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日本文化と日本刀で世界征服ーーー勇者にして魔王になった男ーーー  作者: 上運天大樹
第一章 勇者召喚からの魔王転職編
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日本刀と仏像 第五話 勇者、決意する。


「いやあ、誠に勝手な事ばかりしてしもうて、すみませんのう。迷惑はかけるつもりじゃあ、なかったんですがのう。気になってしもうた事はどうあっても調べずにはいられん性質でしてなあ、ほんにスマンことをしましたわあ」


 王城に戻った清盛は、戻るなり執務室に居座るバスティアン王に向かって、頭を掻きながら底抜けにあほそうな声を出して、全く申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。


 教会のシスターとの世間話を終えて、馬車のあったはずの場所へと戻った清盛であったが、そこには肝腎のバスティアンの姿は無く、執務の為にと先に王城へと帰っており、仕方なく清盛は案内の為に用意された騎士達の馬に乗せられて、初めての騎馬に恐々と揺られながら王城に戻った清盛は、そこでもう二度と、この前時代的移動法を行わないことを固く心に誓ったのだった。


(馬を走らせるんは、競馬場だけでええわい。もう二度と、金輪際、あんな空恐ろしいことをするんはごめんじゃのう)


 内心はそう思いつつも、口では適当に褒め言葉を並べ立てるあたり、清盛自身、自分も中々どうして、ペテン師として堂に入っているな。と、思わないではない。ただ、清盛の名誉のために断るならば、別に嘘は言っていない。

 実際に、清盛をこの王城へと運んでくれた馬は、手入れを欠かすことなく世話されたているために毛並みは美しく、食事も訓練も行き届いており、騎手が僅かに手を添えるだけで思った通りの場所へと赴き、手綱を少し引くだけで自由自在に速度を操る。挙句の果てには、どことなく高貴に輝く両瞳と言い、どこからどう見ても、名馬の品格である。

 遠目で見ている分にはとても美しい、素晴らしい馬たちなのである。それは、心の底から清盛が抱いた、本音なのである。

 ただ、もう二度と乗る気はないだけだ。


「そうですか、それほどにお褒めにいただけるとは、わが国が誇る重装騎兵も、満更ではありませんね。今後もあの者たちは、きっと魔族と戦う上で、貴方の力になれるでしょう」


 侍女や執事たちに囲まれる中で、発された清盛の一応は、心からの賛辞を受けたバスティアンは、言葉とは裏腹にやや当然だろう。とでも、言わんばかりの笑みを浮かべてみせ、返事もしていないのに決定事項であるかのごとくに清盛が魔族と戦うことを前提に話を進めている。

 それは見た清盛は内心で鼻息を鳴らしつつも、それを気取られぬようにしつつ、言葉を続ける。


「ほうですか、ほうですか。そりゃあ、心強いことですのう。ほんの少しばかり揺られただけで、この国の騎士団の皆さんが頼りになるっちゅうんは分りましたけえ。ほんに、心強いことですわあ。じゃけど、魔族との戦いの件に関しては、少しばかし返事を待たせてもらえませんかのう?」


「何と、それは話が違うではないですか!では一体、貴方は何の為に、わざわざ街まで視察に出向いたのですか!」


 バスティアンのあまりに勝手な言い分に、清盛は心底呆れ果てる思いであった。

 元々、城下町を見に行こうと言い出したのはバスティアンの方であるし、城下町の視察に関しても、清盛は行く。と、返事をしただけであり、一言としてバスティアンの言い分に賛成した覚えはない。

 それなのにも関わらず、まるで清盛が約束を破った様な言い方をするというのは、一体どういうことなのだろう?本気でそんなことがまかり通るとでも思っているのか、それとも、無理矢理にでも清盛に自分の言い分を通らせるための策謀なのだろうか。

 まあ、どちらにせよ、上等な部類の言い分ではないので、聞く気はない。


 清盛は、大仰に慌てて見せるバスティアンに対して、軽く肩を竦めて見せると、街の惨状やら民の貧窮ぶりをことさらに言い立てる演説を耳の裏を掻きながら聞き続けると、切りの言いところでバスティアンの言葉を遮るように口を開いた。


