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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ヌコーニさんが婚約を破棄されましたぁ!

作者: 柚亜紫翼

「ヌコーニ、お前との婚約を破棄する!、この国の聖女であるホリーに対する陰湿ないじめの数々、もはや見過ごす訳にはいかない!」


ここは学園の中にあるパーティ会場、今日は卒業式が開かれていて式典後の盛大なパーティには国王陛下や卒業生の親達が大勢参加している。


先程のセリフを大声で叫んだのはこの国の王太子であるフェリック・アンブレラ殿下だ。


隣にはまだ幼なさの残る聖女様、ようやく膨らみかけてきた小さな胸を殿下に押し付けて泣いている・・・ように見えるのだけどあれは演技だろう。


たった今殿下に婚約破棄を突き付けられた令嬢は無言で殿下と向き合っている、この騒ぎの中で馬鹿息子の保護者である国王陛下は何をしているのか・・・僕は陛下が居るであろう場所に目を向けた。


「すんっ」


そんな擬音が聞こえてきそうなくらい陛下からは表情が抜け落ちている。


僕の名前はシーア、今断罪されている王太子殿下の婚約者、ヌコーニ様の取巻きの一人だ。


王太子殿下による断罪劇はまだ続いている、聖女様に対して行った数々のいじめや嫌がらせの実態を自信満々で読み上げているのだけど話が長いので眠くなってきた。


「ふわぁぁ・・・」


思わずあくびをしてしまった・・・それに気付いた殿下が僕を睨む。


勝利を確信したのか、殿下の話に加わっていた聖女様も饒舌になった。


「シーア様も酷いですぅ!」


僕を指差して非難する、勢い余って話題が僕の容姿に関する事にまで及んでしまった。


ピキッ・・・


今まで何を言われても平然としていたヌコーニ様がキレた、高位貴族の令嬢がしていい顔じゃなくなっている。


このまま殿下がヌコーニ様に婚約破棄を宣言して断罪を終えたら筋書き通り全て丸く収まるのに僕があくびをしてしまったせいで計画が狂い始めたようだ。


「ヌコーニ様、落ちついて・・・」


そう言いかけた僕を残して1歩、また1歩と聖女様に近付くヌコーニ様・・・こうなってしまうと彼女は押さえが効かない。


僕は仕方なく背後から彼女の首に腕を回して・・・。


がしっ!


「・・・っ!」


きゅっ


ガクッ・・・


締め落とした・・・


「ヌコーニよ!、お前は罰として国外追放とする!」


・・・


・・・


これは王立の名門学園で起きた王太子殿下による断罪劇として人々の記憶に長く残っている事件だ・・・。











初めて彼女に会ったのは9歳の時、僕が住んでいるオースター家の王都邸に両親と一緒にやって来た。


「ごきげんよう」


透明感のある綺麗な声で僕に話し掛ける幼女・・・高価そうな服を着ていて信じられないくらい顔が良い。


「・・・ごきげんよう、あなたは誰?」


「私の名前はヌコーニ、アンブレラ王国筆頭貴族コヴァーン家の長女よ」


そう言って胸を張る彼女の後ろには有能そうなメイドさんが控えている。


「ぷっ」


「人の名前を笑うのは失礼ではなくて?」


幼いながらも整った彼女の顔が怒りで歪んだ、僕は慌てて口を開く。


「別に貴方のお名前を笑ったわけでは・・・」


「嘘、確かに私の名前を聞いて笑ったわ!」


怒った顔も可愛いな畜生。


「・・・ごめんなさい、僕の笑いのツボに入っちゃったの」


「笑いの・・・ツボ?」


「気にしないで・・・それで、ヌコーニ様?はどうしてこんな場所に来たの?」


こんな場所というのはオースター家の中庭だ、整備されているものの屋外だから虫は普通に居る、令嬢が好んで足を運ぶ場所じゃない。


「お父様とお母様が珍しい生地を使って新しいドレスを作ってくれるのよ、長いお話が続いて退屈してたら窓の外に貴方が見えたの」


「へー」


僕の家は貴族家ながら商売も手広くやっている、うちの商会が独占的に扱っているシルバースパイダーの糸を使った生地が目当てなのだろう。


希少な生地を餌に筆頭貴族であるコヴァーンの人間を家に招く・・・見栄っ張りな僕の両親が考えそうな事だね。


ヌコーニお嬢様は僕の素っ気ない反応がお気に召さないようで頬を膨らませて不機嫌そうだ。


「私に名乗らせておいてその態度は何?、貴方の名前を教えなさいよ!」


確かに自分の家より高位の人間に名乗らせて黙っているのは失礼だ、でもこの面倒臭そうなお嬢様に名前を覚えられるのも嫌だな。


「名乗る程の者ではありません」


「ぷっ・・・こほっ・・・おほんっ!」


僕の不意打ち的な発言を聞いてヌコーニお嬢様の後ろで控えていたメイドさんが吹き出した、咳払いして誤魔化そうとしたけど失敗したようだね。


馬鹿にされたと思ったのかお嬢様が涙目で睨んでいる。


「あ・・・貴方の顔は覚えたわ!」


悪役の捨て台詞みたいな事を叫んでヌコーニお嬢様は庭から出て行った。


メイドさんはまだ肩が小刻みに震えてる。


僕に頭を下げて立ち去ろうとしていたから満面の笑みで親指を立てると限界を超えたのか鼻水を吹き出した。


「大丈夫ですか?」


僕はメイドさんにハンカチを差し出した。











「そこの貴方!」


悲報・・・あれから2年が経ったのにヌコーニお嬢様はまだ僕の顔を覚えていた!。


貴族の子供が入る事を義務付けられている王立の学園・・・その入学式の日に僕は絡まれてしまったのだ。


「初めましてコヴァーン様、僕・・・いえ、私はオースター家の次女シーアと申します」


「初めましてじゃないでしょ!」


「チッ・・・」


「舌打ちされましたわぁ!」


僕の態度に怒りを露わにするお嬢様・・・その背後でヒソヒソと話をする取巻きの令嬢3人。


「・・・僕の楽しい学園生活終わったかも」


「は?」


「いけない、思った事が声に出ちゃったよ」


「まだ声に出ていましてよ!」


この後僕は囲まれてお嬢様達から酷い事を・・・と思って覚悟していたのに何故かヌコーニお嬢様に気に入られ取巻き令嬢その4になってしまった。


「人生何があるか分からないなぁ・・・」



不本意ながらもコヴァーン家ご令嬢の取巻きになった事は家族に知られてはいけない、金に汚く欲深い両親は筆頭貴族家の財産や権力を狙って僕を都合良く使うだろう。


幸い僕は卒業するまでの6年間を学園の隣にある寮で生活するからバレずにやり過ごせそうだ。


寮生活を選んだ理由は家に居ても家族との交流は無いし息が詰まるから・・・反対されると思っていたのに両親からは簡単に許可が降りた。


僕は3人きょうだいの末っ子だ、姉、兄が居てその次が僕・・・両親の整った容姿を受け継いだ姉達と違い僕は顔の配置が少し乱れてしまったようで上の2人より若干見劣りする平凡顔。


しかも祖母の血をより強く受け継いだのか他の家族のような光り輝く金髪ではなく茶色に近い燻んだ金色だ・・・。


だからと言って虐待や兄妹間での扱いに差は無かったと思う、両親は事業にかかりっきりで子供達には無関心なのだ、何かされるよりは関わらないでくれたほうがありがたい。


それは姉や兄に対しても同じで幼少期は乳母や屋敷のメイドに世話をされた、両親は時々夕食に同席する程度・・・ただ居るだけの存在だった。


同じように育てられた姉や兄も僕には関心が無い、教育も家庭教師に丸投げされていた。


両親としては教育を受けさせて高く買ってくれる下級貴族か商会へ嫁に・・・僕を政略の駒、商売の道具にしようと考えているらしい、寝室で話しているのを聞いてしまったから間違い無いだろう。


だから僕の価値が突然上がるのはまずい、両親には今まで通り無関心で居てもらって適当なところで家から逃げ出し田舎でのんびり平民として暮らす・・・これが僕の思い描いている人生設計だ。










ざわざわ・・・


わいわい・・・


「素晴らしいですわぁヌコーニ様!」


「さすがヌコーニ様!」


「今日もお美しいですヌコーニ様!」


入学式から数日が経ちヌコーニお嬢様の取巻きが更に増えた、10人・・・多い時には20人の令嬢を従えて学園の廊下を颯爽と歩いている姿は圧巻だ・・・。


これだけ取巻きが居るなら僕が抜けても大丈夫だよね・・・そう思って集団から離れようとすると何故かヌコーニ様は僕を呼び止めるのだ。


「シーアさん、どこへ行くのです?」


今日もさりげなく離れようとしていたら見つかってしまった。


「ちょっとお手洗いに・・・」


これは咄嗟に考えた嘘だ。


「先程行ったではありませんか」


ヌコーニ様は無駄に鋭いな、それなら・・・。


「いえ、お腹の調子が・・・」


ざわっ・・・


「それは大変!、皆様!、お手洗いに戻りますわよ!」


「「「はいっ!ヌコーニ様っ」」」


「わぁぁぁ、お・・・お腹痛いの治りましたぁ!」










学園に入って1年が経ち12歳になった、僕の学園生活は思っていたより平穏に過ぎている。


ヌコーニ様は王太子殿下に見染められて婚約、身分的にも問題ないので誰からも反対される事なく決まってしまった。


この時点でヌコーニ様の取巻きは30人以上に膨れ上がっていた。


将来の王妃様に取り入ろうとする令嬢や家の命令で近付こうとする者・・・目的は様々だけど中にはどこの誰かも分からない胡散臭い人間も居た。


あまりにも希望者が多くなったので僕を含む初期の取巻き4人で人格や身分を調べ振い落とした結果が30人だ、選別していなければ軽く50人を超えていただろう。


この1年の間に僕と初期の取り巻き3人組はヌコーニ様のお屋敷に何度も招かれ家族とも親しくなった。


コヴァーン家当主でこの国の宰相でもある父親、錬金術師の資格を持ち社交界では絶大な影響力のある母親、優しそうな雰囲気のお兄様・・・家族全員ヌコーニ様を溺愛しているようだ。




今日もヌコーニ様は選ばれし取巻きを周りに侍らせて満足そうにしている。


彼女は人から称賛されたり注目されるのが大好き・・・我儘で典型的な高位貴族の令嬢なのだけど打たれ弱く実は泣き虫という意外な一面もある。


最初は面倒臭いと思っていたヌコーニ様の性格も一緒に長く過ごしていると次第に可愛く思えてきた。


「さぁ皆さんお食事に行きますわよ!」


ざわざわ・・・


わいわい・・・


「今日のお昼は何になさるの?」


「私は肉挟みパンかなぁ」


「私は少し痩せないと・・・フルーツとサラダにしましょう」


「シーアさんは何をお食べになるの?」


「・・・僕は・・・野菜スープだけでいいかな」


「あら、シーアさんもお腹周りがよろしくない?」


少しぽっちゃりした令嬢・・・取巻きその2のルシンダさんが僕に絡んできた。


ただの友人同士の気楽な会話なのだけど僕としてはあまり構わず放っておいて欲しい。


僕だって育ち盛りなのだからお肉が食べたい、ほとんどの生徒が貴族というこの学園の食堂は品揃えが豊富で美味しそうなものが溢れている。


でも僕は将来家を出る為にお金を貯めておきたい・・・僕の生活費は実家が出してくれている、そこから節約しようとすると食費を削るのが一番誤魔化し易いのだ。


くぅぅ・・・


「・・・」


油断してたらお腹が鳴ってしまったじゃないか!、僕の隣を歩いているヌコーニ様に聞かれたかもしれないな。


かちゃかちゃ・・・


もっもっ・・・


ざわざわ・・・


わいわい・・・


僕は今、学園内にある豪華な食堂で自分の野菜スープを食べ終えて他の令嬢達の会話を聞いている、元々人見知りで無口な事もあって自分から話すより人の話を聞く方が好きなのだ。


