第五話『遺伝子操作薬』
真っ白な病室。僕にとっては見慣れた光景。絶望と諦観が入り混じった中、いたずらに日々を〝消費〟するだけだった日常が、今は心がウキウキして止まらない。
何故って?それは勿論――――
2161年の現代には、筋ジストロフィーを治す薬があるからだ。
話は少しまき戻る――――
「1…50年?」
「ええ、150年です」
僕はあまりもの衝撃で開いた口がふさがらなかった。だって、考えてみて欲しい。こちらの体感時間はほんの一瞬だ。例えそれが死んでいた――斉藤さんが言うには仮死状態になっていたらしい。そう言う風に加えて処置されたそうだ――状態だったとしても、目を覚ましたら150年たっていた。
こちらとしては浦島太郎と似たような状態である。正直、理解が着いて行かない。
「まぁ、タイムマシン――いや、タイムカプセルと言った方がいいかもしれませんね。あなたは所謂タイムカプセルによって運ばれたタイムトラベラーという訳です。早速で悪いんですが、移動をして貰いましょう。体に異常がないか検査をしなければ」
僕は斉藤さんの言葉でさっきからある、不安にも似た違和感について聞いてみた。
「それなんですけど…なんで先程から僕の体はこんなに動かせるんですか?筋肉はほとんど無くなっていた筈なんですけど…」
「ああ、そのことですか。あなたから見えないですが、今あなたの脊髄に特殊な電極を埋め込んでいるんです。それによって筋肉に刺激を与え続けることで筋肉が衰えないようにしているんですね。その処置をしたのが約100年前です」
なるほど…僕はその言葉に肯けるものがあった。確か、クライオニクスを受けることが決まった時に説明があった。その時聞いた話だと、冷凍保存するにあたって問題がいくつかある。解凍技術もその一つだが、クライオニクスは〝死んだあと〟人体を冷凍する。つまり、解凍しても死後硬直が続いたままだということだ。
電極を脊髄に埋め込むのはそれを素早く無くすために埋め込むんだろう。オマケで電極によって筋肉が一時的に活性化しているから体を動かせる、という訳か。
僕は一応安堵して、気になっていたことを質問した。
「僕がこうして解凍されたっていうことは、筋ジストロフィーを治す方法が見つかった、と思ってもいいんですか?」
「ええ、その通りです。まずはそのためにも検査をしないと…それでは行きましょうか」
僕は体を少しふらつかせながらも、誰の手も借りずに自分の足で歩いた。
そのことがとてもうれしかった。
――――という訳で今に戻る。
僕はあてがわれた病室で血液や臓器、脳の検査を受けながら半日を過ごした。2161年には、いちいち検査をする機械がある場所まで移動しなくとも、自分の病室で受けれるようになっているらしい。流石に手術は手術室で行っているそうだけど。
検査の結果は30分後に出るそうだ。僕は空間に表示されたタッチディスプレイ(!?)を操作しながら暇を潰した。
やっぱり、150年という月日は冗談でも何でもないようだ。こうしてテクノロジーが進歩しているのを様々と見せつけられると、自分が本当に未来に来たということが実感できる。
(次は…と。検査結果の報告後、本格的に治療開始か。でも、これどうやって出力してるんだろう?ホログラム…は実体が無いだろうし。これが未来技術か…)
と、微かにしか聞こえないスライド音と共に病室の扉が開いた。カルテを覗きこみながら斉藤さんが僕が寝ているベットの横に近づいて口を開いた。
「うん…特に異常はないね。筋肉が平均より下回っているくらいで、他は健康そのものだ。これなら、GCMが使えるな」
「GCM…って何ですか?」
「ああ、天城君は知らなくて当然か。GCM――遺伝子操作薬のことさ。これは、薬に含まれるナノマシンが特定の遺伝子だけを組み替える、というものでね。これによって世の遺伝子疾患の40%が治療可能になったんだ。筋ジストロフィーの場合は、筋肉が衰える、という遺伝子配列だけを組み替えるだけでいいからね。これ以上効果的な薬は無いと思うよ」
僕はそれを聞いてあっけにとられた。…ていうか、進歩しすぎじゃない?遺伝子操作って。
「いや、そうでもないよ。天城君がいた2011年でも、遺伝子操作自体はさほど珍しいものじゃなかったはずさ。米の品種改良とかと同じだよ。それを、人体まで段階的にステップアップしていったのさ」
そうですか…それならいいんだけど。…いいのか?
「GCMはオーダーメイドみたいな物だからね、君の他の遺伝子に悪影響を及ぼさないようにしないと。少し作るのに時間がかかるからね」
そう言って斉藤さんは部屋から去っていった。
本当に、筋ジストロフィーが治る見込みがあるなんて…夢みたいだ。
試しにと頬をつねってみた。痛かった。
詳しい原理などは流石に説明できないのでパスで…(><)
GCMは、genes control medicine の略です。
英語はあまり得意じゃないので、もっとちゃんと適した単語がある、と言う場合は教えていただけたらうれしいです。