「確かに、今日、この国の様子を見はしました。街の人達を助けたいとは思いました。けれども、今日おいそれと見かけただけの人達を相手に、いきなり命は懸けられません。覚悟を固める時間が欲しいんですわ。それに、一番気になりますんは、全てが終った後の儂の身の上はどうなるか言う事ですかいのう。何しろ、儂は急に呼び出されたもんですけえ、この国の常識も何も知らんのですよ。何もかんもが終った後で、それじゃあ、サヨウナラ。と、言われましても、どうしたらいいのか分りゃあせんのですよ」


「その点に関しては、御心配なく。我々の総力を挙げて、『勇者』様の御望みを全て叶えて見せることをお約束しましょう。何しろ、この国は、古代から世界屈指の魔術大国でありますからね。実際、『勇者』様を呼び出したこの国の技術を駆使すれば、必ず、貴方の御望みを叶えられると、断言いたしましょう」


 清盛の言い分を聞いたバスティアンは、一瞬だだけ目元を忌々しそうに歪めると、すぐに気を取り直して、言い繕うように言葉を続けた。


 だが、それは清盛にとっては無視することのできない言葉であった。


「本当ですか?儂ゃ元の世界に帰れますんですか?」


 思わず訊き返した清盛に対して、バスティアンは笑顔で胸を叩いて答えて見せた。


「ええ、全てが終れば絶対に元の世界にお帰しする。と言う事を、保証しましょう」


「ほうですかあ、ほいじゃあまあ頼みますのう。まあ、色よい返事ができますう、考えておきますけえ。また明日合わせてもらいますわ」


 バスティアンのその自身満々な態度を見た清盛は、いけしゃあしゃとそう言って見せると、案内役に指名されたメイドに先導されながら、国王の執務室を後にした。


 そんな清盛の後ろ姿を見送ったバスティアンは、今までの愛想の良い笑顔を消し去ると、忌々しそうに舌打ちをした。


「どうやら、厄介な男を呼んでしまったようだな」


 そう吐き捨てると同時に、高級木材で出来た机を叩いて、歯軋り混じりにイライラとした声を上げた。 


「あの男、所々で俺を値踏みするような目で見て来る!この国の王にして、この大陸の盟主たるこの俺をだぞ!その癖、こちらの怒りがギリギリで済むところを狙いすまして、尻尾を掴ませない!下手にドジ鳴り失態形を演じてくれれば、こちらとしても有利に立つ振る舞いを行えるものを!食えん奴め!」


 バスティアンは、忌々し気にそう吐き捨てると、手近にあった花瓶を叩き割り、室内にあった調度品を手当たり次第に叩き壊しては、息を荒げて自分に忠実に従う側近の名を呼んだ。


「オイ!ベルナルドットは居るか!さっさと余の前に出てこい!」


「はッ!ここにおります!陛下」


 すると、その声とともにバスティアンの傍には、何時、何処から現れたのかも悟らせずに黒づくめのローブと覆面に覆われた小柄な一人の男が現れて、バスティアンの足元に傅いた。

 見るからに怪しげな風貌をしたその男の慇懃な様子を見たバスティアンは、一瞬だけ清盛の態度で湧き上がった溜飲を下げると、舌打ち混じりにその黒づくめの男に話しかける。


「あの男につけた『首輪』はちゃんと使い物になるのであろうな!あのようなクソ忌々しい男を呼び出しておいて、よもや、失敗した。では、許されぬぞ!キサマの様などこの馬の骨とも知らぬ黒魔術師を雇ってやっているのは、このような表ざたにできぬ技を知悉しているからだ!結果次第では、今すぐここで縊り殺してやるぞ!」


「はっ!国王陛下のご指示通り、細工は流々にございます。あの『勇者』に仕掛けられた首輪は、正常に機能しております。その証拠に、この水晶をご覧ください」


 そう言うと、黒づくめの男は懐から掌大ほどの大きさの水晶玉を取り出すと、バスティアンの机の上に置き、数秒ほどその上に掌をかざした。


「これは…………!!!」


『勇者殿。申し訳ありませんが、何度も申し上げる通り、この城にある物は全てが国宝と呼ぶに値するものばかりであり、何一つとして気軽に御触り頂けるものではありません。何かなさる時には、せめて一言お申し付けください』


