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日本文化と日本刀で世界征服ーーー勇者にして魔王になった男ーーー  作者: 上運天大樹
第一章 勇者召喚からの魔王転職編
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日本刀と仏像 第四話『勇者』、世界を知る。

「……ここが、城下町ですかいのお」


 バスティアンに連れられて市街地を訪れた清盛は、哀惜とも感嘆ともつかぬ声でそう呟いた。


 街の中心を貫く大通りには丁寧に石畳が敷き詰められ、市場と思しき円形の大広場を中心に綺麗に区画整理されたその街並みには、赤い煉瓦と白い漆喰で作られた建物が整列しており、この都市の優美さと荘厳さを何よりも物語っていた。


 そう、物語って『いた』。

 

 街のメインストリートである筈の大通りの両端にはわずかながらの小銭を求める乞食の群れで溢れかえっており、市場と見える大広場には商品はおろか、店の一軒すらも姿が見えない。

 建物に至っては薄汚れ、道路には汚物や生ごみが捨てられてできた汚泥によって汚れている。

 そして、何より、道を行く全ての通行人が、晴れ渡る空を見ることも無く、まるで絶望に押しつぶされたように俯きながら道を行き、陰鬱な空気を街に作り出していた。


「……………………………悲愴じゃのう」


 バスティアンと共に王家の馬車に揺られた清盛は、馬車の窓越しに見える景色に、これが王都の城下町か……。と、思いながら、目の前で座るバスティアンにも聞こえぬ声でそう呟くと、馬車が停泊したのを見計らって大広場へと降り立ち、深く深呼吸をした。


「……………嫌な臭いじゃな。是が、この圀の都の匂いか」


 清盛が馬車を降りると同時に、大広場からは生ごみや屎尿の腐った臭いと、烏や野良猫、野犬化した犬から染みついた獣臭い臭いが、酸っぱさと生臭さを同時に発生させていた。そこに加えて、この街の空気を増々濁らせるように、芳醇な香水の匂いが混じりあい、この街に、死臭にも似た臭いを漂わせていた。

 街角では、無造作に捨てられたごみ山に集って腐りかけの食糧を漁る子供達がいる。

 道端に蹲って、右腕と右足を失った乞食が、器代わりの杯を地べたに置いては、道行く人に力無く恵みを乞うている。

 極め付けは、路地裏で隠れて男を連れ込む娼婦だろう。横やりが入らないように見張っているのか、それとも邪魔だからと追い払われたのか、娼婦の連れ子と思しきまだ七、八歳の少年が、母親の喘ぎ声を聞かぬように耳を塞ぎながら歯を食い縛って道端に蹲っていた。


 そんな、街そのものが腐った様な光景の中で香水の匂いが漂う方向には、王室の紋章と豪華な装飾を施された荘厳な馬車が停泊しており、その車内では、刺繍の入ったハンカチで上品に鼻を覆う、バスティアンの姿が見えた。


 清盛はそんな風景を目に焼き付けながら、ただ街の中心部に佇んでいると、不意に、重装な鎧に身を固めた騎士達が進み出て、敵意すら抱けぬような人々を前にして、清盛の周囲を固める様に防御の陣形を取った。


(…………何を大仰な)


 そんな、過剰とも言える様な反応を示す騎士たちの様子を目の当たりにした清盛は、冷ややかに心の中で呟くと、街を形作る建物の一つへと目をやった。


 すると、その中に住んでいる思しき若い女性が、清盛の視線に気づいて、慌てて窓の内側へと隠れてしまった。視線を移すと、同じように中年の男性が傍に居た子供共々、隠れる様にして素早くカーテンを引いた。


 清盛は、そんな活気の欠片も感じられない街の中に突っ立ちながら、知らず知らずの内に手が白くなるまで強く、右手を握ってしまっていた。


 そんな清盛の後ろから、車窓越しに顔を覗かせたバスティアンは、沈痛な面持ちになって清盛に声をかけた。


「……どうでしょう?酷い物でしょう?これも全ては、魔物どもの侵略が原因です。


「……………………………………………………ほうですの。酷いもんですの」


 バスティアンがさも痛まし気に語る言葉に、清盛は振り返りもせずにそう頷くとバスティアンを見ることも無く無視して大広場の路地裏へと、飄々とした足取りで向かって行った。


