第一部「嘘」
1時間30分。
私は男の後ろを歩いている。決められた距離を置き、静かに相手を観察する。ショッピングセンタからはもうすでに遠く離れ、今、私は何も無い交差点に差し掛かろうとしている。
男は周りを気にする素振りを見せず、ただ歩いてここまで来た。40分前に時計を確認した以外は、歩くだけ。ただどこかへ向かっている。目的はなんだろう。家路を歩くようならこんなに遠くまで歩くこともないだろう、歩くことが趣味か、変わった人種だ。
私はマンガ喫茶の横を通り過ぎ、一瞬考える。引き返し、入店する。
男は歩行を続けているだろうが、もう止める。もっと人間力のあるやつがいい。
集団だと状況が決まったパターンに移り、見ていても退屈してしまう。だから、できるだけひとりで来ている者がいい。そう思ったが、適当な者がいなかった。それで、たまたま目についた男をつけたが、選択ミスだったらしい。次がもっと特徴のある者。特に女、ひとりで来ている女。女はよく考えている種なので付けやすい上に、周りに対する警戒も加わる。こちらに気づく危険がある。なのでスリルがある、いい試合になる。
パソコンが使える部屋を取り、ジュースを注ぎ、中に入る。パソコンのメールをチェックした後に画像検索サイトにつなぐ。
「みお」
検索をする。
画面にはたくさんの”みお”が表示され、それらの写真の中から気に入ったものを画像保存してUSBに入れる。そして想像する。この人がどのように育ってきたか、現在の状況、趣味、住んでいる場所、好きな色の種類、その他たくさん。準備はこれだけ。それからはいつものように意識を外に向け、目を閉じて考えるだけだ。後は思考を駆使し、観察するに値するか判断しよう。追う目的があり、初めて、尾行だ。
”トントン”
ドアの叩く音。
後ろを振り返る。目隠しの扉からエプロンがだけ見える。ジーパンにスニーカ。なんだ?注文なんてしてないぞ。間違えてやがる。
「なに?注文なんかしてないんだけど」
スニーカは動かず、ただ立っている。
(なんだコイツは。おかしいやつか?)
「ごめん、なにか…」
目隠しの扉を開け、何か用かと言おうとしたが、そこには誰もいなかった。確かにいたはずだ。なんだろう、見間違えるわけはないんだが。
外に出て、辺りを探す。やはりいない。戻ってみるか、思っていると、また後ろから声が聞こえた。
「ようこそ、未来へ」
直感でわかった。
「春井!」
春井だ。
「おまえ、何やってんだ」
「いや。仕事やめてお金なくなったもんだから。バイト。 すごくない?」
前に勤めていた会社で一緒に働いていた。春井は変わらず外国人風の外見に、スマートな会話の仕方である。
「ちょっと話すか、もうすぐ交代だから後で連絡する。ちょっと待っててくれ」
「ああ、わかった」
「部屋番号の紙ちょうだい、お金切っとくから」
春井はジュースのグラスを載せた盆を持ち、階段を降りていく。
春井は2年前、急に姿を消した。それからどこへ行ったか知りたかったが、全く情報がなかったのだ。
まさかこんなとこで会うとは。
近くのデニーズで待ち合わせて、二人で夕飯を食べた。夕飯といっても11時過ぎなので遅いものだが。
春井とは、あまりプライベートな話をしない。働いてるときもそう、そういう話題をする時はコンビニで待ち合わせをする時くらいだ。互いに家が近かった。大半は好みの小説だったり、音楽だったり、買った服がおもしろかったとかそういうこと。価値観が合うのが、私はうれしい。
「人って小さいけど、こういう風に仮の生活と今を照らし合わせて”ああやっぱ今が幸せなのかな”と思って、現実に戻っていってると思うわけ。だから、けっこううまく書けて俺は良かったよ」
「この前見た映画でも同じようなこと言ってた。日常に戻ることはいいことだって、そのために自分だけの想像の世界は必要だって」
春井は熱いコーヒーを氷で溶かして飲んでいる。
「お前も何か書けよ、想像でいいからさ。俺に見せてくれよ」
「いや、私はいいよ」
想像の世界という言葉で少し考えをまとめようか。「ちょっとトイレいってくる」
今の私にとって想像の世界というと、趣味の尾行になる。
相手の内面を想像し、どう行動するか予測しながら追い、それと関連づけて自分の性を分析していく。時にはテーマがあり、例えば「黒のジャケットの中にパーカーを着てる男性なナルシストかを確認する」、そして対象をずっと観察する。近所の大型ショッピングセンタに行き、自転車を止め、入ってすぐにあるマックで正面の席に座り、歩いてくる人たちを観察する。頃合いをみて、行動を開始する。警視庁のストーカー規制法の「つきまといの規制」について、気づかれなければ適法だと私は思っている。気づかれずに追う、そして、もし仮にその行動を誰かに見られたりしても否定できる範囲で打ち切る。対象と目があったら、警戒が厳しすぎると感じたら、止めればいいのだ。次に時間、1時間程度の時間を目安にする。これは愛がないからできることだ。私の場合は情報収集に類似する行動、情報を得ながら追うスリルも味わう。それだけ。
遊びだ。
周りとこの価値観を共有するのはどうだろう。まず、したい思わない。変な目で見られるのが精一杯だ。
自分だけの想像の世界、やはり表現するのは難しい、私にとって。
席に戻った。
「さっき話してたのがこれ。ちょっと読んでみてよ」
春井から原稿を渡され、しばらく読んだ。
○○○○○○
○○○○○○
「すると全てのひとは2つに分けれると?」
「そういうことです。厳密にいうと2つが4種あるので16通りに分けられるということです」
「ちなみにメレンさんはどの種類に属するんですか」
「わたしはISTP型です。どちらかというと内向的なのでこういう場には本来ふさわしくない人間かもしれないですが、わたしのようなタイプはそういう自発的な役回りが多くなってしまいますね」
「奥が深いですねー。」
「そうなんですよ。突き詰めていけばこれを自分を変える手段として使えるわけです。本当に奥が深いんですよ」
「わかりました。ありがとうございました」
「いえ、ありがとうございました」
クルマのドアを閉める。
今日はなにか重い。なにかひっかかることがあるらしい。
エンジンをつける。あたたまるまで時間がある、そのうちに考えよう。
すばらしいですね。か。
働いていると本当にいろんなひとに出会う。人間分析にはもってこいだが、ある種の人間はわたしを宗教の神のようなものとして崇拝している。声にださなくてもわかる。みんな特有の目をしている。
まっすぐなのだ。
迷いがなく、目を合わせることに全意識を集中させているような。とにかく苦手だ。
社会貢献というと聞こえはいいが自分はそこまでいい人間ではないし、お金はあるだけでうれしい、大抵のことはお金でできると思っている。わたしが扱っている性格分析は、星占いと血液型占いのようなあいまいさがない。それだけが注目され、就職の採用試験にまでにも使われ、なんとなくで実用されている。少しの根拠があればだいたいのことは決められる仕組みに社会はなっている。その曲がった仕組みを利用してビジネスを行おうとしたのが、わたしであっただけ。要はタイミングが良かった。それだけなのだ。そして、わたしは歪んでいる。
ヒーターといってもエアコンは苦手なので、シート自体があたたまるタイプを選んだ。しゃがみこんだりすると少し寒いがそれくらいでちょうどいい。
以前に自動車部品の営業をやっていたころ、自慢げに家族の話をする上司がいた。子どもが何人いて、下の子はまだ7ヶ月でかわいい。そう言い終わると自分で撮った子どもの写真まで見せてきた。その時、わたしははかわいいですねといったが、本当は「この親の子どもになるのは気の毒だな」と思った。営業成績もふるわず8年も同じ部署で働いている。話の切り替えがとても下手、というより、本人に適正がないのだ、本人の売りは「やさしさ」なのだろうが、自分をかえりみない冷静さに欠けた部分があった。
そう、わたしは昔から冷静にひとを分析していたのだ。なにかに熱中していても、どこかで少し冷めている。
いつも寂しい。寂しく冷えている。
冷めている。
そろそろ帰ろう。
ハンドブレーキを倒して、アクセルを踏む。
遠くのほうで女のひとの笑い声がする。本当にこころから笑っているのか。
繰り返し繰り返し。
記憶のダビングを繰り返すたび、劣化がひどくなってきた。 人の能力のピークは20代だといわれているらしい。 じゃあ今のわたしの劣化はかなり進行していることになる。
((Nancy No.2))
この時間になると窓の外に見える広告灯に光がともり始める。そのひとつ、ナンシーナンバーツー。
いつもどういう意味があるか疑問に思って見ている広告灯だったが、今だにわからないでいた。いや、以前に同僚から一度、意味を聞いたような気がする。 しかし、はっきり思い出せないということはやはり聞いていないのか。 人は夢で見たことを現実のように錯覚することもあるのだとどこかの雑誌でみたことがある。
(まあどちらでもいいか)
最近は日々の小さな諦めが重なって逆に劣化を楽しめるようになってきた。
わたしは夜が好きだ。顔が、表情が、相手が(自分さえ、か)何を考えているのかわからない。皆がすごく深く考えてるように見え、映える。夜というだけで隠れることが公に認められたような気がするのだ。その感覚が、それぞれの表情を隠している現代にちょうど合う。
隠れる、
何年も、そう感じている。
高校生のころは、その感情より危険の方が優先されていて、おばけよりなにより人間に恐怖を感じていた。
人間に襲われる。闇からまぎれて大きな悪者がひょっこりでてくる、そんなイメージだった。人間の顔をした悪者に対し、わたしは何もできないだろう。逃げること、立ち向かうこと、すべて無意味で、なされるがまま泣くしかないのだ。
それがわたしの弱さ。"女だ" ということ。
この伏見という場所。立地条件がとてもいい。名古屋では栄、名古屋駅についで高値だが、オフィス貸物件が多めだ。価格はまちまちだが、わたしのような個人に近い職場環境ならば一等地に大きく構えるよりはこの方が安上がりで現実的だった。テレビ、雑誌等の広報活動以外はここで考えをまとめることが多い。
わたしは長いスケジュールを組むのが苦手で、よく正しい受け答えができないことがある。それでも一応その場しのぎの答えは出すのだが、ことば足らずで真意を伝えられないことが多い。そして、それを繰り返し反省する。とても悪い癖。
「あれ、まだいたんすか」
東野が帰ってきた。
東野信哉 A型。ESFJ型。
なにかと話したがりで言わなくてもいいことを無意識に発言するときがある。秘密が守れない。自称几帳面で多くの情報をひとまとめでくくり、満足するタイプ。
そして。
話がつまらない男。
「まだ仕事残っててさ、これ終わったらすぐ帰るわ」
「あんまり無理しないでくださいね、からだはひとつなんですから。健康はちゃんと気を使わないと。」
「まあ、そうだね。ちゃんとごはんとか食べなきゃだね。」
「そうですよ。僕なんか毎日朝は食べてるし、昼食べる弁当までちゃんとつくってから・・・~」
…話が長い。もう最近は途中から聞いていないことが多い。知り合い紹介で雇ったのもあるし、一通り仕事ができるので広報関係全般、任せてはいるが、正直どうでもいい。やはり、わたしはこの手の人間が苦手である。
「朝マックとかしてるひとが信じられませんよ、一応僕も社会人ですから」
「まあ東野くんはそうだろうね、常識ありそうだもん」
「やっぱそう思います?最近の大学生は…」
「…ああごめん!わたしこれから、急ぎの書類仕上げるから。明日までなんだわ!だからごめん、今日は帰ってくれない?」
「ええ?いきなり何ですかー。また自分だけで仕事終わろそうとするんですね」
「今日はなんかわたし、集中したい気分なの、なんかね」
「まあいいですけど。あんまりがんばらないで下さいねー」
「うん、わかってるって」
東野はさらさらと帰り支度を始めた。
「じゃあおつかれっす!」
東野はドアを開けてエレベータへ歩いていった。帰るのは極端に早い。
「…なにがおつかれっすだよ」
「いつもみたいに自然にやればいいからね~」カメラマンは聡美に向かって話しかけている。
どういう因果か、聡美は被写体として選ばれ、写真を撮られることになった。5月の発売雑誌に載るという今回の写真は以前から続いているシリーズであるらしく、以前は宮崎あおいや瑛太といった有名芸能人が仮のカップルと称して街頭で写真を撮ったという。聡美は昔から写真というものが苦手で、なぜ今という時間を無駄にしてまで不自然なポーズを固定されるのか疑問だった。撮るのは勝手だが対象の自由は奪ってはいけない、そう感じていた。
彼女の、人目を気にしすぎる性格、これはどうにかしなければいけない。
これは劣等感に比例する。自分は他人より劣っているからがんばって元気に見せなきゃ、笑顔にならなきゃと思うことが結果、表情を硬くしてストレスになるという。これを直すのは根気が必要で、序々に慣れるしかない。
その点、聡美の彼は自由だ。見た目は人並みだが、自分を飾ろうとしない。第一印象はモサっとした印象で根暗というかコミュニケーションがしずらい印象だった。でも話していくうちに彼の人格、安定した心が相手を和らげる効果があると感じた。彼が聡美にいい効果をもたらしてくれるといいが。
「聡美、なんかおもしろいね」
「なにが?」
「なにがっていわれても、この状況だよ。俺、瑛太みたいに映るんかな。すげえうれしいんだけど」
「なにいってんの。ただ撮られてるだけだよ」
「そうなんだけどさ、なんかワクワクしない?」
「ああ、まあそうなんじゃない?」
天然じゃないんだけど、やっぱり少しずれてるな、うん。でも、そこが彼のいいとこだと思う。
「こんにちは」
近づき、聡美に声をかける。
「メレン先生!」
「めずらしいね、自分からわたしに会いたいって言ってくるなんて」
聡美はずっと笑顔だった。それを見ていたわたしもうれしくなってきて、ずっと笑っていた。
「そこで待ってるから、終わったらこっち来てよ」
「はい!わかりました!」
わたしはそう言って、茂みへ歩いていく。割といい顔だ、彼女は何の話をするのだろうか。
「なに、聡美、メレンさん知ってるの?」
「うん、知ってるよ」
「え、なんでなんで」
「この前、学校に講習にきててさ。それで」
「へー。なんかすごいな」
「もうちょっとで終わるんで、あと二人が背中合わせで話してる感じで撮らしてください」
「あ、はい」
「サトラレって知ってる?」
「あの、思ってることが周りに全部聞こえちゃうやつですよね?」
