勇者、そして魔王。 第一話 勇者、少しだけ魔王になる。前編
その声がした瞬間の『氷雪の蒼龍』の動きは迅速だった。
前衛を担当する二人の少女、重戦士のカティアが盾役として立ちはだかった瞬間、その後ろから武闘家のヒルデガルドがすぐさまに襲い掛かる。
その後ろでは、剣士のアルフレッドが抜き放った剣を構えて、アリアと共に後衛を担当するニコラスとフレデリカを守るように立つ。
魔法使いの二人、ニコラスとフレデリカはすぐさまに魔法を発動するために杖や魔導書を構え、その二人を護衛するようにアリアは弓を構えつつ、従魔である魔犬にヒルデガルドとカティアの補佐をするように指令を下す。
盾役のカティアが敵の動きと攻撃を防ぎつつ、ヒルデガルドと魔犬の素早い攻撃で敵を倒す。
後詰でアリアとアルフレッドが攻撃を仕掛け、ニコラスとフレデリカが魔法による補佐をする。
数多の戦歴から自然に形成された完璧な動きは、これ以上なく無駄なく突如として出現した清盛という男の動きを捕らえて、簡単に制圧する。
―――――――――――――――筈だった。
「すまんのう。あんまに女に手を上げるのは、趣味じゃないんじゃが」
その言葉と共に、ヒルデガルドは腹に鈍い痛みを受けたと共に後ろに吹き飛ばされ、カティアは何をされたかもわからぬままに成す術なくその場に膝をついた。
魔犬のライプラスに至っては、清盛に睨まられただけでその場で腹を見せて降伏してしまう。
咄嗟に弓を引いたアリアから放たれた矢は、空中であっさりと清盛の指につまんで止められると、そのまま詠唱を完了しかけたフレデリカの杖へと投げつけられ、魔法の発動を阻止される。
一瞬ともつかぬ間に、白金クラスの冒険者パーティーである『氷雪の蒼龍』の大半の攻撃が無効化されてしまい、その場にいた全員が、驚愕に目を見開いた。
それでも、ニコラスによる身体強化の魔法はアルフレッドの身体を覆うことには成功し、魔法の補助を受けたアルフレッドは、その場から矢のような速度で飛び出したまま、構えた剣を横薙にして薙ぎ払い———
「ウソだろ!」
思わず絶叫を上げた。
確実に清盛の右脇を捕らえたはずのアルフレッドの剣は、その刀身が清盛の身体に届く前に、やすやすとその右手に捉えられており、清盛に捕まれた剣はまるで巨岩にでも挟まった様に動かすことができなくなっていた。
「アル!いますぐ剣を手放しなさい!」
驚愕に硬直するアルフレッドの後ろから響いた声に、アルフレッドは咄嗟に掴んでいた剣の柄から手を放して、地面に倒れ込むようにして臥せると、そのまま地面を転がって清盛と距離を取る。
そして、アルフレッドが地面に倒れ込むとほぼ同時に触れエリカの魔力が魔法として形を成すと、巨大な火炎の塊となって清盛に向かって襲い掛かった。
が。
清盛はその巨大な炎の塊を見ても動じるどころか、手刀を構える様に左手を顔の前に立てて、
「くわばら、くわばら」
そう言っただけだった。
だが、その途端、清盛の掌からは巨大な電光が迸り、一条の閃光となってフレデリカの焔を貫き、あっさりと消し飛ばした。
「ウソ……。な、んで……」
呪文の詠唱を行うことで漸く発動することのできる上級魔術『大炎弾』。
本来ならば、火竜種ですらも火傷を負わせることのできる強力なその魔術に対して、まるで詠唱することなく簡単に打ち消した清盛の魔術を見て、フレデリカは絶望に似た表情をして動きを止めてしまった。
そしてそれは、他のメンバーにしても同様だったのだろう。
目の前で起こった光景が不条理すぎて、ニコラスは膝から崩れ落ち、カティアとヒルデガルドはその場に這いつくばったまま起き上がれずにいる。
アリアに至っては、愛犬でもある魔犬の傍で震えあがることしかできない。
ただ、アルフレッドだけは、鋭い眼光を増々鋭く輝かせて清盛を睨みつけていた。
