#2 ガゼル王
「どうしたんだい、そんな顔をして?」
突然の声に、わたしの意識は翠の王国へと戻される。そこには、この地を治める者――旅装束に身を包んだガゼル王の姿があった。
わたしは即座に王の御前へ坐し、頭を下ろす。
「こんなところにいたのかい。ずっと、さがしていたんだよ」
†
「わたくしに御用とは……まさか」
わたしは顔を上げ、まっすぐに王の顔を見る。
王は無言のまま頷く。やがて懐から樹でできた小さな笛を取り出し青く雲ひとつない空へ向けると、まるで王国中へ響き渡らせるかのように吹き鳴らした。この笛の音は自然の民にしか聞こえない特殊なもので、その吹き方により込められた意味が異なる。これで有事の際などに、その危機を瞬時にすべての民へ伝えることが可能となるのだ。
また、この笛にはもうひとつ特別な用途がある。いま王の吹いた方法が、まさにそのためのものだった。
「再び〈蒼国〉へ各地の元首が集うよう、お呼びがあった。僕たちの国は例の術がかけてあるから心配はないと思うんだけど――万が一ということもある。僕がこの地を離れている間、隊長たちと共に王国の留守を頼みたい」
王が、そう言い終わると同時に巨大な鳥が我々の前へと静かに舞い降りた。先程吹いた笛は、この鳥を呼び寄せるための合図だったのだ。すぐさま王は素早い身の熟しで、その鳥の背に飛び乗ると一度わたしに視線を向け小さく頷く。そして王が指示をすると鳥はひとつ大きく羽ばたき、一気に大空へと上昇してゆく。それから一度、空中で旋回をし、そのまま山々の聳える方角へと飛び去っていった。
わたしは、ただじっと……その影の点が見えなくなるまで見送った。
†
厭な予感がした。
何かが、これから起ころうとしている――そんな気がする。
わたしにいま、できることは……その予感が現実のものにならぬよう祈るだけだった。




