決別
あれから1ヶ月が経った
時折まだ涙を見せるものの、絢音も少しずつ日常を取り戻せるまでになった
まだまだ前のようには行かないけど、ゆっくり進んでいければいいと思う
産後の検診は死産の場合でも受けなければならなくて、絢音はかなり勇気がいったようだった
産後の定期検診ですと伝えると
事情を知らない受付の人が、「赤ちゃんはどちらですか?体温を。」と通常の対応をする
言葉に詰まる絢音の肩を抱き寄せ、俺が死産ですと言おうとすると、事情を知る看護師さんがやって来た
「江藤さん......。貴女、ちょっと先に情報見て?」
と看護師さんが受付の人に伝えると
受付の人「ぁ、すみません。失礼致しました。」
と慌てて謝罪する
もう、国立病院でも似たような経験をした後だった
看護師「江藤さん、さ、こちらへどうぞ?」
気を遣ってくれた看護師さんが、奥の個室へ入れてくれる
「あの、いろいろとありがとうございました。お礼も、何も言えなくて......」
看護師「気にしなくていいですから。お身体は大丈夫ですか?」
「はい。」
テキパキと仕事をこなしていく看護師さん
そうしていると、先生がやってくる
「先生、その節はお世話になりました。」
産婦人科医「いえ......。よく頑張られましたね。」
「っ」
内診も終わり、先生が話をする
産婦人科医「江藤さん。特に異常はありませんでした。」
「はい、ありがとうございました。」
産後の性生活についても少し話がある
これはいつも先生が話すことだ
悪露が終われば身体の状態をみて性生活は再開しても大丈夫だと
産婦人科医「江藤さん、私は不器用ですし、産婦人科医ですからね......」
「?」
産婦人科医「......まだまだ貴女は若い。怖がってもいいです。恐れというのは、とても大切な感情です。でもね?嫌いにならないでください。」
「っ」
産婦人科医「......またいつか、お会いできるのをお待ちしてます。」
「......先生」
産婦人科医「......お大事に。」
「はいっ......」
望めるかは分からない
今の私は、お産に対しての恐怖を抱えてしまったから
診察室を出れば、妊娠さんや赤ちゃんを抱えたお母さん達が順番を待つ
なんとなく、それを眺めていると
あの看護師さんがやってくる
看護師「江藤さん、良かった。」
「?」
看護師「これ......」
「......?」
看護師「赤ちゃんの......お腹の中の時の映像なんだけど....。」
「えっ......」
看護師「診察の時のね?江藤さん、希望してたでしょう?」
「ぁ......」
診察時の映像を希望するかどうか、確かに聞かれてた
無いよりはあった方がいいな、って思って希望してたんだ
すっかり忘れてた
看護師「......はい。」
「っ、ありがとう、ございますっ......、ありがとうっ」
それは、まぎれもなくしおんが生きた証だった
唯一の動いた映像
泣き出した私の背中を、看護師さんが優しく撫でる
千早がやって来て「すみません」と声をかける
「違うの......、しおんの、診察の時の映像、撮ってくれてて......」
千早「えっ?ぁ、ありがとうございますっ」
看護師「こんなものしかなくてごめんなさいね。」
「そんなことありませんっ......。すごく、嬉しいっ」
千早「うん。そうだね。良かったね、絢音。看護師さん、ありがとうございます。」
看護師「.....江藤さん、お大事に。もし......、もしも......」
「っ............もしも、望める時が来たら......こちらに伺います。」
看護師「っ!......はい、待ってます。待ってますからね......?お大事に。」
きっと、言っていいかすごく悩んでくれたんだろうと思う
それは先生も、看護師さんも
きっと、こういことに正解なんてないんだろう
ダメな人はダメだし、個人によって違うから
私自身、望めるようになるかは分からなかった
検診も無事終わった
そんな時、絢音の家族が訪ねてきた
梓「お線香あげに......いい?」
「ん、ありがとう。」
茜「......仏壇、買ったんだ?」
「ぁ、うん。そんな立派なものじゃないけど。」
茜「そんなことないよ。」
梓「......遺骨、どうするの?」
「えっ?」
梓「お母さんが、こっちのお墓に入れたらどうかって......」
茜「梓、やめなよ。」
梓「だって、ずっとは置いておけないでしょ?」
「......」
梓「絢音?」
「遺骨、私は同じお墓に入りたいから。」
梓「どういうこと?あ、千早くん家の方のお墓?」
「まだ、それは分からないよ。」
梓「だって、四十九日経っちゃうでしょ?」
「調べたら、側に置いてても大丈夫って。」
梓「でも......」
「お寺の人にも聞いた。私達が望む方法でいいって。水子供養もよし、自宅もよし、お墓に入れるもよし。正解なんてないから、私の希望するようにしていいって。」
茜「もう決めてるならそれでいいと思うよ。梓、もう止めな。」
梓「......分かった。」
「お母さんに言われたんだろうけど、もう止めて?」
梓「っ」
「私、もうあの人と関わるつもりないから。」
梓「どういう意味?」
「そのままの意味。」
茜「絢音......」
