日本刀と勇者 第四話 勇者、奴隷を買う。
すっかりと夜も更け、あれだけ騒がしかった酒場も閉店の時間となった。
事実上の『黄金』クラス上位の冒険者パーティーである『黄金の雨』のメンバーである重騎士のアレックスと軽剣士のマチルダは、完全に酔い潰れてしまっているガストンの肩を組み、重々しい足取りで最近購入した拠点へと向かっていた。
「全く、毎度のことながら勘弁してほしいわ。こんなか弱い乙女が、何で夜中にこんな大男を担いで夜の街を歩かなきゃならないのよ?こんんんの大馬鹿野郎は、そんな事も考えずになんだって、いつもあんなに大酒をかっくらえのよ!そんで、いつも毎回朝になったら、神にお祈りしながら二日酔いの憂き目にあうのよ?本ッッッ当に信じられない!!!!!」
少しソバカスのかかった猫目がちな顔と赤髪が特徴のマチルダは肩口で切りそろえた短い赤髪を盛大に揺らしながら、禿げた筋肉質の大男であるガストンを肩に担いだマチルダは、文句を垂れつつも逆側でガストンを担ぐアレックスに歩調を合わせて夜道を歩いていた。
「マチがか弱いかどうかはさておいて、感想としては右に同じだ。だが、あれだな……」
留まることを知らないマチルダの悪態に、アレックスも鷹揚に同意するが、それと同時にどこか楽しそうに口の端を緩めてガストンを見やる。
「久しぶりだな。リーダーが、こんな酔い方するのは」
アレックスは、にこやかな赤ら顔で酔い潰れたガストンを見て、楽しそうに喉を鳴らして笑った。
「ま……。そうね。ここんとこ、いつも気を張ってたから、気休めでも酒を楽しんで飲めるようになっただけマシね」
「はい。特に最近は鬱憤晴らしで酒場で暴れて、酔い潰れる前に店を追い出される方が多かったですからね。こんな風に、ガストンさんを連れ帰るのは、本当に久しぶりです」
マチルダは、今夜の酒場で合ったまだ少年とも見えるほどの年をした青年を顔を思い出して溜息を吐きつつ頷くと、ガストンの荷物を持って後ろからついて来るメアリーも、微笑をうかべながら肯定した。
すると、それを見たアレックスは、感情を表に出すことの少ないこの男にしては珍しく、喜色満面な笑顔を浮かべて、鷹揚に頷いた。
「面白い男だったな。オダ、キヨモリ。ああいう、不思議な空気を纏った男は見たことない」
「ふふ。そうですね。どことなく異国的で、風変わりで、ああいう人は、久しぶりに見た気がします」
「…………そう、ね」
その言葉に、メアリーは楽しそうに一もにも無く賛同したが、マチルダは奥歯に物が挟まった様にはっきりとしない声を出した。
マチルダにとって、キヨモリと名乗った男は、本当に未知の存在だった。
冒険者として世界中を駆けずり回ったという自負を持っているマチルダ達でさえも見たことのない妙な格好の衣服に身を包み、浮世離れした常識の無さと、それと相反した教養を持ち、それでいて冒険者として鳴らしたガストンを圧倒できるだけの武力を持つ青年。
何だかちぐはぐな印象とそれを納得させるだけの雰囲気を持つ謎の男。
それがマチルダにとっては、何か途轍もなく恐ろしいものを、或いは途轍もなく凄まじいものを齎すような気がして、けれども、それが一体なんであるかを測りかねて、どうしたらいいのか判らなくなってしまっていた。
突如として黙り込み、一人で至高の海に埋没していったマチルダを見て、二人はその思考を邪魔しない様に、暫く黙りこんでいたが、やがてその沈黙を破るようにして、マチルダは静かに疑問を口に出した。
「キヨモリ、ね……。ねえ、二人はどう思う、あいつ?」
マチルダは、ガストンを挟んで少し楽しそうに道を歩くアレックスと、三歩程後ろを黙ってついて来るメアリーに向かって、少しだけ鋭さをはらんだ声で訊いた。
「わたくしは、単純に素晴らしい人だと思いますよ。銀貨一枚に困るほど落ちぶれたのではなく、千枚の金貨にも変えられない仲間を得たのだという考えは、素晴らしいものです。それこそ、主の愛を説くような素晴らしい言葉だと思いますよ?」
「んー……。まー、メアリーの言う通りなんだけどさ。なんつーかね、あいつ、正直得体が知れないのよね」
マチルダは、晴れ晴れとした声で話すメアリーの言葉を肯定しつつも、つい数時間前の酒場の店内を思い出しながら、その言葉に言い返す。