「そう、自分があれだったらどうしようって思ったことない?」
「え、急にそんなこと言われてもちょっとわからないですよ」
「そうだよね、ごめんごめん」
わたしは腕組みをして、聡美の横で話を聞いていた。
「まあ、それで話というのは」
「あの、電話でも少し話したことなんですけど」
「うん」
「わたしおかしいかもしれないんです」
「うんうん」
「聞いてもらえますか?」
聡美はわたしの目をおそるおそる見る。
「最初から話してみて」
「はい」
聡美は最近物忘れがひどいことと、さっきまで物として認識していたものが急に動きだし、物体が数秒かけて透明に変わり、消えて触れられなくなること、そしてそれらがなかったようにベッドで目を覚ますことを、わたしに伝えた。(嘘もあるのかもしれない、誇張した表現や誰かから言われたような一定のフレーズが続いた)
「なんか幻覚とまでは言わないんですけど、たぶん夢なので。でも、こんな体験はじめてで」
「…」
「そういう症状ってあるものなんでしょうか?わたし不安で、ホントに」
わたしは足下を見たり、さっき聡美が撮っていた場所をじっと見つめたりして、ずっと考え事をしていた。時間を開けすぎてはいけないが、間をとって彼女に少し考える時間を与える。
また、わたしは話し始める。
「そうね。わたしは医者じゃないから脳に異常があるとか医学的なことはわからないんだけど」
「はい」
「あなたの場合、前も言ったようにACの割合が高いのね」
「はい」
「過去の経験からそういうふうになるんだと思うんだけど、あなたの場合ACの数値が100に近いわけ」
「はい、それは知っています」
「なので自分が何も悪くても責任を全て自分が被るというか、精神を痛めつける傾向にあって。それがなにか悪い方向に働いているんじゃないかな?」
「そうなんでしょうか?」
「さっきのサトラレの話、あれもう一回真剣に考えてみて」
「え、あ、はい。…そうですね。少しは思ったことがありますけど。けどもしそれだったら、周りが私と距離を置くようになる気がするんです」
「うん」
「やっぱり頭から声がするっていうのは気持ち悪いものですからね、意識して私と目を合わさないようにするとか何か不自然さが表れると思うんです、わたしは」
「うん、正しいと思う」
「とりあえず、こんな感じでどうですか?」
「そう、自分で出した結論ならそれが正解です」
「はあ」
話をさっと切る。
続けて違う話題を提示する。
「さっきの彼いるでしょ」
「ああ、はい」
「けっこういい男じゃない?」
「え、ああ。はい、そうですけど」
「あの、先生。それで私の症状は…」
「あ、うん。ちょっと経過を見てみようか。また同じ症状が出たり、体調が悪くなったら電話して」
「え、あ、はい。これで終わりですか?」
「ごめん、きょうはこれで。彼も待ってくれてるから行ってあげて」
「…はい」
「わかりました、急に呼び出してすみません。また電話する、と思います」
「ホントごめんね」
わたしは聡美とはすぐに別れた。
正直イライラしていた。電話をもらった時から何も進展していない。状況も内面もそのままだった。それがわたしを苛立たせた。
彼女の言う通りならば、性格の面からの解決は難しい、わたしの専門外だ。それすらわからないくらい悩んでいるのに最初に相談するのが、数回しか話していない、関係の薄いわたし。これは何かある。
彼女の性格から考えると、まず一番身近な彼に相談、彼が彼女にアドバイスをする、それでもダメだったら信頼できるような相手の中の下位にあるであろう”私”に連絡をしてくる、それが自然な流れだろう。でも、今回は聡美が一人で解決を求めている。しかも、わたしに解決の番が回るのが早すぎる。
つまり、これはわたしに対しての過剰な信頼だ。
「先生なら絶対に解決してくれる、絶対に私を助けてくれる」そう思い込んでいる。
「彼に話すと嫌われるかもしれない、だから信頼できる先生に」とにかく誰でもいいのだ、赤の他人であり知識をもっていそうな人なら。
自分で視野を狭めて、それで見えたのがわたし。正常じゃない。
解決を他人に任せて、悩んでいる間は「私はダメだ」の繰り返し。一度ひとりで考えさせなければ。
わかってほしい。私はスーパーマンじゃない。
次の日は休みだったので曽野幼稚園へ向かった。
わたしと曽野幼稚園の園長は知り合いで、定期的な手紙のやり取りの他に、たまにこうしてこちらからぷらっと出かけるのが習慣になっていた。確か今年で65になる園長だが、衰えを感じさせないというか、何かしようとする活力があった。わたしはどちらかというと静かなタイプなので、大きい声で早口で喋る園長のようなひとは苦手であったはずだが、園長の話の内容や、言葉の中にさらっと含まれるやさしさ(万人に対しての場合が多い)にとても魅力を感じ、毎回話すたびに不思議と優しい気持ちになっている。「若いころとあまり変わりないよ」といういつもの発言もなんとなくわかる気がするのだ。
園長との初めての出会いはバーガーショップで、
「ちょっと聞いてくださいよ!チキポテがセットじゃなきゃ買えないっていうんですよ! チーズバーガーにセットで頼むらしいんですけどね、じゃあチ−ズが食べれらないひとはどうするの?わたしはチキポテが買いたかったんですよ!」
「…そうですかー。残念ですねぇ」
本当に園長は個性的で衝動で生きてるタイプそのもので、その時のわたしにとって園長は特別に見え、「変わったひともいるんだな」と感心していた。そして、こうして何度か会う中で、掘れば掘るほど深く、果てしないひとだ、ということがわかった。
こんなひとに会えるのはとても稀である。とてもすごいことだ。
「おっ来たね」
入口に入ってすぐ、園長はわたしを見て言った。この人の感覚はすごくて、直観が優れているような、予知ができてしまうような、そんな印象だ。なんとなくで、すごいのだ。
「なんか、あれですね。園長ってすごいですよね」
「おっと。いきなり変なこというね。 まあでも、あなたがそういうならそうなんじゃないかな?」
「…そういうことじゃなくてね」
このペースが独特なところ。話しすることがくだらなく思えるほどおもしろい感じ。
「そうやって認めちゃうところとか。絶対変わってますよ」
「はは、そうかな。自分ではどうも思ってないんだけどねえ」
園長は鼻をかきながら少し笑っている。どこかリスっぽい。
「それにそういわれるとそういう気になるでしょ?誰でも?」
「ええ、まあ」
話をしながら部屋をぐるっと見渡す。昔からレイアウトは変えない風習らしい。前に遊びに来たときと、ほとんど変わってないように見える。
「なんか話ししなくても通じちゃってます?」
「まあ、なんとなく推測すると、今の仕事とか人間関係でしょ、突き詰めていけばね」
「まあ。まあ、」
「それでわたしのところに来たわけでしょ」
「…そうですね。たぶん誰かに聞いてもらいたかったんだと思います。たぶん間違ってないはずです」
「なんだそりゃ。 よし!わかった!準備するわ。3時まで待てる?」
「はい、待ってます」
「おまたせしました」
しばらく園内の待合室で待っていると、園長が戻ってきた。見ると、さっきとは服装が違って野性的で派手な服である。
(…あれ。)
わたしは呆気にとられていた。
「昨日バーゲンでね、ちょっとの予定が買いすぎちゃって。結局、全部つけてみた」
「えっと、・・。これからどこへいく予定ですか?」
「ちょっと連れてきたいとこあってね、寒いからこれつけていくといいよ」
袋に入った緑色のストールをわたしに渡した。車に向かう最中、やっと思い出したようにわたしは話し始めた。
「最近テレビに出だすようになって、自分が変わっていくように思えて」
「うん」
「なんか悪くはないんですけど、どうしても違和感がはらえなくて、今ちょっと気持ち悪いんですよ。それに、やけに信頼されるし」
「メレンさん、だっけ?」
「はい」
「あれってどこからつけたの?メレンって聞くとお菓子のメレンゲから来たのかなって思うんだけど」
「ああ。あれは違うんです。あれはたまたまというか。…わたし、音楽が好きで」
「うん」
「好きなバンドでメレンゲっているんですけど、その人たちが書いた曲でチーコって曲があって」
「うん」
「その曲がなんとも言えなくて。なんかすごくおもしろい曲だなと思って。アレです、よくいうおもちゃ箱をひっくり返したような、って感覚で。いっぱいおもしろいこと詰め込んだような、とにかくポップな印象で」
「うんうん」
「でもやっぱりポップの中でも異色で。なんかこの時しかつくれない曲なんだなというか。若さに溢れてたんですよ」
「若さ?」
「そう。なんとなくなんですけどね。どうしようもない悲しい感じとか、パッって思う小さい感情とか、これ好きだ嫌いだとか。全部ひっくるめて鳴らしてるような感じがして。」
「うんうん」
「そういう感覚ってあんまり日常ではなくて」
「なんか音楽だな、と思って。それでそういうような不思議な感覚をわたしは提供できたらいいなと思ったんですよ、それができたらすごいだろうなって」
「うん。まあ聞いてると、あなたの気持ちの構造がすごい複雑なのがよくわかるね」
「…どういうことですか?」
複雑。
どういうことだろう。
「こっち側から乗って」
ドアを開けて、手すりを持ち、助手席に乗り込む。でっかいジープみたいな車だ。
「なんていうかな。人より考えすぎることって多くない?」
「まあたぶん、そうだと思います」
「難しく考えすぎても答えが出ないってこともあるよ」
「え。…はあ。」
話が飛躍しているような…。
しばらく沈黙が続く。
「お肉って好きだっけ?」
「あ、はい」
「すごいおいしいんだわ。今行くお店。」
「はい」
「味付けはホントうっすくソースかかってるだけなんだけどさ、とびきりうまいんだ」
「…」
なにか急に変な感情が溢れてしばらく黙ってしまった。すごいいっぱいの気持ちが動き出してグルグルして、気持ち悪くなった。
気持ちを聞いてもらいたいのに表現できない。伝えようとしているのに聞いてくれない。
すごく無力で、力が入らない。
いつまでつづくのだろう。すごく情けない。
なんでだろう。
なんで。
「…ちょっと、とめようか」
車はハザードをたいて、路肩にとまった。
わたしはなぜだろう。ずっと涙が止まらなかった。
「すみません、なんか変ですよね、泣くようなこと言われてないのに」
せっかく会いにきておもしろいはずなのに。楽しく過ごさなきゃだめなのに。すごく悲しかった。
わけもわからず泣いてたら、園長だって困るよ、ぜったい。
ああでも。
なんでだろう。
悲しいよ。
「ごめん、わたしが悪かったのかな」
「…あの、いえ、」
「ちゃんと話聞いてあげるべきだったね」
「…」
園長はわたしの手をにぎり、しばらく何も言わずに前を見ていた。
「わたしはね、悩みっていうのは自分で解決しなきゃいけないものだと思うんだ」
「だから自分がおもしろいって思ったことは迷わずやるし、どうしようもないことだって、これがあるからがんばろうって思うし」
「自分に嘘をつきたくないから、ずっと動きつづけてるの」
「でも時々あなたひとみたいなひとみると助けてあげなきゃと思うんだ」
「考えて考えて結論だしても、結局そのまま。動き出せずに泣いている、そういう印象で」
「はい」
「もっとあると思うんだ。これがやりたいとか、もっとこうしたいとか」
「はい」
「小さいことでいいんだ、今これが食べたいなあとかなんでも」
「…はい」
「すぐやってみるんだ。なんでもいいから。思ったことをすぐに。好きなら好きで嫌いならやらない、そういう感じでとにかく動くこと」
「もう十分考えたでしょ?」
「でも、それじゃあ…」
「人に迷惑かける?あとは金銭的な面?そんなんどうでもなるでしょ。親だっているし、友だちだっている」
園長は手を強く握った。
「結局、周りを信頼してないのはあなたの方だよ」
「聡美ちゃん」
一週間後、わたしはバイクに聡美ちゃんを乗せて、海岸通りを走っていた。
「先生がバイク乗ってるなんて知らなかったです」
「あ、そう?けっこう昔から好きだったよ、バイク」
メレン先生。
メレン先生。
もうどうでもよくなっていた。
「あっ。ここ、ここ」
海が隠れるくらい白い砂の景色と海の青さが重なる、とてつもなく美しい場所。でも、夜になると黒い怖さが光りだす、怖い場所。
「ここがあなたに見せたくてね」
「なんかすごい場所ですね」
聡美。
一度相談に乗ってから、この子のことを真剣に救ってあげようと努力してきた。彼女を救うことがこれからの自分を変える手段であったと今は思う。
「聡美」
「はい」
「…なんですか?」
「わたしもうやめようと思うんだ、無理して頑張って人の気持ちわかった気になっていろいろ気を使って、でもそれって見る人が見ればもうただの偽善でしかなくて、もういやで。…無駄だったって思ってる。こんなに心が弱くなってる意味がわからないけど、それももうおしまいにするんだ。」
「えっと。…おしまいにするって?」
「だから、もうどうでもいいってこと!ちょっとついて来て!」
(今思うと、この時わたしは怒った顔をしていたと思う。)
わたしは聡美の手をとって、砂浜に下りる階段に向かって走り始めた。砂浜に下りるとずっと一面、砂で、足が砂で覆われる。
「ここの左手に昔建物があってね、本当にずっと白で。上から下まで珪藻土で塗られてて、上に小さい窓がついている以外は質素な感じで。…苦しかったなあ」
「でも、そこでわたしたちは育ったの。今になって考えるとそこがわたしの出発点だった気がする。なにもないところから出てきたつもりが結局一緒だった」
聡美はわたしと砂浜をきょろきょろ見渡していた。
「あの… ちょっと怖いです、ここ。それに今日の先生も少し怖いです」
やっと目にした景色は白かった。
今まで音でしか感じられなかったものが今、この目で見えている。
朝のきれいさは、こんなにも…。
うつくしさに見とれた。
それから多くのことを思った。
自分がやったことの罪の重さに、この美しい景色をすべて混ぜ込みたかった。平和だと言い張る社会に、この現実を伝えたかった。
"佐藤あきら"
写し取ったメモにはそう書いてあり、自分はこれを軸にして生きていくことに決めた。
「もう絶対にここには戻らない」
目をあける。
(今のは?)
私はしばらく止まった。
見たこともない部屋でベッドで寝てしまっていたのだ。
ん。。
間違えた間違えた。
↓
きのうはメレンさんのうちに泊まったんだった。
冷蔵庫にいってペットボトルを手に取り、飲んだ。
(…あれ?)
