ありがとう、ばいばい
恋愛するすべての女性達へ。
恋人と別れてしまった皆様へ。
―――ごめん。本当にごめん。
彼は本当に申し訳なさそうにそう言って頭を下げてたっけ。
―――うん。
私はただ一言そう返した。他に、何も言えなかった。
―――これ以上遠距離をしていたら、きっと俺はよそ見をしてしまう。そしたらキミを傷つける。だから、もうここで友達に戻ろう。
一見紳士的な対応に見えるけど、私はそうは思わなかった。
一年前の今頃、あなたは何て言ってた?俺が絶対に支えるから、遠距離になって不安になっても、俺が絶対にキミを守るから。だから、大丈夫だよ、俺を信じて。・・・・なんて。
そんな言葉が飛び出しそうになったけれど、唇を噛み締めることで喉の奥に流し込む。
―――それってさ、遠距離してまで関係を続けていくほど私のこと好きじゃないってことだよね。
代わりに、自分でも驚くほど冷めた言葉が飛び出した。
彼は俯いて何も言わない。つまり、肯定。
思った以上に冷静な自分。予兆があったからか、それとも、もう疲れてたのか。
男なんて、結局―――。
○ ○ ○
「若さって、罪だと思う」
そんな事を真顔で言いながら、けれど彼女前には巨大なストロベリーパフェ。しかもそのパフェを頬張りながらとても幸せそうな顔をするものだから、彼女の前に座っている友人達はとりあえず無言を通す。
「ほんとにさ、色々経験してこそ大人だっていうけど、それで傷つくなら大人になんかなりたくなかった」
パフェを食べながら、しかしヒカリの口から飛び出す言葉には結構な質量があった。なんともちぐはぐだ。
ちなみに、ヒカリの目の前に座る絵美は、友人の重い言葉を華麗にスルーしつつ自分のコーヒーに口を付ける。ブラックだ。砂糖やミルクなんぞ彼女には必要ない。
そして絵美の隣に座る満は苦笑しながら、特に何を言うわけでもなく自分のチーズケーキを食べ終えるためにフォークを進める。
ある意味冷たい友人達の対応も長年の付き合いの中では当たり前のこと。パフェに刺さっているポッキーを引き抜き、とりあえず絵美の前に突き出せば、彼女は顔を寄せた。特に表情を変えることもなく、口を動かしてポッキーを味わう。
半分残ったポッキーを満の方に差し出せば彼女は笑って受け取り、そのまま口に抛りこんだ。
それに満足したヒカリはまた自分の目の前にあるパフェを見つめて笑み崩れた。イチゴは彼女が一番好きな果物でもある。
「もう、恋愛をするってこと自体がめんどくさくなってきたんだけど」
幸せそうな表情をしているくせに、彼女の口から零れる言葉は笑えない。とりあえず満はこのめんどくさい友人をどうしようかと思案しながら、最後の一口のチーズケーキを口に運ぶ。
「そりゃあ面倒にもなるわよ、だってあんたダメ男キャッチャーじゃない」
「だね」
絵美の指摘に満はすぐに同意した。二人共、ヒカリがつい最近遠距離の彼と別れたことを知っている。むしろ、落ち込んでいるヒカリをここまで回復させたのは、何を隠そうこの二人である。三時間も電話に付き合ってやったのは記憶に新しい。
最近は自分磨きなどといってジムに通いだしたり、メイクの研究をしたり忙しそうにしていたから、もう大丈夫だと思っていたが、まだだめだったらしい。
ヒカリがめんどくさい事を言うときは、黙って聞くのが一番だと、二人は彼女との長い付き合いで学んでいる。
「ダメ男キャッチャーになるくらいなら、もう恋愛はしない!」
「あーはいはい」
「それもう三回ぐらい聞いたよ?」
絵美が適当に相槌を打つ隣で、満は冷静に指摘する。すると、ヒカリの引き締まった顔が一瞬で崩れた。
「もう男なんてぇぇぇぇ、恋愛なんてぇぇぇ」
パフェを前に崩れ落ちる女ほど惨めなモノはない、はず。
「いいじゃん、あんたこの三年ずっと恋愛してきたし。しばらく距離置いてみたら?」