「あいつさあ、元々酒に酔ってガストンに喧嘩を吹っかけたのよ?その割には、全くと言っていいほど、飲んでいなかった。それに、あいつのガストンとの戦いで見せた動き。あれは、明らかに鍛え上げられた戦士のそれよ。それも、今まで私が見たことも無い様な未知の武術の、それ」
「……ふむ。確かに、言われてみれば、おかしな点も多いな。だが、冒険者など、そう言う奴らの集まりだろう?ここにいるメンバーの間でさえ、過去を教え合っている訳ではない。ましてや、場末の酒場など言うに及ばない。寧ろ、ああいう所で素性のはっきりしている奴らの方が得体が知れないと思うがな」
「……そうね、それもそうなんだけど」
アレックスの反論に対して、マチルダはそれでも何か胸の内に腑に落ちないものがあるのか、何事か呻くように考え込んだが、それに対してメアリーとアレックスは敢えて否定するようなことは何も言わなかった。
ガストンは気のいい男だが、それでいて以外と堅実で強かな男だ。
自分が、これは。と見込んだ人間としか付き合わないし、例え口約束で、酒に酔っていたとしても、金銭的な利害の絡んだことはそう簡単に口にしない。
そう言うガストンの性質を常日頃から知るアレックスとメアリーの二人からすれば、マチルダは些か疑り深過ぎではないか。と思うのだが、このパーティーの中で一番思慮深く、慎重であり、頭が切れるのはこの、見た目は落ち着きの少ないお転婆少女である。
作戦の立案から始まり、金銭の管理やパーティーの交渉事と言った、『黄金の雨』の頭脳労働全般を担当しており、マチルダの練った作戦や策士独特の勘働きでパーティー全員が命を救われたことは少なくない。
その少女の言葉であるだけに、二人はそれを無碍にすることは出来なかった。
「まあ、マチの言う事も尤もだ。だが、それは今度キヨモリと会うことが有れば、その時にはっきりとさせれば良い。今日はただ、楽しい酒が飲めたことに感謝して、ゆっくりと帰ろう」
アレックスは、考え込むマチルダを宥める様にそう言ったが、その言葉を聞いたマチルダの思考は真逆の方に稼働した。
(ふむ……。次にはっきりとさせるか、なら、いっそのこと、赤の目が出るか、黒の目が出るか、試してみるのもいいかもしれないわね)
アレックスの言葉を聞いたマチルダは、そこでふと、脳裏に今話題となっている新人の冒険者が頭に浮かび、それと同時に一つのちょっとした策が組み立てられるのを感じていた。
「ちょっと提案が有んだけどさ。ちょっとした『擦り付け』をやってみない?」
マチルダの言葉に、メアリーとアレックスの二人は露骨に嫌そうな顔をしてみせると、語気も若干荒く、すぐさま喰いつくように反対した。
「いきなり何を言い出すんだ、マチ。というか、そんな非常識なことを一体、誰にするって言うんだ?」
「そうですよ!いつも、突飛な事を言い出すとは思っていましたけど、今回のはいくら何でも酷いですよ」
「落ち着いてよ、別にそこまであからさまにひどい事をするわけじゃないわ。ただ、あのキヨモリって男にちょっとした嫌がらせを仕掛けて、それでどういう態度に出るか、見てみるのも一興じゃない。ガスはただ酒さえ飲めばそれで大概の奴は信用しちゃうし、アンタら二人だって、結構お人好しで簡単に人を信用しちゃうしさ。
いつどんな風にもう一度顔を合わせるのかは分らないけれど、ガスがタダで依頼を受けると言った以上、どこぞの商会なり、なんなりが動くはずだから、必ず何かしらの行動を起こすはずよ?それを見て、あいつの人間性を図るの。少しでも厄介そうなら、それでどこかにトンずらこけばいいし、問題が無ければ万々歳。別に悪くないでしょ?」
マチルダの提案に対して、アレックスとメアリーの二人は、考え込むように黙り込むと、やがてゆっくりと大きな溜息を吐いて二人して頷いた。
「いいだろう……。明日の朝にでも、ガストンにその旨を伝えてみるといいさ。だが、先に言っておくぞ、流石に悪質な物だったら、その場でオレはパーティーを抜けるからな!」
「分かってるわよ。さっきも言ったでしょ?私だって、そこまで酷いことをするつもりは無いって」
言葉も無く、不承不承に頷くメアリーに変わって、アレックスは仕方がないと頷きつつも、強い言葉でマチルダに警告を放った。