私はあわてて、ペットボトルを置いた。
ひとの家でなにをやってるんだ、私は。ちゃんとコップに移して飲むのが礼儀だろ、間違えた。
そう思って食器棚からコップをとって注ぐ。
(…あ。)
なにか、おかしい。
「先生!」
声をだして先生を呼んだ。
でも先生はいないらしい。ここには誰も来てくれない。
(まずいことになった…。)
私は携帯電話を取り出し、電話してみた。
(先生、でてよ。これはマズいんだって。)
何回電話しても呼び出し音がなるだけで、先生はでてくれない。
「もう!なんで出てくれないの!マズいんだって!」
感覚がなくなりそうになってきたので、私は必死に右手で左の手首を握った。
・・・・・・・
(今度は私がなくなっちゃうから。たすけてよ。)
「メレンさん!メレンさん!」
すると、タケシがそこに立っていた。
「どうした?聡美!」
(あれ?タケシだ)
「聡美しっかりしろよ!がんばれ、もう少しだから待ってろ!」
(なにをがんばるって?)
「あの、タケシ」
「ああ!」
「訳わかんないよ!?」
「そんなの俺だってわかんないよ!しっかりしろっ!」
目を閉じると白色の丸に灰色の模様があって、それが鼓動にあわせて濃くなったり薄くなったりしていた。ちょうど、息をするときの人の体を表してるようだった。
ぼくは誰のためにここにいるんだろう。20代になってからたびたび思う。
仕事場で人と話していてもそう、こうやってひとりで風呂につかっているときもそう、ふと気を抜くとスッと空の感情が表れる。
そんなこと、気にも留めない楽観的な人間が周りにはよくいるような感じはするけど、彼らだってこの"なぜ"について一度は考えたことがあるだろう。
ぼくにしたってそう、外見上は周りと同じように大きな変化をせずに普通にとりつくろっている。それが社会であり、いきてく上でのマナーだ。
聡美に対してもそう。
取り繕っているが、本心は。
それに関して、ぼくは正直、何も感じていない。しかし、皆と同じでうまくとりつくろっているから、他人にはわからない、二人にしかわからない。
それを聡美は気づいていない。
でも、これが自然で、社会で、正しい行いで ある。
ぼくにしかわからないこと。
愛していないこと。
それを、誰かに知ってもらいたかった。
知ってほしかったが、ぼくはいつもひとりだった。日々で感じたことをいつまでもずっと日記のように溜め込んでいた。
きっと、ぼくと似たひとはこの世にたくさんいる。こうやって何もなく書いているひとはいっぱいいる。
それでいいんだ。
気づくと病院だった。
目を開けて深呼吸すると左手が誰かと触れているのがわかった。
タケシだった。
「おい、大丈夫か」
タケシは私を見て、きょろきょろ顔のあたりを見ている。
「ごめん、タケシ。…どうかしちゃったみたいだね」
なんかすごい情けないような、そんな気分になった。
「ほんとだよ。びっくりさせんなよ」
もう一度ゆっくり深呼吸する。
「あれからすぐメレンさんが来てくれてさ、救急車呼んだりいろいろしてくれたよ。なんか聡美が意識ないのに、すごい冷静だからびっくりしたけどさ。ほんと助かったよ、俺だけじゃホントなんにもできなかったわ」
「先生が?それで今はどこに?」
「なんか、俺が外に行って、救急車の人に部屋の場所教えてたら、どっかいっちゃってた」
先生がきてくれた。なんだ、ちゃんと近くにいてくれたんだ。
前会いに来てくれたときはいつもの穏やかな感じの先生じゃなかったから、もしかして嫌われたのかと思ってた。"そうだよね、たくさんいる患者の中でたまたま会った学生なんか相手してくれるわけないよ"そう、思った。
でも、来てくれた。
そう思っただけで涙が溢れてきた。
「え、おい、どうした?また頭痛いか?」
「…ううん、違う違う、ただ何か安心して涙が・・」
「なんだよ。びっくりさせんなよ」
私が泣いているとタケシはずっと挙動不審で、それが妙におかしくてたまらなかった。
「いま何時?」
「もう遅いよ、七時くらいだと思うけど…」
タケシはかばんをゴソゴソ探し出した。
”トントン”
「佐藤さん入りますねー」
扉が開いて、白衣を着た看護婦と一緒に医者が入ってきた。
「ちょっと失礼するね、体の調子見させてください」
「あっ、はい」
心電図を見ながら、看護婦は私の手首にバンドを巻いた。
「ちょっと痛いかもしれないけど、こっちもお願いね」
そういうと、耳のあたりに丸い感触があてられた。
”ピー ピー”
耳の奥で音がする。これは何の機械だろうか。
しばらくその音を聞きながらじっとしていると、急にあの感覚がやってきた。あの、時間がゆっくりドロドロしてくる様な変な感覚だ。
「あの!すみません!また、あの!」
「…わかってますから」
医者は笑いながらわたしに言った。
この顔、どこかで。
…このひと!!
「タケシ、逃げて!」
「え、なにいってるの?」
タケシはまたこちらをみてキョロキョロしている。
「いいから!鈴香さんを救えるのは…」
…。
なんだ、この記憶は?
「おい、大丈夫か、おい!」
タケシが私の手を握る。でも、その感覚がぐにゃぐにゃに薄れていく。タケシの顔がだんだん途切れていく。
「…タケシ」
もう絶望に近かった。またこの繰り返しを続けなければいけないのか。どうしたって私には未来なんてないのか。
「やっと見つけましたよ」
医者は私の頬に手を置いて言った。
「探し出すのに苦労しました。だってあれから研究室がなくなり、機材がなくなり、わたしたちが作ったきれいな景色までなくなってしまったんですからね」
「そうですよ、本当に苦労したんですから、ねえ?」
看護婦と医者はそういいながらも笑みを崩さなかった。
「もう少し、眠ってください、あとはわたしたちに任せてくださいね」
自然に眠気が訪れて、わたしは眠くなって、それから、メレンさん…。
”ピー ピー”
目の前にいたタケシは消えてしまい、ただ私は眠ることにした。
「気がついたか?」
相手の両手が目の前をチラつく。
目を開けて再度辺りを見渡す。
見覚えがある。とても白い空間だ。
私の他にはこの医者のような男しかいない。それ以外は白の机、いす、あとは広く白い床がつながるだけ。
ずっと白。その床に、壁に面して座らされている。
(女は?)
私は話すことにした。
「さっきの女の人はどこへいったんだ?」
「おいおい、そんな口のききかたはやめろ。お前は男じゃないぞ」
「わたしは女の弱さを理解したうえで、ここにいると認識してほしい」
男は私から目をそらしたり、ブツブツつぶやいたり、よくわからない。
「そうか、もうわたしの範疇を超えてしまっているのか」
「なんだ、その範疇というのは?」
「そうだな…」
男は私の右手に触れて上下に腕を動かす。そして、手を離すと私の逆側の手に小さな壷が置かれていた。
「な…」
続けて手から壷は床に落ちて、壷は粉々になる。中に入っていた水が私のからだにかかる。でも、次の瞬間にはその冷たさは消えて、いつもの私。
全くわからない。
「…どうなってる!」
私は男に叫んだ。
男は、またブツブツ何か言っている。
「そうだな…。何から話せばいいんだ、そうか、ちょっと待ってろ」
男はペンと便箋をとりだし何かを書き始めた。
ものすごいスピードだ。一枚、一枚と床に書き終えた紙が落ちていく。
男が‘これでいいかな‘という。
書き終えたようだ。その間、一分少々。
「はじめから読んでみてくれ」
男から受け取った数十枚の紙にはこう書いてあった。
あなたには私はどうみえているでしょうか。
たぶん、あなたには私はひとりに見えていると思います。
そうですよね、普通のひとには実際にひとりに見えるんですもの。
病院で見つけたときは本当に驚きました。テレビでの姿がそのままいたんですもの。
今いる白い部屋は昔のまま残しておきました。
きっと将来あなたに役立つと思って。
私は本当にすまないことをしたと思っています。でも安心してください。
あなたの場合は大丈夫です、直す手段は残っています。
最初
から
話します。
私はあなたの母親です。
小さいころからここで一緒に暮らしていました。
私と家族は研究の最中で、他者と生活を共有することを禁止されていました。
あなたが生まれても状況は同じ。いつもこの白い部屋で暮らしていました。
あなたがいたから私は寂しくなかったと思っています。ありがとう。
10年たってやっと研究が成功しました。人の記憶の仕組みを理解できたのです。すごいことです。
でも私はそれを試してみたくなりました。
自分で頭に力を加えて実験してみました。
そうすると目の前には男の私が立っていました。
ふたりで鏡にたってみてもふたりが私だとわかりました。
男の私はとても頭がよく、このまま実験を続ければすごいことが起こるといって興奮していました。
私はそれをみてうれしかった。
ほんとうにうれしかった。
実験は続き、いろいろな出来事を解明していきました。
直感で答えが出せるのは本当に有意義でした。
そして、毎日毎日鏡をみました。
女の私は日がたつたびに女らしい美しいからだに変化していくのです。
それはほんとうにうれしかったこと。
でも一年がたって男の私がひどく年をとっていることに気づきました。
でも不思議と悲しくはなかったです。
男の私と女の私はお互いを愛していた。
これはほんとうにすばらしかった。
そして男の私はいうのです。
これは失敗だった、と。
私はしまったと思いました。
つまり、同じことを私のこどもにもやってしまっていたのです。
しまったと思いました。
急いで部屋をのぞくとあなたはいなくなっていた。
びっくりした。そこにいたはずのあなたはいなくなっていたのです。
それから
ふたりで
外に出て手がかりをさがした。
どうやら外の人間からみたら私は30歳くらいの女の人に見えるらしく歳よりは若く見られた。
そしてどこにも見つからず途方に暮れているとテレビにあなたが映った!
それはびっくりした!
逃げたはずのあなたが堂々と画面に映っているからね!
そして私はあなたがメレンと名乗っていること、名古屋の伏見でオフィスをもっていること、愛車がアルファロメオで、赤が好きだということを理解した。
あれ
でも。
もうひとりはどうしたんだ。
もし、私と同じ状態なら一緒に生活しているはず。
ふたり化に成功している私ならばもうひとりのあなたも同時に発見できるはず。
おかしい。
そしてどこにも見つからず途方にくれていると病院であなたに出会った!
それはびっくりした!
あなたは同じ顔でふたり同時に存在していたのだから!
そしていまあなたはここにいます。
目の前に。
聡美の記憶で生きるか、メレンさんで生きるかはふたりで決めてください。
まだあなたたちは初期段階なのでさっきの機械を耳にして念じれば元のあなたに戻れます。
よかったですね。
そして謝らなければいけません。
私はもうあなたたちには見えなくなります。
男の私は老いてしまい、存在ができなくなりつつあります。
悲しいです。
私はもう行きます。
私はもうすぐ誰の記憶からもいなくなるの。
もちろんあなたからもね。
悲しいものよ。
私は生きているのに誰からも見れないし、触れないの。
私は
誰にも
見つけられないの。
手紙から目を上げるとそこには誰もいなくなっていた。
白い壁と床と机。扉。
扉がゆっくりと開いた。
驚いた。
本当に私が扉の前で立っている。
「…聡美ちゃん」
「メレンさん?」
顔が一緒なので当然だが、それ以上に意識がこれは自分だと認識している。
「…実は昨日佐藤あきらに会ってきたんだ」
佐藤あきら。
この部屋から抜け出したとき、もっていたあのメモの名前だ。
「彼はなんて?」
「聡美ちゃん、あのひとには会わないでほしい。約束して」
先生はじっと私をみている。
私は涙がとまらなかった。なんか、最近泣いてばっかり。
「あの、それで、どうしますか」
この紙の通りならばメレンさんと私は一緒に存在できないことになる。どちらかひとりがいなくなるのだ。
「そうね、それはもう決めてもらうしかないわ」
テーブルに置いてあった機械をはめる。
「これで認められた方が生きることにしよう?うらみっこなしだからね」
「え、でも!?」
「たぶん予想だけど、わたしの方がいなくなると思う」
「え、なんでですか?」
「だって…」
そういうと先生は左手で大きく丸をかいた。
そして、私に向かって小さく笑った。
「え、どういうことですか?」
「わたしにもわからない、そうやれってからだが」
「なんですか、それ」
私も少し笑った。
「まあ、理由はわたしの方が汚れているから。いろんな法則を知ってしまったらその先はつまらない人生が待ってるものよ」
「はあ…」
「だから何も知らないまま、あなたには純粋に生きて欲しいの、それじゃあ」
「メレンさん!」
最期の言葉が部屋に響いた。
○○○○○
○○○○○
「どう?おもしろくない?」
「これで終わり?細かい設定が見えてくるところが、私知りたいんだけど」
「いやでも、まだ途中でさ。とりあえず、ここまではどう?おもしろい?」
「おもしろいとは思うけど。難しい表現を使ってないから読みやすいし、春井の考えが読んでてわかる」
おもしろいと思うが、実際、驚いた。春井が内面でこんな考えをするやつだったのかと。見てみないとわからないこともあるものだ。
「また書けたら見せるよ」
「ああ、そうして。春井は性格診断に詳しいわけ?このISTPって何よ?」
「それはね。色々種類があるんだけど、性格の偏りを数値とかアルファベットとかで表現するのが多いかな。”丸顔のひとはこういう髪型が似合います”っていうアレと似たようなもの」
「今後、そういう説明は加えるの?なんかこれだけだと読み手が置いてけぼりというかさ、なんか…」
「そうだな、本当は加えた方がいいんだけど。まあ最初だし。ちょっとわかんないわ」
コーヒーを入れ直すつもりか?カップを探る。
「ケータイ小説とか書いたらどう?こういう軽いやつなら普段読まない人も読むでしょう」
「ほめすぎだって」
「いや、ほめてない」
店員を読んで、新しくコーラを注文する。春井は原稿を何部も持っていた。
「ありがとう、そろそろ帰ろうか」
「お前、相変わらずだな」
「なにが?」
私は春井を上から覗く。
「マイペースというか、独特だよ亜希子は」
「そうか。また会おう、今日はうれしかった」
帰って、撮った写真をまとめよう。しかし、今日は春井に会えてうれしい。また連絡してみよう。
「おい亜希子。コーラは?」
「プレゼントするよ。デニーズのは薄くない、ちゃんとしたコーラだから。よく味わってよ」
春井と別れた。
ーーーーー
翌週、駅前の電気店に来た。
ここは、この辺でもかなり大型店舗で、特にオーディオ関連が強い。立地も良く、地下鉄から雨に濡れずに来れるため、車を持ってない人間でも持ち帰るのに適している。
エスカレータを昇り、家電コーナーへ。
今日はカメラを買いに来た。撮るのが趣味のもの、飾ってみるもの、数を買い、所有欲を満たすもの、いろいろあるが、とくかく、皆、カメラに魅せられてきた。デジタル化が進んでも尚、フィルムの人気は根強い。これはカメラのビンテージ品が示す通り、個々での魅力が反映したケースだと言えよう。デザイン、質感、ブランド、とにかく何かすごいのだ。年代物のピアノ、アメリカで最初に作られたジーンズ、肩から背負う携帯電話、共にすごい。それとイコールが一眼レフだ、私にとって。
目的のカメラを手に取り、持ち運びが苦にならないか試しにかばんに入れてみよう、そう思っていた。
瞬間、私の横を男の子どもが通過した。まだ小学生低学年だろう、持っている財布もマジックテープでつけるタイプの、蛍光色のもの。純粋そのものだった。
少年は商品を手に取り、撮る素振りを見せた後、品番の書いた紙をレジに持っていく。
「おねがいしまーす」
少年は一眼を買った。なんの迷いなくさらりと。
驚いた。価格を気にせずサラリと買う、少年。かといって生意気な様子でなく、服装もきちんとしており、言葉使いや身振りもしなやかだ。観察と同時に私はカメラを置き、鞄を探る。携帯と財布とコンパクトカメラとメモ。メモを取り出し、「ビックカメラ、少年」と書く。
今日の目的を「尾行」に変更する。
少年はカメラを買うと手にぶらさげて普通に歩いていく。これまで子どもを付けたことはない。どのくらい警戒されるか、距離の取り方がわからなかったが、いつもより少し近づいて追った。今回の目的は対象の奇妙さの解読だ。おつかいだろうか?いや、どうだ、小学校の頃、同じ年のお金持ちの子は、自由にお金を引き出せるようにカードと暗証番号を知らされていた。そのパターンか。
左手でナイキのスポーツバックを抑えながら、私はゆっくりと追った。子どもの行動範囲はそう広くないだろう。長期戦にはならない予感。(余談だが、スポーツバックは便利だ、こういう地道な行動では鞄は体に密着して疲れないこと、周りに注目されないこと、鞄の中身を悟られないことが重要である。景色に自分が周りにとけ込むよう努力する。その中でも鞄の管理でのポイントは不自然ではない大容量だ、その点でスポーツバックは優れる)
少年は家へ帰るようだ。少年に恐怖が感じられないのが不思議。全く無防備な子どもが派手な色の財布片手に(その中にはいくら入ってるんだろうか)歩く姿は少し愉快だった。
5分ほどで少年のマンションに着いた。玄関までのエントランスが長い、きれいな造りだ。駅近で優雅なマンション、家賃はどれくらいだろう。少年は自動ドアを開けて、エレベータに乗り込む。私は少年を後ろから見送る。
その後、私は少し考えた。が、自動ドアを開ける。
(知られてないが、自動ドアを開けるのは容易だ。今私の住んでるマンションは玄関に人が近づくと明かりが点くように設定されている。ある日、私が部屋で過ごしていると玄関が光ったのだ。つまりこのセンサー、範囲が決まっているのだ。ここからここまでの物を感知し、開け、そういう風になっている。だから反射するもの、靴でも服でも一定の位置に持っていき、大きい範囲で周辺を覆ってやるのだ。5mくらいか、離れた位置で動くと開きやすい、そして私の行動は防犯カメラに映らない)→(全部のメーカーで開くとは限らない)
ドアを抜け、エレベータの階を調べて、部屋番号をメモする。
表札には「鈴木」と書いてある。私の経験から、この地区でお金を持ってる名字は渡辺、鈴木、奥村だ。資産家の名字もこれと該当数が多い。おそらくお金持ちの家庭だろう。
このまま部屋に行くのはルール違反。相手のプライバシーは少し守った方が品がいい。しばらく下を向いて止まり、それから顔を上げて歩き出す。私は引き返す。自動ドアを開け、手動のエントランスの扉を開ける。
すると、あちらから子どもが走ってくる。野球帽をかぶった子ども。
顔を見る。
さっき上がっていった子どもだ。ビックカメラの子だ。
(なぜ?)
