アタシの考察
人は誰しも嘘を吐く。
自分の為――他人の為――何かの為。
でも、すべからく「嘘」とは「罪」の裏返しだ。
アタシの友人にもひとり、ずっとずーっと嘘を吐き続けている人間がいる。見ているこっちが疲れてくる程に、彼女の生き方は窮屈なものに思える。
バカだバカだ、と心の内で揶揄を繰り返している内、アタシは彼女の事が気になり始め、寝つきの悪い夜が続くようになった。自分の身体を這う指が、指腹が辿ったむず痒い道筋が、彼女を欲している。
同性間の思慕なんて、言ってしまえば薄気味の悪い類のモノで間違いはない。人間ってのは異性間でのみ、求め、焦がれるように思考回路が組まれているハズ――なのにアタシの心は、身体は彼女を求めている。
遺伝子レベルでの矛盾、欠陥――アタシという人間は彼女との邂逅を果たし、破綻してしまった。
「素直にさ、レズビアンだって言っちゃえばいいのに」
「私はレズじゃないのー。女の子全般が好きなんじゃなくて、麻耶さんが好きなの」
「どっちにしろ、ってやつね」
屋上庭園――と言えば聞こえは良い。
けど、あくまでここは高校という公的施設の屋上でしかない。生徒という囚人の心に少しばかりの安静を与える目的の他、特に他意のない場所。
ま、そこをお気に入りに定めてしまっているアタシはその術中に見事にハマってしまっているだけなんだけどね。
「そーいう沙織はどーなのさ?」
「ワタシはB組の――」
「はいはい、雪下くんでしょ。耳タコだよ」
「なら聞くなっつーの」
良い日和に見守られ、気心がある程度は知れた友人と他愛もない会話を交わす。こういった日常感の溢れる時間にこそ、アタシは本当の価値を見出す。
一歩でも外界へ出てしまえばその瞬間、アタシは“本当の現実”に戻ってしまうから。色を失った詰まらない世界に。
「あ、チャイム……ほら縁、行くよ?」
だから今日はちょこっとだけワガママを言おう。
「ヤダ。午後の授業サボる」
「アンタって子は……ま、どーせハゲセンと香水ババァの授業だしね。たまには非行少女を気取ってみるのも良いかな」
さすが沙織。多くを説明しなくても伝わってる。
「んじゃ、まずは恋バナの続きでも――」
「あのさ、ワタシとアンタとじゃ不毛じゃない、その話題」
「アタシの麻耶さんへの愛、たっぷり聞かせてあげるよぉ」
楽しくて、愉しい。
願わくば――いつまでもこの屋上に居たいな。
* * *
依頼者との待ち合わせ。
いつもは駅に近い行き着けの喫茶店を指定してるけど、今日はその真逆にあるファストフードの店を指定された。
自分で勝手に決めてることだけど、アタシはいつも待ち合わせの三十分前にはその場所にいる。遅刻するよりかはよっぽどマシだから。
「あ、あの……來見さんでしょうか?」
通りが見える窓側の席で待つこと十五分。やって来た人は電話で聞いた声から浮かんできた雰囲気そのままの、細身で飾り気のない二十代後半の女性。
左耳を出したミドルヘア。耳に掛けてる髪を黒いピンで留めてる。クリーム色のカーディガンの下に見えるのは、見るからにOL風の水色の制服。
今は七時四十五分。仕事終わりでそのまま来た、って感じかな。
「はい。初めまして、來見縁です」
「あっ私は――」
「木谷真尋さんですよね。お電話で伺ってますし、自己紹介は大丈夫ですよ」
予想よりもオズオズとした様子の人だ。
性格はおっとりとマイペース。でも、少しだけ頑なな部分もある。ある程度は男性ウケの良い性格。それに顔立ちも整ってるし、まあ――これじゃ仕方ない、か。
「それでは早速、お仕事のお話をさせて貰いますね」
「は、はい」
アタシが促すまま、真尋さんは隣の席に腰を置く。
「ストーカー被害を受けているとのことですが、その相手が誰なのか分からない、と?」
「はい……毎日のように家のポストに何も書かれてない手紙の入った封筒が入ってて、通勤してる時も帰宅してる時も誰かに見られてるような気がするんです。それが最近、段々とエスカレートしてるようで、部屋にいる時も会社で仕事してる時も常に見られてるような気がしてくるようになったんです」
この手の被害者は総じて疑心暗鬼に陥っている場合が多い。無理もないことだけど、精神が擦れていけばそれだけ傷口が悪性に変異していくのも不思議なことじゃない。
ま、この人の場合はそうじゃないけど。
「常に見られてる――ということは、今もですね?」
「はい」
こう言うのを筋道立てて築いていく、というのだろうか。
まどろっこしいけど、必要なことであるのは理解してる。
「ストーカーをするような人間って、どういう人物像を思い浮かべますか?」
「えっ――どういう?」
