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日本文化と日本刀で世界征服ーーー勇者にして魔王になった男ーーー  作者: 上運天大樹
第一章 勇者召喚からの魔王転職編
3/21

日本刀と仏像 第二話 召喚されたは良いが、如何にすればよいのだろうか?

 清盛が気が付いた時、そこは石造りの大広間で有った。

 運動公園にあるスタジアム程の広さを持つその場所の中央に、今まさに清盛は経ち尽くしており、そんな清盛の周囲を取り囲んでいるのは、優に百名は越えるであろう人間達である。

 そのほとんどが重厚で煌びやかな鎧に身を包んだRPGか、世界史の教科書で見る様な重装の騎士たちであり、中には、学者か何かだろうか、ローブ姿に杖を携えた老獪で聡明な雰囲気を漂わせた人間も混じっている。

 大広間は、地下に作られているのか、灯は石壁に備え付けられている蝋燭やランプしかなく、今が昼か夜かの区別すらつかない。

 ただ、床や壁の作り、石材の組み方、そして、清盛の周囲を取り囲む人間達の姿から、此処がどうやら中世から近世に至るまでのヨーロッパを意識した場所だというのは、辛うじて理解できた。


(…………何がどうなったら、六畳一間のボロアパートから、こんな大層なお屋敷に移動しとるんじゃあ)


 だがしかし、理解できたのは所詮、そこまでの周囲の雰囲気だけであり、清盛自身の身の上に何が起きたのかと言う事は、全く理解できないでいる。


 というより、理解しろというのが無理な話だ。


 休日の街中で、突如として現れた黒服の人間に数人がかりで取り囲まれても、大抵の人間はパニックを起こして状況を理解できない物だというのに、眼を閉じて開いたら、見知らぬ場所に呼び出されて、数百人のヨーロッパ人風の騎士たちに取り囲まれているのだ。


 まず、夢かどうかを疑うのが普通である。


 そして、御多分に漏れず、織田清盛はこういう突発的な事情に関して言えば、普通の人間の範疇で物事を捉えられる程度には常識的な人間だったため、まず最初にやったことが自分の頭を疑う事。

 そして、次にやったことが、自分の現状の整理であった。


(落ち着けえ。落ち着けえ、織田清盛。此処は一変、自分の過去の記憶を振り返ってみるんじゃあ……。何でこうなってんしまったんか、心当たりが有れば、ぶつかるはずじゃあ。まずは、深呼吸して、そう、思い出すんじゃあ)


 清盛は、心の中で呟くと、その呟き通りに大きく息を吸って吐き、大きく息を吸って吐きを繰り返し、ゆっくりと今日一日の自分の行いを振り返ってみる。


(一、昨日の晩言われて、儂は今日、大阪で独り立ちすることになった。うん、此処まで大分おかしい話じゃあの。じゃが、まあ問題はない)


 引っ越し自体はそんなに大した問題ではないのに、それが昨日今日で決められた。と聞くと、途端にオカシイ話になるのだから、面白い物である。

 まあ、一番おかしいのは、そんな大問題を、まあ。の一言で受け入れらる辺りが、この男のオカシイ所の一つと言えなくも無い。


(二、大阪の部屋に着いたから、仏像フィギュアを箱の外に出して、崇めまくっとった。うん、別にオカシイ話じゃないのう)


 清盛自身はそう思いはするものの、多数の仏像フィギュアを取り出しては並べることを繰り返し、一回並べるごとに数十枚もの写真を撮り、一枚づつそれを見る度に、ええのう、ええのう。と涙ながらに語る姿は、正直、色々とオカシイ姿ではあったのだが、本人にその自覚は無い。


(三、気が付いたら、此処に移動しとった)


 そして最後の段階に思い至り、清盛は、一人で深く頷いた。

(いやいやいやいやいやいや!マジでマジでマジで、マジで何が起こっとるんじゃあ!さっっっっっっっぱり、意味が解らん!何がどうなったら、こうなるんじゃああああああ!)