すっ・・・


「欲張って取り過ぎてしまったのだけど食べきれないわ・・・シーアさん処分してくださる?」


「え・・・でもこのお皿全然手を付けてない・・・」


この食堂は好きなものを取って現金で支払う仕組みだ、一部の人達からは貴族に平民のような事をさせるなという批判もあるけれど貴族の子供が庶民的な方法で買い物体験ができる場所として概ね好評らしい。


ヌコーニ様が僕の前に置いたお皿を見ると結構いい値段がするロースト肉にフルーツソースがかかったやつだ・・・じゅるり・・・。


「シーアさんが食べないのなら捨てておいて」


「いえ、もったいないので食べます」


もっもっ・・・


「あ、美味しい」


くすくす・・・


ひそひそ・・・


「まぁ・・・人のものを食べていらっしゃるわ」


「貴族なのにもったいないなんて言葉よく言えるわね、恥ずかしくないのかしら」


「シーア様って上級貴族なのに貧乏臭くて・・・」


取巻きその20や27あたりの喋った事もない令嬢が僕を見て笑っている、確か彼女達は下級貴族の筈なのに僕が何も言い返さないから馬鹿にしているようだ・・・。


食べていた顔を上げて彼女達を見るとそっと目を逸らされた、睨まれるのが嫌なら余計な事を言わなければいいのに・・・。


彼女達から侮られている理由はなんとなく予想できる。


僕は可愛くないわけではない・・・と思う、でも全体的に見た目が地味で冴えないのだ。


茶色に近い燻んだ金髪に少し垂れた青い瞳、猫背で俯き気味の立ち姿は淑女教育担当の家庭教師からよく注意された。


どこにでも居そうな印象に残らない令嬢というのが僕に対する彼女達の評価らしい・・・。


僕の成績は上から数えて12位から18位の間を行き来している、同じ年齢の生徒は90人居るから余裕で成績上位者だ。


もちろん彼女達は僕より下だから馬鹿にされる筋合いは無い・・・。









僕が学園に入って1年半が過ぎた、相変わらず学園生活は平穏だ・・・。


毎日授業を受けて終われば寮に帰る、食事は寮の食堂で提供されているし学園が休みの日には外出届を出せば友人達と街へ遊びに行ける。


僕は友人が少ないから学園の図書室に篭って本を読んでいるか趣味に没頭している、刺激を求める人には退屈に思える毎日だけど僕にとっては居心地がいい。


そんな毎日の中で僕の身体に変化が起きた。


その日・・・というか数日前からやけに体調が悪かった、ヌコーニ様にも顔色が悪いと心配されたのだけど熱っぽいしお腹も痛い。


これ以上具合が悪くなるようなら午後から休んで寮に帰ろう・・・そう思っていた。


「わぁぁぁ!」


僕はお手洗いで叫んだ。


・・・僕に初潮が来たようだ、もちろん家庭教師から一通り教わっていた、でも実際になると衝撃的だ。


「う⚪︎こを漏らしたのかと思ってお手洗いに駆け込んだけど・・・どうしよう」


コンコン・・・


誰か来た。


「シーアさん・・・」


ヌコーニ様の声だ、授業中お手洗いに行って結構な時間戻って来ない僕を心配して様子を見に来てくれたのだろう・・・我儘なお嬢様のくせに優しいじゃないか。


ガチャ・・・


僕は個室の鍵を開けた。


「まぁ・・・大変」


僕の姿を見て何が起きたのか察してくれたヌコーニ様は泣いている僕を学園の医務室に連れて行ってくれた、自分でも気付かないうちに泣いていたようだ・・・。


「そのうち何かで恩を返せるといいな」


実は僕には誰にも言っていない秘密がある・・・前世の記憶があるのだ、物心がついた頃からそれはあって今の僕の人格を支配しているのは前世の「私」、だから僕は幼い頃から大人びた言動をする子供だった。


問題なのは前世の「私」は40歳まで生きて不慮の事故で死んでしまった「男性」だという事・・・。


前世で妻や娘が辛そうにしていたのは知っていた・・・でもまさか自分が体験する事になるとは思ってもみなかったよ。


「人生何があるか分からないなぁ・・・」









僕が学園に入ってちょうど2年が経ち13歳になった、学園での生活は相変わらず平穏・・・という訳ではなく少し厄介な事が起きている。


ヌコーニ派閥内での人間関係は特に変わっていない、初期からの取巻き3人とは向こうから話しかけて来れば普通に会話をする仲だ、3人の他に親しい人は居ないけれど僕は友達が居なくても平気な性格なので問題は起きていない。


ヌコーニ様にも僕の方から話しかける事は少ない、でも向こうから結構な頻度で絡まれるのだ・・・理由は分からないし本人に聞いても教えてくれない、彼女は自分本位でわがままな性格だから僕はいつも振り回されている。


「・・・またですわ」


「あぁ・・・なんという事でしょう」


今僕達の目の前では見過ごせない出来事が起きている、ヌコーニ様の婚約者である王太子殿下と並んで仲良く歩く新入生の女の子・・・。


最初は女好きの王太子殿下が新しい獲物を見つけたのかと思った、ヌコーニ様の時も一目惚れをしたと言ってそれまで仲の良かった娘と別れ、突然結婚を申し込まれたのだ。


当時のヌコーニ様は12歳、王太子殿下は僕達より3つ上の15歳だった、限りなく犯罪に近いがまだ許容範囲だろう・・・でもあの幼女は11歳だ、王太子殿下は今16歳だから・・・。


「ロリコンだ・・・」


「ろり・・・何ですって?」


「いえ、思った事が声に出てしまっただけですのでお気になさらず」


いつの間にか背後に立っていたヌコーニ様が僕の独り言に反応した、でも視線は殿下達をガン見していて少し怖い。


新入生の名前はホリー・ニードロップ、教会が認めた聖女様だ。


1年前に教会で神託があったらしい、本当かどうか分からないのだけど教会があったと言い張るからそうなのだろう。


とある上級貴族が率先して探索を行うと神託通りアンブレラ王国北部の寒村で手の甲に聖痕のある幼女が見つかった。


そして驚くほど速やかに「とある上級貴族さん」が偶然にも身寄りの無い孤児だった聖痕幼女を引き取り養女として貴族籍に入れたのだ。


加えてあの幼女は殿下の好みを煮詰めて凝縮したような容姿をしているらしい・・・。


余談だけどその上級貴族、ニードロップ家は教会に多額の寄付をしていてヌコーニ様のコヴァーン家とは対立関係にあったりするのだ。


「権力争いかぁ、面倒臭いなぁ・・・」


僕達の目の前で仲良くじゃれあっていた幼女が勢い余って王太子殿下に抱きついた、王太子も鼻の下を伸ばして嬉しそうだ。


「また思った事が言葉に出てしまったのかしら、一応貴方も淑女なのだから気を付けなさい」


「一応って・・・でも今のヌコーニ様だって淑女がしていい表情じゃない・・・」


「あ?」


「・・・いえ、何でもないです」


ヌコーニ様は王太子殿下に恋愛感情は無い、本人もそう言っていたし殿下の容姿は彼女の好みからかけ離れている、艶やかな長い黒髪、女の子のような華奢な身体、顔も整っていて恐ろしいほどの美形だ。


近くで微笑まれたら殆どの女性は堕ちるだろう、僕やヌコーニ様は違うけど。


ヌコーニ様は大柄で逞しい筋肉質の男性がお好みだ、宰相の地位にある彼女のお父様やお兄様もムキムキマッチョだ、普段からアレを見慣れていると殿下の容姿は貧相・・・いや物足りなく感じると思う。


殿下があの駄聖女に乗り替えたら今まで耐えてきた厳しいお妃教育が無駄になるし、王族に捨てられたような形になって次の婚姻にも影響する、何より自尊心の高いヌコーニ様にとっては許し難いのだろう。




あれから10日程経ち事態は更に悪化した。


王太子殿下は駄聖女を常に連れ回すようになった、定期的に開かれるヌコーニ様とのお茶会にも当然のように同席していたらしい。


だから最近のヌコーニ様は酷く機嫌が悪い・・・宥めるのが大変だから勘弁して欲しい。


「本っ当に信じられませんわぁ、あの駄聖女!」


「そうですねー、信じられませんねー」


駄聖女呼びは僕が最初に始めたのだけど影響されてヌコーニ様も使っている、間違っても公の場でポロッと言わないでね。


「殿下もあんなのに簡単に騙されて!」


「そうですねー、酷いですねー」


「どうにかして殿下から引き剥がせないかしら」


「難しいですねー」


だんっ!


ヌコーニ様が突然テーブルを叩いた。


「うわびっくりしたぁ!、ティーカップがちょっとだけ浮いたよ!」


「適当に返事をしないで下さる?、私は真剣に相談しているの!」


「わぁ、適当にしてたのバレちゃったぁ!」


「また思った事が口に出ていましてよ!」


今日は学園がお休みの日だ、僕はヌコーニ様のお家でお茶をご馳走になっている。


「まぁ、殆ど愚痴を聞いてるみたいになってるけど・・・」


「あ?」


ダメだ、また思った事が口に出てた。


普段なら初期取巻き3人組も居る筈なのだけど、3人とも偶然用事が重なってここには居ない、だから今日は僕とヌコーニ様だけでお茶会だ・・・正直気まずいし面倒臭い。


「シーアさんは私とお茶をするのが面倒くさい・・・」


また口に出ていたようでヌコーニ様が涙目になってフルフル震え始めた。


「いえ!、王太子殿下とは面倒臭い事になりましたねって言いたかったんです!」


「そう、なら問題ないわ」


機嫌が直ったようだ、ちょろいな・・・。


「殿下との婚約、解消できないのですか?」


「お父様の権力なら白紙に戻す事もできるでしょうね、でもあの駄聖女に負けたみたいで悔しいの!」


「えぇ・・・」


確かにあの駄聖女はあざといし調子に乗っている、殿下のお気に入りという立場を利用して学園でもやりたい放題だ、上級生であるヌコーニ派閥の令嬢達が注意すれば泣くし虐められたと騒ぎ立てる・・・。


前世で僕の娘が集めていた小説や漫画に似たような話があった、時々娘のコレクションを拝借して読んでいたから僕は詳しいのだ。


王子様と平民・・・身分違いの真実の愛、それを邪魔する婚約者。


「まるでこっちが悪役令嬢みたいじゃないか」


「悪役令嬢?」


「そうです、悪役令嬢・・・あの駄聖女は被害者面して悲劇の主人公を演じてる、だからヌコーニ様は彼女と2人きりにならないように注意して下さいね、常に人目のある場所で行動して悪者に仕立て上げられないようにしないと・・・」