私にはかまわず、急いで駆けていくので、私は足早に追う。さっきの彼なのだろうか?
エレベータにたどり着いたが、野球少年は今度は階段へ上へ向かう。エレベータは「7」を示す。
(どういうことだ?どこから1Fへたどり着いたのか。)
どうだろう。非常階段を使って下に降りることは可能だが、7Fから1Fまで走って降りてくるには早すぎるし…
→結論、双子だろうということになり、その場を後にする
→生活で影響が出ない、どうでもいいことは、シンプルに素早く結論づける
→双子だ
これからどうするか。また電気店に戻って選び直すのもいいが、同じ日に同じ店に何度も足を運ぶのは時間を無駄に使ってるようで気が進まない。カメラはまたの機会にしよう。
時計台を過ぎ、地下鉄の入り口の前。あの少年がいる。間違いはない。さっきの少年だ。
「びっくりさせて、すみません。あなたは亜希子さんですね、少しついてきて欲しいところがあります。お願いします」
なんだろう。現実的な私は少年がなぜここにいて、私を待ってたかよりも、この子は3つ子ではないかと顔をジロジロ窺っていた。
→この子は3つ子だ。
→結果、3つ子ではなかった。
少年は私を知っているようであり、何か求めるような表情を浮かべては、何も言い出せずに俯き、また言おうとしては、顔を難しくしかめた。
「少年、大丈夫か。さっきから変だ。私とは初対面なのだから緊張は仕方ないが、話しかけてきたのは君だ。私は順応性が高くて心が広いからキミについてきたが、つまり、目的はなんだ?私を知っているのかということだけど」
もっと優しい言葉で話すべきだが。悪いことに、私は子どもと親しく話せない。存在は好きだ。
「春井の紹介だったら、どうですか?春井が亜希子さんを教えてくれたんです」
(どう?とは?)
「考えが錯乱してるよ。もっとわかりやすく教えてくれ。春井は私の知り合いだ。でもキミは春井とどういう関係なのか?」
この少年。変わった誘いだったが、印象はまずまず。礼儀正しい、よくできた子どもと言える部類だ。でもやはり目的はわからない。
「あの、ごめんなさい。自分でもさっぱりなんです。もっと説明を加えて、順序立てて話したいのですが。説明するには、僕の頭がついてこないというか」
うーんと少年は悩む。なにを悩むことがある?ひとつひとつ言葉にしてくれば、解読してやるから話せ。
「どうした?」上手い言葉が見つからず、ただ少年に答えを求める。
少年は悩んだが、持っていたリュックから原稿を取り出す。
「あの。この前の続きだそうです。まず、読んでくれますか。その間に考えをまとめます」
○○○○○○
○○○○○○
”一部の人は”そういった言葉をよく耳にする。
大半はしないだろうこと、マイナスの要素が入った行動に対し、批判を行うときに使われる。僕はどちらに属するのだろうか。どうしようもなくひとりになりたいとき、ひとりで不安でしょうがないとき、どちらの自分が皆に受け入れやすい存在なのだろうか。考えるうちにどちらも自分、どちらも愛して生きていかなければいけないと思う。いや、思わなければいけないと周りが言っている、だからそう思う。意志とはそういうもので、決定した自分とどこか違う部分で否定側にいる自分がいて、いつも正しさを追及しているのだ。その時間が長ければ長いほど、賢いとされる。尊敬(?)される。根本では皆同じで、やさしさに溢れた生活を望んでいる。血液型診断なんてもので分類はされるけれど、あんなのはとってつけた理論で、壊そうと思えば楽に壊せる。でも、人はそれにすがり、法則性を求める。なぜだろう、でもそういうふうになってるんだ。もし、仮にその法則の中で楽に生きてるひとがいるとして、この現代に”普通”に存在しているなら、それはただの平均点がとりたいだけの優等生風の変わり者だ。一般的な常識を正しいと思って生活してると、そこに多少のほつれが存在することに、すぐに気づくはずだ。それに不満を感じないのは変わり者、やっぱり。
芸術はそのほつれを表現したもの、表現しようと努力したものだ。できたものに己が感動し、いくつかの方法で相手にその気持ちを伝える。自分はこういった考えで生きていますよと、わかりあえる人を探し、意志の疎通を図る。とても美しい行為だ。そして直接的な表現でない方が評価が高い。「痛い」ではなくて「痛みと感じてしまう」の方が評価が高い、「厚い」より「積み重なっている」、「極道」より「一見サラリーマン風だが裏の世界を占める黒い組織」だ。
今はどうだろう。そんな風に熱く意志をもった人を世間はどう見るだろうか。立派な人格だと認めてくれるのだろうか。考えるが、それ自体がちょっとバカバカしい?そんな気がする。だって親子で考えてみてよ、親が生まれた年の世間と、今自分が生きている世間、間20年のほんの短い期間でも、世間はこんなに変わっているからだね。そこに期待するのは間違いでしょう。
”アイデンティティ”→なんてかっこいい。響きがね。
”俺なんてアイデンティティがないんだよ”→なんか、かっこいいんだ。かっこいいから危険なのにね。人生捨てるようなこと、もう辞めて欲しいよ。
世間に対しては、いいや。これらを前提として、少し話があるんだ。
僕には人にはない能力がある。これはアイデンティティとは呼ばない。だって僕はこれを憎んでいるから。望まない個性、いらない。
僕の名前はショーン。僕についている名前だ。グーグルで検索してごらん。きっと数万件のショーンが出迎えてくれるよ。その中に僕はいるかな。何も会社の取締役をやってるわけじゃないから検索しても、僕なんか引っかからないか。
僕は生まれつき部屋をもっている、こころの部屋だ。特定の人間、自分で選択した人間をそこに入れることができる。相手が心地いいと感じる環境を作り出し、(相手がどう見えているのか細部はわからない)そこに人を置くことができる。ちょっとわかりずらいね。例えみたいな表現だからね。あと、引き寄せることもできるみたいなんだ。ヨーコなんかそう、僕が求めたら一ヶ月もたたない内に訪ねてきて「はじめまして、よろしく」なんていうんだ。驚いたよ。彼女の能力については伏せるけど、なんだろう、変わったひとが多い。始めに言った、世間の大半には含まれないだろう。もちろん一般常識は持ってる。でも彼らの能力だけは否定されるだろう、普通じゃないとされるだろう。(平均ってなんだろう、考え出すと変になるから辞めとく)
ショーン、だけど、日本で暮らしてる。ショーンはあだ名だと思う。実は自分が何だが今だに理解できないんだ。ごめん、これは理論ではなくて感じるんだ。他の人とは生まれ方が違うって、そう思ってる。色んな人に打ち明けたけど、全然理解されなかった。だからある日、僕は僕が誰だか教えてくれる存在を引き寄せることにした。そんなことできるのかわからなかったけど、生活が常に一定で波が無いのは、僕にとって退屈だからね、ちょっと自分をいじめたくなったんだ。あとは待つ日々。会社にも通ったよ。マンガのドラえもんみたいなもので街の人は僕を他の人間と同じように扱った。否、たぶん彼らには普通の人間として実際に見えているんだろう。僕が決めた両親の名も勉強してきた中学、高校も何の疑問もなく受け入れた。面接の時は焦ったよ。出身地とか家族構成とか今までの経歴は全てデタラメだからね、その場その場で上手く答えなきゃ話が止まっちゃうわけだから。焦った。でもまあ何も大きな問題は起こらなかった。”普通”であればいい、これは証明できた。驚かない?驚かないか。
流れに逆らわず、仕事をして帰宅してご飯を作って会社にいって仕事してを繰り返した日々、およそ一ヶ月。男が部屋に現れた。初老の男性、名前は言わなかったけど、人間的な魅力に溢れていた。今まで会ってきた中で一番話がはずんだ。彼は臆病で自意識過剰な面があり、自分の評価を常に気にして生活していた。それを脅かす事件が、覗き。彼の行動を覗くやつがいるってこと。今まで覗く能力の人はいなかったから助言できずにその場はいい友だちを見つけたと思って別れたんだけど、結局再度会うことになった。初老の男性の前に会った男の子がアキト。
僕の話は一旦中断。また書くよ。
なんで僕が自分の能力を望まないのか?それは他の人の能力を奪ってしまうから、貪欲なんだよ。人より。
○○○○○○
○○○○○○
顔を上げる。
続きといっているが、メレンも出てこないし、ショーンの自己紹介文のような文章だ。これで何がわかるというのか。
「このアキトっていうのが、僕なんです。すみません」
これが実話になるということか。じゃあ主人公は。
「このアキトがキミならショーンが春井か?」
少年はうなずく。
「いや、あり得ないんだけど」私は少し動揺したが、話し続ける。
「この前のあれは?メレンとかあの白い部屋に閉じ込められた話とかも事実だと?」
困惑してるような少年に構わず、話し続ける。この状況で真剣そうに話をする少年を前に、彼の丁寧な話し方に感心する気持ちと、よく私にわかりやすい嘘をつけるなという、侮辱の気持ちが同時に来た。
「ごめん、私はキミを信じないよ。キミは私に何を求めてるのか知らないが、私は超能力とか宗教だとか根拠がない事柄については否定的なの。そこにお金が関与してる場合は特にそう、商売として見てしまう。政治もそう、首相が変わるたびにその人が住む環境には興味があるが、固定の概念はもたないようにしてる。つまり噂は信じないの。自分で確認できることしか信用しないの。もちろん想像することは自由で、想像と現実が一致するか確かめる作業は何度も行うよ。でも、最後に信じるのはやっぱり自分なの。だから私は信じない。春井の架空の文章に興味を持っても、キミのおふざけに付き合うつもりはないよ」
私は少年を置き、席を立つ。
「ちょっと待ってよ。いったように僕はまだ話せるまでまとまってないだけで、事実なんだよ」
無視し、店を出る。
よくわからない。春井に確認する。
春井には繋がらなかった。少年から電話が来た。
「さっきはごめんなさい、もっとわかりやすく話すべきだったね」
電話を切る。
関係したくなかった。まず、全くの趣味である尾行を春井に知られていたことがショックだった。知っていて私に話しかけてきたのかと思うとこのやり方は私に対する裏切りかも知れない。少年を使い、私に何をさせたいのか、信用されていないことに腹がたった。最悪、今もどこかで私を見てるかもしれない。この関係は対等でない。こちらから発信できないのに攻撃は受け続けなければならない、そして彼は私の悪事について知っている。卑怯だ。
オーディオの電源をつけて、CDをセットする。
2曲目に入ってる曲。このアルバム、春井が気に入っていた。だから私も勧められるまま買い、気に入って何度も聴いた。歌詞の内容はわからないが、とても心地いい。いつもなら最初から通しで長く聴く。今は聴きたくない。じゃあこれを選ばなきゃいいが。
