日常と後悔
千早「ぅ......ん、朝?......ん、絢音?」
手を伸ばし抱き寄せようとするも、いたのは子供達
「絢音?」
カチャカチャと音がする
寝室を出てリビングへ行くと
台所で茶わんを洗っている絢音
「絢音、何して......」
「千早、おはよう。何って、茶わん洗ってる。」
「そんなのしなくていいから。俺が後でする。」
「でも片付けないとご飯......」
「俺がするから、ほら、あっち横になってて。」
「でも」
「だめ、病院戻りたい?」
「っ」
手を引っ張ってリビングのソファーへ連れて行く
「家事は禁止。」
「千早、私」
「君の大丈夫は、大丈夫じゃないって知ってる。自分に言い聞かせるためだって。」
「っ」
ぎゅうっと絢音を抱きしめる
「家でまで無理しなくていい。」
「だって......何かしてないと」
「......考えるのは、悪い事じゃないでしょ?」
「っ」
「お手紙、書くんじゃなかった?」
「ぁ......」
「今は、あの子の事をたくさん考えてあげよう?泣いたっていい。だって、親なんだから当たり前だよ......。」
「うんっ......うんっ」
ひとしきり泣いて、腫れぼったい瞼
「目真っ赤......」
「ぅ......」
「ママ、おなかすいた......」
「ぁ、おはよ。何か作」
「こら、だめ。俺がするから。」
「でも」
「でもも何もなし。」
「作れる、の?」
「出来る」
「分かっ、た......」
「焦げた......」
「味は美味しいよ?」
「にがぁい」
「ふふっ、焦げた所取ってあげる。」
「ママ、ぼくも」
「はいはい。」
子供達と過ごすのは気が紛れて良かった
「ベッドに横になってて?ほら、パパと遊ぼう。」
「えー、ママがいい。」
「......」
「ベッドの上でもいい?」
「わぁい」×2
「......」
「パパもくる?」
「おじゃまします......」
ベッドの上に皆やって来る
「何する?」
「おえかき」
「じゃあお絵描き帳もっておいで?」
「はぁい」
「ママ、かいて?」
「ママ、絵すっごく下手くそだよ?パパが上手よ?」
「じゃあパパかいて」
「よし、何がいい?」
「でんしゃ」
「ぼくはきょうりゅう」
「よぉし、皆で描こう。誰が一番上手かな?」
「ぼくだよ」
「ぼくだもん」
お絵描きをして皆で見比べる
「ママ、でんしゃじょうず」
「そう?」
「これじゃない。なぁに?これ」
「恐竜......だって、難しかったよ......」
「パパすごい」
「ほんとだ!パパ、他のも描いて!」
「まかせろ!」
「......ママ、お手紙かくね。」
「おてがみ?」
「そう。赤ちゃんに。」
「あかちゃん、どこにいるの?」
「ポンポンなくなった」
「......ごめんね、お空に行っちゃったの。さよならしなくちゃいけないの。」
「さよなら、やだ」
「ママも嫌よ。......でも、しなくちゃいけないの。ごめんね?」
「あかちゃん、こないの?」
「ん、ごめんね。ごめん......」
「ママ、おめめからおみずでてる」
「ないてるんだよ、ばかだなぁ」
「ママ、ないてる?よしよし。」
「ぼくも、よしよし」
「ふふっ、ありがとう。ごめんね......ありがと......っ」
子供達をぎゅうっと抱きしめる
「ママ、くるしい」
「ん、ごめんね。だいすきだからぎゅうってしたいの。」
「ぼくもぎゅう〜」
「パパも混ぜてよ。」
「だめ」
皆でお手紙を書くことにした
お兄ちゃんは折り紙を折ってくれた
保育園で習った折り紙
セミの折り紙とチューリップ
「上手ね!」
「うん!たくさんつくる!」
皆それぞれ赤ちゃんへの贈り物を作る
まだ幼い子供達は、よく分かってはいないのかもしれない
でも今のこの時間は、赤ちゃんの事をちゃんと考えてくれていた
それが嬉しかった
「持ってきたよ。」
「ありがとう。」
千早に持ってきてもらったのは、赤ちゃんの為に準備していた肌着や洋服、帽子にミトン、靴下
小さなそれらは、もう使われることはない
「どれにしようか。」
「ん、これは?」
「うん。靴下はこれ。」
「ふふっ、柄物だらけで派手だね。」
「目立っていいじゃん。迷わずに行けるよ。」
