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日本文化と日本刀で世界征服ーーー勇者にして魔王になった男ーーー  作者: 上運天大樹
第一章 勇者召喚からの魔王転職編
11/21

仏像と勇者 第一話 勇者、働く。その一

八か月振りの投稿です。

お待ちいただいた皆さんには、感謝の二文字しかありません。

申し訳ない気持ちと、未だに待っていてくれたありがたみ。

まさしく、『感謝』です。


「……調子に乗ってしもうたな」


 娼館に帰った清盛は、館長室に設置されたソファの上で、一人頭を抱えながらへこんだ。


「……いくら何でも、金貨百枚は使いすぎじゃのう。……誰にも申し開きが出来んわい」


 今日一日で自分が使いこんだ金額に、自分自身で呆れ果てて物も言えない。

 ちなみに、清盛が支給されている現金は金貨三十枚であり、そのうちの十枚は昨夜のアマーリエを買う為の代金として使われている。その為、手持ちの資金は金貨二十枚でしかない。

 つまり、清盛は事実上、一日で金貨百十枚の豪遊したことになる。

 そして、清盛が遊び倒した子の金の出所は、勿論の事、フルール王国の王家であり、税金であるのは言うもでもないことだ。


 ちなみに、この世界のお金の単位で言えば、おおよそ、金貨一枚が十万円前後、大体江戸時代の大判一枚と同じ値段になる。

 つまり、清盛は一夜にして千百万円の浪費をしたことになる。

 世が世なら、民衆が革命でも起こしそうな金額の浪費だ。

 

 一応、清盛としては、言い訳はある。

 王都の裏町で奴隷の子供たちを購入した清盛は、ボロボロの布切れを巻き付けただけの不健康な子供を連れて王宮に戻るのは気が引けた上に、アマーリエ達の見受けの話もまだ済んでいなかったので、一先ずしっかりと金の清算をした上で、清盛が購入した奴隷たち全員の服装その他もろもろを整えるために娼館に戻ったのだ。


 しかし、不潔な牢獄の中に閉じ込められ、大分長い間売れ残りとして酷使された子供たちである。

 立ち上がるのを見ただけでも、その力の無さにいつ倒れるかと不安を煽られ、歩くのを見るだけでもハラハラしてしまう。中には、病気にかかって瀕死の状態の子も居たのだ。

 そのまま娼館まで歩いて帰るには、体力的に持ちそうになかった。

 そこで仕方無く、帰りは死にかけの子供を負ぶって大通りまで出ると、そこで適当な馬車を拾って娼館まで帰って行ったのだ。

 

 そうして、思いもよらぬ出費に懐にダメージが来るのを感じつつも、購入した奴隷を引き連れて娼館に帰ると、早速仕事とばかりにアマーリエ達に奴隷の子供たちの面倒を押し付けると、子供たちの着替えと食事を用意させるために、此処でもさらに出費を重ねてしまった。


 アマーリエ達に子供の世話を押し付けた清盛は、そこで初めてアマーリエ達の身請けの交渉を娼館の館長と行ったのだが、思った以上に安値を付けられたアマーリエ達の値段に憤慨し、言わなくてもいいのに、逆に自分の方から値段を吊り上げてしまい、更なる出費を自分の懐に強いたのだった。


 ちなみに、金貨百枚の内訳は以下の通りになる。


 辻馬車代、金九枚。


 服代、金貨八枚。

 

 食事代、金貨三枚。


 奴隷たち(子供)七人、金貨十枚。


 奴隷たち(女)三人、金貨七十枚。


 女達三人が一番高い値段になったのは、清盛の女好きが出たというべきか、お調子者が出たというべきか……。

 

 ともかく、異世界から世界を救う為に呼び出した勇者が、夜な夜な遊び惚けて国民の血税で豪遊しているのである。これこそまさに、穀潰しである。

 城の住人には、元々自分がボンクラに見える様に働いていたから、此処から評判が落ちようとも、精々が人間としてのクズから、息をしている生ごみに変わる位なものだろうが、もしもこれが王都の住民に知られたらどうなるのだろう。