 一見、平静を保ちながら、その実、かなりのパニックを伴って内心でそう考えを張り巡らせる清盛は、兎に角、自分が今どうしてこんな目に遭っているのかを理解できず、此処に来た当初から、まるで銅像の様に硬直しっぱなしで有った。

 そうして、自分の身に一体何が起こったのかを理解できず、混乱と困惑の極地に居る最中、そんな清盛を目にして、満足そうな笑みを浮かべながら、一人の男が清盛の前に進み出た。


 両手の指には、星の様な輝きを煌かせる宝石をあしらった指環を幾つもの数嵌めており、手にした錫杖や、頭にかぶった宝冠は伝統と格式のある物なのだろう。身に着けたその他の装飾品とは違い、『格』とでもう言うべき、厳かな雰囲気を漂わせている。高価な布で織られたのであるマントなどは、何処からどう見ても布製品の癖に、金属光沢に似た艶を放ち、一目で高価だと判る代物である。


 よく言えば、荘厳な。悪く言えば、成金趣味で固めた様な装飾で身を固めたその人物を見た清盛は、一目見た瞬間から、どことなく、自分とは相いれない雰囲気をこの男に感じ、思わず警戒して身構えた。


(なんじゃあ、この男は?こんな、全身キンキラキンに飾りたておって、成金主義かいな。趣味が悪いぞ!

それに、何ちゅうか…………。嫌な笑顔を浮かべとるのう)


 清盛は、内心から溢れ出る隠しきれない薄ら寒い笑い顔を前面に浮かべる目の前の人物に対して、恐らくは、この後の人生においてもこれ以上ない位に強い警戒心を露わにした表情をして、目の前の人物を眺めた。


「ふふふ。どうやら成功したようだな」


 そんな清盛の内心に気付いているのかいないのか、その人物は、ゆっくりと清盛へと近づき、左胸に手を置いて、厳かに口を開いた。


「そうだな。自己紹介が遅れたな。私の名前はバスティアン。バスティアン・フルール。このフルール王国の第三十代目の国王だ。ようこそ、勇者よ。キミこそ、人類の希望となる存在だ」


 清盛の前に進み出たその男は、そう名乗った。

 

「……国、王。ですか」


 バスティアンと名乗る人物の発したその言葉を呟くように繰り返した清盛は、内心で、ああ、成程な。と、納得しながらも、同時に、そりゃ一体どんな冗談だ!と、ツッコミを入れる自分が居たが、そういうことは口に出さず、一先ず音の子の話に耳を傾ける。


「ひとまずは、その後ろに控えている大荷物を片付けさせてもらおう。それと、一応お聞きしたいのであるが、貴方の後ろに並べられている像は貴方の持ち物であろうか?もしかしてとは思うが、神像か何かであるとみてよろしいかな?」


 するとバスティアンは、清盛の背後を右手に持った錫杖で指し示し、それにつられて清盛も、大荷物?と、首を傾げつつその杖の先に視線を合わせた。


 そこで初めて清盛は、この場に移動してきたのが自分だけでは無いことに気付いた。

 後ろには、今まで並べて遊んでいた、清盛にしてみれば拝んでいた、仏像の群れが有り、その周りには、日用品や家電、生活雑貨、その他の大荷物を詰め込まれた段ボール箱が散在していた。


 そうして、少なくとも自分が、着の身着のままの姿でこの場に連れ出されて訳でないことを知った清盛は、ほっと胸をなでおろしつつも、それと同時に、ますます置かれている状況の把握に困り、困惑の度合いを深めてしまう。


(とりあえず、儂が使うことのできる道具が有るんは嬉しい誤算じゃのう。ただ、ここに仏像フィギュアまで持って来られたんは、どうも微妙な所じゃのう)


 世界史に刻み込まれた戦争の記録の多くは、宗教の違い。という、日本人の感覚からすれば、あまりピンと来ない物から始まっているのは、半ば常識となっている現実である。

 そんな中、常識的に見て、明らかに異国の神と思われる人形を並び立てる清盛の姿は、何処をどう見ても、怪しげな儀式を行う、正体不明の異教徒にしか見えないのは、致し方の無いことであろう。

 

 まあ、実際やってることは、単なる変態的な写真撮影なのだが。


 だが、それらの事実をこの場の連中に説明した所で納得してくれるとは思えないし、何をどう取り繕ったところで、清盛が先祖代々から続く、正真正銘の真言宗派の仏教徒であることは紛れもない事実である。

 それらを話してしまえば、この場の連中はどう動くだろう?

