仏像と勇者 第三話 勇者、働く。その三。
すみません。本当はもう少し長かったのですが、色々と見直した結果、短くなりました。
無駄に執筆時間が長いくせに、あまり読みごたえ無いかもしれないかもしれませんが、ご容赦ください。
酒場の中に入った清盛は、冒険者ギルドの棟梁も務めるマスターの下へと歩み寄ると、まずは気付けの一杯とばかりに呑みもしない酒を注文する。
するとマスターは、頼まれた酒を出しながらも、清盛の顔を見て目を丸くするほど驚いて笑い出す。
「おお、酒場荒しの勇者さまのご登場じゃねえか!こんな時間からウチに顔を出すとは、珍しいこともあるもんだな。一体、どう言う風の吹き回しだい?」
「あっはっは!どうもこうもないわ!そろそろ儂もまともに働こうと思うて剣を振っとったら、お前は邪魔じゃあ言われて追い出された!しょうもないから街を歩いとったら、いつの間にやら此処に来てもうたわ!自分でもびっくりじゃあ!」
「なるほどなあ。まぁ、あんだけ悪名を垂れ流してたら、そら嫌われるわなぁ。まぁ、俺としては毎日毎日金を落としてくれるから嬉しい限りだがね。それで、冒険者ギルドでもあるこの店に来たって訳かい?」
「おうよ。出来れば何ぞ悪さを働いとる魔物を狩れれば良いんじゃが、儂の様な若造一人でも受けられるような依頼は無いかのう?特に、最近女の奴隷を三人と何人かガキを引き取る事になりましてのう。ワシはもう独り身とは言えんくなりましたけえのう。そいつらを養わにゃならんのですけえ。できれば、楽して大金を稼げるような依頼が有ったら、そいつをこなしたんじゃがのう。どうですかいな?そう言う依頼は有りませんかな?」
「そいつは、全冒険者の夢だな。それも、未だかつて叶えられたことの無い類のだ」
清盛の軽口に、マスターはわざとらしく下卑た笑みを浮かべて答えると、二人は揃って爆笑する。
ひとしきり笑い合った清盛は、そこで不意に真面目な顔になると、清盛の注文した酒や軽食を用意するマスターに向き直った。
「まあ冗談は置いといて。本当に儂は今、金に困っとってのう。大金を稼げる依頼を探しとる。本気でそういう依頼に心当たりはないかのう?儂が知っとる人間の中で、そういう依頼に心当たりにある人間がマスターしかおらんでのう。頼むから、そういう依頼を紹介して欲しいんじゃ」
「……本気か?って、言いたいところだが、その面じゃマジだろうな……。まあ、アンタの頼みじゃあ断り切れねえな。まあ一応伝手は当たってみるが、期待するだけ無駄だと思っていた方がいいぜ?」
清盛の嘆願を聞いたマスターは、一瞬清盛の顔色を窺うようにその眼を鋭く細めたが、本気らしいと判って眉根を険しく寄せ上げた。
マスターからすれば悩ましい話であった。
正直、清盛がこの店に顔を出す様になってから、マスターの第一目標は清盛を絶対に怒らせてはならない事に設定されている。
ヘソを曲げられるくらいならばどうにかなるとは思っているが、何かしらの逆鱗に触れて怒らせる事は絶対に避けねばならない。
それは清盛が巷で話題の『勇者』であり、その背後には王家が付いているから。
―――――では無い。
単に清盛の実力が高く、この店の冒険者全員が相手になっても、何人生きられるか分からないからだ。
少なくとも、マスターが知る限り、清盛が勝てる相手はこの店の中の冒険者には居ないだろう。と、そう睨んでいる。
清盛の知らぬ事であるが、清盛は魔力の扱いに長ける修行を絶えず行っていたことが原因で、身体能力は地球に居た頃の五、六倍ほどにまで高まっており、既に純粋な身体能力だけならば『黄金』クラスの冒険者を越え、『白金』クラスに届いているほどである。
そしてそれは、先日あっけなく倒してみせた『黄金の雨』のガストンを始め、どれも酒が入っていたとは言え、腕利きで鳴らした冒険者ばかりに狙いを定めて喧嘩を売っては、その全ての冒険者を相手にして無傷で勝利してきたことからもうかがい知れる。
大半の冒険者であるならば、偶然や酒のせいで済ましてしまうこともできるし、実際に実力の低い多く冒険者はその説明で、清盛の勝利を偶然だと思い込んでいるが、『黄金』クラスから上の人間ともなれば、そもそもが不覚を取る程に酔う事自体がないし、酔ったところでどうにかできるだけの実力を持っている。
にも関わらず、其れ等全ての冒険者を真正面から相手にして、清盛は全勝という記録を立てているのだ。