(…………流石に、これは殺されても文句は言えんのう)


 そう心の中で苦笑すると、清盛は誰もいない部屋で深い深い溜息を吐いた。


「……あんまり気のりはせんが、そろそろ働くとするかのう」


 清盛がそう一人言ちた時だった。


「キヨモリ様。漸く、準備が出来ました」


 そう言って、清盛の元にやって来たのは、黒髪の妙齢の美女、アマーリエだった。

 アマーリエは、今まで着ていた娼婦が着こむ派手な色の煽情的なドレスから、黒を基調とした地味な印象のワンピースを着こみ、その頭には軽くスカーフを巻きどことなく女中さんの様な雰囲気を纏わせている。

 その後ろからは、キトリーとシルヴィアに連れられた奴隷の子供たちが、どことなくおどおどとした雰囲気で、清盛や周りの大人たちの様子を窺うように挙動不審になりながら、清盛のいる部屋へと入って来る。


 そんな子供たちの面倒を押し付けられたキトリーとシルヴィアも、どことなく落ち着かない様子を伺わせて、清盛の待つ部屋へと入って来る。


 そうして、姿かたちはキレイに整えられながらも、子供も大人も無く、どことなくおどおどとした表情の奴隷たちの姿に、清盛は僅かながらの初々しさと、尊厳を砕かれた人を見る痛ましさに、思わず胸が締め付けられる感覚がするが、それを無理矢理に抑えて清盛は笑みを作った。


「かっかっかっ。どうやら、皆綺麗になった様じゃのう。キトリーさんも、シルヴィアさんも、別嬪さんに磨きがかかって、何よりじゃ。ほんじゃあ、今からお前さんらには、と、何じゃいキトリーさん?」


 早速、今後の行動と仕事を教えようとした清盛の言葉を遮ったのは、青髪のトランジスタグラマーであるキトリーだった。

 キトリーはやや怯えた様に全身をこわばらせながら、奴隷たちの後方で恐る恐ると言った様に右手を上げ、カラカラと笑いながら何事かを言いそうにしているキトリーに向き合った。


「あ、あの。話の腰を折ってしまってすみません。ただ、其の、あの、だ、旦那様が私たちを買う為に、大金を支払ってしまうのを見てしまったのですが、それは、その……」


「はは。旦那様とかこっぱずかしーけえ、やめてつかぁさいや。それに、カネの事でしたら、別にお前さんらが気にすることじゃあないけえ、そんなに縮こまらんでくださいや」


 何やら言いにくそうに自分に点けられた値段の話をするキトリーに、清盛は緊張をほぐすつもりで軽く笑って見せたのだが、どうやらそれは逆効果だったらしく、キトリーは清盛に声を荒げて食って掛かったのだった。


「気にしますよ!旦那様!旦那様は一体、私たちに何をさせる気ですか!」


 と、そこでキトリーは自分の不躾さに気付いたのだろう。

 突然、顔面を蒼白にして体を震わせて、いきなりすみません。すみません。と頭を下げてその場を下がった。


 その様子に怪訝に思いながらも、何となく清盛は事情を察する。

 

 清盛としては、高い値段をつけて奴隷を購入したことに大した意味はない。

 高い金を払って三人を買ったのは、本当に単純にそれだけの値段をつけてもいいと思えるほどに、キトリーも、シルヴィアも、アマーリエもいい女だからだ

 まあ、その女を買うのに他人の金を使ってりゃ世話はないが、そこはまあ、今は棚に上げて置く。


 だが、キトリーにとっては、否、奴隷となった人間には、買われたときの値段と言うのは、大きな意味を持つ。


 奴隷と言うのは、基本的には高い買い物だ。決して、おいそれと買えるものではないし、そんなことがあってはたまらない。

 しかし、金に困った貴族や、強欲な商人の中には、安い労働力を確保するために、二束三文の捨て値で売られている奴隷を買い集める者もあり、その場合、安い値で売られた奴隷の末路は悲惨だ。

