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2017年/短編まとめ

生きてるだけの木偶ならば、あるいは

作者: 文崎 美生

面倒だから爪は伸ばしっぱなし。

そろそろ折れそうかな、という何となくの自分の線引きで切るくらい。

そんな爪を持っていれば、ぎゅっ、と手を握った時には、手の平に爪の跡が残るのだ。


僅かに赤く変色した爪の跡を見て、三人掛けのソファーを使い、横たわる幼馴染みを見た。

見慣れた顔だが、寝顔はいつもより、ほんの少し珍しい。

伏せられた睫毛は男の子の割に長かった。


オミくん、本名は創間(ソウマ) 緒美(オミ)

大切で大事な幼馴染みである。


ぎゅっぎゅっと両手を握りながら、その寝顔を覗き込む。

細い寝息は近くで聞かなくては聞き取れず、正直遠目で見ると身動ぎ一つしないので、生きているのか死んでいるのか心配になる。


静かに上下する胸元は、その細い体に似合わず、嫌にしっかりとした筋肉が付いていた。

握った手を解き、その胸元に触れれば、微かな寝息がより鮮明に感じ取れる。

スルリと指先を動かし、胸元から鎖骨へ。


今日はVネックシャツを着ているので、しっかりと見える鎖骨。

浮き上がった骨の形を確かめる様に撫でる。

寝顔を見れば、形の良い眉が歪められていた。

指先は更に上がっていく。


生憎、女のボクには無いような喉仏。

飲み物を飲んでいる時には、ゴクゴクと上下するのを見るのが楽しい。

指の腹で撫で回し、時折ほんの少しの圧を掛けるように、指に力を込めた。


その後は、手を広げて、喉を掴んでみる。

これが男と女の差なのか、片手では掴み切れない。

手の平にぶつかる喉仏が何だか熱かった。


「うーん……あぁ、そっか。こうだ」


何か違うな、と首を捻って数秒。

その違いが分かり、一度手を離して、腰を上げる。

よっこいしょ、大して重労働でもないけれど、間の抜けた掛け声と共に、ソファーに上がった。

オミくんの体があるので、正直動きにくいが、よっこいしょ、馬乗りになる。


こうすれば、ちゃんと喉を、首を掴めるだろう。

腕を伸ばし、その首に両手を引っ掛ければ、ちゃんと掴めて満足だ。


「……ちょっと待て、何絞めようとしてんだ」


目を瞬く。


「あれ、起きた?」


両手で首を掴んだまま、首を捻る。

絞めている、と言われて気付いたのは、徐々に上半身が前のめりになり、掴んだ首に圧を掛けていたということだ。

気付いた今は、手の力を緩めた状態で、馬乗りのままである。


「何だその目。私純粋です、何のことか分かりません、みたいな顔を止めろ」


寝起きとは思えない滑舌の良さである。

眉間には深い皺が刻まれているが、首を捻ることを止めようとは思わない。

手も離さなかったのだが、オミくんの手が手首を掴み、無理矢理引き剥がした。

酷い、痛い。


首を捻ったまま、ボクも眉を動かせば、オミくんは深い深い溜息を吐き出す。

それこそ、肺の中の空気を丸っと入れ替えるくらい。

その後は、一度目を閉じて、開いたその青味掛かった黒目をこちらに向けるのだ。


「真面目な話」


「うん」


「何しようとしてた。無理心中か」


今度は、ボクが目を閉じる。

それから死んだ魚のような目と言われる、光の宿っていない目で、オミくんの顔を見た。

端正な顔立ちは、不機嫌そうに歪められても、変わらずに綺麗なものだ。


「オミくん、幼馴染みでしょう。無理心中にはならない」


首の位置を戻し、真横に数回振る。

サイドに結い上げた髪が頬に当たるのが、ほんの少し痒かった。

しかし、ボクの答えが気に入らなかったのか、オミくんの顔は更に難しいものになる。


大切で大事な幼馴染みのオミくん。

少なくとも、本気で頼めば、一緒に死んでくれると思っている。


「仮にそうだとしても、俺の答えを待たずに首絞めてる時点で無理矢理だろう」


成程、頷いてしまった。

じゃあ死のう、の言葉には、当然のようにNOと返ってくるので、つい、ほぼ反射で舌打ち。

普段はなかなか出ないレアだ。


ゆっくりと離された手首を見て、自分の膝の上に自分の手を置いた。

馬乗りは変わらず、オミくんもそのことを特に言うことは無かったが、話の流れは何で首を絞めていたのか、に漂着。


何でも何も、特別な理由がある訳ではなかった。

爪が伸び過ぎていたので、そろそろ折れるかもしれないと思ったのが最初。

爪切りを探したのに誰が何処で使い、何処にやっとのか分からず見付けられなかった。

仕方なく、リビングのソファーで眠っているオミくんに聞こうと思ったのだ。


起こすべきか、起きるのを待つべきか、ぼんやりと考えながら爪を手の平に食い込ませるように握ったり、開いたりを繰り返した。

暇なんだな、と言われれば、そうだね、と返す他なかったのだが。

兎にも角にも、何となくそうしてオミくんを見ているとそうなったのだ。


「……つまり、何と言うか。隠さずに言えば、生きてるから死のう、殺そうって思った」


「サイコパスかよ」


爪が刺さって痛かった。

寝息が聞こえて、胸が上下するのを見た。

生きてるなぁ、と感じるには十分だったのだ。


「生きてるから死ぬのは自然の摂理だよね」


首を傾ければ、またしても、深い深い溜息が落とされ、強引に上半身を起こしてくる。

およよ、と反対にボクの体が後方へ倒れそうになれば、オミくんが支えて、ボクの手の平を見た。

不健康な白さの肌は、ボク自身見慣れて見飽きたもので、オミくんも慣れているのでわざわざ触れない。


手の平はまだほのかに赤く、爪の細い三日月のような跡を残していた。

背中の辺りに回された腕が思いの外太く、しっかりとしている上に、ボクよりも体温が高めだ。

身動げば、今度は爪を撫でられる。


「爪、切るんだろ」


片眉を寄せたところで、そんなことをオミくんが言って立ち上がり、ぽい、とボクの体をソファーへ投げた。

爪切りは、救急箱に入れられているらしい。

何故だ。


「オミくんオミくん」


ソファーの上で正座をしながら、爪切りを取り出しているオミくんの背中に声を投げた。

返答はない。

聞こえているのは分かっているので、相手の返事を待つことも、催促することもなく、更に言葉を投げ付けた。


「爪切り終わったら心中してみよう」


今度は短い溜息。

まともな返答ではないその代わり、続け様に先程のボクと良く似た舌打ちが一つ。

つまり、答えは変わらずにNOだ。

だからボクも、チッ、と一つ音を立てた。

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