朝起きたら、『我』が増殖していた
この作品は
しいな ここみ様主催『朝起きたら企画』
参加作品です。
ちょっと加筆
起きて最初にするのは、黒い眼帯を右目にかけることだ。
重要だ。『邪神を封印している』と言う設定が崩れてしまうからだ。
手を伸ばす。
無い。
枕のすぐ横にいつも置いてあるのに。寝返りで飛んだか?
「まったく、救世主の佇まいには……ほど遠いな」
上体を起こし、布団から出る。そこで異変に気付いた。
誰かいる。
何でだ?泥棒か?俺の中2装備を盗みに来たか?アレ全部オーダーメイドだから高いのにでも換金できるのか?腹が出て着れなくなったのをハー●オフに持ち込んだら総額1000円にしかでも発展途上国ならそのくらいの金で命かけるらしいしまさか寝ている間に夜這い逆に怖い怖い怖いいや待てヤンデレストーカーでも無職童貞にはありがた……
「貴様、何者か?」
人影が俺に問う。どこかで聞いた声だ。
カーテンの隙間から日が差し、人影の輪郭が露になっていく。
デブだ。若そうだが、髪は薄い。……俺の眼帯を装備していやがる。何だか既視感があるな……
「「貴様、まさか我か?」」
鏡で毎日見る人物がそこにいた。
待て待て。俺が考えた設定ーー【ブラックダークデストロイヤー】にはドッペルゲンガーと言う魔族が……四天王の中堅が存在する。
異世界転生と言う概念があるのだ。妄想……中2病現実化だってあってもおかしくない。とりあえず確認しなければ。
ドッペルゲンガーの設定……じゃなかった性質は、敵対者の擬態と行動の完全模倣。弱点はある。『奇妙なポーズ』を取ると擬態が解けてしまう。
俺は立ち上がった。奴も同じように。やはりドッペルゲンガーか。四天王の一角、ここで叩いておくッッッッッ!
パジャマのまま立ち上がって右肩を前に。開いた手で顔を隠して。
「「ヴァァァァァンッッッッッ!」」
コイツ、擬音まで再現したッッッッッ!
どうする?どうしたらいい?
逆に考えるんだ。でもこの場合の逆って何だ?
こうなったら……
「「降参しますッッッッッ!世の中舐めててすいませんでしたッッッッッ!」」
……屈辱的な行為がシンクロした。何故だッッッッッ!【ブラックダークデストロイヤー】に降伏は存在しないはずッッッッッ!
「「もしかしてだが……」」
顔を上げながら同時に恐る恐る聞く。
「「貴様は我…………俺なのか?」」
仮説だが、俺が増殖したと判断。とりあえず予備の眼帯を着けて、朝飯のカロリーブロックを分けあった。【ブラックダークデストロイヤー】と戦う救世主に、和食を作る時間は無い。
決して収入が無いせいではない。昼食を摂らないのは、いざと言う時のためだ。貧乏だからでは無い。その証拠に夜食は豪華だ。食欲が金銭感覚を粉砕したわけでは無い。そう……最後の晩餐と言うやつだ。【ブラックダークデストロイヤー】との戦いでいつ命を落とすかわからないだろう?
お互いの左手に包帯は巻いた。それは重要だ。力の発動を制御するためだ。今まで1度も発動していないが、それ故に制御ができない。発動したことの無い力を確実に制御などできないだろう。恐らく制御にしくじれば万単位は犠牲者が出る。
……そうではない。たった1人でも犠牲者が出た時点で救世主の…………世界の敗北だ。食事ごときのために制御の手間は惜しめない。その気になればいつだって所持金の許す限り暴食できるのだし。
「……俺たちは同一人物と仮定した上で訊ねるが」
奴がフルーツ味を呑み込んでから言う。
「お互いをどう呼び合えば良い?」
俺は考えた。奴も考えた。
同時に口を開く。
「「救世主に区別が必要か?」」
互いに軽く吹き出し、笑いがこみ上げ、堪えきれず悪役のように大声で笑う。
ドンドンドンドンドンドン……
「うるせえんだよッッッッッ!」
隣の住人ーーガチの体育会系夫婦の部屋から、壁を殴る音と怒号が響いた。
「「ご迷惑かけてすいませんでしたあああああッッッッッ!」」
決して目視できない壁の向こうの圧倒的強者へ並んで土下座する俺たちは、横目で互いを見合った。
壁の向こうからの説教を乗り越え、体育会系夫婦がアパートから職場に向かうのをカーテンの隙間から確認した俺たちーー我らは、とりあえず街に暇潰しを果すことにした。
いやいや、他にも目的はある。市役所に到達し生活保護需給を獲得しなければならない。足取りは重い。市役所職員が持つ魂の格付の色は暗黒。故に救世主の天敵となる。一歩一歩、進む度に闇が深くなる。市役所職員の言霊に幾度も敗北した記憶が甦る。
もう1人の我ーー片翼が、我を庇うように前に出た。
まさか闇を1人で受け止めると?馬鹿な。貴様は我だろう?いつも自分の心を中2病の防壁で守っている薄っぺらい無職だろう?
