第二話『クライオニクス』
「クライ…オニクス?」
「そう、クライオニクス。まぁ、簡単に言えば人体冷凍技術、と言ったところかな」
クライオニクス。
死んだ直後の人体を冷凍保存し、医療技術の発展した未来に復活の望みを求める、と言うものだそうだ。しかし、冷凍時や解凍時の細胞破壊を克服する技術的ブレイクスルーが必要とされることや、既に破壊されてしまった細胞の復元は非常に困難であることから、実際に復活するかどうかについては悲観的や否定的な意見が多い。
あえて比較するならコールドスリープは架空の技術だが、クライオニクスは(様々な問題があるものの)既存の技術である、ということか。また、コールドスリープは生きている人体が対象であり、クライオニクスは亡くなった後の人体が対象である。
「今は無理でも、10年20年、50年先では君の病気を治すことが出来るかもしれない。僕の知り合いにクライオニクスを研究している人物がいてね。君のことを話したら、ぜひ力になりたい、って言ってね。無理には進めないけど…どうかな?」
僕は先生の言葉に心が揺すぶられるのを感じた。どうしようもなく諦めていた、この病気が治る可能性がある。
でも、実際にはそう都合よく話は進まないだろうと思う。何年経ってもこの病気の治療法が見つからないかもしれないし、そもそも、解凍技術自体が確立されるかどうかも謎だ。
いわば、ゴールを知らされないまま長距離走を走らされるようなもの。正直、気が進まない。それに、未来には――この友人たちが生きていないかもしれない。はたして、僕は孤独に耐えられるだろうか。
「…少し、考えさせてください」
僕は、そう答えるしかなかった。
僕は気分を変えるために病院内に造られた庭に来ていた。庭、と言っても花畑が一面に敷き詰められている、という訳ではなく森の中で患者が息抜き出来るようにと造られた場所だ。
この病院はそれが売りにもなっていて、精神的な疾患を抱えた人も多くやって来る。僕は暇があればいつもここに来ている。浩二と菜月には学校があるから毎日見舞いに来ることは出来ない。とは言っても、他に友がいないわけではない。
僕はいつもの場所に車いすを停め口笛で合図を送った。
パタパタ、と何かが羽ばたきながらこちらに近づいてくる音。僕はそっと人差し指を伸ばして友を迎えた。
「やぁ。今日もいい天気だね」
チチチ、と指先から返事がする。僕の指に乗っているのは赤い羽毛をした小鳥だった。この小鳥は、妙に僕に懐いていて僕がここにやって来ると必ずやって来る。赤い羽毛をした鳥なんて名前が思い当らなかったから図鑑で調べてみたけど、一向に名前が分からなかった奇妙な奴だ。
先生に聞いてみたが、もしかしたら突然変異でこの色になったかもしれない、とのこと。
閑話休題。
とにかく、僕はこの小鳥が病院内では唯一の友達だ。寂しい奴、とは自分でも思うが小さいころから病院に居た所為か、少々内向的なのだ。それにいずれ死んでしまうのに、と考えてしまって友達を作るのに躊躇いがちになってしまった。だから、友は浩二と菜月、それとこの小鳥だけだった。
「ねぇ、聞いておくれよ。実はさ、俺の病気が治るかも知れないんだって」
僕はいつものように小鳥に呟く。
「でも、それはいつ目覚めるか分からないままずっと眠り続けなきゃいけないんだ。もしも、未来でこの病気を治す方法が見つかったとしても――そこに知っている人は誰もいない。独りぼっちだ」
空いている掌で目を覆う。
「僕は、どうすればいいのかな…?」
夕は、勿論病気が治る見込みがあるならクライオニクスを受けてみたい、と考えています。
しかし、もしかしたら未来で自分は独りぼっちになってしまうのではないか…という不安で足踏み状態。
果たして、夕の決断は…?