 はっきり言って、全く予想がつかない。

 だから清盛は、仏像の群れを取り囲んで、未だに警戒心を露わにする騎士たちに向かって両手を上げながら、出来る限り何も考えていない素振りで適当に言葉を口に出す。


「いやあ、まあ、単純に儂のコレクションですわ。昔の英雄の像も入っておりますけえ、丁重に扱ってつかあさい」


 釈迦如来の像を英雄の像というのは、若干の違和感を感じぬでもないが、実際に仏教の教祖であり、過去に実在した偉人である。というのは、紛れも無い事実であるので、決して嘘とは言えまい。


 ユダヤ教しかり、イスラム教しかり、偶像崇拝を禁止する宗教というのは、決して珍しくない。


 今でこそ、仏像や宗教画が当然の様に存在するので意外に思われるかもしれないが、元をただせば、仏教もキリスト教も偶像崇拝は禁止していたのだ。それが、時代が下るにしたがって、戒律や規則も緩み、なあなあな内に許されるようになっただけである。


 そして、この手の厳格な戒律を守る、もしくは守ろうとする宗教信者という者は、過激化しやすく、そうなった時にはどんな目に遭うか判らぬものでは無い。

 無理矢理にでも改宗を迫るのはまだ良心的な方だ。下手をすれば、その場で殺されても仕方ない。


 今、清盛を取り囲んでいる人間達の文化や宗教、思想や行動理念がどういうものではあるのかも知れずに、無駄に刺激を与える様な行動は避けたい。

 案外、この状況は新手のテレビのドッキリ企画の一連の流れかもしれないのだ。

 まずは相手を刺激せず、自分の置かれている状況をできるだけ早く、かつしっかりと把握することに専念する。


 ありがたいことに、どういう訳か言葉は通じるのだ。

 兎に角まずは、相手との理解を深めること、現在の状況を把握する事、その二つの出来事にのみ、集中して執り行うべきだ。

 その為には、いつもの調子を崩さず、相手に接する事。相手の言い分には、無理に逆らわぬこと。

 最低限、この二点を守ってさえいれば、殺されることはなくなるだろう。


 漸く、そこまでの考えをまとめた清盛は、自らを国王と称した男、バスティアンに向き直った。


「取りあえず、事情がよう呑み込めませんので、説明をお願いしたいじゃが、話しは此処でなければ通せませんのかいのう?」


 やや皮肉めいた言い回しになってしまったことに、若干の失敗を感じたが、それならばそれでいいのだ。それで怒った時には、その時に謝ればいい。


「ふむ。では、『勇者』殿の荷物を運べ。まずは、遠路はるばるとご足労をおかけしたのだ。今開くことのできる最大の宴会とごちそうを用意して、『勇者』殿をもてなそうでは無いか!」


 バスティアンがそう言うと同時に、石造りの床に散在している大荷物や、段ボール箱をきらびやかな鎧に身を包んだ騎士たちが片付け始め、順次運び出していく。

 

 損な騎士たちの姿を見た清盛は、慌てて騎士たちを制止すると、清盛は大阪の部屋で出しかけていた仏像や洋服、剣道の道着などに手をかけて、段ボール箱に物を片付け始めた。


「儂の物ですけえ、儂が運びますよ。一応、儂は招待客ですけえの。此処まで来て、人様の手を煩わせる訳にはいかんですけえ。自分の物くらい、自分で運びますわ」


 本心で言えば、拉致されたにせよ、誘拐されたにせよ、こんなところにまで無理やり連れて来られて、その上、荷物まで取られてしまってはたまらないため、出来るだけ自分で管理したいだけである。