そんな風に一様にその場で固まる『氷雪の蒼龍』を目にして、清盛は不意に右手に持っていた剣をアルフレッドの方に投げ返すと、こともなげに言い放つ。
「返す。剣の無い剣士を相手にしても、勝った気がせんケエ」
「……舐めやがって」
まるで子供を相手にして話を進める様な清盛の言葉に、思わず悪態をつくが、アルフレッドはそれ以上の言葉を吐くまえに、目の前に捨てられた剣を握って清盛に襲い掛かった。
それは或いは、アルフレッドが真の意味での『白金』クラスの剣士として覚醒した瞬間であってかもしれない。
その時、アルフレッドの身体には覇気と怒気が満ち満ちていた。
視界の中の世界は時間が止まった様にゆっくりと進み、足元から指の先に至るまでにはち切れんほどに溢れかえった力が剣先にこめられ、剣戟に速度を産む。
目の前の男の急所が、弱点が、はっきりとわかり、躊躇も容赦も加減も無く、その部分へと剣身を叩き込む。
一撃一撃に殺意の籠った、これ以上に無いほどに力と速度の乗った、これまでに剣士として培ってきた全ての技巧を尽くした必殺の剣技。
通常の相手であるならば、或いは今ならばフルール王国でも最強の剣士であってさえも、この時のアルフレッドの剣技を前にしては、血溜まりの海に沈む未来さえあったかもしれない。
――――――――――――――だが清盛は、アルフレッドのその剣をあっさりと防いで見せた。
清盛は構えた手刀で剣の腹を叩き弾くと、同じ要領でその場を一歩も動くことなく、次々に繰り出されるアルフレッドの剣技を捌き斬って見せた。
「ガキの時に空手を教わった時に言われた。空手っちゅうんは、素手で剣士を叩き殺すための武術。剣士は、剣を持って漸く空手家と同等ってな」
「……ふざけ、……やがって……!!」
まるでこともなげに生身で真剣を防ぐ清盛の言葉に、アルフレッドは奥歯を噛みしめながらギリギリの攻防の中で途切れ途切れに悪態をつくが、清盛の絶対的な防御を貫くことができずに、徐々にその威力と剣速を落していく。
このまま、体力の尽きたところを叩き殺される。そんな未来が幻視されたその時だった。
「どけ!剣士殿!」
今まで絶望の表情で地面に這いつくばっていたヒルデガルダがアルフレッドと清盛の間に入り、清盛の側頭部に向けて強烈なハイキックを入れた。
並の冒険者や野良の盗賊相手ならば完璧に決まったはずのその蹴りは、清盛の左腕によってあっさりと防がれると、そのまま武闘家とは思えぬほどに細く白い足首が清盛によって掴まれ、目の前のアルフレッドに向けて無造作に投げ飛ばされた。
「……何してんだよ。助けに入るなら、もうちょっとばかしカッコよく決めてくれないか?」
「……スマン。少し休み過ぎたせいで、体が鈍ってしまったようだ」
ヒルデガルダの下敷きになる形で吹っ飛ばされたアルフレッドは、上に乗ったヒルデガルダに向けて軽口を叩きながらも口元に笑みを浮かべた。
そんなアルフレッドに対して軽口に軽口で返しながら立ち上がったヒルデガルダだが、その眼は数刻前の諦めきった敗者のそれではなく、決死の覚悟と絶対の闘志を固めた戦士のそれであった。
そしてそれは、ヒルデガルダだけではない。
見れば、フレデリカ、ニコラス、カティア、アリア、清盛の圧倒的な力の前に屈した筈の他の仲間達までもが立ち上がり、絶望的な力の差を見せつけて来た清盛に再び挑むために各々の武器を構えていた。
そんな仲間たちを背にして、ヒルデガルダはアルフレッドを庇う様に前に立つと、不敵に笑みを浮かべながら両手を構えて鋭く息を吐いた。
「身のこなしが剣士であろうと、相手は無手!同じ条件であれば、武闘家の私が寝ている訳にはいかん!ヒルデガルダ・エルヴァンテール!推して参る!」
ヒルデガルダはそう宣言すると同時に、豹を思わせる気迫を全身に籠めて発条の様に跳ぶと、のんべんだらりと突っ立つ清盛に向けて躍りかかった。




