仏像と勇者 第五話 勇者、企む。その二
活動報告で書きましたが、『今年は週一で投稿する』という目標。
早速破って、申し訳ありません。取りあえずは、この作品を読んでいる皆々様。あけましておめでとうございます。
一応、上述の通りに週一投稿を目指して頑張ってみますが、何処まで当てになる目標になるのかは分かりませんので、あんまり期待しないで今年も拙作をお読みいただけるとありがたいです。
『野晒の森』。
そこは、フルール王国の王都にほど近い山の裾野に広がる森の名前である。
此処では、少しばかり、フルール王国王都の周辺の地理について解説する。
フルール王国の王都周辺の地域をペタレ地方と言い、南部には海が広がり、北部には王都を守る様に山脈が聳え立ち、そこから西部にかけては海と山を繋ぐように河川が流れている。
そして残った東部には、大量の魔物と濃霧の立ち込める巨大な森林が広がっている。
この森の通称が、野晒の森である。
物騒なその名の由来は、この森に出現する魔物は膨大な魔力の発生する山野の影響を受けて、王都周辺の都市国家に較べて遥かに強力な魔物が出現しやすく、あまりに強力な魔物の出現率に加えて、魔力を含んだ方向感覚を狂わせる怪しげな霧が立ち込めていることから、不用意に森に入って来る人間や初心者の冒険者を森の奥深くに誘い込み、大半の人間がそのまま帰ることなく死体となってしまう為である。
しかしその一方で、この森に侵入する軍勢や盗賊が存在せず、魔物や魔獣と言った危険生物の出現を除けば比較的に治安はかなり良い方であるのだ。
その為、人の生活を脅かす魔物が人の国の国境を守る。という、皮肉な結果に繋がっていた。
こうして、四方に天然の要害を構えるフルール王国の王都は、まさしく難攻不落の城塞となっていた。
さて、そんな天然の要害たる一角、頭部に広がる『野晒の森』の奥には、一本の巨木がそそり立ち、その木の下にはとある冒険者パーティーが屯して何事かを相談していた。
※※※※※
清盛が冒険者ギルドで『氷雪の蒼龍』という冒険者パーティーに出会ってから、一日。
『野晒の森』の奥にある巨木の下に、『氷雪の蒼龍』は集まっていた。
「ねえ、アル?貴方本当にあの男と組む気?!今からでもいいから考え直すべきよ!」
そう言って激昂したのは、『白金クラス』の冒険者パーティー、『氷雪の蒼龍』の女魔導士、フレデリカだった。
フレデリカは、呑気に巨木の根元に寝転ぶアルフレッドに向かって、鋭い声を上げてアルフレッドの提案に反対の声を上げ、その声にパーティーメンバーは各々の反応を見せた。
武闘家であるヒルデガルドは、その引き締まった体で軽く肩を竦めてアルフレッドを眺め、
白魔導士のニコラスは、少女の様な中世的な顔立ちを困った様に眉根を寄せて興奮気味のフレデリカを宥め、
重戦士であるカティアは、華奢で小柄な体を狼狽えさせてアルフレッドとフレデリカの二人の様子を交互に伺い、
射手兼従魔士のアリアは、小人族の血を引く幼女ほどの身体を従魔の魔犬に乗せて、黙って事の成り行きを見守っている。
そして、フレデリカに噛みつかれている当のアルフレッド本人は特に気にした風もなく、言い返しただけだった。
「うん?相変わらず、頭のかてえ奴だな。いい加減、深刻に考えすぎる癖を直せよ。眉間に皺が寄ってっちゃ、ナンパもされねえぞ?」
「結構よ!この程度でしり込みする男なんてこっちの方からお断りだわ!それよりも、アル!今すぐにでも勇者の話を聞かなかったことにして、帰りましょう!それが今採れる一番いい選択よ!」
フレデリカは、粗野な冒険者とは思えない程綺麗に手入れされた長い金髪が目を引く、琉璃色をした瞳の美女だが、その性格は勝気で苛烈な女魔導師として名を上げている女傑だ。