 死んでもおかしくは無いような重労働に、劣悪な環境、まともな食事さえも保証されない生き地獄の果てに、野良犬の様な死。

 それが安奴隷の末路だ。


 では、高い奴隷が扱いがいいかと言うと、そういう訳でもない。

 ある高位貴族の中には、己の武芸の腕を高めるために腕の立つ戦士の奴隷を買い、其の奴隷と決闘を繰り返して、負けた奴隷を殺し回った。と言う話もあるし、魔術師の中には、危険な効果を持つ魔術の実験台とする為に奴隷を買う者も多い。酷い話では、人を殺すことで性的快感を覚えるから。と言う、いわゆるシリアルキラーの様な思考で奴隷を買い集める者だっている。

 それだけに、買った値段の分だけ、ひどい扱いを受けるのも珍しくはない。

 つまり、安かろうと高かろうと、奴隷に掛ける金に拘る人間は、ロクな者がいない。

 

 清盛はそこらへんの事情は知らずに、単純に高い金をかけて此処にいる三人の女と七人の子供たちを奴隷として購入したのだが、三人の女性たち、少なくともキトリーにとっては、恐らくはトラウマレベルの恐怖を覚える程の事態なのだろう。


 そこまでぼんやりと察した清盛は、今も俯いて肩を震わせるキトリーの前に立つと、不意にキトリーの体を正面から抱きしめて、その背中をさすった。


「そんな気にせんでもええって、キトリーさん」


「な、だ、旦那様!それは、その、私が、」


「まあ、今は何も言わずに儂の言葉を聞きんさいや」


 突然のことにしどろもどろになって身をよじるキトリーの体を押さえ、清盛はキトリーの耳元に顔を埋める様に口を近づけて、そのまま穏やかに語り掛ける。


「なあ、キトリーさん。わしゃあのう、アンタが気に入ったから、今までアンタの事を客として買うてきたんじゃあ。高い金を出してアンタを買うたんも、単純にアンタを誰にも渡したくなかったからじゃあ。そんなアンタに何をすると思うんじゃあ?」


「それは、その、でも……」


「大丈夫じゃあ、安心せえ。確かに、アンタは今から儂のもんじゃあ。じゃけえ、何が何でも、命に懸けて儂が守る。じゃけえ、もう怖がらんでええ。ええんじゃ」


「い、いえ。私の方こそ、すみません!旦那様のお考えも分からずに差し出がましい口を聞いてしまい、」


 穏やかに耳元に囁きかける落ち着いた清盛の声に、耳元まで真っ赤に染めて謝罪の言葉を口にするキトリーだったが、清盛はそんなキトリーの言葉を皆まで言わせず、額に額を付けて至近距離で子供に言い聞かせるように静かにキトリーを宥める。


「さっきも言うたがあ、その旦那様いうんはやめえや。言われてあんまりエエ気がせんけえ。まあ、夜はナニするとは思うが、そこらへんは今まで通りじゃけえ、許してつかあさいや。カネの事も、別に懐が痛くなるんは、儂じゃあ無いしのう。この話は、一先ず此処で終わりじゃあ。」


 顔を真っ赤に染めながら、清盛の言葉に頷いたキトリーを見て、清盛はいたずらっ子の様に軽く笑うと、抱きしめていたキトリーを放して、残りの奴隷たちの方を向いた。


「お互いまずは名前じゃな。キトリーさん達の方は、今更じゃから、オイ、お前等の名前は何ちゅうんじゃ」


 改めて買い付けた奴隷に向き直った清盛は、奴隷商人の所で目を付けた白銀色の髪と紫色の瞳をした美貌の少年に振り返って軽く質問を投げつけたが、銀髪の少年は僅かな沈黙の後に鋭い眼つきで清盛の質問に答えた。