私もそう単純じゃない。
3曲目から再生し、ベッドに寝転がる。
余計な思考は止めよう。寝れば大抵はスッキリする。そして、起きたらいつもの私。頑張れるはず。
今は眠ろう。
朝に目を覚ます。時刻は6時30分。
会社を辞めた後も習慣になり、テレビを見て番組の繰り返しに飽きたら、パソコンをつけて調べものをする。
将来について悩むことはあまりない。これは楽観でなく、諦め。私がどうやって生きても自由だろう。彼らがいいと思っている行為が子どもを傷つけてることに気づけばいいが、それはない。また、私はその恵まれた環境にいるから、何も得れない。安全にこのまま誰とも会わずに一生を過ごすことを、皆、虚しいと思うだろうか。その意見も自由だろう。
1Fに降りる。
冷蔵庫を開けて、何か飲み物を探す。缶のコーラを見つけ、飲む。
誰もいない。
母が昼に1時間くらいご飯を持って現れるが、それ以外はない。買ったばかりの40インチの液晶テレビも保護シートが巻かれたままリビングにある。
働く前に、一度この家を出たことがある。同居した同じ学校の生徒とも最初は仲良くいった。しかし、彼女の身辺を調べ出したところから大きく崩れた。ある日にそれを見つかり、彼女は私を怖いといい、同時に学校からいなくなった。沈んだ気持ちのまま、私は春井を追い彼の会社で働き出したが、得たものは何もなく、また彼も私の前からいなくなった。
家族が悪いわけでも、環境が悪いわけでもない。全て私の曲がり腐ったこの性格が悪いのだ。
春井は私のことをどう思ってるだろうか。たまたま会ったように装う彼の気遣いに、私はどう答えていいかわからないでいる。
これまでと同じように好きになってしまうといずれは彼のプライベートを詮索し、距離を置き、眺めて、自己の中で完結するような冷たい愛に変わっていってしまうと思う。
私は無言で彼を知り、彼は私を何も知らずに別れを迎える。
それがわかるのだ。
例えば、彼が私に
「悩んでることがあったら何でも話してくれ」と言っても、
「お前、何考えてるかわかんないんだよ」と言っても、絶対に私は何も打ち明けない。
感情をうまく表現できないのだ。
でも愛することと調べることは違う。私だけ一方的に彼を知ってることはルール違反だ。私の現状況と同じ。
(私は春井が好きだ)
私はソファに横になり、しばらく横になる。
やはりわからない。考えたところでわからないことは周りに解決を求めるしかないのは、ここ最近で気づいたこと。
私はシャワーを浴びて化粧をし、外へでる。
少年に会うのだ。
(自立、自立だ)
自転車に乗り、走り出す。フレームが490mmで私には少し大きいが、これくらい無いと全体の迫力がない。ショートの私がキャップを被って走れば、皆には若い少年に見えるはずだ。
車道を横切り、スピードを上げる。長い商店街を抜け、予備校の横を通りすぎて、目印の電機屋につく。そこから自転車を降り、歩いてマンションへ向かう。エントランス横のスペースに自転車を置き、呼び出しをかける。
もしかしたら春井が訪ねてきてるかもしれない。体がぎこちない動きになる。
「はい」
「私です。亜希子です」
自動ドアが空き、私は7階へ向かう。7階へつくと少年が待っていた。このフロアには彼の家以外、扉がなかった。広い家だろう。
「どうぞ、今僕以外いないから入ってください」少年は私を通す。
「キミ、アキトといったね、家族はいつもいないのかな」
「うん、朝にちょっといるけど、すぐ出て行っていまうよ。ずっとこんな感じだよ」
「そう」
「亜希子さんと一緒だよ」
「そう」
やはり、この子は印象がいい。
こんな純真な子にも私は弱みを握れてるとは、サイアクだな。
部屋の中は予想通り広かったが、物があまり置かれておらず、入ってすぐのダイニングテーブルに座る。椅子は2脚しかない。
「キミくらいの年でこの部屋の広さは自由というより無の印象だろうね。でもね、難しく考えずに、この家は元々使われてない場所なんだと思えばいいよ。私とキミでここからここまでを使う、それ以外はないものと考える、わかるかな?」
平静を装い、言う。
私はアキトが困った顔をするのを期待した。
でも、彼はずっと私を見ていた。
「僕の名前はアキトだよ。そう呼んでよ、お姉ちゃん」彼はじっと、まだ見る。
私は鋭く見返す。「そう。今後のキミ次第ね」
「今春井はどこにいるの?」
「僕は知らない。ただお姉ちゃんを紹介されて。気が合うだろうから、会ってくれって」
「だから私に会いに来た?」
「そう」
「それで彼から渡されたものは?私に関する情報を書面で受け取ったりしたの?」
「いや、お姉ちゃんのことは少し聞いただけで。前渡したこれと、日曜日にビックカメラで高いカメラを買うことを約束しただけ」
すごく曖昧な回答だな。
「じゃあ、彼との接点は?どこで知り合った?」
「小学校の頃に一度だけ会ったんだ。僕は知らない町を歩いてた。そこで部屋を見つけて、入ったらショーンがいたんだよ」
「ショーンと春井はイコールだと、まだいうのね?」
「うん、不思議だけど、そうなんだよ。その時に僕はお姉ちゃんとも会ってる。だから不思議なんだ。僕のこと、お姉ちゃんはわからないというし、ショーンは自分を春井だというし。じゃあ僕が会った二人は何だろうって」
「何だろうと思いながら、キミは彼にしたがったわけだよね?一度しか会っていない人なのに。それはおかしいと私は思うよ」
本当にそう思う。昔会って一度話したくらいの人間を信用するのか。
「聞くこともないかもしれないが、キミは両親にしつけを受けてるか。誰でも信用するのはよくないことだと教わらなかったか」
「ねえ、お姉ちゃん。僕を信じてよ」
「何を信じるというの。キミが記憶を混同してるだけだと私は思う。そうでなくても、私はあなたに私のことを知られてしまって、とても恥ずかしい思いをした。春井にも。私をこんな気持ちにしたかったわけ?」
「違う」
アキトは困ったように俯く。
「ぼくはただなつかしくて。記憶の中ではショーンもお姉ちゃんもぼくにやさしくしてくれて。でも僕はお姉ちゃんにびどいことを言ってしまった。だから、ここに住んでる。母親は僕のことをアキトと呼んでかわいがってくれてるけど、だぶんそれは仮の姿で、本当は僕のことなんか知らないんだよ。知らないのに家族として一緒に住んでる。だから僕は気持ち悪くて」
アキトの言ってることは何もかもデタラメに聞こえる。何かに悩んで架空の話を事実だと思い込んでる。しかし、全く信用できないが、彼の主張は迫るものがあり、以前にもこんな経験をしたような錯覚を起こした。
例えば、私に似た誰かが彼に会い、同じように春井に似た人物が昔アキトに会っていたとしたら、わからない話ではない。少ない可能性であるが。
「これから話すことをよく聞いて。人間なんて完全じゃないの。どこか欠陥があってそれを補うように大げさに表現したり、周りの注意のひかないように地味になったり、難しい言葉で周りを撹乱したり、そうやって守るもの。嘘をつくことで守れるものもある。弱いからこそ、その弱さを気づき労ってくれる人を探して愛し合うようになる。年齢も関係ない、親と子だって関係ない、お互い足りないところを少しづつ見せ合って、確認し合うの。社会に出て、お金が絡むと悪意を持つ人も出てくるけど、家族兄弟のような信頼の中では理想に近い関係があって、互いを認め合えるような馬鹿にし合えるような深い関係があるわけ。キミがいっている仮の親が愛情が薄いように感じても、やはり家族としてキミを見てくれてると思う。キミがいなくなったら本気で悲しむと思う。もっと愛してあげるべきだよ、それが親だよ」
そう、話した。
正直、私は未だに家族を愛せないでいた。親から愛されてたくさんの援助をしてもらえるが、それにより自分の意思が消えていくような不安と常に戦っている。こうすればこう答えてくるという会話のパターンに飽き飽きして、家族との会話は今ほどんどない。自立したいのに苦しみたくない、こんな自分に精一杯尽くす親が不思議だった。現実、私はアキトにこのことを伝えようとしている。
私が愛を教えてる。
おかしいな。愛なんて知らないのに。
「だから、そうじゃないんだ」
アキトは諦めて、椅子にしずみこんだ。
「僕が弱いとか、親が怖いとかそういうんじゃないんだ。感覚として、そう。わからないかなあ?わかってほしいのに」
「私は多分一生わからないよ。キミの弱い部分はちゃんと受け止めてこれから生きないとダメだよ、絶対」
「違うんだよ、そうじゃないんだ」
「これ以上一緒にいても進展はなさそうだね。出て行く」
私は立ち上がり、外に出て行こうとする。
とにかく春井だ。春井と会って、この子に謝らせなければいけない。こんな純粋な子の嘘に乗っかって、私を利用して面白がるのはいけない。いけないことだ。
「待ってよ!」
「ああ、待つよ。でも行こう、春井に会いにいこう。」
「だってさっき、居場所がわからないって」
「違う、私はあなたに会いたくて来たの。彼に会うなら行くとこ、決まってる。一緒に行こう」
私は少年をつれて行く。
たぶん怖かったんだと思う。春井が。
「マンガ喫茶 未来」
入り口まで来た。
アキトとタクシーに乗り、ここまで来た。
入店する。
「春井さんいますか?忘れ物あずかってくれてるみたいなんで」
店頭の女の子に話しかけて、春井を呼んでもらう。すると、すぐに春井が出てきた。私とアキトを見て、笑っている。何がおかしいのか。
「アキト、もう亜希子に会ったのか。よくやったな」
アキトは頷いて彼の方を見る。
「春井、ちょっと話したい」
「おお亜希子。ひさしぶり」
「いいから!早く来い!」
私は苛立っていた。春井がこんな小さい子の嘘に便乗し、私を利用したことを。理解できずに怒っていた。
やっと、春井は私の違う様子に気づいたようだ。
(絶対許さないんだから)
春井はアキトに視線を移して、表情を標準に変え、言う。「アキトお前は帰れ」
春井は急に態度を変えた。春井の今までみたことない一面がまた現れ、一瞬で私は怯えた表情に変わる。私は怖くなり、春井から視線を外した。
(怖い…)
アキトをタクシーに乗せて、家へ返した。
その間、黙ってただ立っていた。怒りと恐れを抑えて、ただそれを見ていた。
「そんなに怒るなよ」
春井が話し出す。
「いや、だってさ、おかしいでしょ」
「だから、なんで怒るの?」
「あんたがあの子をだましてるからでしょ!」
春井は私から目をそらして、道路側に体を向ける。
そして、私に話し始める。
「あいつ何度ここへ来ると思う?一日に何度も来る。でも、アイツ俺を見ていないみたいなんだ。俺は知ってる。アイツがアキトだって」
私は春井を見る。
見ていないとは?また、嘘を加えて夢の世界の話にするつもりか?