片翼が振り向く。
『ここは任せて先に行け』
……アイコンタクト、受け取ったぞ!
例え貴様が【ブラックダークデストロイヤー】の四天王ーードッペルゲンガーであっても、このアイコンタクトが罠であっても、我は感じた友情に応えるッッッッッ!
だが、勇気が足りない。言霊に抗えるイメージが湧かず、足が前に出ない。そうだ逆に考えるんだ、後ろに前進すれば良い。
一歩、また一歩。片翼の背中が遠ざかる。
違う。近付く……迫る。ここは任せて先に行けスマイルを維持したまま、片翼の背中が我に迫る。なるほど。我の行動をトレースするかッッッッッ!
やはり貴様ッッッッッ!ドッペルゲンガーッッッッッ!四天王はここで叩くッッッッッ!
「「バァ~ンッッッッッ!」」
くっ、奇妙なポーズが効かないッッッッッ!ドッペルゲンガーッッッッッ!弱点を克服したかッッッッッ!
我は救世主だ。間違いない。間違いないのだが未だに発展途上。四天王相手に勝つ術など浮かばない。
仕方ない……命あっての物種で、ここは距離を取る。後ろに向かって前進ッッッッッ!
しかし背中が迫る。
わからん。コイツは何がしたいんだ?
どうすれば良い?
「おいテメーらッッッッッ!無職の分際で何しているッッッッッ!」
体育会系夫婦の妻の方が、パンダカラーの荒ぶる機獣の中から吠えた。我は救世主だが、未だに発展途上。ただの人間に、ほんのちょっと毛が生えたくらいの存在。
「働かないなら、せめて一般人を怯えさせんなッッッッッ!」
訓練された無情の女戦士には……ましてや体育会系にはあまりにも無力。
我が呼び声に応えない潜在能力を封印する手錠が、我と片翼に……
「「ご迷惑おかけしましたッッッッッ!」」
警察署の前で、我らは深く頭を下げた。あくまでも揺るぎなき戦士たちは一般人。彼らは職務を果すだけで【ブラックダークデストロイヤー】とは無縁の存在。
罪なき戦士に憎しみを抱くわけにはいかない。こうして頭を下げることで、記憶に刻むのだ。我の無力が彼らに横暴をさせたのだと。
それにしても心が重い。
警察署を出てあてもなく街を歩く。
『誰に断って増殖してんだ』
理不尽な取り調べでの、その一言が刺さった。よくよく考えると、我ーー俺が、オリジナルではない可能性もある。
むしろ片翼がドッペルゲンガーの可能性は消えた。かの四天王であれば、設定……じゃなかった性質を生かして警察署で大暴れできた。構成員を呼ぶことだってあり得た。憎しみから生まれたと言う設定……もとい憎しみから生まれた存在である【ブラックダークデストロイヤー】が、軽はずみに暴力を振るわないはずが無い。
奴らは悪そのもの。救世主とはベクトルが異なるとは言え、警察官が掲げた正義を認めるはずなど。だから証明されてしまった。片翼は【ブラックダークデストロイヤー】ではあり得ない、と。
俺は泣いた。さめざめと泣いた。あのアイコンタクトを信じて前に出て、市役所に突撃すれば良かったのだ。
「済まなかった」
片翼が詫びた。
「救世主なのに、力を発動できなかった」
片翼もさめざめと泣いた。
「違う。そうじゃない……」
片翼は首を振る。
「我に、勇気が無かったのだ」
夕日が片翼を照らした。
「我が市役所職員に挑めば……禍々しい言霊を受け止めて……君に生活保護需給を託せば良かったのだ」
ああ、片翼は……片翼こそが救世主にふさわしい。それに引き換え俺は。
「力を合わせよう」
片翼が右手を差し出す。
「協力して生活保護需給を得て……英気を養うだ」
「そうだな。だがひとつ訂正しておく」
右肩を前に。開いた手で。
「これが我らにとっての握手だ」
「「ドジャ~ン!」」
パトカーのサイレンが聞こえた。俺たちは競うように家路に向かった。
翌日。
俺たちーー我らは倍に増えていた。カロリーブロックと同じ数だ。部屋のテーブルにある椅子とも同じ数でもある。
「「「「クク、3人合わせりゃ……とは言うが」」」」
有名なことわざだ。
「「「「ヌフフフ……ここには4人いる」」」」
文殊を。
「「「「越えてしまったか。クワーッハッハッハッ!」」」」
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!
「こっちは夜勤明けだっつうのに、無職の分際で騒いでんじゃねえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
「「「「すいませんでしたッッッッッ!」」」」




