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日本文化と日本刀で世界征服ーーー勇者にして魔王になった男ーーー  作者: 上運天大樹
第一章 勇者召喚からの魔王転職編
1/21

プロローグ 勇者召喚されたから、王国滅ぼした。

 その日、七百年に渡る歴史を紡いできた大国、フルール王国は滅亡した。


 難攻不落を謳われた最強の要塞、トネソル要塞は成す術も無く陥落し、


 周辺諸国を武名で鳴らした最強の軍隊である、ローズ騎士団は跡形も無く壊滅し、


 そして、王城アイリス城を頂く王都プレーンは、今まさに敵の手中に落ちようとしていた。


「クッ!何故だ……。何故に、このような事態になったのだ!」


 落城寸前のアイリス城の地下通路、王族の脱出用通路を息せき切りながら走る第三十代国王バスティアン・フルールは、血が滲む程に強く拳を握りしめながら、そう吐き捨てた。


「あの時まで……。そう、あの時までは、全て……全てが上手く行っていた筈だ!なのに、なのに何故だ!」


 そう呟くバスティアン王の脳裏には、約六年前の大魔術を行う為の大儀式の風景がよぎった。


 それは、宮廷魔導士に寄れば、千年に一度しか行う事が出来ぬという大魔法。

 別次元、もしくは別宇宙に存在している、神にも匹敵するほどの強大な力を持ちうる彼の者を呼び寄せ、使役することのできるという大魔法。


「勇者召喚」。

 

 魔王軍という直近の脅威と、神にも匹敵するというその力に魅せられ、莫大な費用と絶大な手間暇をかけて、宮廷魔導士にその大魔法を行使させた。

 ややもすると、その魔法を行使するだけで城十個分の建築費に匹敵するほどの資財を投じて行われたその魔法は、結果的に見れば成功だったと言える。


 何しろ、このフルール王国を滅ぼしているのが、召喚された『勇者』そのものなのだから。


 だが、召喚したその直後は、大した魔力も持たず、ロクな武力も持っておらず、それどころか常識や礼儀はおろか、ロクな知識すらも持たずにぽかんとしているだけのアホ其の物だった。

 戦争どころか、奴隷一匹としても使い様がない。少なくとも、その時にはそう見えた。

 だからこそ、適当な前線に送り込む。という厄介払いをして、全て終らせたつもりだった。……筈なのに。


 よもやその男が、追い出されてから僅か一年の内に魔界の大国の一つを乗っ取った挙句に、それから四年の内に魔界に存在する全ての国々を滅ぼして統一し、魔界に存在する全種族を束ねる唯一絶対の魔王として君臨し、この人間界に侵攻を始めるなど、一体誰が想像できる。


 脳裏に蘇って来るここ一年の記憶に、バスティアン王は忌々し気に舌打ちすると、地下通路の壁を勢いよく殴りつけ、クソ!と、吐き捨てた。


 このままでは、このフルール王国の滅亡は必定である。


 だからこそ、バスティアンは、今地上で戦っている駒を全て見捨てて地下通路へと一人で潜り、捲土重来を期すために、この城を捨てようとしているのだ。


 彼、バスティアン王の中には、家臣の命やそれに対する義理など存在していない。


 そもそも、王国においての王とは神より与えられし権利であり、全てにおいて優先されうる至高の存在。貴族であってすらもが、非常時においては王の盾となり死を賭して王を守る存在であり、民衆や王国兵士などに至っては、王の命令を聞くためだけの道具に等しい存在である。


 そんな道具が幾ら壊れてどれだけの数死に逝こうとも、それが王の為であるならば当然至極の結果である。


 元々、そう言うものだと思っているのだ。 


 だから彼は、今こうして一人で黙って隠し通路を抜け出ていくことに強い屈辱こそを感じてはいるものの、それ以上の罪悪感とか、良心の呵責とか、家臣に対する不実を働いたという事実ですらもが、頭の片隅にも思い浮かんではいなかった。