話している途中でヌコーニ様を見るとテーブルから身を乗り出して僕の話を聞いている、顔が近い!。


「それなら学園に居る時はシーアさんが私と一緒に行動してくれればいいわ」


「えぇ・・・」


「何でそんな嫌そうな顔するの!」


「最悪僕まで悪役令嬢になるじゃないですかぁ!、良くて悪役令嬢の取巻きその1とか」


フルフル・・・


「最近取巻きの数が減っているわ!」


「そうですねー、将来の王妃様とお近付きになりたい令嬢は離れて駄聖女の方に擦り寄ってるみたいですよ」


「例の噂が原因かしら」


そう、30人以上居たヌコーニ様の取り巻きは今8人に減っている、今日用事があると言って来ていない初期取巻きの3人組も距離を置き始めた。


あの3人は一応僕の友人でもあるから名誉のために言っておくと家からの命令で仕方なく離れている、ヌコーニ様宛に当主の署名入りでお詫びの手紙を渡されたそうだ・・・。


取巻き令嬢が散って行った原因の一つは確かに王太子殿下と駄聖女なのだけど、もう一つ大きな理由がある、最近コヴァーン家に不祥事の噂が広がっているのだ。


宰相である当主様が汚職に手を染めている、違法な人身売買をやっているようだ、教会を貶める発言をした、他国に情報を売った裏切り者・・・等々、何の根拠も無い噂なのに異常な拡散力で庶民にまで広がっているらしい。


「おそらくコヴァーン家と激しい権力争いをしているニードロップ家の策略だろうね、これからもっと酷い噂が流れそうだけど・・・」


また思った事が声に出ていたようでヌコーニ様が絶望的な表情をしている、自慢の取巻き令嬢が激減して元気が無いのに僕が追い打ちをかけてしまったようだ。


「元気を出してください、今回の件で権力だけが目当ての者や噂に踊らされた馬鹿・・・つまりヌコーニ様の本当の味方じゃない人間が選別出来たのだから良かったじゃないですか」


ヌコーニ様はまだ不安そう・・・無理もないかな、王妃教育を受けている貴族令嬢と言ってもまだ13歳の子供だ、友人だと思っていた娘が離れて行って辛い気持ちは分かる。


なでなで・・・


僕は椅子から立ち上がり、泣きそうになっているヌコーニ様の隣に寄り添って頭を撫でた。


「何ですの?」


「いえ、なんとなく撫でて欲しそうに見えたので」


なでなで・・・


「ありがとう(ぼそっ)」


「何か言いました?」


「何でもありませんわ・・・」


がさがさっ!


「ひっ!」


ずぅぅぅぅん!


陽の光に照らされていたテーブルの上が突然影に覆われた、驚いて見上げると・・・。


ぽろぽろ・・・


「うぉぉぉん!、すまないヌコーニちゃん!」


テーブルの横にある植木の影から現れたヌコーニ様のお父様・・・ゴンザレス・コヴァーン様が涙と鼻水を垂らして立っていた。


「お・・・お父様!、いつからそこに?」


「・・・「本っ当に信じられませんわぁ、あの駄聖女!」辺りからだろうか」


「最初からじゃん!」


あ、まずい、思わず声に出ちゃったよ!。


「・・・も・・・申し訳ありません、動揺してつい思った事が声に・・・」


僕は素直にゴンザレス様に謝った、何度もヌコーニ様のお家に遊びに来ているからお父様とも顔見知りではあるのだけど・・・。


「大きな身体に躍動する筋肉!、宰相にしておくのは惜しい鍛え上げられた肉体といかついお顔、かっこいいけど正直迫力があり過ぎて怖いよ!」


「また全部声に出ていましてよ」


「そうか、かっこよくて宰相にしておくのは惜しいか、シーアちゃんは嬉しい事を言ってくれるね」


「わぁぁぁ!」


・・・


・・・


「・・・というわけで、うちの派閥にはニードロップ家と通じている裏切り者が居る事が分かった、いい機会だから噂を放置して我が家への忠誠心を見極めているのだ、それにあの家は裏で悪事を働いていてね、目障りだから証拠を集めてそのうち潰そうと考えている」


「・・・わぁ」


「しばらく悪い噂は出るだろうが・・・シーアちゃんは娘の味方だから計画を話した、この事はくれぐれも内密に頼むよ」


ごごごごご・・・


「あ、これは僕に拒否権のないやつだ・・・」


「ふふっ・・・また声に出ているわ」


「・・・」


一緒にお茶をしながらゴンザレス様と話して分かった事は・・・ヌコーニ様の初期取巻き3人組の家は昔からコヴァーン家に仕える忠臣なのだそう。


今回の噂を利用して身分や状況に関係なく側に寄り添ってくれる友人を選別する為にそれぞれの当主様に依頼して最初にヌコーニ様から離れて貰ったらしい。


ヌコーニ様はあの3人組に距離を置かれた事を一番悲しんでいたから誤解が解けて良かった・・・。


今回の件は王家とも協力していて・・・陛下は女癖の悪い王太子に最後の更生の機会を与えるようだ、今のところ廃嫡が濃厚で次の王様は第二王子殿下になりそう・・・。


「そんな重要な話を僕に教えても大丈夫なのですか?」


「シーアちゃんは信用できる、悪いと思ったのだが娘の友人はうちの影を使って全員詳細に調べ上げた、家族構成、生い立ち、性格や性癖まで全て把握済みだ、うちの影は優秀でね、調べようと思えば寮に置いてある君の下着の色まで・・・」


「なぁっ!」


とんでもない事を言い出したぞこの筋肉親父!。


すぱこーん!


不穏な発言に驚いているとヌコーニ様がお父様の後頭部を殴り倒していた。


「お父様気持ち悪いです」









お茶会から10日程経った、相変わらず王太子殿下は駄聖女と仲睦まじい、ヌコーニ様はお父様から計画を知らされて吹っ切れたのか殿下の存在を無視し始めた。


周りの人達からはヌコーニ様が殿下に対して愛想を尽かしたという噂と殿下に捨てられたという噂が半々・・・コヴァーン家とニードロップ家の情報戦が激化しているようだ。


そんな政略や情報が飛び交う中で僕とヌコーニ様は意外と平穏な学園生活を送っている。


「さぁ皆さんお食事に行きますわよ!」


お昼になり僕達は食堂に向かっている、ここ数日の間にコヴァーン家の取り潰しや処刑の噂、更にはヌコーニ様が駄聖女をいじめているという噂が派手に流れたから更に取り巻きが減って5人になってしまった。


廊下を歩くヌコーニ様は少し寂しそうだ。


もうすぐ食堂・・・というところで学生に混ざって廊下に佇む一人の男が僕の目に入った。


教官か学園関係者かな・・・無意識に僕はヌコーニ様を庇うように2人の間に割って入る、何となく嫌な感じがしたからだ・・・男の横を通り過ぎようとしたその時、懐から何か光る物を出すのが見えた。


「ヌコーニ様っ!」


「きゃっ!」


僕はヌコーニ様に抱きついて男に背を向ける。


ざくっ!


背中が熱い・・・斬られたかも?、僕はヌコーニ様を突き飛ばして叫ぶ。


「刃物を持ってる!、ヌコーニ様逃げて!」


一瞬戸惑ったヌコーニ様が背中を見せて逃げ出した、それを追いかけようとする男を見て標的はヌコーニ様だと確信する、僕は男の腰に抱きついて引き留めようとした。


前世の僕は武術を習っていた事がある、男の手首を捻り押さえつけようとしたけれど力や体格の差があり過ぎて振り飛ばされそうになる。


「このっ・・・離せ!」


男は手に持った刃物を振り上げて僕の腕や太ももに突き刺した・・・痛い!


「あ、僕死ぬかも」


少し離れた所で立ち止まったヌコーニ様が刺される僕を見て悲鳴をあげている。


「何で逃げないんだよぉ!」


激痛を我慢して男の首に腕を回す・・・前世の僕なら締め落とせたのに力が足りない!。


男が僕の顔を掴んだ、太い指が視界に入る・・・。


ぶしゅっ・・・


ごっ!


「ぐっ!」


男の指が僕の左目を潰すのと同時に渾身の力で蹴り上げた足が男の股間に直撃した。


蹲って小刻みに痙攣する男とその横で呆然と立ち尽くす僕・・・周りには生徒が大勢集まっていた、誰かが呼んだのか向こうから教官や警備兵が走って来る。


立っていられなくなって思わず膝をついた・・・腕や足は血まみれだ、左目も尋常じゃなく痛いけど触る勇気が無い。


「シーアさんっ!、いやぁぁぁ!」


駆け寄って来たヌコーニ様が僕の身体を見て泣き叫んでる・・・泣きたいのは僕の方だよ!。


死ぬほど身体が痛いのに意識は不思議なくらいはっきりしてる。


これだけ酷い怪我だと僕の家に連絡が行きそうだ、あの両親の事だから僕がコヴァーンの令嬢を庇って怪我をしたと聞いたら大喜びで謝礼や賠償を要求するだろう・・・。


「ヌコーニ様・・・」


僕は少し離れた場所で見ているヌコーニ様に声を掛けた。


「な・・・何かしら?、それより大丈夫なの?」


「これが大丈夫に見えるなら目のお医者に行った方がいいです」


ヌコーニ様が恐る恐る近付く・・・そりゃ怖いよね、僕は全身血まみれだ。


「お願いがあります、僕の家には絶対に連絡しないで下さい!」









僕は警備兵さんに抱き抱えられて医務室に連れて行かれ、そこで応急的な治療を受けた。


ヌコーニ様は約束通り、僕の家に連絡しようとする学園長を止めてコヴァーン家の執事さんを呼び出してくれた。


人払いをした医務室で僕は執事さんに事情を話す・・・。


両親は僕に無関心、でもヌコーニ様を庇って僕が怪我をしたと分かればコヴァーン家に迷惑がかかるし面倒臭い事になる、欲深い僕の両親に余計な金を巻き上げられたくないなら偶然居合わせて暴漢に襲われた事にして欲しい・・・。


執事さんは深く頷き、当主様・・・ゴンザレス様に連絡を入れてくれた、そしてコヴァーン家の権力によって僕は学園内で暴漢に襲われた不運な子供という事になった。








あの後すぐに僕は学園の医務室からコヴァーン家の客間に移された、ゴンザレス様が手配してくれた王国有数の名医による治療を受けさせて貰ったのだ。


でも治療の甲斐なく僕の左目は光を失い、背中と太ももに大きな傷が残ってしまった。


ゴンザレス様と奥様のイヌーニ様からはこちらが恐縮してしまうくらい感謝された、イヌーニ様とヌコーニ様は僕が左目を失明したと聞いて泣き崩れたらしい。


僕達を襲った男は捕まり、コヴァーン家が立ち会ってごうも・・・いや、尋問したところ彼は教会の司祭だと判明した。


駄聖女が学園でいじめられていると聞いてその加害者を消そうと思ったらしい、当初はニードロップ家が絡んでいると思われた今回の事件は駄聖女に恋する世話係の司祭が起こした単独の犯行だったのだ。


この真実はコヴァーン家の権力で闇に葬られた、彼は収容されていた留置所から脱走、何日か後に王都を流れる川に浮いているところを発見される予定だとゴンザレス様が言っていた。


「今回の事件を最初から見ていた者はヌコーニと取巻きの5人、それから食堂に向かっていた男子学生2人と女子学生1人だ、幸い全員うちの派閥の貴族だったから口止めをしてある、残りは悲鳴を聞いて集まって来た連中だから問題は無いだろう」


「無理を言ってすみません、僕の両親はお金に汚く強欲です、この家に迷惑をかけたくなかったので・・・」


「だがいずれシーアちゃんの両親には連絡しなければならない、いつまでも怪我を隠しておくわけにはいかないだろう?」


「はい・・・では僕が怪我をして左目を失明、身体にいくつか傷が付いたとだけ知らせて貰えますか」


「分かった・・・君は娘の命の恩人だ、困った事があれば遠慮なくコヴァーン家を頼りなさい」







僕が大怪我をして15日経った。


療養していたコヴァーン家では沢山のメイドさんに囲まれて過剰な程お世話された、自力で歩けるようになったしこれ以上甘やかされたらダメ人間になるとゴンザレス様に直訴して学園の寮に戻って来た。


10日ほど前にコヴァーン家から学園を経由して連絡した筈なのに僕の両親からは何の音沙汰も無い、改めて酷い親だと思う。


そう思っていた矢先に学園の寮長から家族との面会通知が来た、明日父親が会いに来るらしい。




「・・・」


「お父様・・・」


「・・・家庭教師を付けて学園まで通わせたのに傷物になって価値が無くなるとは何の冗談だ!」


「僕のせいではありません」


「口答えするな、役立たずのお前に用は無い、平民になるのだからもう学園に通う必要は無いぞ、傷物でも嫁に貰ってくれる商会を探してやるから決まり次第嫁げ」


「いやちょっと待ってよ!、仮にも娘が大怪我したんだから他に何か言う事ないの?」


「・・・」


「・・・見損なったよお父様、いや、クソ野郎!、今まで育ててくれた・・・のはメイド達か、育てる金を出してくれたのは感謝するよ、でもうちの総資産からすればそんなの端金だよね、今すぐ僕の籍を抜いて縁を切れ!」


「何を言っているのだ!」


「まだ僕はお前の娘だぞ、もし僕がここで暴れて学園に迷惑をかけたらどうなるかなぁ、商売がやりにくくなると思うけどいいの?」


ばきっ!