『ああ、どうも。こりゃあ、すんませんのう。何しろ、眼にする物、聞く物全てが珍しい物であるけえ、ついついよそ見してしまうもんなんですじゃあ。堪忍してつかあさい。もう二度と、こういうことはしませんけえの』


『本当に、是っきりにしてくださいよ……』


 すると、黒尽くめの男が手をかざした水晶の中には、先ほど清盛とともに出て行ったメイドの姿が映っており、呆れ果てるように注意するメイドに対して、清盛は反省の色を見せない声音で謝って見せていた。

 その水晶玉の光景を見たバスティアンは、ベルナルドットの差し出した水晶玉を取り上げると、くつくつと満足そうに笑いながら、ドラゴン革の椅子に深く座り込んだ。


「ほう。これは、これは」


「ご覧の通り、これは先ほどの『勇者』が今まさに見ている光景にございます。首輪には三つの魔法が仕掛けており、使用者の見た景色を写し取る『監視』、使用者の居場所を探る『追跡』。そして、最後の三つ目には、国王陛下のご希望通りの毒を仕掛けております。今回は特に、『忌避の毒』と呼ばれる、特殊で、強力な毒を」


「『忌避の毒』?」


「ええ。この毒は、対象者に直接触れさせることによって発動します。飲まずとも、皮膚に触れさえするだけで、体内へと入り込み、命の根を断つのです。ですが、最大の特徴は、ただ触れるだけでは死なない。という事です。この毒は、ある特定の魔力に反応する性質を持っており、その特定の魔力を流し込まれたときにだけ、毒が反応し、この毒に触れている者を殺すのです」


 満足そうに水晶玉を覗き込むバスティアンに、ベルナルドットは清盛の首輪に懸けた魔法について一つ一つ説明を告げると、最後の魔法について説明すべく一匹の中型犬を呼び出すと、バスティアンの前に座らせて、何処からともなく取り出した金色の鎖を犬の首につけて見せた。

 その鎖は、多少の長さが違うだけで、清盛の首につけられている物と瓜二つの形をしており、清盛にかけられた魔法と同じものがかけられているのであろうことは、用意に見て取れた。


「今回は、実験の為にこのような小汚い犬を用意させていただきました。それでは、結果を御覧じろ」


 すると、ベルナルドットはそう言うや否や、小さく指を鳴らして見せた。


 その瞬間、今まで大人しく執務室の床に座り込んでいた犬は、床の上を苦しみのたうち回って暴れ出し、四肢を痙攣させながら吐瀉物を辺り構わず撒き散らして、最後には世にも哀れな唸り声を上げて息絶えた。

 その死体の肌は、死んだばかりだというのに、薄気味悪い紫色に、鎖を巻き疲れた周辺の体毛は、気色の悪い青色に染まっており、この毒がどれほどの物であるかを、何よりも雄弁に物語っていた。


「成程な。用済みになった時に、好きに始末することができる。と言う訳か」


 それを見たバスティアンは、自身のお抱えの黒尽くめの魔術師の言葉に愉快そうに笑うと、脳裏に時おり鋭い眼つきをする清盛の顔が目の前で転がる犬のように無残な死に様を晒す姿を思い浮かべ、満足そうに頷くのであった。


「ふふ。あの男が『勇者』としてどれほどの力を有していようとも、所詮は我らの手の上だ。今はまあ、好きに夢を見させておくさ。いずれは、『魔王』でも何でも、適当な諡をくれて始末してやる」


 バスティアンは、居室の窓から見える清盛のいる尖塔に目を向け、薄く笑みを浮かべて見せた。


「所詮は、私の前ではいかなる存在であれ、利用されるだけのものよ。精々、私の為に励むがいいわ」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー★ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 王城の一室。高い尖塔の中に設けられた屋根裏部屋の中に入り、清盛は深い溜息を吐いた。


(…………気に入らんのう)