「ちょっと、勇者殿!一体どこへ向かうというのですか!?」


「なあに、面白そうなものが見えましたけえの、ちょいとここら辺を冒険させてもらいます。御目こぼし下さいやあ。何でしたら、騎士様方でも勝手につけさせたらええですけんのお」


「チ!オイ、儀仗兵。勇者殿をつけていろ。明日の予定もあるからな。時間が押して来たら、無理矢理にでも帰ってきてもらえ。行け!」


 清盛の勝手気ままな行動に、一瞬、バスティアンは思わず舌打ちをして狼狽えたが、周囲に居た何人かの騎士にすぐに指示を出す。

 そうして、バスティアンの指示を受けた騎士の何人かは、軽装鎧をガチャつかせながら忙し気に清盛の後を追い始めた。


(…………本っ当に大仰な事じゃのう)


 清盛は、後ろから聞こえて来るそんな大げさな指示を後ろに聞き名ながら、それに構うことなくフラフラとした足取りで気の向くままに歩みを進み始めた。


ーーーーーーーーーーー★-----------



 表通りから見えるだけでも、清盛にはこの国の粗が大分見えた様な気がした。


 路地には、排泄物を初めとした様々な汚物がぶちまけられており、生ごみなどは玄関前に出し放っしであり、時おり腐臭が鼻を衝く。

 表通りですらそうであるから、裏路地などは少し除いただけでも酷い有様であった。

 それらの惨憺たる状況を見た清盛は、バスティアンというこの国の王に対する評価を大方固めた。


 とは言え、


(これだけでは判断材料としては乏しいのう。大都市であるからと言っても、必ずしも衛生的であるとは言えんらしいからのう。実際、見たところこの都は、少なくとも儂の目につく範囲内に於いては、犯罪の横行している様子が見えん。それに、儂を追っている騎士様方とは別に、道のあちこちに憲兵らしき人影も見えるのう。これは治安維持に関しては、この国は大分強固な制度を固めておる、と言ってもいいじゃろう)


 こうして直に眼にする限りでは、必ずしも清盛にとっては不快な状況だけが映るわけでは無く、国を防護するための機能が健全に働いている様子も垣間見えるのである。


 その上で、やはり清盛には、この国がどこか歪な何かを抱えているように思えてならないのは、矢張り目につく街の所々に活気が無く、王侯貴族に対する過剰なまでの恐怖心を感じるからであろう。


 そんな、どこぞの独裁国家さながらの様子の、この国と街の様子に、心中から沸き立つような何かを感じるものの、それが一体、何というものなのか、さっぱりわからない。

 

 清盛は、薄汚い街の中を一人黙々と歩き続けながら、自分は一体何をするべきなのか、何がしたいのか、何ができるのか、これからどうすれば良いのか、と言った頭の中に湧き上がる疑問を抱え込みつつ、やがて一軒の教会の前に出た。


 それは十字架の代わりに、*の様な象徴を掲げてはいるものの、地球でも時おり目につく建築様式をした裏さびれた小さな教会であり、一目見た印象として、どことなく小汚い感じを受けたが、それと同時に、此処だけはどこか、今まで見てきた街の外観とは違い、どことなく神聖な雰囲気を漂わせており、今までに思案に耽っていた清盛も、思わず足を止めてしまった。

 やがて清盛は、いくらかの思案の後に、意を決して、教会の中へと足を踏み入れた。


 すると、教会の中では、様々な年代の子供達が手にホウキだのモップだのと言った思い思いの掃除道具を手にして、古びた教会の内装を騒々しく清掃している姿があった。


「これは、また、いやはや……」


 清盛が今まで目にしてきた、消え入りそうなまでに静かであった街の様子とは一転して、騒々しく元気の有り余る子供の姿に、清盛は毒気を抜かれたような思いで頭を掻くと、この街で初めて見た笑顔のみなぎる人々の姿に、何処か救われるものを感じて微笑んだ。