マチルダは、アレックスの返事に軽く頷くと、ふと、星空の輝く空を見上げて、意味もなく呟いた。
「案外さ…………。今が一番の冒険をしてるのかもしれないわね、私たち」
何故だか、その言葉はメアリーとアレックスの二人の胸にも響くものだった。
否、或いは。
(こいつがそれを一番感じたのかもね)
マチルダ達は誰ともなくガストンの間抜けな酔い潰れ顔を見ながらそう思い、自分達が一番信頼するパーティーリーダーをここまでさせた青年の顔を思い浮かべた。
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こうして、業界でも屈指の冒険者パーティー一行に、良くも悪くも目をつけられた清盛はというと。
日課の修行と言う名の喧嘩を終えた清盛は、そのまま今日も今日とて、いつもの様になじみの娼館に顔をだし、そのままお気に入りの女を指名して、朝までコースを楽しみ、お昼間近の光とともに起き上がった。
「…………ああ、顎痛い。昨日は、いい気分で張り切り過ぎたのう」
右隣に夜を共にした娼婦を寝かしながら、顎を押さえながら全裸で起き上がった清盛は、早速床に散らばった服を着替えて、軽く背伸びをした。
その時、ふと、脳裏に昨日喧嘩を吹っかけた冒険者をしている禿げた大男の姿が浮かび上がった。
(仲間、か。……ふむう)
心中で、ふとあの冒険者パーティーを雇ってみようか。と、思わなくもなかったが、清盛はその案を頭を振って振り払った。
(…………やめとけ、やめとけ。肝心なことを伝えきれんのに、下手に身内を増やしても破滅するだけじゃ)
そうして、ジャージを着ながら頭を抱えるという、なんともシュールな姿を清盛が晒していると、そこへ娼館の館長がやって来て、ごまをすりつつ愛想のいい顔をして服を着る清盛の元へ話しかけて来た。
「いやあ、勇者様。今日もまさしく神話の英雄の様な色男ぶり。これほどの戦士が来てくれるとは、王国も安泰ですなあ」
「ははは。そりゃあ、儂としても捨てたものではないですのう。何しろ、ここの女どもを抱いておると、それだけで神話の英雄になった様な気になってしまいますからのう。儂の影口を叩く王城の兵士どもも、儂の心境を理解できるでしょうにのう」
起き抜け早々に、清盛は辟易するようなお世辞のやり取りを交わしながら帰り支度を整えると、軽い挨拶を残して娼館を出ようとしたが、そこで館長から、思いもよらない言葉を掛けられた。
「そこまでお気に入りでございましたら、いっそのことを勇者様のお気に入りの女達を専属の性奴隷に仕立て上げましょうか?」
「奴隷?」
清盛は、唐突に出て来たその言葉に、思わず眉根をしかめて見せた。
実は、このフルール王国では、宗教上の理由から公的には奴隷制度は存在しないが、明確に奴隷制度を禁止した法律も又なく、それ故に隠れて奴隷を所持する人間は多かった。
その為、生活が厳しくなった人間が家族を売り飛ばすことは結構多く、特に、清盛が良く顔を出すスラム街や地方の貧しい地域では奴隷商人が公然と認められた商売として繁盛しており、中には政界に顔の利く大店の店主となっている者もいるという。
そこから派生して、こういう娼館の娼婦を囲い込む際に、世継ぎ問題を避ける為にも敢えて妾を奴隷に落として所有することも多く、地方にはよるものの、上流階級の中には一種のステータスとして性奴隷を多数所持することを自慢する風潮も存在していた。
流石に、一か月以上もこの近くに顔を出していればそう言った事柄には否が応でも詳しくならざるを得ず、吐き気の催す話としてあまり聞きたくはなく、清盛としては娼館の館長が持ってくる話は、正直に言えば余計なお世話だと思った。
だが、清盛の心中などは露知らず、娼館の館長はそんなことはお構い無しとばかりに、持てる話術の全てを尽くして売り込みをかけて来る。
「ええ、勇者様にはやはり、従者として女の一人か二人は連れていた方がよろしいでございましょうからな。何しろ、英雄色を好むとは言いますからねえ。当館で勇者様のお気に入りとなられている三人の女どもを、いっそのこと勇者様の傍仕えとして買われ見てはいかがでございましょうか?
