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奇怪考察Ⅰ


 來見の家系に生まれた女は代々、その眼に不可思議な力を宿すと伝えられて来たそうだ。

 祖母は千里先を見据えられたそうで、文字通りの“千里眼”。

 母は中でも特異な部類に当たるそうで、異性の悉くを虜にする“視力(みりょく)”の持ち主らしい。因みに、今の父は三代目だ。

 そしてアタシの眼には万物を視ることの出来る“万視(ばんし)”が備わってる。言っても、何でも視える訳じゃない。この力には制約(ルール)が存在していて、アタシは未だにその全てを理解し切れていない。


「縁、あんたも今年で高校三年でしょ。彼氏の一人や二人は当然、作ってるんでしょう?」


 元帝国ホテルのレストランで料理長をしていた父が(こしら)えた豪勢な朝食を前に今日も今日とて、母は食い気のなくなるような話題を振ってくる。


「あのねお母さん。世間一般では心に決めた相手は一人で充分なの。お母さんみたく男を取っ替え引っ替えしてる方が少数派なのよ」

「ははーん、さてはお母さんの自重しないモテ期に妬いてるな?」


 あんたの隣で苦笑してるお父さんの顔を見ろ。そして詫びろ、心から。


「アタシはお母さんとは違うのよ。性欲を指標に生きてる訳じゃない」

「あらヤダ……それじゃまるでお母さんはビッチじゃない」


 違うのか。


「ほ、ほら二人とも……冷めないうちに食べてくれよ」

「ねえ、私ってビッチなの?」

「えっ、あっいや――違う、だろう?」

「だって」


 だって、じゃない。

 お父さんの立場からしたら肯定する訳にはいかないじゃん。


「はいはい――いただきます」


 だからアタシはお母さんが嫌いだ。ある意味では嫉妬してるから。能天気、自由奔放、自分至上主義なその生き方に。

 アタシには到底できない生き方だ。他者の在り方を疑い、暴く。それがアタシの仕事だから。




 * * *




 学校への順路は日毎に変わる。

 家を出てから左へ行ったり、右へ行ったり。職業柄、日頃から注意しているに越したことはない。


「おはようさん、ユカリお嬢様」


 こう言った輩を巻く為の意味合いも兼ねていたのだけど、どうやら効果は薄かったみたい。


「その呼び方やめてくれる? 私はお嬢様なんて柄じゃないし、第一、アンタみたいなのに構ってる暇なんてないの」

「相変わらずツれないのな」


 そっちは相も変わらず鬱陶しい前髪をしてるのね。

 ビジュアル系気取りなのか、片目を覆う茶色い髪がウザったい。男にして置くには潔さが絶望的に満ち足りなさすぎる。アタシはこういった輩が心の奥底から好かない。


「その前髪を何とかしてから出直してくれる? そうしたら、五分程度は相手してあげても良いかな」

「ダーメ。これは俺のトレードマークだから――」

「あっそ、さよなら」


 妥協案を提示してあげた挙句、それを悉く拒否されたんだ。これ以上アタシがこの場に止まる理由は元より粉微塵程度にしかなかったが、これにて完全になくなった。

 然として後ろ髪を引かれる思いはない。が、物理的にアタシの進行は阻まれた。


「その手は何? 警察でも呼びましょうか?」

「ツれなさもそこまで来ると、さすがの俺だってヘコむぜ?」


 苛立ち――はない。


「放せ」

「ちょっとくらい――」


 憤慨――ちょっと違う。


「放せよっ」


 激昂――ま、どうでもいいや。

 取り敢えずアタシは怒鳴った。


「な、なんだよ。そんなに怒ることないだろ」


 朝食の席での一件を引きずっているのだろうか。だとすれば、これは八つ当たり以外の何でもない。

 嫌になる。自分自身の稚拙さ、未成熟さに辟易とする。


「金輪際、アタシの前に現れないで。お前程度の害虫でもね、晩度目の前に出てこられちゃ鬱陶しくて敵わないの。お願いだから、アタシの人生に入って来ないで」


 完全な拒絶。この男にとっては初めての経験だろう。

 証拠に、「絶句」を身を以て体現して見せている。


「それじゃ」


 成金御曹司にはこれくらいキツめの薬を処方しないと効果はない。と、それだけは学ばせて貰った。


 けれど、この時のアタシは知らなかった。

 人の心に傷を付けると言うのがどれだけ自分にとってリスキーな行為なのかを。




 * * *



 ここ「二ツ木学園」は進学校とは名ばかりの、俗にいう裏口進学斡旋校の最たる場所だ。

 ここいら辺の私立はどこもそうだと聞くが、当事者となってみないことには確証を持って断ずることも出来ない。だから言うが、この二ツ木は完全なるクロだ。

 二年時の進路相談でその話題は持ち上がった。


「いやね、縁さんの成績を見ると必要はないと思うんですけど、あと一年――何があるか分からないじゃないですか」


 紅をかぶったキッチリと七三に分けられたギトギトの黒髪が小刻みに縦揺れを繰り返す。


「あら、縁ってば頭イイのねぇ。お母さんの娘なのに意外」


 年甲斐もなく濃紺の着物を淫らに着こなす母親が、この神聖な学び舎に入れた、という事実の方がよっぽど意外だわ。


「そんな謙遜を――いやぁお母様には子育てのコツなどをじっくりお聞きしたいものですね。息子を持つ(イチ)、父親として」

「あらヤダ先生、誘ってらっしゃるんですか?」


 嫌なのはこっちだ。

 今の父と再婚したばかりだというのに、微塵も自重しないで男を求めるバカ母。そんな母を格好の獲物と言わんばかりに滴るヨダレを拭こうともしない下衆な担任。

 淀んでる。穢れてる。

 アタシの住む世界はこんなのばかり。吐き気がする。


「あの――帰っても良いですか。てか、アタシがいない方が都合良いんでしょ?」

「な、何を言ってるんだ來見」

「えぇー縁、帰っちゃうのー?」


 これ以上ここに留まったって無益だからね。


「ならお母さんも帰るわ」

「えっあっ、お母様?!」

「それじゃ先生、バイバーイ」


 正門をくぐると、それまで珍しく無言を保っていた母が口を開いた。


「縁――お母さんを見限り過ぎじゃない?」

「は?」


 それこそ、意外な切り口だった。


「誰彼構わず、ってのはね。あなたが生まれた時に止めたのよ」


 半歩うしろを歩いていた夕映えの母の横顔がふと、横へ出てきた。遠くを見ている目とは別に、口元は薄っすらと綻びを見せる。


「新しいお父さんもね、前のお父さんも、私は心から愛した。それにね、この人なら縁のことも愛してくれる、ってそう思ったらから一緒になったの」


 足が止まりかけたのは、母の横顔が本当の“母親”らしく見えたからか、それとも――


「別にアタシは――お母さんの生き方を否定したい訳じゃない。けど、もっと自分を大切にして欲しいだけ」

「ふふ……ありがとね、縁。縁は本当に優しい仔ね」


 そっと乗せられた母の手は驚く程に軽かった。まるでそこには何も無いかにように。でも、僅かに温かかったのを覚えている。

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