 彼にとっては幸いながら、国土の六割が侵略されたとはいえ、アイリス城以外にも未だに落ちていない城はある。

 その中には、旧王都として名高く、数多くの人口を抱える城もあれば、潤沢な財産を蓄え、王都以上に国の外へと名を馳せている城もある。

 この薄暗くかび臭い地下通路を抜け出たその後に、これ等のいずれかの土地に身を寄せ、自分の名を元にすれば、すぐに十万、百万もの人間が集まり、大軍を擁立できるだろう。

 そうなれば、すぐにでもあの忌々しい勇者を葬り去り、フルール王国の再建を果たせるだろう。


 頭の中で、己の都合のいい情報だけを組み合わせてバスティアンはそんな計算をすると、再び鋭く舌打ちをして、忌々し気に通路を練り上げている煉瓦の壁を叩いた。


 兎に角今は、今は此処を逃げ出さねばならぬ。


 バスティアンは、頭を振って無理矢理に思考を変えると、複雑に張り巡らされた地下通路の奥に向かって、再び勢いよく歩み出し始めた。


「おー。本当にここにおったわー。まあ、アンタに向かってこういう事を言うのもアレなんじゃが、本当にこういう形で合うことになるとは、残念じゃのう」


 その時だった。

 地下通路の奥から、この場においてはバスティアンが最も聞こえるべきでは無い。否、最も聞きたくない声が聞こえて来たのは。


「まあ、アンタじゃったらそうするじゃろうなあ、とは思っとったし、こういう通路もこういう時の為に有るんじゃ、っちゅーことは分るがのう。地上ではまだ、アンタの為にちゅーて戦こうとる奴らがおるんじゃあ。そいつらに詫びの一言も無しに尻尾巻いとるんは、幾ら何でも不義理が過ぎるんじゃないのかのう?」


 まるで年老いた枯れ果てたかの様な、それでいてどこか乱暴で荒々しい様に聞こえる口調をして、地下通路の奥からバスティアンに向かって話しかけて来たのは、一人の若い男だった。


 今年で確か二十五歳になるというその男は、庶民が身に着ける様な服装をして、その腰元に刀を一本だけぶらさげただけの、とても戦場に出る物とは思えぬほどに威厳を感じさせぬ軽装をしており、見た目だけでは、暗黒大陸とも、魔界とも呼ばれ恐れられている西方の大陸を瞬く間に支配した大魔王とは到底思えなかった。

 背丈で言えば、平均身長が百八十センチは越えるのが普通のこの北西大陸に置いて、百七十センチ程度しかないこの男は小さい方の部類に入るだろう。

 ましてや、女でも二メートルを超えるのが普通のオーガや、オーク、人間にほど近いとは言え、百九十センチが平均的な身長をしているエルフ達に囲まれているその男は、見た目だけで言えば、体格と言い、華美な外装と言い、周囲に取り巻いている侍従の騎士たちの方が遥かに王らしい。


 だが、これらの選りすぐられた屈強な戦士たちを差し置いて尚、目の前の男は、最強とも言える程の武力を持ち、魔族たちをもってしてなおも、化け物と言わさしめるほどの魔力を持った、怪物中の怪物なのである。 


 そんな男を使えぬ手駒と見限り捨て去って、あまつさえ、都合の悪い罪の全てをおっ被せて始末しようとし、挙句の果てには敵対関係結んだ末路が、今此処に顕現した。


「オダ、キヨモリイイイイイイイイイイ!」


 バスティアンは、自分の全てを奪い去ろうとしている目の前の男に対して、敵意と怒りと憎しみの煮え滾る声を上げると、唯一身に着けていた護身用の剣を抜き、目の前にいる元勇者に向かって勢いよく斬りかかった。


「キサマあああああ!よくも我が前にノコノコと顔を出せたものだなあああああ!我が神の名において呼び出され、我が神の元に恩寵を受けた分際で、この国に軍靴を鳴らして踏み入るなど、人倫の度を外れた下劣な外道め!地獄に落ちて恥を知れ!」


 今まで自分のしてきたことを棚上げにした挙句のこの言い分に、かつて勇者と崇められ、今は魔王と畏れられている青年は、深く深い溜息を吐くと、剣を握りしめるバスティアンの手元を手刀で軽く叩き付けて、はねのけた。


 そうして、バスティアンはあまりにもあっさりと地下通路の地面にはたき倒されてしまい、忌々し気に青年を睨みつけた。


 そんなバスティアンを見下ろしながら、青年は悩まし気にこめかみを押さえると面倒そうに口を開いた。


「そもそも、前々から言おう言おうと思っとったんじゃが、ワシャ仏教徒じゃけえ、アンタんとこの神さんがアンタに何を言おうとも、本来ワシが従う義理も道理もどこにもあらへんのじゃ。それでもまあ、これも奇縁じゃとアンタに着いて行ったワシを勝手に捨てたのはアンタじゃけえの。それこそ、ワシがどこで何しようとワシの勝手じゃ。今さらケチをつけられる謂れは無いけえの」