勇者様のお気に入りであることからも分られると思いますが、三人とも中々の美人でございますからねえ。
そうですねえ、通常の相場で言えば、大体、一人当たり金貨五枚の所でしょうが、もしもその気になられるのであれば、此処は三人合わせて金貨十枚で、お売りすることができますよ?」
今までどことなく飄々としたような、常に余裕を感じさせる態度で清盛に接してきた娼館の館長にしては、やけに押しの強く、必死さを感じる程に押しつけがましい態度に、清盛はいつになく鬱陶しさを感じるが、清盛の態度に気付いているのかいないのか、或いは、その態度はただの照れ隠しだと思っているのか、館長の持ちかけた話は、やけに具体的で、無駄にサービス精神にあふれたものだった。
お忍びで貴族に女を手配することも多いこの手の商売で、ここまで一般の、それも一人の客に肩入れすることは珍しい事なのだが、清盛はその娼館の館長の態度に、どことなく心当たりがあった。
娼館の館長が言う様に、清盛が贔屓にしている娼婦は主に三人だった。
肩まで切りそろえた金髪碧眼の美女で、褐色の肌に豊満な体をしたシルヴィア。
腰まで伸ばした黒髪と猫目がちな金色の瞳が目を引く、シミの無い白い肌をしたスレンダーな美女のアマーリエ。
清盛が居た世界では見たことのない綺麗な青髪をした、童女の様なあどけない顔と小さな背丈に似合わない豊満な体が目を引くキトリー。
この世界での女の盛りは、大体、十四、十五歳から始まって、高くても二十歳という風潮の中にあって、三人が三人とも、既に二十代を越えており、特にアマーリエは今年で二十七になるという。
ちなみに、昨晩に指名した女はこのアマーリエであり、今はすっかりと目を覚ましてベッドの上に起き上がり、眠たげな眼で清盛と娼館の館長とのやり取りを見ている。
元の世界風に表現するのなら、清盛が贔屓にしているこの三人は、婚期を外れた大年増だと言える。
遊びで楽しむのなら、若い女の方が良い。というのは、世界を越えた男の真理であるようで、聞いた話では、最近は三人を指名する客も減って来ていて、清盛のお気に入りにならなければ、別の娼館か、もしくは、それこそ奴隷として売られていたかもしれないとのことだった。
そんなありさまだったから、歳を食った三人に手を出して遊ぶ清盛は、この娼館でもきっての酔狂ものとして有名だった。
もしも清盛がここでこの三人に飽きる様なことが有れば、もうこの店で、否、もしかしたら娼婦としては三人とももう客を取ることができなくなるかもしれない。
恐らく館長は、それを見越して、清盛がこの三人の女に飽きる前に、できるだけ高い値を出して奴隷として売りつけ、利益を出そうと目論んでいるのだろう。
話の当事者であるアマーリエ本人が目の前に居るというのに、そんなものなど目に見えぬとばかりに商人根性を丸出しにするその姿には、清盛としては何とも冷めたモノしか感じずにはいられなかったが、お蔭で、というべきか、そこで、ふと思いつくこともあった。
「ふうーむ、むむ…………ええじゃろう、館長。その話、乗った」
「ほ、本当でございますか!でしたら、すぐにでも手続きいたします!ここでお待ちくださいませ!」
清盛は暫くの沈黙の後に、わざと勿体ぶった態度を取って館長の言葉に頷くと、清盛のその態度に館長はやや食い気味に反応しては、バタバタとした足取りで売買契約を結ぼうと、慌て出した。案外、清盛のノリ気ではない態度に対して、焦っていたのかもしれない。
清盛は、そんな目に見えて落ち着きを無くしている館長の態度に、ニヤリと笑いながら両手で制するように館長を宥めると、片目をつぶりながら館長の前で指を一本立てて見せた。
「まあ、待て待て。落ち着け館長さん。館長の話には乗ったが、条件が一つだけある」
「じょ、条件でございますか。それは一体、どのような物でございましょう。値引きの話でございましたら、これ以上の割引は口約束では出来かねますが……」
「あっはっは。そこまで身構えんでもええよ。別に難しい事じゃあない、ただ、」