「あぐっ」


怪我してる娘を殴ったよこのクソ親父!。


「もういい分かった、お前とは今日限り縁を切る!」


「はいはい・・・元気でね知らないおじさん!、知らないおばさんにもよろしく言っておいて」


バタン!


・・・


・・・



ぽろぽろ・・・


「ぐすっ・・・ひっく・・・」


がちゃ・・・


僕が泣いていると面会室の隣に隠れていたコヴァーン家の執事さんが入って来た。


「シーア様・・・」


「僕の両親は予想以上にクズだったよ・・・」









元父親との面会が終わるとゴンザレス様の対応は早かった。


コヴァーン家派閥の下級貴族家から僕の実家に養子縁組の話が持ちかけられたのだ。


学園で成績上位の少女が居ると聞いた、大怪我をして貴族令嬢としての価値が無くなり困っているのなら子供が居ない我が家へ養子に出す気は無いか・・・と。


僕の元両親は大喜びだったそうだ、相場を超える準備金を要求されたけどコヴァーン家が全部出してくれた、話のあった翌日に僕は上級貴族オースター家の籍を抜け、下級貴族ユーノス家の娘となった。


ユーノス家はゴンザレス様の妹、カヴァーニ様が裕福な商人と恋愛結婚して家を出た時にコヴァーン家が持つ余っている爵位を譲られて出来た家だ。


カヴァーニ様は身体が弱くて子供が産めないらしい、それを承知で結婚した夫のハンニヴァル様とは相思相愛、とても仲のいい夫婦だ。


僕をオースター家から引き剥がす為の偽装・・・書類上の養子縁組という話も理解してくれている。


でもユーノス夫妻からは諦めていた子供、しかも欲しがっていた娘が出来て嬉しいと言われた、遠慮しないで本当の娘になってくれてもいいのよと言われた時は思わず涙が溢れてしまった。


お言葉に甘えようかと心が揺れたのだけど貴族の娘になると将来結婚して子孫を残さなければいけない。


僕の身体は女性だけど中身は40歳のおっさん・・・男に抱かれるのは絶対に無理だ!、だからこの話は保留にさせて貰った。







僕が大怪我をしてから25日経った。


左目は見えなくなってしまったけれど息苦しくて愛の無いオースター家と縁が切れて僕は浮かれていた、明日から久しぶりに学園に顔を出すのだ。


寮の自室、鏡の前で革製の眼帯を付ける、これは僕がデザインしてコヴァーン家お抱えの革職人さんに作って貰った試作品だ。


「ふふっ・・・思ったよりかっこいいな」


くるっ・・・


鏡の前でポーズをとる・・・僕の中で眠っていた中二病の心が目覚めてしまうじゃないか。


「ククッ・・・我は闇の使徒・・・我が左目に宿りし・・・」


「・・・様」


「この角度もかっこいいかも、腕をこうやって・・・」


「シーア様!」


「ぴゃぁ!」


鏡の前ではしゃいでいると背後から突然声を掛けられた・・・慌てて振り向くとコヴァーン家の執事さん・・・ジーノ・オシーリアさんが立っていた。


見た目は50代前半くらい、長身で鋭い眼光、懐に暗殺道具を仕込んでそうな佇まいが渋くてかっこいい。


「ジーノさん・・・」


「ノックをしたのですがお返事が無いようでしたので心配になり入らせて頂きました」


「寮の入口には警備兵さんが居たと思うけど」


「・・・」


「いや何か言ってよ!」


「私は気配を完全に消せますので」


「もしかして忍び込んだの?」


「そうとも言いますね」


「部屋の扉には鍵が掛かってた筈だよね」


「開錠は執事の嗜みにございます」


「そうなんだ・・・」


「頼まれておりました予備の眼帯と新品の制服をお持ち致しました」


僕と少し雑談をしてジーノさんは窓から出ていった・・・ちなみに僕の部屋は4階だ!。






とてとて・・・


「シーアさん、ごきげんよう」


「ごきげんよう、ヌコーニ様」


寮を出て学園の門を入るとヌコーニ様が待っていた、僕が今日から学園復帰すると聞いて一緒に行こうと言ってくれたのだ。


ヌコーニ様の隣には学園の制服を着た男性が立っている、護衛・・・かな?。


紹介するわ、転校生のスタン・ラリアット君よ、私たちと同じ学年ね。


「ちょっと待って、この人どう見てもおじさんだ!」


ダメだ、情報量が多過ぎてまた思った事が言葉に出ちゃった。


「老け顔なのよ」


「・・・」


「・・・」


僕は目の前のおじさん・・・いや、スタン・ラリアット君を見る、鍛え上げられた上腕二頭筋が眩しいな、胸も筋肉でパッツンパッツンだ、ボタンが弾け飛びそうになってるよ!。


「スタン君、こちらは私の親友でシーア・ユーノスさん」


ごごごご・・・


「・・・上級貴族ラリアット家の隠し子、スタンと申します、さんじゅうよ・・・いえ、13歳です」


スタン君、声低っ!・・・ってか今34歳って言おうとした!。


ごごごご・・・


「あ、はい、よろしくお願いします・・・」


僕はこれ以上考えるのをやめた・・・。




ざわっ・・・


教室に入ると皆の視線が僕達に集まった、駄聖女様をいじめている王太子の婚約者、暴漢に襲われ片目を失った令嬢、筋肉モリモリマッチョな中年男・・・注目されない方がおかしい!。


「スタン君のおかげで僕への注目が薄れたね」


「ふふっ・・・計画通りよ」


「・・・」






「さぁ皆さんお食事に行きますわよ!」


お昼になり僕達は食堂に向かっている、襲撃事件があったりコヴァーン家の悪い噂が派手に流れているのに取巻きの5人は減ってない、ヌコーニ様も楽しそうに彼女達とお喋りしている。


でもよく見るといつもは背筋を伸ばして姿勢良く歩いているヌコーニ様の様子がおかしい、足も小刻みに震えている・・・事件のあったこの場所を通るのが怖いのかもしれない。


「・・・え」


僕はヌコーニ様の側に寄り添い・・・そっと手を繋いだ。


「大丈夫ですよ」


ヌコーニ様は一瞬驚いたような表情をした後、僕にだけ聞こえるような小さな声で一言・・・。


「ありがとう」


わぁ・・・これって百合っぽいぞ、前世では娘の百合漫画コレクションを拝借して読んでたけど自分がやると恥ずかしいな!。





かちゃかちゃ・・・


もっもっ・・・


ざわざわ・・・


わいわい・・・


食堂に入り食事をしていると僕達のテーブルに王太子殿下が近付いてきた、駄聖女も一緒だ。


だんっ!


殿下はヌコーニ様の目の前までやって来てテーブルを叩いた・・・とても怒っているようだ。


ざわっ・・・


「婚約者が目の前に居るのに挨拶も無いのかい?」


「ごきげんようでんか」


ヌコーニ様が殿下を一瞥して挨拶をする・・・凄い棒読みだ、感情が全然入ってない。


「ホリーに聞いたぞ、お前は最近彼女に嫌がらせをしているそうだな」


「記憶にございません」


「なっ・・・嘘をつくな!」


「証拠はありますの?」


殿下の目が泳いでる、まさかこのアホは証拠も揃えないで言ってるのか?。


「あるぞ、ホリーが嫌がらせをされたと言っている!」


「・・・」


「・・・」


取巻きの皆からゴミを見るような視線を向けられているのに殿下は一方的にヌコーニ様を罵り、満足したのか駄聖女を連れて食堂を出ていった。


ぽんっ・・・ぽん・・・。


「シーアさんに貰った耳栓が役に立ったわね」


以前ヌコーニ様が殿下の声が大きくて頭が痛くなると言っていたので自作の耳栓をあげたのだ、聞き耳を立てていた周りの生徒からも笑い声が聞こえた。










「荷物は本当にこれだけなの?」


僕が両手に持っている鞄を見て義母となったカヴァーニ様が驚いている。


「はい、最初から持ち物はあまり多くなかったので・・・」


「そう・・・」


僕は今、引っ越しの最中だ。


学園の寮を出て今日からユーノス家のお屋敷に住む事になったのだ、義両親・・・ユーノス夫妻は養子縁組が決まると屋敷に僕の部屋を用意してくれた。


ユーノスのお屋敷はコヴァーン家の隣だ、だから朝はヌコーニ様と一緒に馬車で学園に向かう事になるだろう。


僕のために用意された部屋に入る、落ち着いた内装・・・家具は高級感のあるもので統一されていて上品だ、日当たりも良く王都の大通りからは広い庭で隔てられていてとても静か・・・。


「こんなに広くて綺麗なお部屋を用意してもらって・・・本当にいいのですか?」


僕はお部屋に案内してくれたカヴァーニ様に聞いた。


「気に入って貰えると嬉しいわ、これからは沢山お話ししましょうね・・・私、娘と一緒に暮らすのが夢だったの」


本当は寮で生活を続けるつもりだったのだけど、ここまで良くして貰ったら断れないよ・・・。


荷物の整理はメイドさんじゃなくカヴァーニ様が手伝ってくれた、衣類は学園の制服が4着、食費を浮かせて買った私服が3着と下着が数着だ、元々持っていた服やドレスはオースター家に全部置いてきた。


あの元両親の事だから既に捨てているか売り払って金に換えているだろう。


ぱさっ・・・


本棚に入れようとしていたノートが足元に落ちた、これは幼い頃から僕が趣味で書き溜めていたもので既に10冊を超えている、実家から逃げ出した後はこれで食い繋ごうと考えていた。