 すると、


「参拝者の方ですか?申し訳ありません。子供達がついついふざけてしまわれている様子で。何時もは、このようなことは無いのですが、今日は久しぶりの大掃除の日でございまして、少しばかり子供心に火が点いているようで、御無礼お許しください。多少は、元気が良すぎると思われるかもしれませんが、これも子供のする事とお許しください」


 礼拝堂の中を所せましと子供が暴れ回っている教会の奥から、人の良そうな表情をした長身痩躯で老齢のシスターが現れ出ては、教会の入り口にぼんやりと突っ立ている清盛に向けて、心の底から申し訳なさそうに謝罪しながら、頭を下げてきた。

 そんなシスターの様子に、清盛は苦笑しながら手を振ると、逆に申し訳なさそうな顔をして、シスターに答えて見せた。


「ああ、いえいえ。別に、何やら用があってここに顔を出したわけではないんですわ。ただ、この辺りを何となく歩いておったら、教会が見えたもんですけえ。街の様子は辛気臭いわ、歩き疲れたわで、何となく入ってみたくなりおったんですよ」


「そうですか、御気分を害されたわけではないのでしたら、良かったです。本当に、掃除中の御見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありません。もしも、告解やお祈りに来たというのでしたら、もう少しお待ちいただければ、すぐにでも教会をご使用することができますが……」


「いやあ、ええですええです。そんなに、心配せんでくださいやあ。さっきも言ったように、儂の方は別に此処の神様に対して、何やら用事があるわけでも、ましてや信心なんてものを持っとるわけではないんですけえ。そんな奴が寄ってこられるだけでも、迷惑でしょうや」


「…………そうでございますか…………。でしたら、次にこの辺りによる時は、夕暮れ時か、早朝にお越しください。その時間帯でしたら、礼拝をしているので、気兼ねなくご利用できますよ。神の身許への道は、誰に限らずとも拓かれております。貴方が苦しい時には出来るだけ、力になれるように尽力いたしますので、何かあった時には、この教会を御頼り下さい」


 神職者を前にして、随分とまあ無礼な言い方をした清盛の言葉には、流石に老齢のシスターもやや驚いたようではあったが、何を思ったのか、神を信じていないという清盛の言葉に、やや悲しそうな顔をしただけで、すぐに慈母を思わせる様な優し気な笑顔を浮かべて清盛に軽い勧誘をかけただけだった。

 清盛は、そんな老齢のシスターの様子に、意外な思いで口を開いた。


「なんじゃあ、意外ですのう。教会云うところは、儂みたいな不信心もんを見かけたら、否応も無く説法を垂れ負って、頼みもせんでも礼拝やらなにやらに連れ込むもんじゃと思ったんですがのう」


 流石に遠慮が無さすぎるかとは思いつつも、清盛は失礼を通り越して偏見に凝り固まった言葉目の前の人の好さそうな老齢のシスターにぶつけたが、目の前の人物は清盛の言葉に静かに笑うと、口元に微笑みを浮かべながら清盛の質問に答えた。


「正直なお方ですね。幾ら、教えを伝えることが我々、神に仕える者の職務と言えども、望みもしない人々に神の御言葉を伝えることなどいたしませんよ。それではただの押し付けになってしまうし、無理にでも教えを聞かせるのは、それこそただの暴力です。我らの神は、慈悲こそ好めど、暴力は嫌います。神の僕たる我らが神の嫌う事を率先して行うなど、恥知らずにも程がありますから」