「ただ?」
清盛は、気まずそうに顔色を伺って来る館長に向かって快活に笑うと、その肩を軽く叩いてにんまりと笑って見せた。
「儂に奴隷商を紹介してくれ」
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一時間後。
宣言通り、シルヴィア、アマーリエ、キトリーの三人を、娼館の館長の言い値で奴隷契約を結んだ清盛は、娼館の館長の紹介もそこそこに、そのまま奴隷商人に連れられて、奴隷市場が開かれているという街に行くことにし、その間に三人には娼館を発つ準備をしてもらうことにした。
館長に紹介された奴隷商は、ダニエルと言い、どことなく漂う胡散臭い空気と、常にこちらを窺うような後ろ暗い態度が鼻につく、端的に言えば清盛の嫌いなタイプの人間だった。
そんなダニエルに連れられた路地裏に入った清盛は、その途端に眉根をしかめてしまった。
(ここまで酷いか、スラムというのは……)
清盛は心中の思いを吐き出すことはせず、ただ静かにスラム街を眺めまわしたが、その眼は知らず知らずのうちに鋭くなり、いつの間にやら握りしめていた拳は白くなるほどに強く握りしめられていた。
ごみの散乱する道に、腐臭の漂う空気、時おり目につく野犬や野良猫は、肉を狙う獣そのもの視線でこちらを睨みつけて来る。
そして、そんな道端には、怪しげな商売をする無数の男達。
売春や違法な品物の売買はまだいい方で、薬物や質の悪い武器の商売は当たり前、中には堂々と殺人を請け負うことを了承する者までいる始末。
多少ひねくれたところのある清盛にしてみても、此処まで治安の悪い場所を目の当たりにして、普段の様な振る舞いをできる程、図太い神経を持っている訳では無かった。
だが、
(…………………今は、何も、言うまい)
まるで、自分の中の何かを押し殺すように、一句一句を区切るようにそう思うと、清盛は奴隷商の背中だけを見つめながらただ路地裏の町を歩き続けていた。
(…………………今は、何も。思うまい)
言いたいこと、思うことは山ほどある物の、それを言ってどうこうできる程の力も無く、何より、そんな街の中に生きざるを得ない人々を食い物にして身を守る事を考えている自分が、言うべき言葉ではない。
(……………今は、何も、言うまい。思うまい。何より、言ってはならん!今はとにかく、自分の身を守る方法を、自分の身を立てる方法を見つけて、あのバカ王の下から逃げ出すんじゃ!)
清盛は、奥歯から軋み音が聞こえる程に歯を食い縛ると、誰を睨みつけるわけでもなく、鋭く尖りきった視線を空へと向けると、ジャージの襟を正して前を向いた。
と、その時。
「ここでございます。オダ様。貴方のお気に召す奴隷がいるかどうか」
そんな言葉と共に足を止めた清盛の目の前には、町の中に開けた広間の中で怒号の様な掛け声でセリを繰り広げる人の群れが写った。
(………………惨いな)
目の前に広がるその衝撃の光景に、清盛はただ、そう思うことしかできなかった。
セリが繰り広げる広間の中央には、舞台の様な台が建てられ、その上をまるで獣のように檻の中に閉じ込められ、鎖に繋がれて痛々しい姿を晒す奴隷たち。
薄汚れたボロボロの服は、最早服というよりも襤褸布に近く、其の痩せ細った首筋に巻きつけられた首輪には値札がぶら下げられている。
そんな人々を見据える人間の瞳の中には、腐った油のように濁りきった光か、或いは、まさしく物の品定めをするように温度を失った輝きが瞬くばかりで、此処にいるのは人間達ばかりの筈なのに、まるでそうでは無い様な錯覚に陥ってしまう。
その有様に、清盛は、胸を刺し貫かれるような罪悪感と、言葉では言い表せない様な絶望感に、体が千切れそうになるほどのショックを受けた。
蟻の中には、他種の蟻を襲い奴隷を作る蟻がいる。その意味が、今此処で分かった気がする。
奴隷などというものは、まさしく虫けらの所行だ。多少の知性と理性があるならば、こんなことはしようとは思わない筈だ。