「これは?」


カヴァーニ様が興味を持ったようだ。


「僕が考えた装飾品を絵にしたものです」


「見てもいいかしら」


この流れだと断れないし!。


「・・・どうぞ」


ぱらぱらっ・・・


「まぁ、素晴らしいわ、綺麗ね!」


「・・・ありがとうございます?」


僕の前世での職業は宝飾デザイナーだった、得意分野はシルバーアクセサリー。


ストリート系ファッション誌にも取り上げられて結構人気があった・・・最初は趣味で始めたものだけど専門の学校に入り、気付いたら自分の店を持っていた。


店の名前は「ドラゴンアビス」・・・。


決してお洒落なものではなく、ストリートキッズやいかつい系の野郎達が好む指輪やバングル、ピアスなどのメンズ向けが主力商品・・・ドラゴンの指輪や髑髏をモチーフにしたピアスは自分でも驚くほど売れた。


このノートにもドラゴンや禍々しい怪物のデザインが満載なのだけどカヴァーニ様の美的感覚は大丈夫なのか?。


「あの・・・恥ずかしいので返してもらえるとありがたいのですが・・・」


ノートのページを捲りながら「凄い」「素敵ね」などとはしゃぐカヴァーニ様、本当に恥ずかしいからやめて!。





「そうなの・・・素敵な夢ね、お義母様にも手伝わせて貰えるかしら?」


カヴァーニ様の「圧」に負けて僕の思い描いていた人生設計を全部喋った、素材を集めてアクセサリーを作り庶民を相手に販売する、いずれは小さなものでいいから自分のお店を・・・。


「私の持っている宝石店の一部を使いましょうか、材料や道具はお義姉様の持っている物を借りればいいわね」


ダメだ、お義母様・・・娘ができたのが嬉し過ぎて人の話を最後まで聞かずに暴走し始めてるよ!。


「ちょっ・・・ちょっと待って下さい!、まだ僕のアクセサリーが売れるかどうかも分からないし、学園の授業もあるから準備する時間が・・・」


「もうすぐ長期休暇が始まるでしょ、時間はあるじゃない!」


お義母様は「これから忙しくなるわぁ!」などと言って、ハンニヴァル様にも見て貰うのだと僕のデザインノートを持ってお部屋を出て行った。


お義母様は人の話を最後まで聞かない、行動力のお化け・・・うん、覚えた。


僕は抵抗するのを諦めてふかふかのベッドに寝転がった。









「まぁ、可愛いお嬢ちゃんねっ」


「そうでしょ、うちの娘はとっても可愛いの!」


きゃっきゃっ・・・


わいわい・・・


ここは王都のシャンテ大通りに店を構える「ジュワイヨの宝飾店」、学園がお休みの日にカヴァーニお義母様に連れられてやって来た。


「こんにちは・・・この度は無理を言ってしまって申し訳・・・」


「まぁまぁ!、礼儀正しい娘だわぁ、私はこのお店の店長でジュワイヨっていうの、よろしくねっ!」


お義母様同様、異様に「圧」が強くてキャラが濃いマダムはこのお店の店長、ジュワイヨ・チュールーさんだ。


ここのオーナーはお義母様で、この人は雇われている店長だけど宝飾品を選ぶセンスの高さと素晴らしい接客で貴族や裕福な平民の間でこのマダムのファンは多いらしい。


「早速だけど見て貰える?」


「えぇ、拝見するわ」


ささっ・・・


ぱらっ・・・


「まぁ・・・まぁまぁまぁっ!、素晴らしいわぁ!、これはどうやって彫ったの?」


「あ・・・はい、自作の道具を使って大まかに彫った後、動物の皮や舌を使って磨き上げています」


「全部シーアちゃんが彫ったのよね?」


「そうよ!、図案から制作まで全部私の娘が作ったの!」


「こっちは腕輪だったわね・・・」


ぱらっ・・・


「きゃぁぁぁ!、これも凄いわぁぁぁっ!」


わいわい・・・


きゃっきゃっ・・・


僕はお義母様に言われて試作品をいくつか作った。


一つは銀の指輪、表面にバラを浮き彫りにした、もう一つは銀の棒を削り出して2匹の蛇が絡んでいるように見えるバングル・・・どちらも僕が得意としていたデザインだ。


素材や器具はコヴァーン家の工房を借りた、ヌコーニ様のお母様、イヌーニ様は有名な錬金術師なので自宅に工房があるのだ、道具に関しては前世で使っていた自作道具を再現した・・・こちらの世界に無いものもあったので結構苦労した。


僕はマダムとお義母様が楽しそうに戯れているのを眺めている、確かにこの世界には上品で繊細な装飾品はあるのだけど、ワイルド系やちょいワル風のものは見た事が無いから僕の作品が通用するのか正直不安だったのだ。


「あの・・・どうでしょう?」


僕は興奮して鼻息が荒いマダムに恐る恐る尋ねた。


「凄いわぁシーアちゃんっ!、これ絶っ対に売れるわぁ!、こんなに綺麗で細かい装飾見た事が無いもの!」


がしっ!


僕はマダムに抱きつかれ頬ずりされた、お髭があたってじょりじょりするっ!、毛深くて逞しい腕が僕の首を締め付けて・・・。


ぱん!、ぱんっ!・・・


「苦しい・・・し・・・死んじゃう」


「きゃぁぁぁ!、シーアちゃんごめんなさい!、私興奮すると抱きつく癖があるのぉ!」


危うくマダムに絞め落とされそうになったけど、どうやら僕の作品はこの世界で通用しそうだった。








「とりあえず完成かな」


僕は目の前にずらりと並んだシルバーアクセサリーを眺めて呟いた、ピアスやバングル、指輪など合わせて40個くらいある。


あれから少し経ち学園が長期休暇に入った、休暇といっても貴族の子供達は遠方の領地に戻ったり王都で社交をしたり・・・皆忙しくしているようだ。


去年の僕は寮で暇を持て余していた、学園に届出を出して図書館を利用させてもらったり、寮の食堂がお休みになるので街に食事に出たりする以外は基本的に寮に引きこもっていた。


でも今年は多忙を極めている、ジュワイヨさんの宝飾店にいくつか出させて貰った僕の作品が3日で完売してしまったのだ。


マダム・・・ジュワイヨさんの手腕もあると思うのだけど上級貴族の子息や若い商人・・・シルバーアクセサリーの似合いそうなイケメンや美女を選んで売り付けたらしい。


評判が評判を呼んで店には問い合わせが殺到・・・マダムが血走った目をしてユーノスのお屋敷に押しかけてきた。


「シーアちゃんっ!、買いたいっていうお客様がすごいのぉっ!、お願いだから作れるだけ作ってぇ!」


「えぇ・・・そんなに売れたの?」


「あのお家の嫡男が嵌めてる指輪が欲しい、あのお店の娘さんがつけてるネックレスは何?って毎日のようにお客様に聞かれてるのぉ!」


「幸い学園はお休みだからまだ余力はあるけど学園が始まったらどうしようかなぁ・・・」


今のところ僕の作品の売り上げ配分は僕が7でジュワイヨさんのお店が3だ、僕の取り分はもっと少なくてもいいと言ったのにマダムがそれ以上受け取らなかったのだ、僕が原因でお店が忙しくなるのは申し訳無い気がする・・・。


「数量限定の予約注文にしようか、僕が商品の絵を描くからそれを見て欲しいものをお客様に選んでもらうの、ジュワイヨさんのお店のお得意様や他の宝飾品を買ってくれた人を優先で・・・っていうのはどうかな?」


「きゃぁぁ!、それ良い!、シーアちゃん凄いわぁ!」


がしっ!


「むぐぅ!」


またマダムに抱きつかれ、筋肉質な厚い胸に顔が埋まって窒息しそうになった・・・。










「・・・それで、殿下はお茶会に駄聖女だけじゃなくて第二王子殿下まで連れて来るようになったのよ」


「へー」


「何を考えているのかしら、何も考えてない可能性もあるけど・・・定期のお茶会って婚約者同士の交流を深める為でしょう?」


「そうですねー」


「しかも自分は駄聖女と戯れ会って第二王子殿下を私に押し付けて来るのよ、おかしいと思わない?」


「おかしいですねー」


だんっ!


「わぁ・・・びっくりしたぁ!」


「私は真剣に相談してるの!、適当に返事しないでちょうだい!」


「適当に返事してたのバレちゃったぁ!」


今僕とヌコーニ様はコヴァーン家の中庭でお茶を飲んでいる、最近アクセサリー制作が忙しくてあまり構ってあげてなかったから拗ねて泣き出したのだ。


お詫びに僕の自信作、雫形のシルバーネックレスをあげたら物凄い顔をして動きが固まった・・・。


明らかに挙動不審になったヌコーニ様に声をかけると我に返り、この前王城で開かれた婚約者とのお茶会を愚痴り始めて今に至っている。


「婚約者を駄聖女に換えたいから第二王子殿下とヌコーニ様が仲良くなれば都合がいいって考えてるんじゃないですか?」


「そうとしか思えないわよね」


「でもヌコーニ様は王妃様に似ている綺麗なお顔の王太子殿下より陛下に似て凛々しい第二王子殿下の方が好みですよね?、第二王子殿下は来年学園に入学するから今10歳・・・ヌコーニ様は13歳、歳の差は4つだけど大丈夫ですよ」


「何が大丈夫なのか分からないわ!」


「僕はおねショタもありだと思うけどなぁ」


だんっ!


「ひっ!」


ヌコーニ様がテーブルを叩いた、また思ったことが言葉に出ていたようだ・・・でも今日のヌコーニ様はなんだか情緒不安定だな・・・。


がしっ!


「わぁぁ・・・何をするんですかぁ!」


ヌコーニ様が僕の側に来て顔面を掴んだ。


「シーアさん・・・大事なお話があります!」


「何でしょう?、その前に痛いので顔を掴むのやめて下さい」


ヌコーニ様の綺麗な顔が僕に近付き耳元で囁く。


「・・・あなたは転生者ね」


「へ?」


ヌコーニ様の口から衝撃的な言葉が飛び出した、確かに僕は転生者だけど何でバレたの?。











「・・・」


「・・・」


「・・・」


僕はヌコーニ様とお茶を飲んでいたコヴァーン家の中庭から場所を移してお屋敷の中にある居間に連れて来られた。


当主のゴンザレス様が仕事先の王城から帰って来るまで待っていたから夜になっている、途中僕のお腹が鳴って美味しい夕食も食べさせて貰った。


お部屋の中に居るのはヌコーニ様、イヌーニ様、お兄様のエンリケス様・・・お隣の屋敷から呼ばれてやって来たカヴァーニお義母様とハンニヴァルお義父様・・・。


ヌコーニ様の後ろには有能そうなメイドさん・・・ポーラさんが立っていて執事のジーノさんも居る、何だか深刻な事態になっているようで落ち着かない。


がちゃっ・・・


「待たせてしまったようだね」


ゴンザレス様が帰って来たたようだ。


全員が揃ったところで重々しい空気の中、話が始まった。


じゃらっ・・・


「これはシーアさんが作ったのよね」


ヌコーニ様がテーブルの上に出したのは僕があげた雫形のシルバーネックレスだ、「ティアドロップ・ローズ」と僕が名付けた銀で出来た雫形の本体に薔薇が絡み付いたデザイン・・・前世の僕のお店でよく売れた人気商品だ。


但し前世と違い細かな細工ができる銀粘土なんてこの世界には無いから僕が銀の塊から手作業で削り出した力作・・・。


「はい、ちゅくりました」


緊張して噛んだじゃないか!。


「ドラゴンアビス・・・」


がばっ!