 と、そこまで答えた老齢のシスターはそこで言葉を切ると、深く疲れ切った様に息を吐いて、自重するような笑みを浮かべた。


「それに、このご時世ですもの。よく言われますわ…………。『いつ、神様は助けてくれるのだ』と」


 それはまるで、血を吐く様な苦悩に満ちた言葉だった。


「『街は荒れ果てている。働いても貧乏なままだ。戦争は終わらない。一体、何時になったらこの苦しみは終わるのだ。何時になったら神は助けてくれるのだ。一体、何時までこの苦しみに耐えればいいのだ』。----苦しみを訴え出てくるそれらの迷える人々に対して、私は一切答えを返すことができませんでした。ただ只管に、もう少し耐えればよくなる。きっと明日には何かが変わってくれる。と、そればかりを繰り返すことしかできず。無駄に老いたばかりのこの愚か者には、神の後光に縋るしかできな人達の悩みを取り除くことができないのです。…………そのような人々を前にして、神の御心の何を語れば良いというのでしょう?何を語るべきなのでございましょう?そんな、中身の籠っていない、上っ面だけの言葉を吐いてその場を凌ぐなど、神の僕として、不信心にも劣る不徳でございましょう。ましてや、そんな分際で説法を行うなど、質の悪い神官遊びにしかなりませんよ」


老齢のシスターのその言葉は、清盛に語りかけると言うよりは、自分自身に問い掛ける様な、或いは、誰かに、それこそ神に向けて答えを求めている様な、そんな声音をしていた。

清盛はそんな老齢のシスターの。懺悔にも似た悔しさを滲ませる言葉を遮るでもなく、静かに聞き入ると、ほうですか。と、頷いたのだった。


「申し訳ありません。教会に籍を置く者が教会を訪れた者に愚痴をこぼすなど、立場が逆でございましたね。これでは、尼僧として失格ですわ。ともあれ、教会は常に迷える人々の味方でございます。大切なのは、貴方が何を信じるかでは無く、何を求めるかです。力の及ぶ限りでしたら、私が何とかお助け致しますので、いつでもこの教会にお寄り下さい」


「ほうですのう。でしたら、気が向いた寄らせてもらいわあ。ああ、そうそう実は儂は、この街から大分離れたところから来ましたんですがのう。なんじゃあ、この国が戦争に巻き込まれているいう事しかあ、知らず、戦況については、ようわからんのです。戦火にも巻き込まれたくないですけえ、出来れば詳しいことを知りたいんですがのう。シスターさんは何か聞いとりゃしませんがね?どんな噂でもええんで、知っとる事があったら、教えて欲しいんですがのう」


「そうですか。私も詳しくは知りませんが、聞くところによると、何でも、今は暗黒大陸に住む魔族たちが攻め寄せて来ていて、今は人間世界全体が滅亡の危機に立たされているそうなのでございます。けれども、王室の方々は、密かに昔から残されていた勇者召喚の魔法を使って勇者を召喚しているので、その勇者様が魔族を討ち滅ぼして、平和を作られる。と、ですから、多分もう少しの辛抱ですよ」


 どこまで本気で言っているのか、老齢のシスターは、どことなく諦観した様な笑みを浮かべながら、清盛の質問に答えた。


 そんな老齢のシスターの言葉を聞いた清盛は、そこで考え込んだ。

教会のシスターの答えは、全て、バスティアンの言葉と一致している。

 そう、


 一致しすぎている。


 バスティアンが語る話では、戦場はどうやら敗戦の色濃く、戦場の一つ一つが混迷しているとのことだが、そうであれば、此処まで話が何の矛盾も無く、辻褄を合わせたようにかみ合うものだろうか?

 このような重大事においては、デマの一つ二つが飛び交う事や、情報が錯綜すること等、当たり前の話である。

 であるのに、清盛が集める噂話の一つ一つが、まるで、判で押したように王城でバスティアンが清盛に話した説明そのままである。

 それに、敗色の濃い国に対して、庶民の一人一人が何の不満も無く信頼を置いている事にも、違和感を持つ。


 何故ここまで、この国の人間は、この国の王を信じられるのだろうか?


 それとも、


 信じさせられているのか?

 

 もしも後者であるのならば、どのような手法を持って、此処まで徹底した信仰を、民衆に抱かせることができるのだろう。

 恐怖政治か、情報統制か。

 ただ、どちらにせよ、清盛の後ろに控えている男は、決して一筋縄でこの国を治めている訳では無い。と言う事だろう。


「成程のう……。本当に大変そうじゃのう、難しい話ですのう」


 清盛は、不思議そうに首をかしげる老齢のシスターを尻目に、底抜けに明るい声を出して騒ぐ教会の子供達を眺めながら、そんなことを言った。


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