「そうだね、それにしよう。」
「他はどうする?」
「......何枚かは一緒に棺にいれる。金具が無いやつ。これは......残しておく。」
「うん......。明日は、一度ここに寄ってから火葬場に行く。それでいい?」
「ん.....」
「あ、そうだ」
「?」
「荷物届いてたんだ。」
「荷物?」
届いていたのは、出産後使おうと思っていたおくるみだった
「間に合って良かった。」
「そうだね。ね、千早?」
「うん?」
「家族皆の髪の毛とか、一緒に持たせたらダメかな?ちょっとでいいの。」
「もちろんいいよ。」
「ありがとう。」
ほんの少しずつ、皆の髪をハサミで切る
子供達は坊主だったから少し大変だった
「これで全部?」
「うん。また思い付いたらその時に。もうあんまり時間がないから......」
「そうだね。」
時間は待ってはくれない
お別れの時間は刻々と迫ってくる
時間があれば、もっともっとやれることはあったかもしれないのに
後悔ばかりが募る
「こら」
「?」
「難しい顔」
「っ」
「何度だって言うよ?絢音は悪くない。誰も悪くないんだ。今出来る精一杯で送り出してあげよう?大好き、愛してるをたっくさん詰め込んでさ。そしたらきっとあの子も喜ぶ。」
「そう、だね......たくさん詰め込む。溢れるぐらいいっぱい。」
「うん。」
「千早」
「うん?」
「ありがとう。」
「ふふっ、どういたしまして?」
千早はあったかい
いつも私にたくさんの愛を与えてくれる
欲しい言葉をたくさんくれる
一緒に泣いて、笑って、励ましてくれる
大切な、大切な私の最愛の人
私は貴方に何か返せてるかな
何か与えられているだろうか
「絢音?」
「......」
「眠った......?」
「ママ」
「しーっ。寝ちゃったから寝かせてあげようね?」
「はぁい」
泣き過ぎて腫れた瞼
無意識にずっとお腹に添えられた手
小さなその手をぎゅっと握りしめる
こんなにも小さな身体に、とてつもなく大きな物を背負っている
きっと想像を絶する程酷な事だっただろう
無力だった....あの時、あの場所での出来事
抱きしめてあげることしか出来なかった
震えて泣き叫ぶ絢音をこれでもかと強く抱きしめて自分も泣いた
ごめんなさいと謝り続ける君
何も悪くなんてないのに
分かってる
元気に産んであげられなくてごめんなさい、と絢音はずっと自分を責め続けている
異変を感じた時すぐに病院へ行っていれば、とずっと後悔しているんだ
「一人で背負わなくていいんだよ?」
だって家族なんだから
「ん......」
(ぁ、私......眠って、た。)
自宅に帰ってからはだいぶ眠れるようになってきた
きゅるきゅると、お腹の音が鳴っている
(ちゃんと食べなくちゃ......)
寝室からリビングへ向かう
「あ、おはよ。よく眠れたみたいで良かった。何か食べる?」
「お昼、作ってくれたの?」
「チャーハン作って食べさせたよ。食べる?」
「ん、少しもらう。」
「分かった。待ってて?」
「ママ」
「どうしたの?」
「ちょっとしょっぱかったよ?」
「ふふっ、そう。」
「ママのごはんがいい。」
「夜は何か作ろうか?」
「......味付けだけお願いしようかなぁ。」
「分かった。ん、ほんとだ。ちょっとしょっぱいね。でもありがとう。」
「次こそは......」
「期待してる。」
少しずつ少しずつ食べれるようになる
でも、それが悪い事のような気がした
あの子はミルクですら口にすることなく逝ってしまった
死産したあとよく分からないままカバサールというお薬で母乳を止めてしまった
ほんの少しでも含ませてあげればよかった
何もしてあげられなかった
解剖の選択をしたのは自分達だ
でもそれ故に、産んだあと過ごす時間は取れなかった
後悔しても時間は戻せない
戻って来ない
先生達からたくさんの説明を聞いた
でも心がぐちゃぐちゃの状態の私には、ただ「はい」と言って頷くのが精一杯だった
もっとちゃんと聞いていたら
もっと時間があったら
もっと早く気づいていたら
あの日あそこへ行かなければ
私の心の中は「後悔」がほとんどを占めていた