その一方で、フレデリカは勝気な性格とは裏腹に、理性的で慎重な人間でもあった。
奔放なアルフレッドのブレーキ役として、反対の声を上げてパーティー全体の管理を行うのは、フレデリカの役目と化しているので、この光景自体は珍しい物では無かったが、此処まで感情を剥き出しにして強硬な反対論を唱えるのは常に無い事だった。
そんなフレデリカに異論を唱えたのは、武闘家のヒルデガルドだった。
引き締まった長い手足と、過激な動きの多い武闘家には不向きな巨乳をした怜悧な容貌を持つ、こちらも美貌の女傑である。
常にはフレデリカの言う事に反対などしないヒルデガルドは、珍しく感情的な言動の目立つフレデリカを制した。
「ふむ。だが、風の噂に聞くと、あの男は本当に王城に召喚された『勇者』であるという話では無かったか?少なくとも、武闘派で鳴らしたガストン殿を無手で倒すだけの手練れではあるのだ。冒険者としてはともかく、少なくとも実力の伴った戦士であるのは確かであるはずだ。話くらいは聞く価値はあると思うのだが?」
「だったら尚の事この話を受けるべきじゃないわ!王城の関係者何て、実力の無いバカか実力のあるクズしかいないじゃない!あいつは絶対に後者よ!」
「また随分と極端なことを言うのだな、魔導師殿は。ま、王城云々の言い分に否定はせんがね」
冷静に指摘するヒルデガルドに対して、あくまでも強硬な姿勢を崩さないフレデリカの様子に、ヒルデガルドは軽く苦笑してその意見に頷いた。
そんな二人のやり取りを見ていて、軽く肩を竦めたのは白魔導士のニコラスだった。
銭ゲバの渾名を待つには似つかわしくない、綺麗な金髪をおかっぱに切りそろえた中世的な顔立ちをしながらも、何処か達観したような冷めた眼つきをした幼い顔立ちをしている。
奔放なアルフレッドと勝気なフレデリカという二人の間を取り持つのがこの少年の、パーティーでのもっぱらの役割であり、パーティーの妥協点を見つけるのはこの少年の役割だが、今日はいつもとは少し勝手が違っていた。
大概の場合、アルフレッドが折れないときは、フレデリカは何とか落としどころを見つけて納得してくれるのだが、今日に限ってなぜかいつになく強硬な態度で反対の意見を貫くフレデリカの様子に、ニコラスは眉を八の字型に寄せてフレデリカの意見に異議を述べる。
「……そうですね。最後の意見はともかくとして、僕としてはヒルデガルドに賛成です。勇者というのがどういう人間かは分かりませんが、少なくとも生半な人間でないことは確かでしょう。この話を蹴るにしろ受けるにしろ、一先ず一度は話をしてみるのが得策ではあると思うのですが?」
ニコラスの穏やかな言葉に、フレデリカは即答で反論した。
「いいえ!話を聞かなくても分かるわ!あいつはとびっきりのクズよ!それか、バカ!判り切っていることをいつまでもグダグダと話し合う事ほど無駄なことは無いわ!とにかくこれで話はおしまい!それでいいでしょう!」
「…………このパーティーの方針を考えるのは魔導師殿で、私は魔導師殿についてこのパーティーに入ったのだ。私としては、魔導師殿の意見を支持したいところではあるが、私からすれば、何故に魔導師殿がそこまであの勇者という男を拒絶するのか、理由が知りたいところではあるな」
まるで駄々をこねる子供の様に頑ななフレデリカの様子に、流石にヒルデガルドも苦言を呈してフレデリカの意見を聞き、そこで漸く、今まで感情的に声を荒げていたフレデリカは押し黙り、ややあって、押し殺した声で低く言った。
「……見えなかったのよ」
「?何がです?」
当然ながら出たニコラスの疑問に、一瞬、フレデリカは言葉を続けようかどうか迷った素振りを見せたが、意を決したようにゆっくりと話し始めた。