冗談じゃない。
あの子は自分がわからないで悩んでいるのに。
「次は私ってわけ?馬鹿にしないで。子どもを騙すのが趣味なら本当に辞めた方がいいよ!」
「おまえ、最後まで聞け」
春井はさらに表情を変えた。
とても固い冷めた表情。
見たことがなかった。
「あいつがある時、借りてた部屋にノートを忘れてった。俺は部屋を片付けるために使って、その場所にあるノートを見つけて、軽い気持ちで覗いた。あの頃の年代って割と飛び抜けた絵を書いたりするから、ちょっと見たかっただけ。でも、そうじゃなかった。アキトのノートには細かい字でびっしり文章が書かれていた。俺はその時、アイツは小学生じゃないと思った。こんな歪んだ子どもがいるわけないと思った」
春井は店内に戻り、すぐにノートを持って出てきた。
「お前の家いけるか?座って話したい」
家に着き、彼のノートをしばらく読んだ。
「反論する前にとにかく読んでみろよ、早く」
春井が私に見せる初めての表情。
私が知る春井とは違う、冷たく、闇の世界の春井の顔だった。
そしてノートをめくると、始めから私について書いてあった。
○○○○○○
○○○○○○
私がなぜ自己主張しないか、それについて考えをまとめる。
きっかけは幼少期にあり、自分と周りの人間との違いについて考えはじめたところにある。学校のテストでも、資格の取得でも、多くの場合で、皆より集中力が優れていると感じた。自分の能力が他者より優れてる状況。または、それを相手が自覚するとき。単純に私が相手を観察してる状況で、相手が私の経験してないようなことを行ってるときでも、相手に動揺が見られて作業スピードが目に見えて遅かったり、進む方向を間違えていたり、とにかく要領を得ていないと感じるとき、私は相手をバカにしている。
決してそのことを表情には出さない。が、仮に相手がそれで困っていたとしても私は絶対に手を貸さない。冷たいわけではない。相手がそれを自覚し、方向転換をする経験をする必要があると考えるからだ。
私は絵を書くのが得意だ、という友人に対して疑問を持ち、友人には内緒で絵の勉強をして練習をして、学校のコンクールで入賞したことがある。
友人は不機嫌だった。「友だちだと思ってたのに」そう、言われた。全く理解できなかった。自分がどれだけうぬぼれで「私は絵がうまい」と言っていたのか、それを棚に上げて、一度の負けをそんなに悔しがる。全く理解できない。もっと効率的に知識を蓄えて最短で成功に向かう才能を得るのが最も賢いやり方だろう。この時、プライドの存在を知った。
他人と価値観を共有することを拒んだ。
自分と相手との間には決定的な差があり、一部のタイプの人間にある、興味の対象が散漫だったり、言い訳を並べて努力を惜しむ行為について考え、多く悩んだ。なぜ彼らは目標物に対し、クネクネと奇妙な曲線で向かうのか。目標物が(4.14)の位置にあれば、0から一直線で結び、進む。普通は歪みはするが、滑らで美しい直線を描く。でも彼らは違う。y軸上(0.10)から(2.−30)くらいの位置に曲線が結ばれ目標とし、本人はゼロから動いてない結果。そんなグラフ。道は一直線で平坦なのに、自分の頭の中で複雑にして楽しんでいる「楽観的な俺の人生おもしろい」そして彼らは独占したがった。阿呆だ。
私は必要な器具を与えてもらい、大事に手入れし、壊れたら直して大切に扱った。家庭は裕福ではなかったので自分でアルバイトして稼ぎ、手に入れ、高校生になるとその道で一流と言われる工業専門学校に通った。学費もそこで働きながら払った。暇な時間などなかった。将来要るものは全て調べ続けた。とにかく無駄のない動きが好きだった。
転機は大学生になったとき。両親が離婚した。元より仲が良いわけでなく経済的な理由で暮らしていたふたりだったので、少しも驚かない、互いに大事な存在が別のどこかにいることを私が誰より感じていたからだ。(原因は私では全くない)
すぐに私は理解した。アパートを契約して、派遣社員として働きながら、大学で学んだ。体調を壊して一時入院した。私のからだは弱く、普通の風邪でも熱が出すぎるため、勉強に支障が出るときがあった。
それが私、亜希子。
今は同居人と一緒に暮らしている。同じ専門学校に通うレイだ。同じ年で親から離れ、暮らしている。お互いリビングで会って少し話すくらいであまり深くは知らないが、標準的な常識は持っている。お金の管理もしっかりして、月々の支払いで揉めるようなことはない。
私はいつも七時に起き、シャワーを浴びて出かける。学校がない日もそう、長くは自分の家にいたくない。外にいて色々な経験をした方が将来役に立つからだ。タクシーをよく利用する。親の特権でタクシーの利用だけには困ったことがない。少しの遠出なら前もって父に連絡を入れておけば、苦することなく利用できる。決まった人ではないが、様々な運転手と交流を持ち、旅する。もちろん音楽に対する知識も学んだ上で自由になろうと努力するのだ。後は想像する。自分の経験と知識とを合わせて、自分がどのように行動すれば最も得策かをより素早く結論ずけ、行動に移す。それを誇りに思い、自信として周りに示す。必要以上に主張しずに、話さずして相手に尊敬の念を向けさせるのだ。無闇に話さずとも伝心することを証明したい。そのために常に黙り、周りを観察しているのだから。
両親とは金銭面で依存している。私はそれが許せない。今の私は自立が目標だ。
今、三重県の大型ショッピングセンタに来た。際立って目立った点がないが、映画館やゲームセンターなど娯楽施設が気軽に利用でき、休日になると各地から人が集まり、雑多な場となる。
私は観察する。対象の身だしなみを、一緒に来ている人を見て気づかれないように観察する。私にはめずらしく好奇心だけで無計画に行動する、趣味というものだ。なるべく不自然にならないように距離を置き、観察する。とにかく気になると思った相手を最後までつけてみる。
「20代後半くらいの男性」
黒いレザーのジャケットの下にレモン色のパーカを着ている。足を歩くときに不規則に動かす、たぶん考え事をしているふりだろうか、繰り返しあごに手をおいている。かっこうをつけているわけではなさそうだ。周りに少し見られているのをわかったうえで何か考えている、そんな印象をうける。ナイキの青のスニーカがいいバランスをとっている。自意識は高い方だ。ジーパンのポケットから電話を取り出し、メールを打っている。私は気づかれないようにすぐ横を通り過ぎ、印象を再度確認する。私の方には注意していない。その場を過ごし、エスカレータで引き返し、男を見る。メール、ではないようだ。写真を選択している、アドレス登録か何か、それでも表情は変わらず、受け身な印象、
止めよう。もっと人間力のある者がいい。直感で判断するのがいいと私は感じる。
一度降りて、西口角にある洋服店で買い物をする。服の色を確認しているふりをして周りの人を観察する。
できるだけひとりで来ている者がいい、集団だと決まったパターンに移り退屈してしまうから。特に女がいい。女はよく考えている種なので付けやすい上に警戒もあるのでこちらに気づかれる危険があるのでスリルがある。いい試合になる。
アディダスのスニーカに軽快な歩き方、
「30代女性」
こいつをつけてみるか。
私はがばんに手をやりカメラとメモを確認する。頭の中で靴に標的を付ける。
高速から降りて、家に続く幹線道路を走る途中、レイは将来の夢について考えていた。
私は音楽が好きだ。ピアノとギターが弾けるけど、それ以上にやっぱり音楽が好き。
好きな音楽が近くにあるだけで幸せだし、どうしようもなく好きなんだ。バイトしてるときだってそうだし、私はいつも音楽と生きてる。誰かがテレビで歌ってる姿を見るだけで、「私ってけっこう音楽好きなんだ」とわかる。それが私にとっての幸せなのだ。そういう気がする。
みんな悩みすぎだと思う。もっと楽しい時間があるんだから、それを知らないと、楽しんで生きてかないと。
コーラが飲みたくなったので自販機に寄って、バイクを止める。
今使ってる私のギターはフェンダージャパンのテレキャスター、伏見の楽器屋でひとめ惚れして買った。
あの頃の私は、なんとなく高校生をして、これといって大した悩みもなくプラプラ生きた。それこそ、これ、コーラと同じように、飲みたくなったら飲む。あまり考えず「あったら得る」ような幸せしか持ってなかった。友だちと同じ服を着て笑っていたり、おいしい中華料理の店に家族で月1で通ったり、とにかく何でここにいるのかなんて宇宙みたいな意味でしか考えなかった、自分を、生活を、考えていなかった。成績も中くらい、特に怒られもせずにいたから、周りからは幸せそうに見えてたと思う。でも、こころの中では働くことに対して怖さを感じていた。中学の同級生と始めたマックのバイトは3ヶ月もたなかった。始めて会うひとに対し、どう接していいのかわからなかったのだ。
仕事はというと、友だちと同じふうに作業しようとしてもひとりだけ遅い状態、「こんなんだったらお金だけ貰えて寝てたほうがいいな」と、いつも都合よく考えた。
都合のいい、ヒョロヒョロした人間だったのだ。
(今はどうか知らないけど)
で、すぐ辞めた。辞めたって毎週の小遣いがあるし。そう思った。友だちがバイトしてる間、できてしまった空の時間を音楽で埋めていった。部屋で好きな音楽を聴いていると私なんて何でもないような気になった。「いいじゃないか、こういうちょっと抜けた人間も探せばどっかにいるもんだ」と気楽に思った。
だから悩みは何かと聞かれたら、もう本当になかったということになる。
そんな日常が変化したのが、ギターを見つけた日。"ギターを見つけた日"
バカなネーミングだけど、それしかいいようがない、それくらい見た目だった。レモンイエローのギターを見たとき、私はこれだなと思ったのだ。ジャキーンと弾く自分の姿を想像したら、やるしかないと思った。
バイトも再開した。
辞めた手前、友だちのところには戻れなかったので近所の新聞屋で働いた。そうやって手に入れたギター。本当にうれしかった。
それが私にとって音楽だった。大げさなんかじゃなく、これがあったから今こうして楽しく生きれているんだと思う。これからも音楽と一緒に生きていきたい、それが私の夢。
飲み終わった缶を手にしながら、左手でポケットを探る。ライターとタバコを取り出し、火を点ける。
普通は夜になると危険だが、この辺は逆で、何もないところだから安全だといえる。見晴らしが良く、目で見える範囲にはひとが隠れるような茂みや家も存在ぜず、少し奥に信号のある交差点が見えるだけ。信号の色までは見えないが、そこにもし変質者がいても1kmくらい離れているので、ここへくるまでには時間がある、そういうことを意味なく考えながら煙を吐く。
最近はいろんなことがありすぎて、少し疲れている。かといって、疲れたまま人に会う事は自分のルールでは反則なので、一旦休憩を入れて帰宅しようと考える。
考える、
そう、彼女に、
亜希子に、
どう問うか。
同居人といってしまえばそれまでだが、その薄い関係の中であるゆえ、今回はどうすべきか迷っている。
私を心配してなのか、それともたまたま偶然なのか、いや偶然なんかじゃない、
とにかく聞いてみなければいけない。
意外と何も知らないパターンで、一件落着するのかもしれないし。それならそれがうれしい。
私は今ラブホテルで仕事をしている。もちろん、ライブハウスでの仕事の方がメインではあるが、時間ではホテルでの仕事の方が長いし、もらっている給料も高い。瀬戸市から岐阜へつながる山道にある小さなホテルで、客の大半は遠出をしてきたカップルやツーリング目的のバイカーで2時間休憩での利用がほとんどである。
店のオーナーの趣味で店の雰囲気は強烈なほど南国調で、それが何もない川沿いの道からは異様な風景となり、その異様さと同じように、やる気だけが高すぎる人間がゾロゾロ集まってくる、そんな印象だ。仕事の内容は客が帰った後にシーツを代える、新品のタオルをセットして残ったゴミを分別して引いてきた大きいボックスに入れる、それを繰り返す仕事だ。洗濯は業者に任せればいいし、問題が起こればオーナーに電話して一時待機してればいい。
このことを私は気楽に人に話せない。私は音楽で生活すると決めてひとりでがんばってきたのだ。人の忠告はとにかく無視し、成功するためにここにいる。でも実際はお金を得るために普通の仕事をしている。そんなわかりやすい矛盾を、腐ったような同級生らから指摘されるのは、我慢できない。冗談でも言ってほしくない、"やっぱりね、そうだと思った"
わたしはがんばってる。お前らなんかとは違う。
最初は先輩のおばさんに仕事の仕方について順に指導を受けたが、すぐに慣れ、今ではひとりで楽に仕事ができるようになった。(私だって人と会わない仕事なら人並みにできるんだろう、たぶん)とにかく感情を挟まず、単調な作業を繰り返し行うだけでいいので、何も感じないようになるまで時間は掛からなかった。
ホテル自体は、凝ったつくりではなく、他と唯一違うところはテレビとそれにつながるビデオカメラが設置されていることだ。ピンクに塗られたそれらは中央のベッドに向けられていて利用者が自由に録画していいものとなっていた。私はそれらを始めて見たとき、世の中にはホントおかしな人たちも存在するんだな、と思ったのたのを覚えている。自分たちの行為を録画して何が面白いんだろうか、いや違うか、それを撮った後に周りに自慢するのか。とにかく悪趣味で気持ち悪い。
「気持ち悪いですよね?」
そう同じ時間に働いているスタッフ、(今枝さんという、)にきくと、
「その上をいってるわよ、ここのオーナーは」
という答えが返ってきた。今枝さんがいうには、各部屋に設置されてるカメラの録画は常時オンされていて、その部屋の画面に映ってなくてもこちら側の控え室にはハードディスクで映像が溜められているのだという。防犯上の都合で、オーナーから。
「警察にみつかったら大変だわね?」
それでも今枝さんは大して気にしてる様子はなく、棚の上にある大きい機械を指さした。それが一ヶ月前。
突然、今日、
亜希子が来たのだ。
偶然?
いやいやそんなことはない。
こんな郊外のホテルに、よりによってひとりで、なにをするのか?
待ち合わせ?時間は15時、平日の昼、待ち合わせ。困惑した。
そうじは後にして、カメラを覗いた。もしかしたら、お金で男に雇われてるかもしれないし。
5時間ごとに使用フロアと清掃フロアが切れ代わる。亜希子の部屋はあと二時間で部屋が清掃に入る予定のはずだ。カメラの中の亜希子はダブルベットの端、真ん中あたりにちょこんと座り、視線は若干カメラより下のまま止まっている。
モニタの音量を上げて、もう一度よく観察してみる。
クチ
が
動いている。
喋っているらしい、だが、まったく聞き取れない。それくらいの小さな声でしゃべる。
(なんだ?)
ずっと釘付けだった。
ホテルに来て、ひとりで喋る亜希子。
本当に亜希子、なのか?オレンジの明かりは普通に点いているのに、とにかくその映像だけ暗く、亜希子と空間がお化けのように黒く暗い。
怖い。
とっさに(テレビを消さなければ)と思った。
瞬間、亜希子が、
表情なく、カメラを覗く。
走り込んでくる。カメラに近づいてくる。
表情はないのに目ははっきり見開いて、わたしに語りかけてくる。
"ダメだよレイ、こんなことしてちゃねえ、ダメだよ、ねえ?"
"ダメだよレイ、そうだよねえ?ワタシ間違ってないよねぇ?"
私はヒッと悲鳴を上げてカメラから逃げだした。
私をなじりにきたのか。怖さで思考が混乱する。
仕舞いこんでいる弱い自分が話し出す。
(私だって本当は音楽でやっていきたいよ、でも絶対に人に頭下げて生きたくない。だってそんな自分はありえない、人に頼らないで私の力でどうにかなる、そうやって生きてきたんだもの、私は特別だって、周りと上手くやれるし、周りより絶対に優れた人種で、本当にやりたいことしかやれない、とにかくすごい人間、たまたまこうなってるだけなんだから!責めないでよ!)
"あなたはダメだあなたはダメだ"
"あなたはダメだあなたはダメだ"
亜希子はベッドに座って カメラに向かって あなたはダメだあなたはダメだ と言っている。
「こないで!こないでよ!」
私は反射的に目を閉じた。
目を開けると、
部屋には誰もいなくなっていた。それどころか録画用のハードディスクがなくなっていた。
横で寝ている今枝さんに話しかける。
「あの、この部屋の子って…」
今枝さんはベッドから半分からだを上げてモニタ横のスイッチを確認し、「ああこれもう使えないわよ、壊れてるんだって」と言い、また寝てしまった。
その日、亜希子はゲームをしていた。
会話の中に自分だけ楽しめる言葉をひとつずづ混ぜるのだ。
1.事前に特定の言葉を決めて、会話の中で使う
2."またまた"など、同じひらがなを二度続けて使う、意識して行う。
3.わざと数種類の話題を用意し、短時間で話題を切り替え、相手の反応を伺う。話題についてこれていれば「順応性アリ」と判断
4.これらをごく自然にポップにこなす
夜の3じにアパートで亜希子は友人を待つ。仕事が終わって店を閉めた後、友人は原チャに乗ってこのアパートに来ることになっている。
しかし、今日は暑い。空気がじとっとして、髪の毛がのりのようにぺたっと肌に張り付く。亜希子はこのままドライヤを使って涼しい部屋で乾かせたらいいなと考える。
「何色が好き?」
亜希子は始めて会ったとき、レイにそう言われたのを覚えている。あのときどう答えたのか、思いだせないが、たぶん黒なのだろうが、なにしろ初対面の女のひとにどう答えていいのか正しい答えを探していた。本当はワインレッドが好きである。
しばらく、あっためた牛乳を飲んで考え事をする。
数字。
マンガが好きでよく読むのだが、そのマンガの中に神父が素数を頭の中で数えるという奇妙な場面が出てくる。
1・2・3・5・7…
11・13…
それから・・
14は違うか、15も違うし・・
考えてみると「2」だけ違和感を感じる。2は亜希子の中で平和を意味する数字で、ケーキを切ったり、せんべいを二つに割ったり、「じゃあ間をとって」という時の中間を示すときにも2なイメージで、とにかく双方が納得するような印象だ。でも反して、素数というのはそれ自体で「孤独」をあらわすような印象で、淡々としていて、少し怖い印象をうける。
13は怖い。14はまあ好き。この差は「2で割り切れるから」そういう意味でも2は平和であってほしいのだ。1117は素数なのか。パッとわからない数字でも同じ。怖いのだ。2でも3でも、最悪5でも割り切れない場合はやっぱり怖い。「まあ仕方ないか、素数の定義はそうなんだから」
人生はゲームだ。より安全に、人間関係のストレスに悩まされずに、うまく周りをダシにして生き残る、そういうゲーム。勝者・敗者は個々で決めるので結局「ヤッター」と思えば「ヤッター」なのだ。
宮部みゆきの「龍は眠る」で主人公の頭に話しかけてくる少年がいる。サイキックという特殊な能力を生まれつきもった少年。そういう存在が、亜希子の中にもいる。亜希子の体を使って「再生」を行う魂だけの存在。なんでも一度死んだらしい。でも、今のこの世界に再び生まれて、亜希子の中に住んでいるらしい。(ホントか?)