だがそれは、興味半分でこんなところに顔を出して、あまつさえその奴隷を買う立場にいる自分が、思う事でも無ければ、言っていいことではない。それをするのは、恥知らず以外の何物でもない。
奴隷を買う。という事を覚悟はしていたつもりであったが、それが生温かったことを知り、清盛は此処から今すぐにでも逃げ出したい。という欲求を胸の内から湧き上がらせるが、それを無理矢理に抑えると、奴隷商に向き直り、頬が強張った様な感覚を覚えながら話しかけた。
「……のう、奴隷商人さん。奴隷を購入するにはどうしたらええんじゃ?一応、今日は奴隷を買うつもりでアンタに着いて来たんじゃが、ちょいと儂でも買えそうな奴隷が見当たらんのう。
注文を付けさせてもらえるんじゃったら、従順で体が頑丈な奴であれば誰でもええのう。ただ、出来れば十代の後半から二十代の前半くらいの年頃であれば、もっとええ……。ちゅうても、今日はあまり予算がないからのう。取りあえず、今の儂でも買えるんじゃったら、だれでもええわい」
「そうですか……。でしたら、あちらのセリは今日の所は無理のようですね。セリにかけられる奴隷たちは、質の良い物ばかりですから。そうですね……。訳アリでよろしければ、すぐにでも商品を変える所に案内いたしましょうか?」
「お、……おお、頼むわ。気に入った奴がおったらすぐに買い取るけえの」
清盛は、ナチュラルに奴隷を商品としてしか見ていない奴隷商人の言葉に、背筋に空恐ろしい何かが走るの感じながらも奴隷商人の提案に何度か首を縦に振って頷くと、奴隷のセリが行われている広場から抜け出して、スラム街の細道へと入り、その中に建てられた一見の建物の中に入っていく。
案内されたのは、一言で言えば劣悪なペットショップのようだった。
最初に感じたのは臭いだった。スラム街に入った時とは比べ物にならないほどの腐臭。
次に清盛が感じたのは、薄暗い檻の中に詰め込まれる様に押し込まれた人の群れ。
処理される事なく放置された排泄物や、腐った食事、体を洗う事すら許されなかった奴隷たちの臭いが混じった悪臭。
そんな悪臭の漂う薄暗い室内に木霊するのは、様々な奴隷商によって暴行されて傷つき、病や衰弱によって床に横たわることを余儀なくされた何人もの奴隷が挙げる呻き声。
そして、恐怖、憤怒、悲嘆、絶望、諦観、様々な悪感情の入り混じった視線でこちらを窺う瞳。
まるで、人間世界の悲劇を全て閉じ込めた様なその光景に、清盛はただただ歯を食い縛ることしかできず、助けを求めている人を見殺しにするような途方もない罪悪感を覚えた。
そんな奴隷たちの売り込められた檻の前で、清盛が茫然としていると、店の奥から、綺麗な服装に身を包んだ恰幅の良い男が進み出て来て、奴隷商人の方へと慇懃な態度で話しかけて来た。
「これはこれはダニエル様!今日は如何様な商品を仕入れに参ったのでございますか?残念ながら、今はセリが行われてます故、上物はあまりおいていないのでございますが?」
「……今日は商品の仕入れではなく、こちらの御方の買い物につき合っているだけだ。取りあえず、上物でなくてもいいから、紹介できるだけ商品だけでも紹介してほしい。それと、決して無礼は働くな。こちらの御方は国王陛下の元で暮らされいている勇者様だ。下手なことをすれば首が飛ぶぞ。
キヨモリ殿。こちらは、この街でもきっての奴隷商であるポントスです。彼ならば、貴方のお望みの奴隷を揃えられるでしょう」
清盛をこの店にまで案内してきた奴隷商人は、店の奥からやって来た奴隷商人に対して、横柄な口調で清盛を紹介すると、ポントスと呼ばれた奴隷商人は、この方が。と、軽く驚いたような声を上げて、慌てたように清盛に向かって軽く頭を下げて来た。
清盛は、清盛を紹介するその奴隷商人の言葉に、油断ならぬものを感じながらも、一つ大きく頷くと、ポントスと呼ばれた奴隷商人の方に向き直り、端的に用件だけを告げる。