「……皆知ってることだけど、私の家系は代々、魔眼という特殊な魔法を使える眼を持って生まれて来るわ。その中でも、私の一族の魔眼は、魔力視って言う能力を持っている」
「ええ。存じております。確かそれは、人間や魔物、動物などの魔力を持つすべての自然物の魔力や、その性質を色で測定することができる。という能力でしたよね?教会を含め、様々な組織で重宝される能力です」
ニコラスの言葉に、フレデリカは静かに頷いた。
魔法の息付くこの世界では、魔力を可視化する魔力視の能力は非常に有用な能力だ。
魔力の夥多が一目でわかるだけでなく、その性質を図ることでその個人がどのような魔法を得意とするかが分かる。
それだけでなく、魔力が見える。という事は、魔法を使う際には目の前の人間がわざわざ宣言せずとも、予めどのような魔法を使うのかが分かる。という事であり、これは魔法使いとの戦闘では多大なアドバンテージを与える。
これらの事実から、フレデリカの一族はこのフルール王国でも高位の貴族に位置していたのだが、様々な事情からその地位を失った身の上だった。
だからこそ、王城の関係者である清盛の事を最初から悪し様に見ていたのだろうと、パーティーメンバーは当たりをつけたのだが、どうも事情はそう単純では無いようだった。
「あの男に初めて会った瞬間、魔力が見えなかったの。私の魔眼には、何も映らなかった。あの男の魔力だけは見えなかった」
今まで聞く気もなさそうに寝転がっていたアルフレッドは、その言葉に興味を引かれたように起き上がると、薄く笑いながらフレデリカに反論する。
「そりゃおもしれえ話だな。だが、それはあの男に魔力が存在していなかっただけ。とは考えられないのか?王城が言う話じゃあ、あいつは異世界から召喚された『勇者』様何だろう?多少俺たちとは違うとこがあってもおかしな話じゃねえ」
「いいえ、あり得ないわ。この世に、魔力を持たない生物は存在しない。仮に、いたとしても、あいつには魔力が存在しているわ」
「なぜそういい切れる。魔力が見えてねえのに」
「だって、あいつは魔法を使っていたもの」
きっぱりと言い切るフレデリカの言葉に、アルフレッドを初めとしてパーティメンバー全員が困惑した。
「どう言う事だ?」
問い詰める様な鋭いヒルデガルドの言葉に、しかし、フレデリカは小さく首を横に振った。
「私にも詳しくは分らない。多分、回復系の魔法だと思うのだけど、アルフレッドと殴り合いをした時に、アルフレッドに殴られたところに魔力が流れていくのが一瞬だけ見えたわ……。あれが何かの魔法か能力なのかは分からないけど、少なくとも魔力が無いということは無いわ」
「成程……。王城から来て、不思議な能力を隠しつつ、本音を隠して行動する勇者様……。確かに、此処まで揃うとな……」
フレデリカの言葉に、ヒルデガルドは少し考え込むように黙り込んだ。
ヒルデガルドとしてみれば、正直に言えば、フレデリカの言葉には反対ではある。
話を蹴ると決めたのならば、寧ろいつ敵対関係に陥ってもいいように、相手の情報は少しでも多く集めるべきだ。
だが、フレデリカの言う事にも一理はあるし、此処まで状況証拠が揃ってしまえば、流石に感情論だとも言えない。
それなりに高位の冒険者ともなれば、謀の一つや二つに関わることはある。
その場合、罠や策略の匂いがしたのならば、無理をせずに引くのも一つの作戦である。
下手に関わりを持って謀殺されるよりも、多少は後にしこりを残すとしても生きる可能性が高い方を取るべきだ。
そして、その思いはヒルデガルドだけではなく、ニコラスやカティアにも共通の様で、どことなくフレデリカに同調するような空気が流れる。