「……名前何て無い。オレ達奴隷は、奴隷になった直後から、元々あった名前は剥奪されて、適当な言葉で呼ばれるのが普通だ……。オレは白いの、とか、出戻りとか呼ばれてた」


「ほうか。じゃあ、お前の名前は儂が点ける。お前の名前は、ジンムじゃ」


 何気なく奴隷の扱いが垣間見える少年の返答に、清盛は敢えて無頓着な返事をすると、ニヤリと笑いながらリーダー的な気質を持つ銀髪の少年に、そう名前を付けた。


「……ジンム」


「おう。ジンムじゃ。くく、他の奴らはパッと思いついたんじゃがのう。お前の名前だけは中々思いつかず、苦労しおったわ。ふはは、買った直後から主人泣かせの嫌なガキじゃわい」


 愉快そうに笑いながら、ジンムの頭の上に置いた手を無造作に振り、二度三度と左右にシェイクすると、その他の、ジンムと一緒に買いそろえた子供達に向き直った。


「さてと、次にお前等じゃが、チビのお前が、ムサシ。逆にのっぽのお前がコジロウ。片目の潰れたお前が、ジュウベエじゃ」


 そう言うと、男の子たちに向き直った清盛は、次に女の子たちの方へと向き直り、再び得意げな顔をして笑いかけた。


「ほんで、女の子じゃが、一番年下じゃいう、お前がヤエ。性格のきつそうなお前がギンチヨ。女子の中で一番年上のお前がトモエじゃ」


 清盛は子供たちの頭を乱暴に撫でながら、そうやって六人の子供たちに一人ずつ名前を付けると、女達三人を連れて娼館の部屋を出て、新たに奴隷となった子供ににやにやと笑いながら振り返った。


「取りあえず今日は、とっとと帰って飯食って寝ようか。明日からは、バンバンしごきまくるけえの、覚悟しとけえよ」


 その言葉は奴隷の子供たちにとっては聞き慣れた忌まわしい言葉だったが、その笑顔は今まで見たどの笑顔よりも見慣れないものだった。



ーーーー★ーーーー



 下らねえ。


 清盛にジンムと名付けられた少年は、王城の小屋の床に寝転びながら、そう思った。


 小屋の中では、初めての王城に落ち着きを無くして怯えまくる奴隷の子供たちの姿と、それを宥めて回るメイド服姿の元娼婦の女奴隷たちだ。


 あの後、娼館から奴隷を引き連れて帰って来た清盛は、早速連れ帰って来た奴隷たちに王城の中から兵舎にほど近い物置小屋の一角を貰うと、中に入っていた縄やら梯子やらと言った備品をすべて取り除いて適当な場所に移すと、そこを奴隷たちの仮住まいの場所としてジンム達子供たちを住まわせることにした。


 一方、女奴隷の方は自分の部屋に待機させることにしたのだが、清盛の部屋とされる王城の尖塔に三人の女奴隷を置くのは流石に手狭であり、一先ず女奴隷の部屋を調達するまでは奴隷たちは全員同じ小屋の中で暮らすことになった。


 そうと決まった時の清盛の顔は本当に申し訳なさそうに頭を下げた事には驚きだったが、それ以上の感情は抱かなかった。


 奴隷を買ったはいいものの、寝床をどこに確保するのかも分からず、一先ず適当な場所に詰めておくことはよくあることだ。別に、取り立てて騒ぐことの物でも無い。

 確かに、わざわざ小屋の中を綺麗にして寝やすい様にしてくれたことには、少しだけありがたかったが、すぐに牢獄の檻を用意されてしまえば同じことだ。


 それはまさしく地獄だった。


 元の名前すらも奪われ、今では自分自身でさえ、かつては何と呼ばれていたのか判らない。


 奴隷商人の機嫌次第では気絶するまで殴られ、適当な番号で呼ばれたり、オイやソレ、と言った物扱いなど序の口で、酷い時にはわざわざ犬や猫という動物の名前を付けて、動物と全く同じ扱いで背活させられ、動物そのものであるような行為を受けさせられた。