 何しろ、此処にあるのは文字通り、織田清盛の持つ全財産そのものであるのだ。持ち物の幾つかが無くなるのは仕方ないとしても、此処にある荷物の全てが無くなるのは避けたい。せめても、自分の財布と印鑑だけでも取り出して、持ち歩きたいのだが、そんな本音はおくびにも出せない。


 しかし、そんな清盛の言葉を聞いた下っ端の騎士らしき男性は、いきなり右手を大きく振ると、大慌てで生真面目な口調になって、清盛の行動を拒絶する。


「いえいえ!異世界から来ていただいた『勇者』様にそんなことを差せる訳にはいきません!それに、『勇者』様も先ほど申しましたが、貴方は我が国の来賓であり、非常に重要な役割を担った要人です!そんな御方に下々の仕事をさせるなど、わが国にとっての恥でしかありません!『勇者』様の御荷持は私たちが責任をもってお運びします」


「ほうですか。なら、頼みます。ああ、でも儂の大荷物の中には大きな衝撃を与えたらお釈迦になる物も多いですけえ、取り扱いは丁重に頼みます。特に人形の方は傷もつきやすいですけえ、本当に、慎重にお運びください」


「ふむ。『勇者』殿は誠に心優しいご気性で有られるようだな。是は我らにとって運のいいことだ。何しろ、我らには既に血戦卿という自他共に厳しい将軍とのがおらっしゃれるからなあ。あのような人物が二人に増えなかったのは、まさしく僥倖というほかない!」


 バスティアンのその一言に、大広間中の人間がドっと笑い声をあげ、騎士や文官、学者らしき群衆からの歓声を受けて、清盛は大広間を後にすることになった。


 『勇者』。という、やや気にかかるその言葉を頭に刻みながら、清盛は騎士達の好意を受けつつ、内心、勤勉そうなこの騎士達の態度に、頭を掻いて困惑していた。 

 清盛としては、自分の全財産の内、携帯電話や携帯端末などの、最低限の身に着けられる道具を手にして、パソコンやその他の趣味の道具など、その他の重要かつ、持ち運びできない道具を自分だけが分る場所に隠しておきたかった。

 本心からの気遣いか、それとも、一度、清盛の持つ荷物を点検して危険物が無いかを調べたいのかは不明だが、正直、どちらにせよ、余計なお世話ではある。

 しかし、そんなことを口にする事は間違っても出来ない以上、此処はひとまず、流れに任せて、清盛は先を行くバスティアンの後を追い始めることにした。


(全く、本当に訳の分からんことに巻き込まれたもんじゃのう。はてさて、これからはどうした良いもかのう。ん?)


 そうして、先を行く国王とその侍従らしき人物たちの後を追いながら、清盛は思わず首を掻いて思考していたその時、首元からチャラ、と音がして、そこで初めて清盛は自分の首に、細いネックレスの鎖の様に、自分の首に首輪が絡みついていることを知った。

 一瞬、自分の身に巻き起こったこの小さな異変に声を上げそうになるが、その声を無理矢理飲み込むと、首輪がどういう形状なのかを知ろうと、ゆっくりと、首輪をなぞるようにさすり出す。


(なんじゃ、こりゃ?どうして儂の首に、何時の間に、こんな物がかけられ取るんじゃ?)


 もしかして、この世界に来た異世界人は皆、このような首輪をするのだろうか?或いは、この首輪が自分の言葉と相手の言葉を翻訳してくれる役割になっているのかもしれない。


(どちらにせよ、じゃ。こんな物を黙ってつけられとったら、)


 清盛は、首元から手を放しながら、内心でそっと呟く。


(あんまり気分は良くないのう…………)


 そう思いつつも、清盛は何も言わずに国王の豪勢な衣服に身を包んだ後ろ姿を、静かに睨みつけた。

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