ヒカリは突然顔を上げると絵美と満を見つめて早口で捲し立てる。
「だってね、最近ね、高校生の出てる恋愛のミュージックビデオ見てるとね、もうなんか何とも言えない気持ちがこみ上げてくるの!!」
「たとえば?」
「どんな?」
「・・・・そんなに綺麗な恋愛ができるのはその時だけだよっ、とか、そんなもの幻想だよ、とか・・・?」
ヒカリの言葉に、友人二人は沈黙した。二人の心に浮かんだのはただ一つの言葉。
「もう私末期だよー」
ヒカリ自身がしっかり代弁してくれたので、とりあえず指摘せずに済み、絵美と満は安心する。
「とりあえず、あんたは本当に男に振り回されすぎ。言ってたじゃない、自分を振るってことは、結局それだけの男だったって」
「一休みしなよ。結局そういうのってタイミングだよ」
「そうそう。一年で冷めるような男なんて、例え乗り越えたとしてもその先もずっと信じてられると思う?若かったって忘れなさい」
「まだまだ若いからいいじゃん。男なんて他にもいっぱいいるし」
絵美と満の言葉を聞きながらパフェを頬張りつつ、ヒカリは頭を上下に動かし同意を示す。
「若いって・・・」
彼女はまた遠い目をした。
「罪だよぉぉぉぉ」
そうして、会話は結局冒頭に戻ってしまったのだった。
○ ○ ○
―――分かってくれてありがとう。
彼はそう言って微かに笑顔を見せた。
―――なんかそれ、上から目線でいや。別にありがとうって言ってもらう必要なんてないし。
私は強がってそう言った。
すると彼は気まずそうにしてた。
○ ○ ○
「じゃあ、とりあえず、明日は買い物だからね!」
ヒカリがパフェを食べ終わるのを待って、三人は会計をするために席を立った。そこまでの道のりの中で、ヒカリは友人達に声をかけた。
二人は笑って頷く。
「パーソナルカラーだっけ?」
「服の系統、決めたの?」
「うーん、やっぱりシンプルに大人っぽくしようかと」
「いいじゃない」
会計をしようとヒカリが財布を取り出せば、絵美と満が止める。そして自然の流れで彼女達二人の間ですべてが完了した。
「え、でも」
「いいわよ、今日ぐらい」
「パフェで、少しは気持ちも紛れたでしょ?」
当たり前のようにいう友人二人を前に、ヒカリは胸が熱くなった。
「ありがとう!!二人共大好き!二人が居るから、私本当にしばらく恋愛なんてしなくていい!」
「あー、はいはい」
「そうだねー」
そう言って三人は店を出た。
○ ○ ○
―――ごめん。
まだ、あの時の彼の言葉が耳に残っている。
―――俺を信じて、絶対に大丈夫だから。
幸せだった時の二人が、今も脳裏に焼き付いている。
―――一年間離れて、キミを好きでいられる自信がないんだ。
心が凍った時の感覚が今でも胸にこびり付いて剥がれない。
○ ○ ○
「ほら、行くわよ!」
「ヒカリはカラオケで歌いまくりたいんでしょ?」
「今日は泣きながら歌ってもなにも言わないわよ」
「ある意味すごい光景だよね、それ」
○ ○ ○
―――私のこと、好きになってくれてありがとう。一緒に居られて、すごく幸せだった。
最後ぐらい、カッコつけさせてもらったって罰はあたらないでしょ。そう思って言葉を紡いだ。
自分で出来る精いっぱいの笑顔で、言った。
―――ばいばい!
彼の何とも言えない顔を見て、私は心の中で小さく笑ってやったんだ。
○ ○ ○
だってそうでしょう?
「ヒカリ―?」
「ひかりちゃーん!」
あなたが居なくても大丈夫。
「あ、ちょ、待ってよ!」
「はやくー」
「何歌おうか―?」
今度こそ、本当に―――さようなら。
きっと、なんとかなりますよ、というそんな気持ちを込めて。
誤字脱字は作者までお知らせください。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!