「お姉ちゃん達は、何も知らないから......。見ようともして来なかったじゃない。あの人の浮気が分かった時も、その後の事も......。私が目の前でお父さん以外の人とキスする所見せられたとか、知らないでしょ?」
梓・茜「っ」
「梓姉はさ、前の旦那さんに浮気されて離婚したでしょ?探偵まで雇ってもらってさ?それと同じ事を自分の母親がしてるんだよ?なんとも思わないの?相手の家族は離婚までしてるのに......」
梓「......」
「そっか、楽だもんね?お金全部出してくれるし?」
茜「絢音、止めてよ......」
「あの子の時だって、私が何言われたか本当は聞いてたんでしょ?」
梓「っ」
「帰って......。もう会いたくない。」
茜「絢音っ」
「何もなければ、お線香だってあげに来なかったでしょ?千早のご両親は、もう何度も来てくれてる。お花も買って来てくれた。私の両親は、連絡すらくれないじゃない。お父さんも同じよ。」
梓「そんな......違う。」
「今更いいよ。何言われても信じられないから。」
梓「絢音っ」
「残念だね?都合よく使える家政婦が来なくなるから。」
梓「家政婦だなんて......」
「違った?」
梓「違う。そんなつもりで呼んでたんじゃ......」
「あの人はそう思ってたよ。」
梓「......っ」
茜「絢音......ごめんね。」
「茜姉に謝られても......。茜姉はあの家の人じゃないし。関係ないよ。まあ、傷付くことはよく言われたけど。そんなのもうずっと前からだし。」
茜「っ、ごめん。絢音は、強いから......つい」
「私、強くないよ?見せないだけ......。たくさん泣くよ。傷付かない訳ないじゃない。」
茜「ごめんっ、ごめんね?」
「......茜姉が、あの子の為に折り紙とか作ってくれたの、本当に嬉しかったよ?ありがとう。」
茜「絢音......」
「やっと、ここまで来たの......。もう、傷付きたくない。」
梓「っ」
「前を向きたいの。邪魔しないで。」
梓「......」
二人を玄関先まで見送る
梓姉はなんとも言えない顔をしていた
茜姉は泣いていた
「今まで、ありがとうございました。」
茜「絢音......」
梓「......」
「さよなら。姉さん。」
さよなら、私の家族
不思議と涙は出なかった
ずっとずっと、自分の家族が嫌いだった
ずっとずっと虐げられて過ごしてきた
いざ決断してしまえば呆気ないものだ
どうせ梓姉からあの人に話がいけば、すぐに連絡がくるだろう
それで終わりだ
やっと前に進める
そう思っていたら
連絡は茜姉からが先だった
茜「私も、あの人と縁を切ったから。」
「えっ?」
茜「全部聞いた。絢音が何を言われたか。何をさせられてきたか......。ごめんね、気づいてあげられなくて。傷付けてごめん......」
「茜姉......」
茜「梓、あの人からかなりの援助をしてもらってるらしい。知ってた?」
「少しは......」
茜「すごい額よ?」
「もうどうでもいいよ。関係ない。」
茜「......」
でも、茜姉は優しいから
完全には縁を切ることなんてきっと出来ないよ、と思った
その日の夜、案の定母親からメッセージ
罵詈雑言の嵐
そのままブロックして連絡を断った
決断さえしてしまえば簡単なものだった
千早「大丈夫?」
「うん。」
千早「何も、お義姉さん達とも切らなくてよかったんじゃない?」
「茜姉とは連絡取ってるよ?」
千早「梓お義姉さんは?」
「取らない。あの人の味方だから。」
千早「お義父さんも?」
「うん。」
千早「後悔しない?」
「後悔はするものだって、もう知ってるから平気。」
千早「......そっか。」
「うん。それに、私には私の家族がいてくれるから大丈夫って思えたの。全部千早のおかげ。一歩踏み出せたのも、変えなきゃって思えたのも。」
千早「絢音自身はそのままでいい。ぁ、でも、もっと完璧じゃなくてもいいんだよ?」
「?」
千早「この前みたいにさ......洗濯物ぐちゃぐちゃとか。まぁ、あれは少しやり過ぎだったかもしれないけどさ......。」
「夜ご飯、カップラーメンとか?」
千早「たまにはよくない?背徳感あるよね......。我が家なんだからさ?手を抜いたって誰も怒らないよ?」
「......うん。」
千早「俺も、もっと手伝うよ。料理出来る男って、何か良くない?」
「うん。かっこいいよ?腕まくりしたところとか......」
千早「そっちか......」
「えっ?」
千早「いや、なんでも......」
「ぁ、そろそろお迎えの時間。」
千早「俺行ってこようか?」
「ん、じゃあお願いしようかな?」
千早「うん、任せて!」
千早が子供達を迎えに行く
後悔は、するかもしれない
分からないけど
でも、傷付いている時にさらに傷口を広げるようなことをするなんて、そんなのやっぱりおかしい
薄情な奴だと
親不孝者と言われても
私はもうあなたを母とは呼べない
呼びたくない
でも、ありがとう
ダメな母のお手本を見せてくれて
私はあなたのような人にだけはならない
傷口に塩をぬるようなことを言って、誰かを傷つけるような人にはならない
「ママ、頑張るね?」
いつかあなたに会えるその時まで
あなたに、胸を張って「頑張ったよ」って言えるように
ママ頑張るね
だから、お空の上でママを見ていてね?