正直びっくりしている。共存しているのだ。亜希子→ひとり分プラスの確かな亜希子。けど、体重も身長も変わらない。彼は亜希子から話しかけない限り、彼女の邪魔をしないし、彼の目的は今の世界を知ることだという。
「寝ている間に"わたしの友だちがわたしをどう思ってるか"調べてくれ」と問いて眠った後、起きて机をみると、亜希子の字で"なんとも"と書いてあるらしい。
(正直な彼である。)
そもそも彼が言う再生という行動はなんだろう。考えてみる↓
●誰かが行ったことを再現できる技術なのだろうか
一見、わたしがむずかしい数学の方程式を覚えていたりすることと何も変わらない気がする。
でも違っているのは客観的な事実ではなく、その人がその時どう思っていたか、心情まで再現できる。
アイスクリームを選びながら頭では家で両親がケンカしててヤダなと考えている状態を再現できる。
●再生内容を教える相手は誰でもいいのか
彼いわく再生は簡単だという。
相手にメモを残すように記憶の一部を切り取って置いておくことができるらしい。
なぜ亜希子なのか?亜希子にか再生は受け取れないのか?
それはまだわからないらしい。
操られて怒らないのは亜希子の中に居させてもらってるからという単純な義務感からなのか?
今度聞いてみよう。
そして亜希子はとてもきれいだ。
意識は俺の家に戻る。
ベッドから起き上がり、同じように鍋にミルクを入れ、ガスで温める。
どうしてこうもうまく生きれないんだろうか。ひとりで生きていこうと決意しても数時間後には誰かといたいと思い、寂しさを感じて見もしないテレビをつけてあれこれ考え事をする。若さであるのか。いずれはこんな悩みもちっぽけなもので忘れて生きていくのか。どちらにしたってもう何か世間に向けて強い自分を演じる時期に来ている。それは確かだ。
冷蔵庫からトマトを取り出しかじる。
外からスクータの音が近づいて、階段の下に止まる。女の足音が階段をゆっくり上がってくる。彼女の名前は何だったか。そうだ、レイだ。
足音は俺の部屋を通り過ぎ、205号で止まりカギが開く。彼女は部屋へ入る。彼女は最近たばこを始めたらしい、買い置きしたカートンのたばことサービスのライターを持っている、(そう思う)、たばこはマルボロのライト。誰の影響かは予想しなくても大抵、男だ、俺はせめて1mgであって欲しかったと思う。
ミルクをコップに入れる。ゆっくり注ぎ、そのうえから砂糖を1杯。掻き混ぜる。
情報が多すぎる、そしてそれらは偏っていて、偏ってる原因はより派手で興味を持ちやすいものが好まれているためだ。単調なサイクル、だから正しい人間が減る。もっと厳選して情報を流すべきだし、受け取る側も勉強をして、最低限選別する能力をつけなくては。携帯と一緒で必需品なのだから、もっと扱い方を知って使いこなすくらいにならないと、単純労働者に皆なってしまう。おそらくこの国の将来は、情報屋と職人とダメな人間の3つのタイプに分かれるだろう。お金持ちは一部で、職人であっても標準あるいはそれ以下の生活を強いられて、家庭はもてないで夫婦2人である程度幸せを維持するだろう。そんな将来が見えてしまうのにこれからどうがんばればいいのか、むずかしいことだ。
ミルクに膜ができて、それを溶かすように上から冷たい水を少し流す。飲む。
情報屋は会話力と客観性がいる。情報を人から人へ運ぶ役、物を売る役、株取引で数字を動かす役、とにかくこう来たらこうというパターンを確立して演技のようにこなす。人に囲まれるし、お金もそこそこいい。自分で世界を動かしているような充実感が得られる。だってそこまでには人並みはずれた努力か、人間に値しない邪悪な人格が必要だからだ。会話力がないやつはどうするか?それは次の職人だ。情報を集め研究し、独自の手法で表現する。その手法は数十通りで、家具職人でもいい、ギター職人でもいい、建築士でも税理士でも、とにかく個として認められるくらい秀でた能力があるのが条件。
このふたつ意外は、あまり将来がない、そう考える。
私は職人になりたい。
頭がクラクラする。ほんの20分離脱しただけでコレだ。どうしようもないな。こういう時ひとり暮らしでよかったなと思うよ。あの状態で机に座って誰かと会話することは難しいだろうから。
この世界で愛し合う存在がいくつあるだろう。将来増えるのか、だんだん厳選されていき数が減っていくのか、未来にいかないとわからない。
時間を飛び越えるのにはどうすればいいか。予想するだけでなく、実際にどのように変わっていくのか見届けたい。自分の子どもが大きく成長する姿が見てみたい。単純にいまはそう、思う。
どの瞬間にも、関係ないのかもしれない。生きようと努力すること、思うこと、周りに感謝すること、死ぬまでにやっておきたいこと、それはもう、時間ではなく意志の強さだ。
それでも未来へ行ってみたいと思う、そして、少しでも生きたい。天井を見ながら一日を過ごすことに慣れ、外出する必要を請う、そんな毎日だ。それに慣れてきているのが本当に怖い。
周りのことなんか気にしたことがなかった。楽しいことを各自楽しんで、迷惑をかけない程度に騒ぐ。親や家族に見守られてることに気づかず、ただ一日をつまらなく過ごした。
でも、どうだろう。その頃と今で何が違うだろう。
これからどうしたい。
本心はなんだ。
オマエの目的はなんだ。
とにかく生きたい。どうしても生きたい。俺が生きていることで家族が幸せになって欲しい。本当にそれだけだ。こんな自分を世間はどう見るだろうか。陰湿なヤツだと切り捨てて次へ向かうのだろうか。
「すみませーん」
ドアの前で女が立っている。とても小柄で、こっちを見ている。
少しの間ぼんやり眺めたが、不思議と驚かなかった。
最初から知っていたようだった。
「どこから入った?」
女は笑みを浮かべ言う。
「どこから入った?はーおかしい」
見た目より大きい声。女は俺の真似をした後にフローリングに目を落として、何かキョロキョロ探し始めた。
(※注)
"共有"
対象が行う行動と思考を同じように体験できること。
時間を越えることはできないが、相手がこれからどうしようか考えてる場合には、未来もある程度予測できる。
"離脱"
体から思考を抜いておくこと。
もちろん残った体に固定させておく必要があるので、最低限のことはできる範囲であるが、話しかけられてもうまく答えられないだろう。眠ったまま起きているような状態である。"離脱"して30分ほどたつと思考にしびれのようなものが起きはじめて私の本体が壊れるような錯覚が起きる。
"会話"
対象と話すこと。
こちら側が話し、対象がそれに答えることで成立。
しかし、ルールで話すことは"禁止"だ、他人の思考を止めてしまうことはいけない。
"共有"だが、表現が難しいが、全く本人ではない。本人の頭の横で私がいて、そのからだを頭の主な会話を聞き取るものだ。
客観的に行動を見て主観で感情を受け取る。(そういう表現でいいと思う)
だから対象を動かすことはできないし、過去の記憶を探り出すこともできない。
以上。
どこから入った。そうだ、声を出そう。
「どこから入ったんだ」
俺は知らない女に話しかける。
「あなた、わたしに何度聞いたか覚えてる?ここから、よ。この扉。 さっきも。ほんの数秒前にも同じ答えしたんだよ」
それは嘘だろう、右手にたばこの箱を持っている。左手に大きめの灰皿。立っている。
この子の名前は、
ちょっとわからない。見たことはあると思う。
「あなたは寂しいと思ってる。寂しくて誰かにそばにいてもらいたいと思っている」
女はかまわず続ける。答える。
「ああ、そうだよ」
「でも同時に周りをバカにしてるわ。どうしようもないやつらだって。俺がこんなに思ってるのにみんな俺を無視して楽しんでやがると」
「そんなことはない」
床に沿って足を滑らせる女。足が木目の境に来て、また、話す。
「いいえ、絶対にそうだわ。よく考えてみなよ。世の中"俺だけだ"って、"なんで俺だけこんなんなんだ"って、そうやって思っているわ。ほら、今だって」
次は銀色の灰皿を指先でなぞり、こちらに視線を送らずに女はそう言う。深くため息をつく。合わせて俺も息をつく。
(バカらしい。これこそバカらしい問答だ。じゃあなにか、俺はひとりの寂しさから死を意識してるというのか。)
「バカらしい」
体を反転させ、ベランダから外を見る。オレンジ色の照明がカラスに反射し、ぼんやり光っている。
「あなたは賢いわ。自分で状況を把握して分析できる人よ。さっきだって時の可能性について正確に考えてた」
(なんだ?コイツも見えるのか?)
再び女を見る。女は首をかしげ、間を置いて、「違う」と言う。
「違うわ。私には覗く能力はないよ。ただの推察」
温泉地に行って、夜に目を覚ましたときの感覚に似ている。感覚は研ぎ澄まされているのに、何もやることがなく眠くなるのを待つような感覚。誰といても、結局はいつもひとりだと感じる感覚。その感覚が居座る。
「だからね、私を信じてやってほしいことがあるの」
女が話す。
(俺は佐藤あきらだ。誰にも邪魔されない存在で、人より優れた能力を持っている。だから人のこころが読める。同じ体験を他人を通じてできる。だからすごい人間なんだ。)
女はまだ灰皿で遊んでいる。
「それをやめろ!」
私は女の灰皿を蹴飛ばす。
女は私を見る。目を見る。
「バカに乱暴ね。いいわ、コソコソしてるのは私の性に合わない。協力しないならそれまでよ」
灰皿をとるために前傾した状態で女は消える。
視線の少し上、部屋の空間に雑音が横に書かれるように点々で書かれる。バリバリ音をたてて、女が消える。
いなくなる女。存在がなくなる。
俺はほっとし、疲れてベッド横に座りこむ。
手にリモコンの硬い感触。それと布団。
テレビが点く。
テレビではさっきの女が固い表情でこちらを見ている。
「奥が深いですねー。」
「そうなんですよ。突き詰めていけばこれを自分を変える手段として使えるわけです。本当に奥が深いんですよ」
「わかりました。ありがとうございました」
「いえ、ありがとうございました」
(もうやめてくれよ。)
(※注)
"混同"
区別しなければならないものを同じものとして扱うこと。
想像の世界と記憶が混じり合うと全てが本当に起きたことのように感じる。
本人が飛んでいるため、他人が状況を理解するのが困難。
以上。
気づくと地元の道を歩いていた。
左側に光ってるのが小さいころ通ったゲーム屋だ。なつかしいな。
どうしてこんな道を歩いているのか考えていたら、右側に電球色の光が見えた。部屋の明かりが漏れているようだ。
ぼくは自然に部屋の中へ入る、歩道からの境は薄い茶色の布だけだった。横に布をずらして入ってみる。中には外国人風の若い男性が座っていた。
「え…。あ、なんだ君か」
君か、ということはぼくを知っているのか。
部屋にある小さい椅子に座る。外国人風は床に座っている。
部屋を見渡す。入り口から入ってすぐ右には液晶テレビがあり、音楽番組がやっている。ランキング形式でPVが流れている。録画したものらしい、日本の物でないようだ。そのすぐ隣に、ギターが吊るされている。
「これ、弾いていい?」
「ああ、いいよ」
小ぶりなギターだ。ぼくはパーラーギターには詳しい。でも一度も見たことがないモデルだった。
弾いてみる。クラッシックギターのように繊細で粒がやわらかいギターだ。しかも、見た目が特徴的で、民族楽器のような形だ。マンダリンだったか?うろ覚えでわからない。
「これは見たことがないよ。ぼくはこういう小さいギターは詳しい方なんだけど、どこのだい?」
「ああ、それは。それは母国のものだよ。どこのメーカか知らないんだけど、すごくいいだろ?」
「そうだね、すばらしいよ」
外国人風はコーヒーを飲んでいる。
「君も飲むかい?」
「いや、ぼくはいいよ」
ぼくは不思議だった。
ここは落ち着く。ここがふるさとのようだった。第一、こんなところに家が(部屋が?)あること自体知らなかったのだ。新しい発見だった。
「あなたは?」
外国人風は不思議そうな目でこちらを見る。
「あなたは?名前は?」
「僕はショーンだ。きみは?」
「ぼくはアキト」
会話はこれだけだった。それからしばらく、コーヒメーカのポコポコという音を聞きながら過ごした。テレビではあいかわらず音楽だった。
入り口が開く。50代くらいのおじさんがショーンを訪ねてきた。
少し会話を交わし、ショーンはぼくに向かい、「15分くらいでてくる」といって、家を出て行った。
ショーンが出て行った後も、ぼくはギターに夢中だった。アンプにつなぎ、小さく周りに気をつかいながら弾いた。
4時になり、そろそろ朝の時間かと思っていたら、女が来た。
「あいつはどこいった?」
「ショーンなら出てったきり戻らないよ」
「そう」
女はしばらく床に一緒にいた。
「君、名前は」
「ぼくはアキト」
「…ふーん」
ぼくの名前には興味がないようだ。
30分くらい経ち、待つのにあきたようで女は帰っていった。
お酒が好きで、男が嫌い。この近くにアパートを借りて住んでいる。将来は猫を飼いたい・・。そんなことを話していった。
ぼくは寝た。
起きてもショーンはいなかった。
それから一ヶ月くらいして、ぼくは女の家に行った。
女の名前は亜希子だ。
家もだいたい察しがついた。あそこから近いアパートはここしかない。その階段上がってすぐ、201号室。インターホンを押して、呼ぶ。
「亜希子さーん!」
大きい声で呼んでみた。中でゴソゴソ音がして入り口のドアが開く。
「いらっしぁい、アキヒロ」
「ぼくはアキトです」
ぼくはダイニングテーブルの椅子に腰掛け、周りを観察してみた。(観察したが今、何も覚えていない。見たことは確かだ)
亜希子はお酒を手に、わけのわからない話をした。可笑しな内容だった。ぼくは笑い、亜希子も笑った。亜希子は半分下着姿だった。
ぼくの思考は別にあった。ひとことで確信に迫らなければいけない、それをぼくのポリシーとしていた。ぼくのルール、人生のルール。相手に早口で言いくるめられたら、負け。負けなんだ。
話している途中にねじ込んだ。
「ショーンがいなくなったら困るでしょ?ここの家賃とかどうするの?」
数秒、亜希子は固まり、またお酒を飲んだ。息継ぎをして話し始める。
「そんなことまで聞いてるんだ。君はショーンに信頼されたんだなあ、あんな短い時間に、…」
…。
(眠ってしまったのか?)