 牢獄の様な小屋の中に多くの奴隷の子供たちと一緒にすし詰めにされ、一日に一回、多くて二回の回数で、食事というよりも餌というのが相応しいほどの粗末な飯を与えられ、それを喰ってその場しのぎで生きる日々。


 そんな、屈辱と絶望に染まる人生、それが奴隷だった。


「なあなあ、シロ。俺たち、明日からどうなるのかな?」


 清盛にジュウベエと名付けられた隻眼の少年が、清盛にジンムと名付けられた少年に恐る恐ると言った風情で話しかけて来た。


 ジュウベエは人間族を初めとして、獣人とエルフ、オーガ、その他の幾らかの種族との間に生まれた子供で、その特徴として、前髪の下に隠れた額には、根元から折られて引っこ抜かれた二本の角の痕が、傷痕として生々しく残っている。 

 

 オーガは、屈強な肉体とそこから生み出される千人力とも言われる剛力、そして頭に生えた角が特徴的な戦闘種族であり、その所為か力仕事や戦闘のための奴隷としてオーガを求める貴族も少なくない。

 けれども、その力強さととともに、その狂暴さもまたトリア大陸全域に広がっており、それが故に、オーガは肉体労働に必要とされながらも、忌み嫌われており、奴隷となったオーガはその出自を隠される様に例外なくその角を叩き折られるのだ。

 頭に生えた角はオーガにとっては誇りと力を表す神聖なものであり、それを叩き折られることは死に勝る屈辱ともされており、オーガ達にとってはまさしく野蛮の一言で表される所行なのであるが、そんなものは奴隷には関係ない。


 それは、オーガと他種族の間に生まれた者であっても適用され、奴隷の中には角を落すことを名目に、異常なまでの暴行を加える者も多い。


 ジュウベエの右眼も又、そうした潰れた傷の一つである。


 だがそんなもの、珍しくはない。


 扱いは家畜以下で、時に暴力の、時に歪んだ性癖のはけ口になり、人間としての尊厳を持つことも許されず、只管に痛めつけられる。


 それが奴隷だ。


 そうして、一度奴隷に墜ちた者は、もう二度と人間には戻れない。


 身分とか、そう言う小さなことではない。


 精神が死ぬ。心の底で、奴隷でいることに諦めてしまう。受け入れてしまう。


 そのせいだろうか。ジュウベエにはオーガの血が濃く流れている筈なのに、オーガのような勇猛さは欠けらも感じられず、清盛の言ったシゴキの内容を想像して、今から怯えて震えている始末だ。


 ジンムは、そんなジュウベエを見て、励ますでも慰めるでも無く、ただ事務的に何をするべきなのかを伝える。


「……下手にその名前を出すんじゃない。最初に名前付けられただろ?そうすると、下手に違う名前に反応すると、俺の名前が気に入らねえのかって言って殴る付けてくる奴もいるからよ。あいつの性格がわかるまでは、あんまり迂闊な事をするんじゃねえ」


 それは、まるで自分自身に言い聞かせている様に感情の籠らない冷えた声だった。


(そうだよ、期待なんて、するもんじゃねぇ。俺たちには救いなんて無いんだ)


 記憶の片隅からそう思うのだが、そんなジンムの脳裏には奴隷の檻から自分を解き放った青年の、どこか間の抜けた笑顔が思い浮かぶ。


『お前の名前はジンムじゃ』


(奴隷を買う様な奴なんざ、どいつもこいつも変わんねえ。全部クズだ)