聞き慣れた名前に驚いて僕はヌコーニ様の顔を見る。


「ちょいワル系の男性や中二病の男の子、それからゴスロリっぽい女の子に人気のお店ね」


「ヌコーニ様何を言って・・・」


ヌコーニ様の口から中二病やゴスロリって言葉が出て僕は頭の中が真っ白になった。


「店長は金髪ピアスにタトゥーのいかつい中年男性・・・雁木龍也がんぎたつやという名前なのだけど若い頃は「羅刹の龍」と呼ばれて地元の暴走族や不良グループから恐れられていたようね」


「あ・・・あう・・・」


僕はもう意味が分からなくなって挙動不審になっている、何でヌコーニ様が生前の僕の姿を知ってるんだよ!・・・ってか改めて前世の容姿を言葉にされると今の僕とかけ離れ過ぎてて笑える。





僕が落ち着くのを待ってゴンザレス様が喋り始めた。


「アンブレラ王国のある大陸を含むこの世界では数十年単位でごく稀に別世界の記憶を持ったまま生まれる子供が居る、「渡り人」と呼ばれ、その知識や技術は王国の発展に貢献したと言われていてね・・・」


僕の他にも転生者がいたのか・・・。


「渡り人の存在は王家と・・・政治の中枢に関わる限られた一族の間で知られているだけで基本的に秘匿されている、以前は渡り人が確認された場合、知識が悪用されないよう国が保護していた」


「それじゃぁ僕は国に・・・」


「いや、昔現れた渡り人のおかげで王国の技術も発展した、今は有用な知識を持つ者に限り国が動き、それ以外の者は監視に留めているのだ」


確かに王都の街には魔導列車が走り、上下水道も整備されていて快適だ・・・夜は魔道具による光で街は明るいし馬車に使われる馬だって最近は四足歩行する馬型の魔道具に置き換わりつつある。


地球の技術を吸い上げなくてもこの世界の文明は十分に発展している・・・。


「まだ娘が幼い頃、君が渡り人である可能性があると言って来てね、それとなく我が家で監視していた」


「そんな昔から僕は見張られていたの?」


あ、また思ってる事が声に出ちゃったよ。


「その頃はまだ「可能性がある」に留まっていたがね、シーアちゃんが向こうの知識を悪用して国に危険が及ぶようなら干渉する予定だった・・・だが人畜無害だったから今は監視対象からも外されているよ」


人畜無害・・・・。


「でもどうしてヌコーニ様が僕の事を・・・まさか」


「ヌコーニも渡り人だった、だがそれ程革新的な知識も技術も持っていなかったからシーアちゃんと同じように監視対象から外された」


「そうなのよ!、異世界転生したから知識無双、チート能力で私スゲーってしたかったのにっ!」


ヌコーニ様、僕にバレたからなのかキャラ変わってない?。


「それなら向こうの世界にあるドラゴンアビスを知っていても不思議じゃないかも、ヌコーニ様はあのお店に行った事があるの?・・・あ、通販のお客という可能性も・・・」


「知ってるも何も・・・まだ気付かないの?、私はあのお店の店長、雁木龍也がんぎたつやの娘よ」


「へ?」


僕は頭を思いっきり殴られたような衝撃を受けて固まった・・・言葉が出ない、身体が震えて来た・・・。


「でも・・・全然違うし、見た目も性格も・・・」


・・・娘は背中まで伸びた黒髪、黒縁メガネを掛けたまるで古風な文学少女という見た目だった、でもヌコーニ様は腰まである美しい銀髪に翡翠色の瞳、顔立ちも整っていて気が強そうな雰囲気。


「シーアさんだって全然違うじゃない!、私、あのいかつい親父がこんな可愛い女の子になってるのがどうしても信じられなくて「ティアドロップ・ローズ」を貰うまで絶対そんな事は無いって自分に言い聞かせてたんだから!」


「僕はこんな我儘で高慢な性格に娘を育てた覚えはありません!」


そう、僕の可愛い娘は真面目で清楚・・・趣味は読書やアニメ鑑賞、若干オタク趣味で・・・。


「わがままって・・・酷い!、でもせっかく異世界転生したんだから全然違う人生を生きてみたいと思うでしょ!、思うよね!」


「でもまだ信じられないよ・・・」


「なら教えてあげましょう!、お父さんのエロ本の隠し場所はベッドの下、でもそこは偽装で巨乳本ばかり、本命は押入れの奥が二重になっていて幼女ものやロリコン、百合漫画が沢山・・・」


「ちょっと待って!、それ以上いけない!」


「ふふふ・・・信じてくれた?」


「ぐぬぬ・・・それなら「俺」も言わせて貰う、お前の本棚に並んでいた少女漫画や百合ものは偽装、その奥に隠されたハードゲイ写真集やかなりマニアックで濃厚なBL物が・・・」


「いやぁぁぁ!、何で知ってるのぉぉぉ!」


「更に言わせて貰うならお前が最後に寝小便をしたのは15歳の時で・・・」


「うわぁぁぁ!、だってそれはお父さんが絶対面白いからちょっとだけって、私に無理矢理スプラッター映画のDVD見せたからでしょ、あれ本当に怖くてお手洗いに行けなくて・・・」


・・・


・・・


「秘蔵の遺品・・・どうなったかなぁ・・・」


「明子おばさんや従兄弟の隼人くんに見られたかも・・・わーん!、恥ずかしいよぅ!」


もう死んでしまったのだから恥ずかしい遺品を妹や甥に見られるのはいいとして・・・どうやら間違いないようだ、僕の目の前に居るヌコーニ様は・・・。



娘が9歳の時に妻が病気で亡くなり「私」は男手一つで娘を育てあげた、そして通販から始めたドラゴンアビスはショッピングモールに大きな店を構えられるまでに成長する・・・。


「私」が40歳、娘が18歳の時、妻の命日に墓参りに行こうと娘を後ろに乗せたハーレーダヴィッドソンが中央車線を超えて来た暴走トラックと衝突して・・・。


真莉まりも死んでしまったのか」


ぽろっ・・・ぽろ・・・


「うっく・・・ごめんなさい、守れなくて・・・死なせちゃってごめんなさい、トラック避けられなくて・・・」


僕は最愛の娘を守れなかった悔しさと悲しさで涙が止まらない・・・。




泣いていた僕が落ち着きを取り戻すのを待ってコヴァーン家とユーノス家関係者で話し合いが始まった。


ゴンザレス様に聞かれて一通り前世の知識を披露したけれど特に有用なものは無く、当初の予定通り監視対象からは外れてこれまで通りの生活が出来るようだ。


ヌコーニ様との関係も人の目がある場所ではこれまで通りの付き合いになる、正直僕はこの外見で生前のようなおっさん口調に戻りたくない。


彼女も筆頭貴族家のわがままお嬢様という立場が気に入っているらしく王太子殿下との婚約は円満解消を目指し、お金持ちで優しい旦那様と結婚して幸せになってやると豪語している。


義両親、ユーノス夫妻は事前にゴンザレス様から僕が渡り人の可能性があると聞かされていた、かなり前に姪が渡り人だという事も既に知らされていたようだ、でもヌコーニ様の生前の父親だとは思わなかったようで驚いていた。


「お父さんは私が18歳になるまで自分の全てを犠牲にして育ててくれたの」


そう誇らしそうに自慢する元娘の言葉に僕はまた泣いてしまった。


「いつから僕が渡り人だと気付いていたの?」


「最初に違和感に気付いたのは私の名前を笑った時かしら、「猫に小判」で笑ったからおかしいと思ったわ、それから・・・」


ヌコーニ様は後ろに控えているポーラさんを見た、この人は下級貴族ながら莫大な資産を持っているギノール家の次女で、ヌコーニ様の専属メイドだ。


すっ・・・


ポーラさんが差し出したのは見覚えのあるハンカチだ、家庭教師に刺繍を教わっていた時に練習で刺したやつ・・・そういえばこの人が鼻水を吹き出した時に渡した気がする。


「これってミッXィーちゃんでしょ」


そう、絵柄は何でもいいと言われてどうせ誰も知らないだろうと思いXッフィーちゃんにしたのだ、こんな些細なことからバレるなんて迂闊だったな。


「他には独り言でポロッと呟いていた悪役令嬢とか・・・王太子殿下をロリコンって言っていた事もあったわね、あとはカアトお祖父様の事を27歳で死にそうな名前だって小声で言ってたのを私は聞き逃さなかったわ」










学園の長期休暇が15日ほど過ぎた、学生の中にはこの期間を利用して遠方の領地に戻る者も多いから休暇は約60日と結構長い。


僕は相変わらず毎日忙しい、ヌコーニ様とのお茶会は4日おきの午後・・・これを断ると拗ねて泣くからどうしても行かないといけない。


普段は気が強くわがままな彼女も僕が元父親だとバレてからは時々雁木真莉がんぎまりの口調に戻って甘えてきたり・・・正直可愛い。


これまでは王太子殿下の愚痴ばかり聞かされていたお茶会にも前世での話題が混ざり始めている。


「あのアニメの続きが気になる」


「国道沿いにあるダメダ珈琲のデカノアール食べたい」


一度は死んでしまったのにまた娘と話ができるようになるなんて・・・。


「人生何があるか分からないなぁ」




ヌコーニ様とのお茶会が無い日はコヴァーン家の錬金工房でアクセサリーを作り、夜はユーノス夫妻と楽しく過ごす、僕の日常生活は最近とても充実している。


新商品の打ち合わせで「ジュワイヨの宝飾店」に顔を出す用事が出来たので馬車でお店に向かうと裏手には珍しく粗末な馬車が停まっている・・・それを見て僕は違和感を感じた。