「ふざけるな!この国は、土地は、我が神の物だ!そして我が神が私を王にしたのだ!だから私は神の権利があるのだ!だから全ての人間は、私に従うべきなのだ!私に、私にイイイイイイ!」


 最早、理屈もへったくれも無い、ただひたすらに自分の我儘を喚くだけ喚き、が鳴り散らすことしかできないバスティアンを見て、青年は呆れを通り越して、憐れみの視線を投げかけると、再び大きく深い溜息を吐いて、バスティアンに最後の通達をする。


「……もう文句を垂れ合うんはええじゃろう。元々、ワシは此処におしゃべりに来たわけじゃないけえの。敗戦の国の責任者である、アンタを捕えに来たんじゃ。このまま大人しゅう捕まるんじゃったら、命だけは助けるけえ、潔く投降してくれんかのう?」


「敗戦?!ふざけるな!私は負けて等いない!衛兵出会え、出会えええええ!こいつ等を捕えろ!命令だ!命令だあああああああ!」


 だがしかし、青年の最後の情けはバスティアンの妄執とも言える内容の絶叫によって、見事に打ち砕かれた。


「……残念じゃのう。リリス、カイン」


 青年のその言葉とともに、大鎧を身にまとったオーガの女武者と、忍び装束に身を包んだオークの騎士は二人がかりでバスティアンの体を拘束すると、彼を押さえつけ、強制的に眠りに落とす魔法をかけて、意識を奪う。


 それを見た青年は、深く溜息を吐くと、後ろに控えている侍従たちを振り返り、その中の一人に向かって痛々しそうに声をかけた。


「ほいじゃあ、これで決着じゃのう。お互い、色々と思う所はあるじゃろうが、これで手打ちということでええじゃろうか?お姫さん?」


 そう言った青年の視線の先には、フルール王国によって作り出された白く輝くフルプレートメイルでは無く、青年が治める国の生み出す赤く染め抜かれた大鎧に身を包んだ一人の女武者が佇み、悲しみとも悔しさとも怒りともつかぬ複雑な表情を浮かべて、目の前で押さえつけられている亡国の王を眺めていた。


 青年のその言葉に、この場に居た侍従の全てが、女武者に対して、同情とも疑念ともつかぬ視線を送り、不安げに彼女の言動に目をやっていた。


 彼女の境遇を思えば、この王を相手にどのような態度に出てもおかしくは無く、そして、どのような態度に出ても責められはしない。そして、この場に居る全ての騎士と、戦士たちは、彼女がどのような態度に出たとしても、決して責め苛むことはしないだろう。

 僅かに過ぎぬ付き合いとは言え、その程度のフォローをしあえるほどには、この場にいる全ての戦士と騎士たちの絆は強い。


 だが、そんな周囲の心配をよそに、渦中の女武者は、一呼吸置いて青年の前に進み出ると、大鎧には不似合いな西洋式の騎士の礼を取り、深く頭を垂れる。


「お心遣いに感謝します。キヨモリ様。それと、その呼び方はお止め下さい。今の私は、フルール王国の第一王女、ベアトリス・フルールでは無く、キヨモリ様に仕える女騎士ベアトリスです。元々、この国を出た時から、父を、いえ、謀略王バスティアンを相手に戦うことは覚悟しておりました。このような結末になることは当然の事。……御心痛には及びません」


 女武者のその言動と態度に何を見たのか、青年は深く溜息を吐くと、地下通路の天井を仰ぎ見て、重々しくなった口を漸くの事で開いた。


「……ほうか。ほいじゃあ、気を引きしめようか。此処から上に出たら、後はもう進むだけじゃあ。人間世界の全ての国を滅ぼしつくすまでのう」


 そう言って、青年たちはアイリス城の地表を目指して、突き進み、やがて城で戦う全ての者に、アイリス城の陥落と、バスティアンの捕縛、そして、フルール王国の完全敗北を宣言する。


 此処から、魔王オダ・キヨモリによる世界統一戦争時代、通称『キヨモリ時代』が幕を開けるのであった。


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