第一章 翠の王国 #1 白狼の決意
この地には、本当にたくさんの鳥獣たちが棲んでいる。
草食の者は草を食し、肉食の者は草食の者を食す。毎年訪れる繁殖期が来ると、牝をめぐる牡同士の闘いが繰り広げられる。生きるための、或いは血筋を絶えさせないための争いが絶えることはない。
しかしそれは、この地が豊かである証なのだ。
本当はこの地に、わたしのような余所者の居場所はない。わたしが喰われる側であれば餌食となり、喰う側であったとしても縄張りを侵したとして追い出されるか、のどちらかしかない。
そう考えると、いまこうして自分が生きているのは奇跡と言ってもいいのかもしれなかった。
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三日月輝く夜空の下。
このあたりを縄張りとする群れと共に、きょうの狩りを終えたわたしは、北東に聳える山から流れる川の冷たく清らかな水で喉を潤す。天然の自然を廻る水は、とても透き通っている。この水を飲んでいると、わたしは水が動植物の生きてゆくには欠かせぬ大切なものであるということを改めて実感する。それほどに、この地は水も空気も、何もかもが驚くほど澄んでいた。
だがここへ来る前にわたしがいた場所は、水も空気も穢れていた。
彼らは無策に木を切り倒し続け、空気の汚れも日増しに酷くなっていった。そしてそこでは皆、濁りや臭いを取り除いた偽りの無味無臭の水を飲んでいる。澄んでいない、ただ無色なだけの水を。
彼ら〈人間〉の生きる世界は、嘘や誤魔化しで溢れていた。
†
わたしがこの地に来てから長い年月が経つ。
この地の存在は彼らに知られてはいないが、もしここへ人間の魔の手が及んでしまったら、この地に棲んでいる者たちの生活が脅かされることとなる。同士を、友を。そして家族を殺されたわたしのような者を、これ以上増やしてはいけない。わたしは絶対にこの王国を、この地を護らねばならないのだ。
たとえ自分が命を落とすことになったとしても。