0.文化
「こう……わー! っとなるものを出したいわ」
薄茶色で肩まで伸びた髪の毛。白いシャツに黒いフリルのついたスカート、その上にマントを羽織って、目の引く大きなとんがり帽子。如何にも魔女、な格好をした女の子、スミダ・ステラがそんなことを言った。
「僕以上にわー! っとなるものなんてあるのかい」
およそ2000年代くらいの日本から魔法のあるこの異世界「イポーニア」にステラのせいで飛ばされて来た僕が答えた。召喚されて来たとも言う。
どうしてハッキリと2000年代だと言い切れないかというと、僕は召喚されたときの衝撃なのか精神的なものなのか分からないが自分のことをさっぱりと忘れてしまった。来た時の服装、真っ黒な髪の毛と瞳から見ておよそ2000年代の日本人と当てはまると思う、らしい。
「あなた以上にわー! っとなるものなんてあるに決まってるじゃない」
「お嬢さま、ありませんわ」
金髪で髪の長いエプロンドレスを着た女性がすかさず否定した。
彼女はステラの専属メイドで、アマリア・ガスタンビーデという。
専属メイドがいるほどステラはお金持ちのお嬢様なのかというと、そういうわけではないらしい。けれど部屋も広いしメイドもいるのでお金持ちのお嬢様なのではないかと思う。
ちなみに親はいないらしい。そのことについてはいまだに深くは聞けない。
「よくありすぎるわ!」
「お嬢さま、暇なんですね」
「魔法の練習でもしてたら? 見てる僕も楽しいし綺麗だし」
「……仕方ないわね」
なぜか少し照れた。
スカートのベルトについていた棒を外して棒の端を持ち、上下に振ると徐々に形が変形した。先端がぐるぐると曲がっている如何にもな杖に変わり、これだけでも見ていて凄いと思う。
「オハロニエ……」
呪文らしき言葉を唱えた途端、地面に魔法陣のような物が出てきた。この魔法陣は魔法とは関係ないらしく、雰囲気を出すためのただの映像だと言っていた。
「ベーゼイエム
「そういえば僕の時代にはハンカチを棒に変えるマジックなんかがあったけど、あれも結局どうやってたのか分からなかったなあ」
ピタリとステラの動きが止まった。
「なんですって?」
「あ、なんで止めちゃうのさ」
「今なんて?」
「ハンカチを棒に変えるマジックなんかがあったけどどうやってたんだろうなー」
「なにそれ、すごく気になるわ」
魔法陣が消え、杖も元の大きさに戻してしまった。魔法を使う気が失せてしまったらしい。
「調べて見るわ」
「どうやって?」
「いんたーるねっとを使えばすぐよ、あなたの時代は知らないことをどうやって調べていたの?」
「それ用の本読んだりとか、人に聞いたりとか……」
「古い、古いわ」
やれやれと言った感じで頭を左右に振った。
「アマリア、あれをどうせなら持ってきて頂戴」
「はい、お嬢さま。その前に一つよろしいですか」
「よろしくてよ」
「先ほどの魔法は召喚魔法ですね。危ないのでおやめください」
「よく分かったわね」
「お嬢さまは暇になられると何かしらを召喚したがりますね。私然りチュール然り……」
「あ、そうよ。そういえばアマリア、貴女のいた世界ではハンカチが棒になるマジックはあった?」
「ありました」
「そんなに前からあったんだ」
自分が何年前から来たのかは知らないけど。
「マジックのタネは?」
「存じ上げません」
「ダメね」
「申し訳ありません」
「いいのよ。あれを取ってきて」
頭を下げた後アマリアは部屋を出て行った。よく知らないが、あれを取りに行ったのだろう。
あれってなんだ?
「お持ちいたしました、お嬢さま」
「ありがとう、アマリア」
ドンッ! と盛大な音を立ててアマリアは机に四角い箱を置いた。随分と重そうだ。
「これは大昔に流行った箱型カンピ……カンピウータら……カ、カンピューテ、ル、というものよ」
「もしかして、コンピューター?」
「そうともいう! まあこれはずいぶんと古いタイプの物で、今のはもっと薄く軽く小さく、あとそもそも形がなかったりするわ」
「形がない?」
そんなのどうやって使うんだ。
ステラは箱型コンピューターの前に椅子を置いて座り、ボタンを押した。もちろんコンピューターの。
短い音楽が流れた後テレビのように画面がついた。
カタカタとボタンのいっぱいついた板を押していく。画面が次々と変わって行って見ているだけで面白かった。
「出たわ。なに、凄く簡単なことじゃない」
ステラは露骨にため息をついた。
「魔法のない時代の人は本当に魔法に飢えていたのね」
「ねえ、この箱ってなんでも調べられるの?」
「調べられるわよ。調べられることなら」
「じゃあ、僕の着てた服に書いてあった学校のこと調べてくれない? 僕のことがわかるかもしれない」
カタカタと板を打った後、僕に画面を見せた。
『該当データがありませんでした』
「あなたはこのカンピうー……カンピューテルが出来るよりも前から来たのかもしれないわね」
「お嬢さま、この機械より以前の情報なら表示されるかと思われます。過去は遡れますので」
頭が混乱してきた。過去は遡れるから該当データがないと言うことは僕はこの機械が出来てから後の時代から来たと言うことか?
「そう言うことになるのかもしれません。ですが、制服の情報が一つもなく、関係のない記事すら出てこないとはいささか不可思議ではあります」
関係のないことなら表示されなくて当然なのではないのだろうか。
「まあ別にどの時代のどこから来たなんて良いじゃない」
「良いのかなあ」
元の世界に帰ればここにきたときの記憶は消えている。元の世界での記憶も戻れば思い出す。とステラは言うが、果たして本当にそうなのか。今だに疑わしくはある。でも、考えていても仕方がない。
ステラはコンピューターの電気を消した。
「ねえ、この時代のコンピュータは見れないの?」
そう聞くと、ステラはアマリアを指差した。
「アマリアは知っていることを知っているわ」
「知っていることしか知りません」
それは誰でもそうだと思う。