しばらく待つ。
亜希子の体が動く。
「…寝ていないよ、ごめん、ありがとう。ここの家賃は確かにショーンが払ってる。私は無職だから来月からどうやって払えばいいか。たぶん払えないかな」
「ぼくはね、亜希子さん、あなたがショーンを殺したと思っているんだ」
また亜希子が固まる。でもさっきと違い、目が血走っている。
ように見える。
「ぼくは鼻がいいんだ、亜希子さん。女兄弟の中で育ったからなのか、女のいやらしい匂いというのは中学校くらいで知り得た。嫌でもこれがソレなんだという具合に。鼻がいいんだ、生まれつき。だからそれを元にして、女が、相手が、どう思っているか匂いでわかるんだ。」(嘘を少し混ぜる、これくらいならバレないはずだ)
しばらく待つ。
「…あなたは誤解しているよ、アキト。ショーンが一ヶ月以上わたしに連絡してこないことはなかったんだよ、アキト。それが、ない。わたしはおかしいのかな?」
「おかしいんじゃないんだ、事実を知りたいんだ、ぼくは」
言葉を選び、わかりやすく伝えるべきなのかもしれない。でも、それがなくても伝わると思った。亜希子は頭の回転が速い。
「事実ね、わたしは事実は想像力をなくすと思う。例えば小説なんか嘘の固まりで…」
「亜希子さん!」
ぼくはもう聞きたくなかった!テーブルを叩いた。
「教えてくれよ!どうしてショーンはいなくなったんだ!」
「君に知らなくてもいいこと!」
「アキトは認められたんだと思ってた!だからあんなにすぐ、ショーンは君を部屋に入れたんだと思った!あの部屋は誰にでも寛容じゃないんだ、ショーンが認めたひとじゃないと入れないこころの部屋なの。わかる?知らないけど、たぶんあなたは能力者よ!」
「まさかアンタから手紙がくるとは思わなかったよ」
「そうか?少し気になったものだから。それに少し話がしたかったようだし」
「そうか」
風景は止まっている。
「くるまの上とは考えたな。たしかにこんなところに人は立たない」
「いい判断だろ?しかも今は雨だからもしもの時にスズメに優しい」
「ははっ、お前は優しいな、誰にでも」
「そんなわけではないよ。それに同じ"時間仲間"じゃないか、僕らは」
「そうか、そうか」
少し笑って話す。
「じゃあ、そろそろスタートさせるぞ。またいつでも言ってくれ」
「ああ、ありがとう」
男は消えてしまう。風景が動き出す。
僕はスーパーに行き、にんじん、玉ねぎ、豚肉などを買い始める。きょうは木曜日、なので安い日だ。
「おつりが530円になります」
「ありがとう」
そしていつものように部屋に戻り、床に座る。
(前と同じだろうか?)
そしてカレーをつくった後、アキトが訪ねてくるのを待った。
しばらく考え事をしていた。目から気力が消えて、ただ呼吸した。
ふと気づくと目の前に彼がいた。
「え…。あ、なんだ君か」
アキトを部屋に通す。
やっと会えた。
きっと、彼が僕の時間を止めてくれる。
「想像の上では君も僕と同じように人間を作り出し、再生できる」
○○○○○○
○○○○○○
「おまえ、どう思う?」
「何がって…」
読み終わった私を見て、春井は話してきた。
私について書かれてることはわかった。他に、過去のアキトの記憶と佐藤あきらという意味がわからない人間と春井の文章にあったメレンが登場する。それもわかる。
でも、こんな酷いことを私はしていない。
レイについて調べていたことを彼女に知られてはいたが、ホテルについていくことはしなかった。
仮にそんな気持ちがあるとしても、私の中の自制がそれを止めるだろうし、関係が崩れるリスクを犯すようなことはしないだろう。
「俺はアキトが俺をだますために書いたと最初思ってた。でも、今は違う。亜希子、これは事実なんだろ?」
自分でもわけがわからなかった。その上、春井は動揺して焦っているし…。
「おまえ、驚いてる。それでもう、ホントになっちまうんだよ。アキトに会っただろう?あいつ、本当にそう思い込んでるんだ。俺がショーンだって。だまして楽しんでるようには、俺には思えない。これが事実だとしたら…」
「ちょっと待ってよ…」
私は何も言えなかった。私の過去をアキトが知っている。これは事実だろう。
私が過去に感じたこと、レイについて、春井を見つけて会社に入ったこと、アキトに会っていたこと。全て事実だ。
でも。私はアキトに会ったことを覚えていない。文章にある通りだとしたら、二度違う場所で話をしたことがあるはず。なのに、そんなことはあり得ない。会ったとある時期に、アキトは子どもでも私はちゃんと学生してたはずだ。覚えてないはずない。
「ちょっと考えさせてよ…」
私が今25で、入社したのが21だから、さかのぼり5年前からアキトは私を知っていることになる。そして、この「能力」について。これは全く謎だ。文章を読むと春井がショーンで、私はレイの友達で亜希子、そういうことになる。
「春井、いいたいことはわかった。これはあの子が単に私たちをだますために書いたものじゃない。でも、これと実際に起こったことを確認しておきたい」
「そんなことしてどうなるよ?」
「私に関して言えば、アキトに会ったことを覚えてない以外は、そのままだよ。私が感じてたこともホント」
「じゃあ、やっぱりこれはホントのことなんだ…」
「でも、私はこんな酷いことしない。レイのこと責めたりできなかった、それくらい私は自分に関係されるのが怖いの」
春井はここに書かれたことを信じてるようだ。事実ではないことも含めて全部。
「でもね、春井。私は信じないよ。ここにあるのはあの子が想像力が豊かで、面白い文章を書けるということだけ。ただそれだけなの。あとは架空の話」
「おまえ、あいつのこと信じれないのか?」
「いや、だからー」
本当に信じ込んでいる。
「わたしたちがやれるのはこの子に現実を教えてやることだと思う。想像を信じて生きても、彼のためにならない。自分が能力を持って生まれたとか、本当は人とは違う生まれ方をしたんじゃないかとかいう、変な思い込みを…」
「でもだってこれ事実だろ?」
「だから…」
こいつは馬鹿か。なんで子どもの書いた文章を信じてるのか。
ホントどうしようもないな。
「あなたが振り回されてどうするの?アキトが心配だから私に会わせたんでしょ?じゃあ、これで解決じゃない」
「全然違うよ。俺はあの子にいろいろと聞かなきゃいけないと…」
「俺がなんで生まれたの?とか?ちょっと勘弁してよー」
春井は真剣だった。
わかり合えない人もいる。現実にはあり得ないようなおかしなことを全て信じようとする、そんな人もいる。一生、夢を見て暮らす人もいる。それはそれでたぶん、もう、事実なんだろう。
でも、私は信じない。
嘘を上手に書けるアキトを「知りたい」と思うが、「歪みを直さなきゃ」という気持ちの方が大きい。
「わかった。じゃあ、これからは私が書いてあげるよ。はい!解決!その代わり、今度またあの子に会ったら、ちゃんとそのノートを返すこと、いい?」
「それじゃあ意味ない。あの子にもっと聞かないと、あの子に続きを…」
「とにかく、もう帰れよ。もうすぐ親が帰る時間だから。早く!」
私は通りにでて、タクシーをつかまえて、春井を乗せる。
「俺は信じてるよ。あいつが思い出すまで、しっかり話を聞いてやるつもり」
「はいはい、わかりました」
春井を乗せて、黄色いタクシーは走っていった。私は見送り、家に帰るため、歩きだす。
「私はあいつを本当に好きなのか?なんか不安になってきた」
現実、文章、エゴイズム。
似たようだけど、全く違う。それらを統一する努力はしてもいいが、一致を信じない気持ちをどこかで持たなければ、人は生きられない。
(春井が信じるのも無理ないか)
三重県の遊園地に来た。
春井が子どもは遊園地が好きに決まってるとはりきったからだ。それはそうだが、ノートのことを聞くだけなのに大げさすぎないか。
「それでいつ切り出すの?」
「私が聞くの?あんたじゃん、乗り気なのは。私は見守ることが最良だと思ってる」
「まあなんでもいいからさ、聞いてよ」
「ヤダ」
なんかとても頼りないな。
昨日の春井は冷たくて、目を合わせられないくらいだったが、今はどうも頼りない。浦島が現実に戻ってきたら弱くなるように、春井もおじいさんのようになり、チカラが抜けてしまったようだった。
「どうでもいいようなことをこの子に聞く時間がもったいない。本当に言いたくなったらアキトから言うでしょ。子どもを怖がってどうするよ」
春井の性格はやはりわからない。どのタイプにも一致しない、変則的な性格なのだ。
「とにかく今日は私は楽しむ。あんたなんかどうでもいいの」
私はアキトと二人だけで遊園地を楽しむことにした。
5mくらい後ろから恐る恐るついてくる春井を無視して、いろんなジェットコースタに乗った。
楽しかった。
好きな人と好きなことをやるのが、こんなに楽しいことを今思い出した。
「ねえ、さっきから変な男の人ついてくるんだけど、アキトは知ってる?」
「僕知らない。誰あの人?」
本当にアキトは知らないようだった。それがおかしかった。
「いつも見てるはずなのにね?春井は印象薄いんかなあ?」
「違う、最初からいないんだよ、見えるのは目を凝らしたときだけ」
「へー。アキトはかしこいねえ~」
走って、春井が追いついてくる。
「ちょっと待てよ、亜希子」
「おまえなんか、知らん!」
私はアキトをつれて、走り出した。
私は楽しかった。
いつまでもひとりで部屋に閉じこもって、一生何も知らないまま人生を終えるのかと思ってた。でも、アキトのような大切な存在、私と似たように一人で苦しいと思ってる子とこうやって一緒に遊べる。
お互いが必要としていて、信頼し合える関係。
これを維持して、未来につなげていく。そのために生活する、今を生きるために、働く。そういう単純なことにやっと気づいた。
何でここにいるのとか、なんで働くのかとか、天職は何かとかどうでもいい。この暖かい気持ちを共有できる関係を「楽しい」と思えれば、それでいいのだ。
「アキト、姉ちゃん働くから。アキトとずっといたいから」
「え?どういうこと?」
「アキトはいい子だな~」
その日の空は、とても広かった。
○○○○○○
○○○○○○
「本当に良いのか?本当のこといわないで」
「いいの、もう。姉ちゃん元気になってくれたし、ぼくだってもう大丈夫だから」
僕は兄ちゃんと一緒にショッピングセンターへの道を歩いていた。
僕は自動ドアを開けて、エレベータに乗り込んだ。7階のボタンを押した後に、すぐに2を押して、2階で降りた。
「ほい、これ!急げよー」
2Fでは打ち合わせしたとおり、兄ちゃんが待ってて、野球のユニホームと帽子を僕にくれた。
「こんなことして、お姉ちゃん怒ったらどうすんのさ」
「だいじょうぶ、そん時は。俺が出てってガッツリ謝ってやるから」
「ホントに大丈夫かなー」
僕は2Fから非常階段を降りて、一旦道路に出た後に、玄関に戻ってドビラを開けた。
僕はお姉ちゃんの方を見ないように急いでるようにして、ドアを開けて、またエレベータの7を押して、上へ上る。後ろから足音が聞こえたけど、がんばってドアの閉めるボタンを押した。階段を走って7Fについたら、部屋のドアを開けて、急いで部屋に入った。もしかしたら、気づいて僕を追ってくるかもしれない、そうしたらお姉ちゃんはすごく僕のことを怒ると思ったから。僕はユニホームを脱いで、電話を待ってた。
「もう、いいぞ、地下鉄にいこう」兄ちゃんから電話があってから、また僕は下へ降りていってタクシーに乗り、地下鉄の入り口まで急いだ。入り口についてお姉ちゃんが来るのを待ってた。すぐに僕は、歩いてくるお姉ちゃんを見つけられた。
「なんか青臭いよな。青春って感じだよな。純すぎてやんなるよ俺は」
「絶対内緒だからね、兄ちゃん」
「わかったよ。でもこれで俺の評価はガタ落ちだぜ、たぶん。ダメすぎて心配だよ」
「もともと兄ちゃんは軽すぎるんだよ、コレだってどっかで間違えてばれちゃうかもしれないって思ったんだから」
兄ちゃんは僕を見て、うれしそうに笑ってる。笑わなくてもいいじゃん。
「わかんないよ~、今の今は亜希子だって俺のこと、まだ思ってるかもしれないし~」
「それはない」
「それはない。今の亜希子のマネか?似てなー」
「もういいの!これで!」
僕は約束を守った。春井もお姉ちゃんもちゃんといて、一緒にこうやって生きてる世界。
ちゃんとこの世界に僕は生きてる。
「これで?これで、彼女といつでも会えるようになったからってか?お前やっぱ青いなー」
「うるさい!」
「この辺は愛の匂いがしますねー、調べて見ましょう」
「うるさいよ!」
これまで書いてきた文章をまとめてみようと思い、投稿しました。できるだけ、ご意見をいただきたいと思っています。よろしくお願いします。