 だがそれでも、久しぶりに名前を呼ばれたことに、この元奴隷の少年は少しだけ満足感を覚えていた。


 それでも、そんな自分の迷いを振り払う様に、ジンムは無理矢理に眠りに落ちていく。


 ---★ーーー


 翌朝。


 夜明け前の微睡まどろみの中で、ジンムは長年の習慣から、周囲を窺う様に静かに目を覚ました。


 目を見開いたその先には、メイド服姿のアマーリエが眠れずにぐずっていたジュウベエを抱きかかえて未だに眠っている姿や、シルヴィアとキトリーが子供たちに囲まれて眠っている姿があり、それを見たジンムは、何となく居心地の悪さを感じて小屋の外に出た。


 東の空がかすかに紫色を帯び始めたばかりの朝の空気は、静かで冷たく、空が突き抜ける程に澄み渡っていて、星が遠ざかっていくようだった。


 その光景が何となく寂しくて、何故だかジンムの目尻には涙が浮かんでしまい、その涙をこすり取る様に強く目元を拭きとった。


 すると、その時。

 

「おぅおはよう。なんじゃあ、ジンムは意外と早起きなんじゃなあ。ガキじゃし、まだ寝とってもええんじゃが、起きとったんなら、丁度ええ。ちょいと手伝えや」


 間抜けな音程でジンムの後ろからかけられた声に、ジンムは慌てて振り向くと、そこには昨夜とは違い、剣道着姿で何枚かの板切れを纏めて重そうに抱えている清盛の姿があり、ジンムは数秒前の自分の事を誤魔化そうとして清盛に質問する。


「何だ……何ですか、その板……」


「おいおい、挨拶もせんのんかい。いくらガキじゃあ言うても、無礼すぎるじゃろう」


「あ、す、すみません!あの、その、これは!」


 清盛の当然と言えば当然の指摘に、ジンムは思わず顔と体を強張らせて言葉を詰まらせた。


 挨拶にウルサイ奴隷の主人というのは、多い。というよりも、奴隷を買う者の大半が最も気にするのが挨拶だ。

 挨拶をしなかったという理由で殺された奴隷だって、そう珍しい物ではない。


 そんな基本中の基本さえも忘れて、思わず清盛の何気ない態度につられて、無礼を働いてしまったジンムは、次に来るであろう殴られる衝撃に備えて咄嗟に目を瞑った。


 だが、そんなジンムに掛けられたのは、カラカラとした笑い声だった。


「まあ、ええわ。それよりも、早く手伝わんかい。これ、マジで重くて持つの大変なんじゃけえ」


 清盛は、そう言ってジンムに板の数枚を手渡し手渡された板切れを持ちながら、ジンムは再度、清盛に質問を重ねると、清盛は再び笑いながらあっさりと答える。


「あ、はい。分かりました。というか、本当にコレ一体何に使うんですか?」


「決まっとろうが。昨日言うたじゃろう?今日から滅茶苦茶シゴキまくるけえ、覚悟せえっての。こいつは、その準備じゃあ」 


 ジンムはその答えに、清盛に渡された数枚の板を抱えながら、今までのどこか浮ついた感覚が急激に冷めて、それとは裏腹に心の底から頑なな感情が蘇るような気がした。

 別に、名前をつけられたからと言って、買われたばかりでなにもされなかったからと言って、主人となったこの男に特に何かを求めていた訳でも無い。

 だが、それでも、何処か突き落とされたような裏切りを感じて、思わず唇を噛みしめながら心中で毒づく。


(何だよ、やっぱりこいつも今までの奴と変わんねえじゃねえか。ムカついたら、この板でひっぱたく気かよ?)


