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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

百合の小径

デイジー

作者: 杏藤 輝行

 4月初旬。ちょっと遠くにある高校に通うことになった私はバス通学をすることにした。私が乗るバスは社会人はあまり乗っていない様子で、代わりに三校ぐらいの生徒が通学に使っている為学生達で混みあっている。やっぱり一つ早い時間に出るバスにでも乗らないと座席に座るのは無理かな。明日からは早起きしないと。なんて思いながらも諦め悪く周りを見渡していた時にあの子を見つけた。私はこのバスに乗り続けることを早々に決めた。


 それからも通学時のバスで一緒になるあの子。いつも向かって左側後ろからの二番目の二人掛けシートに座っていて眠っている。起きているところは見たことない。私が乗る前から乗っていて、私が降りるより後のバス停で降りているから。同い年か、もしかしたら先輩かもしれない。制服は私が初めに進学志望していたけれど偏差値が及ばなくて諦めた学校のを着ていたから、きっと頭も良いのだろう。もうちょっと頑張っていたらあの子と一緒の学校に行けたかもって思うと悔しい。丸襟ブラウスで赤い棒タイの制服が凄く可愛いから、その制服を着るのに憧れていた。それを着てるあの子は凄く可愛い。可愛いのはそれだけじゃないけれど。


 前髪は眉毛少し下のぱっつんで、ショートボブ。色は真っ黒。そういう髪型が好きなんだけれど私は似合わないから羨ましいし、肌は真っ白で透き通っている。私も白い方だけれど、なんか違うんだよね。ほっぺもピンク色で可愛いな。唇は少しふっくらしていて赤ピンク色で艶々していそう。グロスを塗ってるんだと思う。どこのメーカーなんだろう? 私も使ってみたいけれどあの子じゃないと似合わないかな?


 初めはただ眺めているだけで良かった。けれどいつしか、春も過ぎて夏になるころ。声を聴いてみたい。瞳を見てみたい。どういう性格なんだろう? 私のことを知ってほしいって気持ちが湧き上がってくるようになった。


 たぶん私と同じで、同じ地区に住んでいる友達が居ないからお互い一人で、何ら障害は無い。いつも空いている隣の席に座ってみた。起きるかな?って思ったけれど動じることなく寝息を立てている。ドキドキした。残念。それから隣に座るようになったけれど、起きることはなかった。


 あの子がいつも降りるだろうバス停まであえて乗り過ごしてみたりもしたけど、あの子と同じ制服を着た子たちが続々と降りていく中もその子は眠っていた。もしかしたらいつも起こしてあげる子とかいたのに私が邪魔で起こせなかった? 罪悪感を感じつつ終電まで乗り過ごしたけれど、まだ眠っている。起きるまで待っていたら良かったのに、なんだか寝顔を見ているうちに恥ずかしくなって、私は逃げるように降りて立ち去った。あの子には悪いことをしたけれど、長い時間一緒に居れて幸せだった。でももうこれは止めよう。


 明日で夏休みになるという日。今までは学校が休みになるのが楽しみだったけれど暫くあの子に会えなくなってしまう今は、休みなんて来てほしくない。いつものように隣に座る。私の気なんか知らないで気持ち良さそうに眠っているあの子。知りたくもないか。ため息をついたと同時に私の肩に重みが加わった。


「この香り好きなの」

 初めて聞く高めの愛らしい声が耳に入った。ゆっくり顔を声のする方に向けるとあの子が肩にもたれ掛っていた。


「朝はただ眠たくてツマンナイって思っていたんだけど、いつからかいい香りがするようになって」

 彼女は言葉を紡いでいく。


「お隣さんが居るようになって、なんの香水使っているのかな? 香水じゃなくてシャンプーの香りかもとかって考えるようになってから楽しくなった」

 気づいてくれていた。私の鼓動が早くなるのが感じる。


「きっと可愛い子なんだろうなって思ってたんだ。お話もしてみたかったけれど、恥ずかしくずっと寝たふりしてた。今だってまだ目開けられないもん」

 彼女は瞼を閉じたままだ。まさかと思ってあの終電まで乗り過ごした時も起きていたか聞いてみると、小さく頷いている。


「いつもなら降りるのにって思ってたんだよ。気になっちゃって、お隣さんが降りるまで付いて行こうって思って……ごめんね。気持ち悪いね」

 そんなことないよって言うと彼女の口元は少し嬉しそうに緩んだ。


「私はね、初めて見かけたときからずっと貴女と仲良くなってお話ししたかったんだ。だから今凄く幸せ」

 彼女ばかりに話させちゃったから、私の気持ちを伝えた。彼女の顔はほっぺから耳まで真っ赤になる。やっぱり可愛いな。でも瞼は閉じたままだ。どうして目つぶったままなの? って尋ねると、彼女は更に恥ずかし相に俯く。


「だって、ずっと寝た振りしていたからお隣さんの姿見たことないんだもん。なんか今凄く恥ずかしいんだよ……」

 それがあまりにも愛らしくて私の悪戯心に疼いた。彼女の耳元に口を近づける。


「じゃあ、ちゃんと目が覚めるようにキスしてあげる」

 そう囁いた途端、私から離れて大きく目を見開いた彼女と目があう。色素が薄いのか少し緑がかった瞳は潤んでいた。やっと彼女の姿が全て見れた気がして嬉しかった。真っ赤になって固まったままの彼女に今のは冗談だよって言おうとしたら、彼女は何か決め込んだような顔をして私を見つめる。


「やっぱり想像通り綺麗で見惚れちゃいました……」

 貴女の方がって言いたかったけれど、今度は彼女が私の耳元に口を近づけて言葉を続ける。


「キスは後でね」

 悪戯めいた声が耳の中で響いて一瞬時を止めた。私はまたバスを乗り過ごした。

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