それはつまり、清盛が勝てるだけの相手を選ぶ冷静さと、それに比例した鍛え上げられた強さを持っている証明に他ならず、その気になればこの店の全員を殺すことができる。と言う、生きた証拠に他ならなかった。
その為、マスターだけでなく、この店を拠点にして依頼を受けている上級の実力を持つ冒険者の殆どが、清盛の実力について高い評価を下し、そしてそれと同時に底知れない実力と思惑の見えないその行動から、清盛の事を心底に恐れているのだ。
そんな清盛からの頼みであれば、マスターとしては無下に断り機嫌を損ねるような真似をして、変に恨みを買うようなことになりたくはない。
幸いながら、少なくとも清盛は表面上は気風のいい穏やかな人間であり、酒の席でも相当に腕の立つ戦士でもない限りは絡み酒をするような行動もしないために今の所は平穏無事ではあるが、それでもなるだけならば清盛の頼みは叶えておきたい。
だが、だからと言って清盛の言う様に、早々簡単に冒険者ギルドの依頼を清盛に回すことはできなかった。
冒険者ギルドでの依頼の受け方は、大きく分けて三つある。
一つ目は、マスターを通して冒険者ギルドに依頼に来た人間と直接交渉する。
二つ目が、冒険者同士での情報交換から、仕事を手に入れる。
最後に、ギルドの掲示板を利用する。
まず一つ目。
マスターを通じて依頼者を斡旋してもらう場合だが、この場合、ある程度の実力さえあれば適当な依頼者を見繕って冒険者を派遣することが決まっている。
だが、この場合の実力というのは、純粋な意味での戦闘能力ではなく、依頼の達成率の高さの事である。
具体例を挙げるならば、鹿の毛皮を取るのに協力してほしい。という依頼を受けた場合、依頼者が冒険者に求めるのは、出来る限り綺麗な状態で鹿を仕留める事である。
しかし、中にはそのあたりの機微を理解できずに、戦闘能力の高さにカマけて鹿の死体をずたずたにするまで戦う戦士というのが、意外と多くいる。
無論、その場合は依頼は失敗と見なされ、成功報酬は払われないどころか違約金を払って大損することになる。
冒険者のランク付けというのはそのあたりの要素が加味されているために、戦士としての強さと冒険者としての実力を同列に語ることができない。
その為、戦力としては『白金』クラスと言い切れる清盛でも、冒険者としての実力も本当に『白金』クラスなのか。と聞かれれば、マスターとしては首を傾げざるを得ないし、無理に依頼を受けた場合、清盛が何か予想外の問題を起こした際の責任は全てマスターが背負うことになるのだ。
流石に、どんな問題を起こすか分からない人間の全責任を背負えるほど、マスターは肝が太いわけでもお人好しでもない。
次に、冒険者間での情報のやり取りだが、こちらも望みは薄い。
この場合、重要になるのが冒険者同士の信頼と信用である。
ある程度のランクの冒険者ともなれば、その実力や人柄に惚れこんだお得意様の十人、二十人ほどができるわけであり、彼らを通じて定期的に仕事をこなすのがベテラン冒険者の基本的な仕事になる。
しかし、人気の出てきた冒険者ともなれば依頼主からの指名は重複してしまい、緊急の依頼に冒険者が来られない。という事もままある事ではある。
それを避けるために、冒険者は常に依頼者や冒険者同士での情報交換を行っており、依頼者に実力のある新人や、信頼できる人間を紹介したり、それとは逆に紹介してもらったりを行うことで、需要と供給のバランスを保っているのだ。
此処には、戦闘能力や以来の達成率などの実力は必要ない。あるのは、実績と評価だけである。
例えば、実力は低くとも、誠実で真面目な人間であるならば、同業の冒険者もある程度の便宜を図りたいと思うものだし、依頼人の中には、冒険者としての能力の高さよりも人間としての人格を重視する者もいる。
そこから考えれば、清盛は最悪であると言える。
戦闘能力は高いだろうが、ボンクラ勇者としての悪名が轟き、夜になれば酒をカッ喰らって喧嘩三昧。
この言葉だけを聞けば、まず間違いなく場末の単なるチンピラで、言っていることは酔っ払いの与太話として処理されるだけだろう。
清盛の実力に気付いている少数の冒険者は、清盛の怒りを買うことを恐れて清盛と接触すること自体が少ないし、清盛の実力を知らない多数の冒険者は、世間話代わりに清盛の悪口を言う事も多い。
この状況で清盛が冒険者から依頼を勝ち取ることは難しいと言わざるを得ないし、冒険者同士の付き合いをマスターが無理強いする様な真似は出来ない。
そして最後の、ギルドの掲示板だが、これが最も難しい。