 そんな部屋の中に有るベッドの上に座り、清盛は内心そう思う。

 本当は、考えを纏める為にも独り言の一つや二つは呟きたいものだが、現実世界でも盗聴器や小型カメラの類は、第二次世界大戦には存在していた。

 ましてや此処は魔法の世界である。窓際にすり寄って来た可愛い小鳥が、実は白鬚生やしたおじいさんに清盛の発した一言一句を伝えるスパイだったり、足元にすり寄って来た仔猫が、よぼよぼの婆さんが裏で操り毒を仕込みに来た殺し屋であってもおかしくないのだ。

 そして、幸運にも、清盛のこの慎重さは功を奏しており、先述した通りに首輪には盗聴の魔法と位置把握の魔法がかけられている事を、国王とその部下の魔術師が放している事を清盛は知らない。


(まず第一に、困ったから『勇者』に頼ろうというその根性が気に食わん)


 清盛はベッドの上で胡坐をかいて腕を組み、鋭い眼つきになって内心で呟く。


(神の威光に『縋る』人間は、優柔不断な馬鹿者と相場が決まっとるが、神の威光を『使う』人間は、我儘なだけの馬鹿者と相場が決まっとる。『勇者』の名を使って何をしようとしとるのかは知らんが、その面の下にある本性だけは、薄っぺらい笑顔をお天道さんに翳した様に透かして見えるわ。

 大体、本当にそれだけの危機が迫っているくせに、新たな技術開発に回せるだけの余力が存在するんじゃったら、今前線に居る人間と、困窮している民衆に補助を与える方が先じゃろう。じゃのに、何故それをせん。その一事だけでもあの王様がどういう男か判るのう)


 清盛の脳裏には、午後の巡察で見た街中の風景が思い起こされた。


 活気の消えた市場に、禄に整備されていない街道、表通りを形作るボロボロになった建築物。

 そしてそこに住む人々。

 ゴミを漁り、腐りかけの食糧を手にして飢えをしのぐ幼い兄妹。

 手足がちぎれ、道端で物乞いをするしかない元兵士。

 道端ではまるで露天商のように、子供を連れた娼婦が体を売っている。


 そして同時に、清盛は見過ごしていなかった。


 王城近くの貴族街には、それ等の景色が一切存在しなかったことも、王城のすぐ近くには、荘厳にして華麗な宮殿が建てられていることも。


 それらの事実を思い返し、清盛は静かに、そして強く、痺れる程の力で両手を握りしめた。


(そして第二に、儂に隠し事をしとるのも気に入らんのう)


 清盛は、脳裏に浮かび上がった街頭の様子を打ち消す様に頭を振ると、忌々し気に舌打ちをして、内心でそう呟くと、握りしめていた両手を解いて、指の先で自分の首にかかった首輪の縁をなぞるように触った。


(儂の首にかかっとるこの首輪、あの王様は昼間、神の祝福だのなんだの言うとったがのう。何じゃそりゃ?答えにはなっとらんぞ。もしも自分自身で知らんことなのなら、知らん。と、正直に言えばええ。何じゃったら、その道の専門家を連れて調べさせればええじゃろう。なのに、そんな素振りは欠片も見せん。

 儂の質問に答えるフリして、適当に誤魔化し利かせて騙くらかしとる時点で、この首輪が儂にとっては禄でも無いもんじゃというのを喋ってるもんじゃぞ。大方、奴隷にするための道具を、勇者用に改良したとかそんなとこじゃろう。

 しかも、それを隠した上で儂を騙そうとしているのは、この首輪にまだ秘密がある。と言う事じゃ。それも、恐らく儂にとって有利な秘密じゃろう。この首輪を外す方法とかの。それを黙っとるっちゅうことは、儂を骨の髄まで利用する気が満々じゃと、宣言してるようなもんじゃぞ?人間として相当なろくでなしじゃ。他にも叩けば叩くほど埃が出てきそうな男じゃあのう)


 清盛は図らずも、バスティアンが例の宮廷魔導士を相手にして、この首輪の真の能力である『忌避の毒』の説明を行っている所でこの予想を脳内で立てると、ベッドの上に大きく倒れ込んで、深く息を吐きながら目を閉じた。


(そして何より、じゃ。)