だが、此処で不意にその流れを変える様なことが起こった。
「………………。」
今までだんまりを決め込んでいたアリアが、不意に従魔の上から降りてニコラスの服の裾を引くと、何か言いたそうに小柄な少年の顔を見上げた。
「どうしました?アリア」
「……あれ、凄い」
「あれ……って、もしかして勇者の事ですか?凄い、というのは、武術が、という事でしょうか?それとも、魔力がという事でしょうか?」
ニコラスの質問にアリアは首を横に振ると、両手を広げて上下に振った。
「……キラキラ、凄い、とても、凄い」
「キラキラ……。アリアは、あの勇者様にもう一度会いたいですか?」
「…………。」
ニコラスの言葉に、アリアは首を大きく縦に振った。
極力言葉をしゃべらないアリアの話は、説明を求める時にはその意図を読むのに不向きだが、それでも、彼女が清盛という男にあまり悪い感情を抱いていないのは分る。
我の強さで鳴らしたパーティーの中でも、特に性格の起伏の激しい彼女が気に入る様子を見せるのは、アルフレッドと出会って以来の事であり、そのことにパーティーメンバー全員が驚きの表情を隠せなかった。
ここにきて、フレデリカとアリアを中心に、『氷雪の蒼龍』の意見は真っ二つに分かれてしまったと言って良い。
いつになく難しい状況に置かれたニコラスは、此処で問題の解決をパーティーリーダーであるアルフレッドに託すことにして、彼を振りかえった。
「どう思います?アルフレッド。此処まで意見が纏まらないことは初めてですが……。いっそのこと、パーティーを二つに分けてしまいましょうか?」
だが、聞かれた当のアルフレッド本人は、特に気負う風でもなく言ってのけた。
「……あの時、キヨモリって男の話を知って、冒険の匂いはした。それも、今までにない飛び切りのな」
「成程。それで?」
「それだけだ。とにかく、会って決める。冒険っつーのはそういうもんだろう?」
軽く肩を竦めながら言い切るアルフレッドの言葉にニコラスは苦笑し、フレデリカは呆れたように溜息を吐いた。
「また、それえ?アンタねえ、少しくらいは」
「それに、気になる事がある」
フレデリカの言葉を遮りながら立ち上がったアルフレッドは、尻についた誇りを叩き落とすと、大きく伸びをしながらそう言った。
「王城の方を調べたところ、魔王軍の侵攻が本格化してるらしい。まあ、何処まで本当かは分からねえが、近々軍隊が大きな動きを見せるらしい。……………もしかすると、近衛騎士団も動くかもしれねえ」
それは、今までのアルフレッドのどこか掴みどころのないのらりくらりとした言葉ではなく、暗い炎の宿る言葉だった。
そして、その言葉を聞いてヒルデガルドは得心したように、頷いた。
「成程。剣士殿の真の目的はそれか。あの勇者を利用して、あの男に近づくつもりか。だが、そう上手くいくのか?」
「ま、冒険の匂いってのも本当だがな。どっちにしろ、俺は王城の方に用がある。勇者様の話しは渡りに船って訳だ」
軽く笑うアルフレッドに対して、フレデリカは深い深いため息を吐くとともに、漸く自分の意見を諦めたようで、アルフレッドの顔を見ながら心配することしかできなかった。
「ねえ、アル……。本当に、思い直すなら今の内よ?何を考えているかわからない奴の口車に乗って、危ない橋を渡る必要なんてないわ……」
急にしおらしくなったフレデリカの態度に、アルフレッドは多少の照れと共に苦笑して、
「つってもまあ、それも相手次第だ。場合によっちゃあ、此処でやり合うことも考えた方がいいな」
そう言った、その時だった。
「いやあ。そりゃあ、困るのう。儂としては伸びしろの有る人間とは、遺恨を作りたくはないケエのう」
突然、この場にいない筈の男の声がした。