「特に意味なんてないです。率直な意見だけを聞かせて下さい」
「えっと……暗くて陰湿な人、ですか?」
一般的にはそうだよね、うん。
「それじゃ、ストーカーする目的はなんだと思います?」
「あの、さっきから何ですか?」
「お決まり、的な質問です。なんの気もなしに付き合って下さい」
「……見守ろうとしてる、とかですかね?」
意外な返答だ。
「そう思っているのでしたら話は早いです。すぐに解決する問題ですよ」
「は?」
アタシには“視えてる”んだよね――犯人の姿。
「真尋さんのお母様ってご存命ですか?」
「そうですけど、それが何か?」
それを聞けて安心できた。
思いの外、簡単な案件でよかったよ。ストーカー系の依頼って、けっこう面倒くさいの多いからね。
「ストーカーしてるのはですね――」
* * *
「母親の生霊……それはまた奇怪な事件ね」
仕事の後は麻耶さんの店でゆっくりと夕食タイム。
嗚呼――至福。
「しかし、娘を想う余り生霊を生み出し、挙句はストーカーと誤認されるとはな……その依頼人の母親も気の毒だったな」
昼間は余り喋らないのに、お客さんが誰もいなくなったこの時間帯はよく喋るなこの店主――いえ、人狼か。
「親の心子知らず、とはよく言ったモノだよね、ホント」
「そうは言ってもさ、今回の件は娘さんが気付けないのも無理はないでしょう。相手は目に見えない姿で現れちゃってるんだから」
麻耶さんは優しいな。決して悪役を作ろうとはせず、「仕方がなかった」の曖昧な範疇に押し留めようとしてる。白か黒かの判断を着けず、全部が全部なあなあのまま。
嗚呼――ホント、麻耶さんは優しいな。
「ところで、だ……縁。結局のところ、君は霊が視える力を持っている、と解釈すればいいのか?」
完全に忘れてた。
この話、私の“力”についての話題から始まったんだった。
「んー当たらずとも遠からず、ってところかな」
厳密に言えばそんな限定的な力じゃない。かと言って、そこまで便利で応用の利くモノでもない。
「私のことを樹形図の元魔法使いだって分かったのも、その力に関係がある?」
「そうですね。確信を持てたのは単に麻耶さんが実際に魔法を使ってるのを見たからですけど、キッカケとしてはこの力があったからですよ」
そう――この店に初めて入った時、私は麻耶さんの背後に憑いていた女性の像を視て驚愕した。「悪意」という言葉を人に置き換えたら、きっとあの時の女性が出来上がると思う。
見た目は麻耶さんにとっても似ていた。けど、その像と目があった際に伝わって来たのは、果てのない混沌とした感情の渦。色に喩えるのなら黒。様々な濃色が混ざり合って出来た濃厚な黒。
「万視――という言葉を聞いたことがあるが、それとは違うのか?」
「ウィル、それってどういう意味なの?」
あ、店主さんてウィルって言うんだ。
「俺が育った所では有名な話だが、この国で言うところの千里眼に近いな。大きな違いと言えば遠くのモノが見えたり透視が出来るような力ではなく、万物を視ることの出来る力だということだな」
万視なんて言葉は知らなかったけど、私の力のこと大まかには言い当ててる。
「へえ……なら、そういうモノだと思ってくれて問題はないよー」
「つまり、ユカリには何でも視えるってこと?」
「大まかには、ね。そこまで便利なモンじゃないですけど」
私が普通の人では見えないモノを視ることが出来るようになるには、それ相応の制約が付いて回る。
一つ、私が好奇ではないキチンとした関心を抱いて対象を視ること。
二つ、対象を視ることによって人一人分の規模以上の世界を変えることに繋がること。詰まるとこ、私が視たことによって誰かの人生が微妙にでも変わること。
ま、この他にも制約はあるみたいだけど、私が把握してるのはこれくらい。
「今まで視た中でさ、一番印象に残ってるのってどんなモノ?」
麻耶さん、アナタがそれを訊きますか。
「そうですね……店主さん、アナタの本当の姿とかですかね」
お、目付きが変わった。
「縁……それはいつ視た?」
「最初にこの店に入った時。なーんか獣臭いなぁって思ってたら、店主さん視てビックリしました――」
「――ユカリ」
はあ……麻耶さんまでそんな怖い顔しちゃって。
二人の関係とか知らないけど、それに対してアタシがどれだけの嫉妬心を抱いているのか、アナタは考えたことがありますか。
「嘘ですよ。確かに店主さんのファンタジー色ビンビンの正体には驚きました。けど――その前にもっとヤバいの視てますし、失礼ながら店主さんのワイルドなお姿を視ても感動は薄かったです、ホント」
切り込むならここかな。
「そこで、です。この際、アタシに二人の関係を教えてくれませんか?」