た。ステラの部屋に向かう途中で、花が咲いている模様の窓枠越しに外を見ると、屋敷の外で雨が降っていた。

 ステラの魔法で屋敷の敷地内に雨が入ってくることはない。庭にある植物は決まった時間に決まった量の決まった水が必要なようで、雨でそれが崩れないようにしているらしい。

 雨が降れば水をあげなくて済む、というわけではないらしい。

「出かけてくる」

 そう言って使い魔は窓を開けて外に出るのかと思いきや、ガラスをすり抜けて外に出て行った。

 それも魔法か!?

「あ! ねえ、頼みがあるんだけど」

 聞こえないかも、と思ったが聞こえたらしく空中でこちらを振り返った。

「また今度、気まぐれで良いから外に連れて行ってほしいんだけど」

 窓の外で少し驚いた顔をした。上体だけ中に入ってきて組んだ腕を窓台に置いてニヤニヤする。

「反抗期だ」

「反抗するくらいで丁度いいんじゃないの?」

「今度はバレないように連れて行って無事に帰してやるよ」

「ありがとう。約束だよ」

「ああ」

 小指を出したが、使い魔は無視して白く霞む街に向かって飛んで行った。どこに行ったのかは帰ってから聞こう。

 一人でステラの部屋に向かおうとすると、足に何かが当たった、気がした。見ても何もない。

 何かを倒したわけでも壊したわけでもないし、ポンチョの裾が壁に当たったんだろう。


 一人でステラの部屋に着いて、ノックして部屋に入る。ふんわり甘い匂いがした。

「おはよう、雨降ってるね」

 誕生日の時とは違ってテーブルで朝食をとる。ステラは長袖のシャツに黒いスカートを着ていた。

「おはよう。そんな雨の中ケニーは出かけたの?」

「うん。傘もささずに行っちゃった」

 席につくとアマリアが紅茶を入れてくれた。

「ねえ、僕が来た時も雨降ってた?」

「降っていたわよ」

「よく覚えてるね」

「ええ」

 アマリアが来た時も降っていたわ。とステラは微笑んだ。

「雨がよく降るんだね」

「どうしてそう思うの?」

 そう聞かれて、雨の日だから僕を呼んだと解釈できるのだと気づいた。

 そうか、雨の日は特別暇なのか……。

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