「……予算は金貨十二枚。年は、十代後半から二十代ほどの奴隷を二人以上欲しい。男でも女でもええが、兎に角体が頑丈な奴が望みじゃ。できれば従順であればなおよいが、予算の内に入ればでよい」
「成程、成程。確かに、その値段でその要望でございますと、少々厳しい物がございますな。特に、十代後半から二十代で、と言いますと、男女ともに特に需要の多い年代の奴隷でございますからね。条件に当てはまる奴隷の殆どが、今は、セリの方に懸けられていますからな」
「無理なようなら、二人以上の奴隷を用立てるだけでええ。他の条件は取り下げる」
「いえいえ、無理とは申してはおりません。どのような無理な条件であっても、残らず叶えて見せるのが我が商会のモットーでございます。ましてや、勇者様からの直々のご依頼ですからね。このポントスが、必ずや、勇者様の望む商品を取りそろえて見せましょう!」
常になく、事務的な口調で、用件だけを口にする清盛に対して、だにえるのほうはどことなく訝し気な視線を清盛に寄せたが、話しかけられたポントスの方は特に気負った様子もなく、清盛に向けて大仰に胸を張って見せると、早速とばかりに、清盛たちを連れて条件の合う奴隷たちを見つけるべく、薄暗い店内を練り歩き始めた。
そうして清盛は、ポントスとダニエルの背中を追いながら、奴隷たちの様子を見て回るが、どうにも清盛の気を引く奴隷たちは見つからず、三十分ほどじっくりと店内を歩き回ったころだろうか。
ふと、清盛の眼に、一つの檻が留まった。
そこには、数人の子供達が檻の中で身を寄せ合っている姿があり、その中央には、病気か衰弱か、息も絶え絶えに床に横たわり、檻の中の子供達に囲まれている少年の姿があった。
同情か好奇心か、そうして子供達が隔離された檻の中で寄り集まっている姿に興味をそそられ、その檻の傍に寄ると、子供たちはどこか帯びたような表情を見せながらも、視線だけははっきりと清盛の眼を見返していた。
恐怖のあまりに、奴隷商人やその顧客の眼を見ることができなくなっている奴隷たちの中で、この檻に居る子供たちだけが清盛の眼を見返すほどの気力を有していた。
そんな子供たちの中で、一際、清盛の眼を引く少年がいた。
その少年は、一言で言えば美しかった。
水晶を溶かした銀細工で拵えた様な煌びやかな銀髪に、淡雪を思わせるほどに透き通るように白く、キメ細かで滑らかな肌。
桜色に艶めく唇は、見るからに柔らか暖かで、思わず喉を鳴らすほどの魅力を放っていた。
男とも女ともつかぬその美しい姿には、老若男女を問わずに引き付ける力があった。
だが何よりも清盛の目に留まったのは、其の両眼だった。
紫色に輝く双眸は、荒野に臨む猛獣か、荒天に挑む猛禽を思わせるほどに鋭い輝きを放っており、瞳だけを見れば、最早、王者の風格を放っていた。
その視線の強さに、清盛はただ何となく、この少年が子供たちの心の支えであることを直感すると、鎖で繋がれた数人の子供達の前に立ち、鋭い眼で睨みつけて来る銀髪の少年の姿に、清盛は一目で魅入られると、少年の目線にまでしゃがみ込み、今までになく優し気な声音でその少年に語り掛けた。
「お前、こいつ等のリーダーか?」
「りーだー?」
清盛の言葉に銀髪の少年は首を傾げ、清盛の言葉を繰り返した。
「すまん、言い方が悪かったのう。お前が後ろにおるガキどもを守っとるんか?」
「…………だったら、どうだって言うんだよ」
「別に、どうもせんわ。ちゅうか、口悪いのう。年上相手にその口の利き方はないじゃろう」
「ウルセエよ。年上だからって、何が偉いんだよ。気分悪くしたんなら、とっとと消えろよ」
奴隷に似合わない、反抗的な態度を取る少年に、清盛は思わずちょっかいを掛けたくなり、口元を緩めながら、売り言葉に買い言葉で話の掛け合いを楽しんでしまう。
清盛がそうやって奴隷の少年とのやり取りを面白がっていると、唐突に横合いからポントスが躍り出る様にやって来ては、大声を上げて清盛と少年の間に突如として割って入ると、その大きな体を精一杯に縮込めて脂汗のかいた顔を何度となく下げて来る。