ギルドの掲示板には、幾つか受け手の存在しない依頼が張り出されており、ある程度の実力があれば好き勝手に引き受けていいことになっている。
だが掲示板に張り出されている依頼は通称『上級依頼』と称される程に純粋に危険度が高く、明確な規定はないものの、慣習としては最低でも『黄金』クラスよりも上の『白金』クラスの冒険者から受注を推奨されるようになっている。
マスターの目から見て、清盛の実力は未知数だ。
恐らくは確実に『白金』クラスの実力を秘めた清盛であるならば、このまま掲示板依頼を引き受けてもらって、それでめでたし、めでたし。という事にしたいが、そうはいかない事情がある。
『上級依頼』を受ける事が出来るの、実力と実績の両方を積んだ冒険者でなくてはならない。
これはあくまでも慣習に過ぎないが、一種の暗黙の了解として多くの冒険者ギルドで守られている不文律であり、それは未熟な冒険者が無謀に走り、無駄に人死にを避けるための処置でもある。
あえて明確に規定しないのは、規則化した際に生じる罰則がギルドと冒険者との間で折り合いがつかず、無駄に揉め事の種になるからだった。
冒険者にしてみれば、十中八九死ぬ様な危険な依頼を引き受ける以上、最低限の保障、死亡した際の遺族の世話や、被害を受けた時の補填などを出来る限り多く出して欲しいが、ギルドとしてはそこまでの保障を行えるほどの金は無い。
それは依頼者にしてみてもそうで、『上級依頼』は依頼料がそもそも法外な上に、そこまでの金額を上乗せして仕舞えば、破産の恐れさえある。
死にたくないから冒険者を雇ったのに、依頼料を払えず飢え死にしました。では、冗談にもならない。
その為、依頼を受ける人間が上級の冒険者だけであることを規定してしまうと、上級の冒険者には納得のいかない料金で危険な依頼を引き受けさせる羽目になってしまうので、敢えて『上級依頼』に規定は設けず、実力と実績を積んだ冒険者が、半分ボランティアの心意気で受けるのが普通の『上級依頼』の受注になる。
しかし、実力はともかく、何の実績も積んでおらず、冒険者として正式なランク付けをしていない清盛がこれを受けてしまった場合、不文律を破る事になってしまうために、駆け出しを出たばかりの未熟な冒険者を大量に雇う輩が現れ無いとも限らない。
そうなった場合の被害というのは大きい。人的、物的、経済的にどれほどの被害が出るか分からない。
これ等の事情に加えて、清盛の実力が『白金』クラスというのは、あくまでも対人戦に置いての話だ。
冒険者によっては、得意な依頼や状況と言うのは異なる。
例えば田舎の狩人上がりの冒険者であれば、野山に出る魔物や魔獣の討伐を得意とし、軍人崩れの冒険者は主に盗賊から護衛を得意とする者が多い。
そんな中で、今までやったことも無い魔獣や魔物の討伐をやらせろという清盛の要望を叶えるのは、清盛の命に係わる事でもあり、流石に無理がある。
これらの事情から、そもそも清盛がこのまま冒険者ギルドで依頼を受注すること自体が難しい上に、清盛の言う条件を全て満たした依頼を今すぐに受けたい。となると、不可能だと言わざる得ない。
「…………申し訳ないが、今日中にアンタの頼みを聞くことは流石に無理がある。普通、こういうのは一か月単位で話が来るものだからな。一応、今日明日中には伝手のある冒険者には声をかけておくからよ。明日の夕暮れにまた来てくれよ。期待されても困るが、何もしないよりはましだとは思うからよ」
だが、マスターはそれらの不満点をおくびにも出さず、一先ず妥協案を提案すると、清盛は数分ほど目を瞑って黙考すると、やがて神妙に頷いて軽く溜息を吐いた。
「……はあ。まあ、しゃあないのう。これも因果じゃ仕方がない。遊び惚け取った今までの儂のツケじゃ。スマンがマスター、その提案に乗らせてもらうわい。明日の夕暮れにはまた来るからのう。それでだめじゃったら、こっちで何とかするわい。こいつは、依頼料の変わりじゃ」
そう言って清盛はカウンターの上に金貨を三枚重ねておくと、お駄賃にしては多すぎる金額に目を丸くするマスターを尻目に、冒険者ギルドを出た。
「……さて、と。ほいじゃあ、次はの店に行くとするか」
そう呟くと清盛は、今で居た王都の裏町にある歓楽街から抜け出すと、マルケルス軍隊長から差し出された地図とはまた違う、適当な冒険者からもらい受けた古びた地図を片手に、王都の中心地にある繁華街に向けて歩み出した。