「よーし、それじゃあ。使える時間も限られとるし、さっさと寝ている連中を起こして始めるとするかあ」


 そんなジンムの胸中を知ってか知らずか、軽く笑いながらそう言う清盛に、ジンムは小さく舌打ちを鳴らしながら呟く。


「………もしも何か変な事をしやがったら、噛みついてやる」


「ん?おう、何か言うたか?」


 ジンムは、耳聡く聞きつけた清盛を無視して足早になると、さっさと寝床になっている物置小屋に戻って行った。


ーーーー☆ーーーー


 三時間後。


「…………何なんだよ、これ」


 ジンムは、清盛にたたき起こされた子供たちの群れに混じって、思わず呟いた。


「よーし。ええなあ、ええなあ。中々うまいこと字を書きよるなあ。ムサシは、将来頭が良くなるのう」


「あ、……そ、の、あの……ありがとう、ございます」


 清盛に褒められたムサシは、どもりながらも、呑気そうな顔をして手元の板に書かれた文字を褒める清盛にお礼を言うと、耳まで真っ赤にしながら、お礼を言う。

 清盛が用意した板の上には、即席の墨汁で書かれた〇から十までの漢字が書かれており、奴隷の子供達の手には、墨汁のしみ込んだ絵筆が握られている。


「ふむ、まあ。これで全員、一応ゼロから十までの漢字は書けるようになったのう。昨日の今日で全員数字を書けるようになった様じゃなあ。じゃあ、次は足し算を教えるとするかのう」


 清盛は手放しで子供達を褒めているが、別に漢数字自体、複雑なものではない。

 しいて言えば、四と五の字だけが線が多少複雑に組み合わされているくらいで、それ以外は基本的に線を適当に引けば文字になるのだから、これほど簡単な物も無いだろう。


 ただ、問題と言えば、先ほどまで


 ジンムは、想像していた状況とは裏腹なこの状況に、思わず清盛に質問する。


「えと、その、おま、じゃなくて、御主人様」


「別にええよ、清盛で。ご主人さまって呼ばれる様な柄でも面でも無いしのう」


 何より、お前の面で殊勝な態度を取られると、滅茶苦茶気持ち悪いわい。と、ジンムの頭を無造作に撫でながら、清盛は快活に笑った。

 けれども、ジンムはその笑顔に今までとは違って、何か得体のしれないものを感じて、警戒心を露わにするように、敬語を使って清盛に質問する。


「……ついさっきまで、オレ達の事を滅茶苦茶シゴクって、言ってたんじゃ、……言いましたよね?」


「そうじゃ。じゃから、今滅茶苦茶お前等をシゴイ取るじゃろう?それより、ジンム。お前は、さっきから手を止めてばっかりで、筆が全然動い取らんぞ。ほれ、キリキリと字を書かんかい」


 そう言われてジンムは、清盛に急かされるままに目の前の板切れに文字を書き込んでいく。


「汚い字じゃのう。まあ、これから精進せえよ。将来に期待じゃな」


(……何なんだよ、こいつ。一体、何がしたいんだよ……)


 ニコニコと笑いながら無造作に頭を撫でつける清盛に、ジンムはそう思わずにはいられなかった。


 そうして、清盛が板切れの上に落書きの様に汚い字を書き続けている子供たちを見回っていたその時、兵舎の朝の訓練を告げる鐘が鳴り響き、俄かに物置小屋の外が喧騒を上げ始めた。


「む。もうそろそろ、兵士どもが起きる時間かあ。ほいじゃあ、わしはちょいと仕事っぽいことがあるケエ、出かけるわ。お前等、ワシが戻るまで字の練習をしとけよ?まあ、サボってもええけど、ほどほどにな」


 外の様子を知った清盛は、そう言って子供たちに向かってそう言うと、素っ気なく物置小屋から出て行った。


「………………本当に、何なんだよ。あいつは」


 ジンムは物置小屋から出育清盛の後ろ姿を眺めながら、そう言うしかできなかった。


 不愛想で無礼な奴隷を買ったり、その奴隷に文字を教えたり、やっていることが今までの奴隷の主人とは明らかに違い過ぎて、何をしたいのかさっぱり分からない。


 ただ一つ、自分の新しい主人が、今までの自分の主人となった人間とは違うことだけは、肌から実感できたことだった。

 


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