馬車の外観に似合わず馬は本物ではなく馬型四足歩行魔道具「アイヴォゥ」・・・最近馬の役割を奪いつつある高価な魔道具だった。


「綺麗な馬車が壊れたから替わりに農作業用のやつに乗って来たとか?」


そんな独り言を呟きながら店の裏口から中に入る。


カウンターには品よく着飾ったマダムが立っていてお客様と話をしていた、相変わらず躍動する筋肉が眩しい・・・他の店員達も皆接客で忙しそうだ。


マダムの話が終わるのをただ待っているのも退屈だったので僕は自分の作品が展示されているショーケースに向かった。


やはり人気があるようで、お客様が5人ほど集まっている、その中に注文用のデザインが描かれたイラストを熱心に見ている女の子2人組が居た。


高級そうな服を着て僕より少し年上に見える、一人は背中まである艶やかな黒髪でシンプルなフレームのメガネをかけている、思わず見惚れてしまうほど綺麗な子だ。


もう一人は茶色い髪をした短髪の子・・・従者か護衛かな?、一歩下がって周りの様子を警戒している・・・あ、僕と目が合った。


短髪の子が黒髪美少女の肩をつついて合図する・・・注文用イラストに夢中だったその子も僕に気付いたようだ。


「え・・・」


黒髪美少女の様子が明らかにおかしくなる、挙動不審になり短髪の子の影に隠れた。


僕は黒髪美少女に見覚えがあった・・・でもどこで会ったのか思い出せない、学園の生徒だと思うのだけど・・・。


「あらぁ!、トリスちゃんとアンジェちゃん、注文してくれていたネックレスは入荷してるわよぉ!」


お客様との話が終わったのか、マダムが満面の笑顔で2人組に近付いて来た。


だらだら・・・


黒髪美少女の顔色が悪い、冷却の魔導具のおかげで店内は涼しいのに額から汗が流れている。


そわそわっ・・・


「じゅっ・・・ジュワイヨさんっ、おっ・・・お店の奥で話せませんか・・・」


僕を横目で見ながら黒髪美少女がマダムに言った、本当に挙動不審過ぎる。


「えぇ、いいわよ、そこの商談室に入りましょうか・・・シーアちゃんも居るからちょうどいいわぁ、アンジェちゃんが一目惚れした銀のネックレスはこの子が作ったのよぉ!」


「ひぃっ・・・」


黒髪美少女が僕を見て小さく悲鳴を上げる、僕この人に何かしたっけ?。


がしっ・・・


マダムの逞しい手が僕の肩を掴み、2人組と一緒に商談室に連行された。


そわそわっ・・・


もじもじっ・・・


商談室の高価そうなテーブルを前にして僕はマダムの隣に座り、目の前には2人組が居る、やはり黒髪美少女の様子がおかしい・・・。


「じゃぁ頼まれていたネックレスを用意するわねっ!、それと隣国から取り寄せた美味しいお茶があるの!、淹れるから少し待ってて貰える?」


そう言い残してマダムは商談室から出て行った、待って!、この気まずい雰囲気の中で僕にどうしろと!。


ちらっ・・・


ふいっ・・・


僕が黒髪さんの顔を見ると目を逸らされた。


「あの・・・」


黒髪さんに声をかける。


「ひゃぃっ!」


やはり様子が変だ、でも綺麗な子だなぁ・・・え?。


黒髪さんと目が合った・・・光に当たると黒にも銀にも見える不思議な瞳、どうして気付かなかったのだろう、この人って・・・。


「もっ・・・もしかして・・・でっ・・・殿下?」


「ひっ」


僕の言葉に黒髪さんは違うと言いたいのか首を横にフルフルと振っている、でも身長も同じくらいで髪や瞳の色、ホクロの位置まで同じだ。


でもヌコーニ様に暴言を吐いていた王太子殿下と目の前の黒髪美少女・・・雰囲気が違い過ぎる。


「はぁ・・・もう諦めましょうよ、殿下」


「ち・・・違うもん!、私は殿下じゃないもんっ!」


「改めましてごきげんよう、シーア・ユーノス様、私は王太子殿下の専属護衛でベアトリス・クッコローと申します、お気付きのようにこちらはアンジェリカ・ラブレアことアンブレラ王国、王位継承権第一位フェリック・アンブレラ殿下にあらせられます」


僕は慌てて立ち上がり挨拶をしようとした、ここは学園の外だから王族を前に無礼な態度は出来ない。


「お忍びですのでそのままで」


ベアトリスさんに止められて僕はまた椅子に座り直す、そして無言でフルフル震えている殿下を見た。


「おっ・・・お願い、誰にも言わないで・・・」


やはり挙動不審だ・・・。


「えと、それは殿下が・・・」


「殿下がこの姿の時はアンジェリカと呼び捨て、またはアンジェちゃんでお願いします」


ベアトリスさんから殿下の呼び方を指摘された。


「あ、はい・・・それはアンジェちゃんがここに来た事を秘密にするのでしょうか、それとも女装して・・・」


「両方でお願いします」


僕の質問に被せるようにベアトリスさんが答えた。


「・・・はい」


僕は殿下が何故女装しているのか気になったのだけど・・・これ以上詮索して王国の闇を知ってしまうと消されるかもしれないので考えるのをやめた。


「お待たせー!、あらシーアちゃん、2人と仲良くなったのねー」


いや仲良くなってないですけど!。


僕はマダムの淹れてくれたお茶を飲みながらアンジェちゃんが商品を確認するのを眺めている。


「ふわぁぁ・・・綺麗・・・」


先程まで涙目で震えていたのに僕が作った銀のネックレスを手に取ったアンジェちゃんは目を輝かせて眺めている、本当に気に入ったから買ってくれたようだ。


「アンジェちゃんの髪色ならきっとよく似合うと思うわぁ!」


マダムの言葉は社交辞令ではなくアンジェちゃんの髪の色によく映えていてとても似合っている。


「髪色も瞳も黒、今着ているお洋服も黒とグレーだから銀色が合うんだよねー、今のネックレスは大きい雫が一つだけど小さなものが3つでも可愛いかも」


アンジェちゃんの容姿は僕の創作意欲を刺激して次々と新しいデザインが頭に浮かんできた、早く帰ってイラストに起こしたい!。


ふと見渡すと3人が僕をじっと見つめていた。


「・・・声に出ちゃってました?」


3人が頷く。


「今のネックレスも可愛いけど、この指輪も一緒にどうでしょう?・・・実は同一デザインで、この3つをセットで販売しようと思っていたんです・・・お手入れ方法は黒っぽくなってきたらこの布で拭いて・・・」


僕はカバンの中から今日お店に納品する予定だったバングルと指輪を出した、元々このネックレスと一緒に身につける事を想定して作ったもので、制作に時間がかかって納品が遅れてしまったのだ。


「まぁっ!、これも素敵ねぇ!」


マダムが叫んだ。


「わぁ・・・これ欲しい、トリスちゃん買ってもいいかな?」


「私はいいけど・・・あまり散財するとお父上から怒られるんじゃない?」


「でも・・・バレなきゃいいと思うの」


ここでのお父上っていうのは陛下だろう・・・王太子殿下でも散財すると怒られるのか・・・やはり今日の殿下は学園での女好きで軽薄な雰囲気の彼とは別人みたいだ。






「はい、お買い上げありがとう!」


マダムは慣れた手つきで商品を3つとも包み、紙袋に入れてアンジェちゃんに手渡した。


「買っちゃったぁ、帰ったら早速つけてみよう!、似合うかなぁ?」


「はいはい似合う似合う、遅くなると抜け出したのバレるから帰るよー」


えぇ・・・アンジェちゃんお城を抜け出してたのか・・・。



・・・


「アンジェちゃんの事が気になるみたいね」


2人が商談室を出て行った後、マダムが僕に話しかけて来た。


「気になるというか・・・」


何で女装してるんだろうって思っただけなんだけど・・・。


「あら、アンジェちゃんが男だって気付いてたのね」


マダムが真面目な顔をして言った。


「ぎゃぁぁ!、また声に出てたぁ!」


「私と同じよ、アンジェちゃんの方がずーっと可愛いけどね・・・あの子も身体は男だけど心は女の子なのよ、お家は身分の高い貴族で家族からは後継なのだから男らしくしなさいって言われてるそうよ」


「えぇ・・・」


「私はお客様の事情を他の人に漏らさない主義だけど・・・シーアちゃんも似たような立場だしお友達になれたらいいなって思ったから話したの」


「そうなんだ・・・」


僕はマダムに転生した事は伏せて自分の身体について相談した事がある、僕の身体は女性だけど心はおっさんだ、このまま成長して結婚や出産なんて絶対に無理だから・・・。











殿下の件から5日経った、今日は午後からヌコーニ様とお茶会だ。


そこで僕はとてつもなく不穏な話を聞いた。


「定例のお茶会で3日前に王城に行ってたのよ、そこでシーアさんの話が出て色々聞かれたわ、今まで名前も出なかったのに不思議よね」


「だ・・・誰に?」


「王太子殿下とのお茶会なのだから殿下に決まってるじゃない、そこには駄聖女と第二王子殿下も居たけど・・・何で急にシーアさんに興味を持ったのか知らないけど頭が良くて私とは仲良しだって答えたわ」


「・・・他には何か聞かれた?」


確か・・・口は硬いか・・・とか、約束を守る人間か?みたいな事は聞かれたわね、口は硬いけど時々ポロッと考えている事が言葉に出るから油断ならないわって・・・あら、顔色が悪いわね」


あれから僕は街で殿下・・・アンジェちゃんに2回会った、昨日と今朝だ。


昨日は街に出る用事があったので路地裏の食堂でお昼を食べていた、もちろん町娘のような服を着て貴族だと分からないように偽装してる。


背後から視線を感じたので振り向くと高価そうな服を着たアンジェちゃんとトリスさんが居た。


家族で営業しているような古びた小さな食堂・・・2人は席に座って居心地が悪そうにこちらを見ている、この食堂は客の方から店のおじさんを呼ばないと注文を取りに来ないのだ。


「あの、ご一緒しても?」


いつまで経っても店員が注文を聞きに来ないのでアンジェちゃんが涙目になっているし周りからも浮いている、放置するのも可哀想だったので仕方なく声をかけた。


店のおじさんを呼んで人気の肉串と香草のスープを頼んであげたら美味しいと言って感謝された。


2回目は今朝だ、ヌコーニ様とのお茶会の前に欲しい本があったので大通りの本屋に寄った、目的の本を見つけて買おうとしたら本棚の隙間からアンジェちゃんがじっと僕を見ていて思わず叫んだ。


「あ、言い忘れていたのだけど、王太子殿下が次のお茶会からはシーアさんを連れて来るようにって・・・」


「ぎやぁぁぁ!」


どうやら僕は王太子殿下に目を付けられてしまったようだ・・・。











ちらっ・・・


ささっ・・・


とてとて・・・


ちらっ・・・


「あーもぅ!、何なの!」


あれから少し経つのだけど僕はアンジェちゃんに付き纏われている、もちろんトリスさんも一緒だ、本当に何なの?、暇なの?、ストーカーなの?、他にやる事無いの?。


今日も王都の大通りを歩いている僕の後ろをついて来ているのだ。


僕は大通りから急に曲がり、狭い路地に駆け込んだ、慌てて追いかけて来るストーカー2人組・・・。


だっ!・・・


「僕にお話があるのなら聞きますよ」


2つほど路地を曲がったところで立ち止まり、僕は追い付いた2人に話しかけた。


話し合いの場は再び「ジュワイヨの宝飾店」の中にある商談室、マダムにお願いすると快く場所を提供してくれた、ここは大金が動く取引をする事もあるので防音がしっかりしているのだ。


「それで、僕の後を尾けて何がしたいのですか?」


「わっ・・・私がお休みの日に女装している事を黙っていて欲しくて」


「黙ってるって約束したじゃないですか、信じられないのならきちんと書類で契約を結びます?」


既にアンジェちゃんは涙目だ、学園で取巻きを従え堂々と振舞う王太子殿下どこ行った?。


「それにヌコーニ様との定例お茶会に僕も出ろって言ってましたよね、2人の婚約に関わる政略に僕を巻き込まないで欲しいのですが!」


フルフル・・・


ちょっと強く言いすぎたようだ、アンジェちゃんが震え出したよ。


「私からご説明させて頂きます・・・実は殿下は・・・」






「お断りしてもいいですか?、それって他の人が見たら僕がヌコーニ様の婚約者を寝取ったみたいになるじゃないですか!」


「寝取る・・・」


アンジェちゃんが顔を真っ赤にして俯いた、何だよこの可愛い生き物!。


「ぐすっ・・・うっく・・・ひっく」


泣き出したよ!。


「泣かないでアンジェちゃん」


トリスさんがアンジェちゃんを慰めながら僕を見る、僕が泣かしたみたいになってるし!。


「ヌコーニ様に理由を話して協力して貰えばいいじゃないですか、仮にも婚約者でしょ」


「ヌコーニさんが陛下の意向に背いた罪で罰せられちゃう可能性が・・・」


「ちょっと待って!、その話だと協力したら僕も罰せられるよね!」








アンジェちゃん達と話をして数日が経ち学園の長期休暇も残り20日程になった、僕の日常生活にヌコーニ様とのお茶会とアクセサリー作りに加えて殿下・・・アンジェちゃん達との外出が加わった。