 清盛は、新たな思考に移り始めると同時に、閉じていた目をゆっくりと開き、天井を睨みつけた。


(何より、あいつ。あからさまに儂を殺す気じゃろう)


 そうして、静かにそう思う。


(全てが終れば儂を帰す?確かに、儂を大荷物諸共呼び寄せたくらいじゃ。この世界から儂を追い出すこと自体は出来るじゃろう。じゃが『この世界』から、『儂の元いた世界』に戻ったかどうかを知る方法は無いじゃろう。もしあったとすれば、そもそもあいつ等が儂が『どういう人間』か、『どういう世界』に居たのかを知る術が有るはずじゃ。

 じゃのに、あいつ等は儂の事を知らん。そこから、この『勇者召喚』で出来るのが、『異世界から人を呼び寄せること』だけしかできん、っちゅうことがよくわかる。そんな体たらくでよく、元の世界に戻す。と、大見得を切れるもんじゃ。それは儂を元いた世界に戻す気が無いから以外の何物でもない。

 それに何より、儂を呼び出すだけでも相当なカネと時間がかかったんじゃろ?じゃったら、儂を送り出すのにも相当なカネと時間が懸るとみてまず間違いない。そんな事をするより、どうせこの世界から『消す』んじゃったら、殺した方が手っ取り早いし、色々とお手軽じゃ)


 そこまで考えた清盛は、ベッドの上から起き上がると、鉄格子のかかった窓の傍に寄り、ガラス戸を開けて夜風を浴びて、王城の下に広がる、満月の灯と星の瞬きに照らされるばかりの夜景を、格子越しの窓から見下ろして、頭の中で今まで考えたことの整理をつける。


(以上の事柄から考えれば、あの男の本当の目的。っちゅうもんも大体予想がつく。悪の黒幕ぶって、世界を裏から操るか、それとも手っ取り早く世界征服か……。まあ、どちらにせよ、ある意味においては――――)


 と、そこまで考えて、清盛は眠りに就いた。


 どちらにせよ、腹は決まっている。なら、やれるとこまで、やるだけだ。


 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー☆ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 翌日。


「どうやら、世界平和が目的じゃあ言うんは嘘じゃあないようですけえの」


 清盛は、朝食の為に、と通された食堂の机を前にして、上座に座るバスティアンに、朗らかな笑顔でそう言った。


「おお……。おお!漸く、我らの苦難をご理解いただけましたか、『勇者』殿!」


 朝早くから出し抜けに言われた宣言に、バスティアンは一瞬だけ呆けた様子で清盛の言葉を聞いていたが、すぐに言われたことの内容を理解し、にこやかな笑顔を浮かべて清盛の手を取った。


 清盛は内心、いきなり近づいてきたバスティアンの顔を見て、仰け反りそうになった体を何とか押さえつけると、清盛の両手に重ねられたバスティアンの手を軽く握り返しながら、心にもないことを平然とのたまいまくる。

 

「ええ、ええ。一晩、よう考えたんですがのう。儂が本当の意味で『勇者』かどうかっちゅうのは、さておいて、下町のあんな光景を見せられて、だんまりを決め込めるわけにはイカンですのう。あそこまで生きることに苦しみ抜いている人々を見捨てるんは、仏道にも人道にももとりますけえの!そら、勇者の一人や二人を呼びたくはなりますのう!」


「とんでもないことでございます!清盛さまが本当に、優れた勇者であること等は、一目見た時から承知しておりました。


 バスティアンのこの言葉は、無論、私にとって、と続くものであるが、そんなことは清盛であっても重々承知の上である。

 

 だからこそ清盛は、バスティアンに向かって、わざとらしいほどに強く大きく頷くと、胸を叩きながらいけしゃあしゃあと言い放った。




「不肖、織田清盛。何ができるか判りませんが、天下国家の為に世界平和を目指して、『勇者』として粉骨砕身、働かせてもらいますけえの」





 後に清盛は、『魔王』と称され、この世界の頂点に立つことになって、この日の事を振り返り、常々こうこぼすようになった。


 自分が『人間の勇者』を辞めると決めたのは、


 まさしく、この瞬間であった。と―――――



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