私の旦那
「いつか、貴方様を迎えに来ます。そのときは私の夫になってくださいませんか。」
「わかりました、ひめおにさま。まっております。」
年下ながらも、賢く優しい心を持った彼と約束したのはいつだったか。
姫鬼と呼ばれる妖艶な雰囲気をまとった彼女は、婚約の約束をした彼を迎え入れる準備を完璧に整え終えた。
彼との約束の後、自分の地位と権力を得るのに奮闘した。男尊女卑のこの社会を変えるのには苦労した。
ただ美しいだけの人形扱いされてきた自分としては今まで隠してきた力を揮い、今までふんぞり返っていた醜い男達にあっといわせたのだから気分も良かった。
もう、何も彼との結婚に反対するものはここにはいない。彼女は晴れやかに彼を迎えに行った。
しかし、男は結婚していた。
彼は約束を破ったのだ。
「姫鬼様、わたしは・・・、待ちきれなかったのです・・・。」
彼女が会いに行くと、彼は布団から起きれなくなっているほどに衰弱していた。
「申し訳ないですが、わたしにはもう、妻も子供もいます・・・。わたしのことなんていなかったことにして、どうか、他の者と幸せになってください。」
姫鬼は怒った。彼にではなく、自分に。
ずっと思い続けていた愛する彼を待たせすぎてしまった、そして、彼に謝らせてしまった。
彼と添い遂げる以外の幸せなんて考えられない。
そして、彼女は思いつく。
「貴方をいなかったことにしていいのですね。」
「かまいません。姫鬼様と約束していたことを覚えていながら、わたしは・・・。」
そして、男の意識は途切れた。姫鬼は彼を鬼の世界へと連れ去った。
彼の住んでいた人間の世界から彼がいなかったことにすればよい・・・と。
姫鬼は本物の鬼であった。彼女は自分の過ごす時間と人間の過ごす時間の差異を知らなかった。
まさか、迎えに行った幼子が老人になるまで人間にとって長い時を待たせてしまったとは思いもよらなかったのだった。
「大丈夫です、旦那様。今日からこちらの住人です。私の血を大量に分け与えてあげますから。」
彼女は自分の腕を爪で裂くと、意識のない老人に自分の血を飲ませた。
男の体に鬼の血が混じり、身体を作り変えていく。男は老人から青年へと若返っていた。
また、額には二本の小さな角が生え始めていた。
「・・・あなたは誰ですか?ここは?」
鬼の血によって若返った男は、副作用か、記憶をなくしていた。
姫鬼は、彼自身からも人であったことを完全になかったことにすることを決めた。
「旦那様。私は、貴方様の妻の椿でございます。ここは私たちの住処ですよ。疲れておられるのですか?」
彼女は真名を名乗り、包み込むように彼の手を握った。
あぁ、私の旦那様、もう、貴方を待たせることも離れることもいたしません。
もう、二度と・・・。
「ほんとだよ!おじいちゃん、きれいなおんなのおにさんがだっこしてたんだよ。」
幼き孫がそう証言をした。私は頭を抱えた。
もう、40年近くなかったから、油断をしていたのだ。
私の夫は昔から鬼を引き寄せる体質であり、強い鬼に何度も攫われそうになっていた。
何度も喰われそうになっていた。
小学生のころから友達だった縁もあり、妖怪退治を生業としていた我が家に何度も婿入りするように言い、その度に彼は何度も他に先約がいると断り続けられたが、彼の家族にまで鬼の脅威が差し迫り、彼が折れて、夫婦となった。
結婚後も鬼に何度かちょっかいを出されたが、それもだんだんなくなり、私たちの夫婦関係も良好なものとなり、4人の子宝に恵まれた。3人も孫に会うことが出来た。
夫はもうすぐ、天寿をまっとうするはずだった。
許せない。
私は衰えた身体を奮い立たせて、鬼を討ちとることにした。