「あああああ、お持ちください勇者様!も、申し訳ありません!ここに入っているガキどもは、問題行動を起こして売りに出された欠陥商品でございまして、特にこの銀髪のガキは、見た目はいいんですが、何分、気性が荒くて、何度となく主人にたてつく様な奴でして、あまつさえ、奴隷魔術の隙をついて主人に噛みつくような暴力的な欠陥商品で、二度も売りに出された挙句に書いてもつかない様な奴でございまして、どうも無礼を働いてしまったようでございましたら、申し訳ありません!本当に、この通り、この通り、謝らさせていただきます!何でしたら、今此処で御仕置でも、始末でも何なりとさせていただきますので、どうか、平に、平にご容赦ください!」
どうやら、清盛が思った以上に、奴隷の少年は問題児であったらしく、早口でまくし立てるようにして、言い訳と謝罪を繰り返しており、時おり、腹いせとばかりに檻の格子を蹴り上げて、中にいる子供たちを脅しつけるのだった。
奴隷商人のその態度も、言葉の内容にも、清盛は鼻白むような嘲りを覚えたが、この恰幅の良い奴隷商人の話を聞いた清盛は、それとは逆に、ますますこの銀髪の少年に興味をそそられ、思わずニヤリと口角を上げてしまった。
「面白い!この小僧、買った!!!」
「よ、よろしいのですか?確か、清盛様のご注文では、十代から二十代にかけての活きの良い奴隷をご所望ではありませんでしたか?此奴は愛想も何もない、礼儀知らずなだけのガキです!中には死に懸けの者もいますし、銀髪のガキに至っては、途轍もない問題児でございますが……」
今までのどこかビジネスライク然とした喋り方をする清盛とは打って変わって、感情も露わに、にやにやと奴隷を買いつけようとする清盛の態度に、ポントスはどことなく面食らいながらも、清盛に本当にいいのかと、念押しするように清盛に聞いて来る。
「元々、注文の方はどうでもええ。愛想が悪いのは、そこが気に入った!それと、ついでにこのガキの後ろに居るガキどもも、残らず買い取る。いくらじゃ?」
「分かりました。ただ、再三申し上げます様に、このガキどもは行く先々で問題を起こしており、特に銀髪のガキの方は、過去に三度も買い主に傷を負わせていて――――」
「余計な前振りはイラン!七人合わせて、幾らになる?」
「そうですね……。こいつ等に値段をつけるとするなら、全員合わせて、金貨十枚当たりが妥当でしょうか。しかし、再度確認するようですが、本当によろしいのですか?勇者様の」
最早、鬱陶しくなるほどに重ね重ね聞いて来るポントスの説明を遮ると、清盛は犬歯を剥きだしにした笑顔を浮かべながら、高らかに宣言した。
「いやあ、儂はこういうクソ生意気なガキをしごきまくって、こき使う方が好きですけえ。丁度ええ。今持ち合わせの全財産十二枚!全額出して、こいつ等を買うわ!」
口角を鋭く上げた笑みを浮かべながら、全額を出すとまで言う清盛の姿に、流石にこれ以上言葉を続けることができなくなったのだろう。
ポントスは半ばあきらめような態度を見せて、仕方ありません。と、頷くと、
「…………そうですか、でしたらもう何も言いません。ただ前の主人もそう言って、このガキを買われましたが、その主人は、股間の一物を食いちぎられたそうです。くれぐれも、ご注意ください」
そう言って、清盛の指名した子供たちを売ることを決意した。
「おお、そら怖いのう!結構なこっちゃ、結構なこっちゃ!元気が有り余っとる様で何よりじゃあ!」
まるで悔し紛れの様にそう言うポントスの言葉に、清盛はポントスに挑発的な視線を向けて答えてみせると、話しについて行けずに目を白黒させる奴隷の子供たちに向かって、にかっと笑いかけた。
「ほいじゃあ、さっさと出てこいガキども。今日から儂がお前等の御主人様じゃあ」
この後、清盛の奴隷となったこの子供たち七人を差して、『七星王』と呼ばれることになるが、それはまだ、この子供たちでは知る由もなかった。