何度か一緒に街へ出掛けているうちにアンジェちゃんとは予想以上に仲良くなってしまった、会話していても楽しいしお互いに好きなものも似ているのだ。


一度は申し出を断ったものの、すぐに仲のいい女友達のような関係になった。




「ごきげんようでんか」


今日は王城で開かれる定例のお茶会だ、ヌコーニ様が全く感情の籠もっていない挨拶をする。


「ごきげんよう、殿下」


ヌコーニ様に続いて僕も挨拶をする。


「ふんっ、このような茶会など時間の無駄だが陛下の命令だ、よろしく頼む」


王太子殿下が僕達を冷たい目で見下して口を開いた、僕は笑いそうになるのを我慢して手のひらに爪が食い込む・・・痛い。


男性モードのアンジェちゃんは無理をして非道な王子様を演じている、今はストレスで精神がゴリゴリ削られているだろう・・・。


「兄上っ!、ヌコーニ様やシーア様に失礼ではありませんか!、普段は優しい兄上が何故婚約者の令嬢に対して・・・」


第二王子であるアポロ殿下がアンジェちゃん・・・いや、フェリック殿下の態度を注意する。


アンジェちゃん本人から聞いたのだけど実はこの兄弟はとても仲良しだ、でもいい事を言いかけたアポロ殿下の言葉を遮るように甲高い声が響いた。


「フェリック様ぁ!、今日のドレスはこの間買って頂いたものなのですぅ!、どうですか?、似合いますかぁ?」


当然のようにお茶会の席に居る駄聖女が殿下の腕に抱きついて甘えている、僕達の表情は「無」だ、誰もお互いに目を合わせようとしない。


「あぁ、とても似合うよ、ホリー」


「きゃぁ!、嬉しいですぅ!」


駄聖女が殿下の身体に貧相な胸を押し付ける、殿下の死んだような目が僕に向けられた。


唇が僅かに動く・・・。


「(タスケテクダサイ)」


唇の動きで殿下の言いたい事が読めてしまった僕はそっと目を逸らした。


・・・



・・・


「はぁ・・・つまらぬ茶会だった、次は10日後か、面倒だな」


フェリック殿下が疲れきった表情で席を立った、ようやくこの地獄みたいなお茶会が終わる。


「ヌコーニ様、兄上が本っ当に失礼な事を言って申し訳ありません!」


アポロ殿下がヌコーニ様に頭を下げる、今日この2人はお互い会話が弾んでいてとてもいい雰囲気だった。


僕達も帰ろうと思い席を立つと・・・。


「待て、シーア嬢に少し話がある、後で屋敷まで責任を持って送るから残っていろ!」


「なぁっ!」


アンジェちゃんがとんでもない事を言い出したよ!。


「シーアさんに何をするおつもりかしら?、婚約者のいる殿下が未成年の令嬢と二人きりなんて・・・」


僕とアンジェちゃんの関係を知らないヌコーニ様が抗議する、当然だ、僕だってこれ以上問題に巻き込まれたくないし今すぐ帰りたい!。


「二人きりではない、ここに護衛が居るのが見えないのか?」


殿下が後ろに控えているトリスさんを見て答える・・・今日のベアトリスさんはいつもと違って近衛騎士団の制服を着て姿勢よく立っているから別人のように凛々しくてかっこいい、絵に描いたような「くっ殺」騎士様だ。


・・・


・・・


今日のお茶会参加者が部屋を出て行き三人が残った。


アンジェちゃんが天井に向かって手を振っている・・・何をしてるのかな?。


「人払い・・・終わったの・・・座って」


アンジェちゃんが突然女性口調になった・・・豪華な刺繍入りのスーツにネクタイ、革靴という姿にこの口調は違和感が凄い、おそらく天井裏には王家の「影」が潜んでいたのだろう。


ぽろぽろっ・・・


「うりゅ・・・ぐすっ・・・うっく」


アンジェちゃんが突然泣き出した、両手で顔を覆い本気で泣いている・・・ちょっと待ってよ、僕が殿下を泣かせてるみたいに見えるじゃないか!。


「よしよし、頑張ったねー、後で厨房から美味しいケーキを貰って来るから一緒に食べようね」


泣き崩れるアンジェちゃんの頭をトリスさんが撫でて宥めている、それにしてもこの二人はいいコンビだ。


「もうやだ、あの聖女怖い・・・」


「あれは完全に調子に乗ってますよねー」


僕は思っている事を口にした、確かにあの駄聖女はあざといし目つきが獲物を狙う獣みたいで薄気味悪い。


「そうなの・・・だからシーアさんが聖女の代わりに私の近くに居てくれたら・・・」


「それだけは絶っ対にお断りですっ!」


「あぅ・・・そんなぁ・・・」


僕は燃えている家の中にガソリンを被って飛び込むような真似はしたくない。


「貿易大臣からの圧力も凄いの、婚約破棄してホリーをお妃に選べって・・・」


貿易大臣というのは駄聖女の後見人でニードロップ家の当主だ、どうしてもアレを王妃にしたいようだな。


「私の卒業までまだ半年あるよぉ・・・もう無理お腹痛い」





この前から僕達が話し合った内容を整理するとアンジェちゃんは王位継承権を捨てて廃嫡を狙っている、理由は王に即位するのが嫌なのだとか・・・。


アンジェちゃんが言うには小心者でポンコツの自分が王になれば国民に迷惑をかける、だから可愛いがっているアポロ殿下に継承権を譲ろうと思って陛下に相談したら絶対にダメだと言われたそうだ。


自分の身体の事もあって結婚となると王妃になる令嬢にも申し訳ない、将来の事を悩み続けて眠れない夜が続き、頭に円形ハゲまでできた。


「だから女性にだらしない馬鹿でクズな王太子を装う事にしたの・・・相手は男でもよかったんだけどトリスちゃんに止められたから・・・」


トリスさんいい仕事をした!。


ヌコーニ様と婚約を結んだのは将来アポロ殿下が王太子になった時に優秀な令嬢をキープしておいて譲ろうと思ったのだとか・・・確かにヌコーニ様は同年代の令嬢の中では飛び抜けて優秀だ。


こんな優良物件をアポロ殿下が成長するまで放っておく事は出来ない、王太子と婚約していなければ今頃は国の内外で奪い合いになっていただろう。


「幸い二人の相性は良さそうだし・・・あの二人には幸せになってほしいな・・・」


弟想いのいい兄貴だ・・・ってかアンジェちゃんめっちゃいい子だよ!。


でもそこに邪魔が入った、あの駄聖女だ。


ニードロップ家が王太子と結婚させて派閥の力を強くする為に学園へ送り込んだあの女をアンジェちゃんは上手く利用できると思ったらしい。


卒業パーティの場で真実の愛を見つけたと言ってヌコーニ様に婚約破棄を突き付ける、優しいアポロ殿下がヌコーニ様を慰め二人はいい感じに・・・そしてアンジェちゃんは陛下から怒られ廃嫡となる。


そんな下手な恋愛小説みたいな筋書き通りに上手く収まるのかは置いておいて、アンジェちゃんには謎の自信があったようで行動に移してしまった・・・。


でもあの駄聖女はアンジェちゃんが想像していた以上に酷かった。


身体にベタベタ触り纏わり付く、甘えた声で貧相な胸を押し付ける、隙を見せると股間に手が伸びて・・・。


「これまでに3回も掴まれたの、お尻も触られたし、この前なんてお手洗いに入ろうとしたら後ろに居て・・・もうやだ怖い」


アンジェちゃんの卒業まで残り半年だから手段を選ばなくなってきてるよ駄聖女様・・・。


「お部屋で寝てる時にもベッドの下に居るんじゃないかって思ったら眠れなくて・・・ぐすっ・・・ひっく・・・」


だからアンジェちゃんは駄聖女を排除して代わりに僕と真実の愛ごっこをしようと画策していたようだ・・・僕の知らないところでそんな恐ろしい計画が進んでたのか。





・・・


窓の外を見ると少し陽が傾いて来てる、アンジェちゃんはようやく落ち着いたようだ、僕はヌコーニ様に理由を話して協力して貰おうと再度提案した、決して面倒臭くなって早く帰りたいからではない!。


フルフル・・・


「・・・それはダメ」


あっさり却下された、理由を聞くとアンジェちゃんが廃嫡になった後の就職先は「ジュワイヨの宝飾店」、マダムに頼んで卒業後に雇って貰う事になっているらしい。


マダムの店のオーナーはユーノス家だけどお義母様の実家であるコヴァーン家も共同出資している、散々悪態をついて浮気までしていた元婚約者をヌコーニ様や家族が許す筈がない。


「だから宝飾店の新人従業員アンジェリカ・ラブレアの正体が馬鹿で無能な元王太子だって絶対に知られちゃダメなの」


アンジェちゃんの計画では廃嫡になったフェリック・アンブレラ殿下は王都に放り出され、行方不明になる予定らしい。


「でもその計画って上手くいくのかなぁ、アンジェちゃんは陛下が廃嫡にしなかった時の事は考えてる?、婚約破棄の後で拘束されて辺境に幽閉されるかもしれないし・・・もしかすると処刑・・・」


そこまで考えていなかったのかアンジェちゃんが僕の話を聞いて絶望的な表情をする、もう涙や鼻水で綺麗なお顔が酷い事になってるし。


「わぁ・・・わぁぁん!、やだよぅ・・・」


僕は泣いているアンジェちゃんにハンカチを差し出した、ちなみに刺繍の腕は9歳の時より格段に上達した、図柄はちいKわだ。


アンジェちゃんば僕のちEかわハンカチを見て「かわいい」と小声で呟き、隣ではトリスさんがアンジェちゃんの頭を撫でている・・・そんなに撫でるとハゲるよ。


「さて、お腹が空いたから僕は帰りたいんだけど・・・」








王城からユーノスのお屋敷までは馬車にトリスさんが同乗して送ってくれた。


戻った後すぐにコヴァーン家に向かい執事のジーノさんに会う、ちなみにユーノス家とコヴァーン家は隣同士、庭が繋がっているから敷地の外に出ないで行き来できるのだ。


ジーノさんにはゴンザレス様に内密で話があるので会えないかと伝えてある。


正直僕はアンジェちゃんの件に関わりたくなかった、でも帰り際の泣き顔を見て放っておけなくなってしまった、一応友達だし。


僕はアンジェちゃんの件を全部ゴンザレス様に丸投げ・・・いや、相談しようと思う。


ゴンザレス様のお母様・・・ヌコーニ様のお祖母様は先代の国王陛下の妹だ、つまりゴンザレス様と今の国王陛下は従兄弟同士という事になる、ヌコーニ様の話だと2人の関係は良好らしいから丸投げしてもいい感じにしてくれるんじゃないかと思う。


・・・っていうかこれは話が大き過ぎて僕の手に負えないし、正直面倒臭いのだ。







ジーノさんに伝言した日の夜にゴンザレス様が僕の部屋に訪ねて来たから全部話した。


「・・・話は分かった、レックスの奴・・・いや、陛下もある程度は把握していると言っていた、廃嫡にして自由にしてやった方が息子の幸せになるのなら・・・とも言っていたしな、悪いようにはしないから安心するといい」


「ありがとうございます」


どうやら陛下もアンジェちゃんの行動を把握していたようだ、アンジェちゃんの話だと自分は王太子として失望されているから毎日街に出ても誰も気にしないと言っていたけれどそんな事はない。


仮にも王太子なのだから王家の「影」くらいは隠れて護衛している筈だ、気付いてないのはアンジェちゃんがポンコツなだけだろう。


何日か経ってゴンザレス様から1通の手紙が渡された。


(息子を気にかけてくれて感謝する、彼の数少ない友人として助けになって貰えるとありがたい・・・思えば息子は昔から可愛いものが好きで・・・以下略)


差出人は陛下で直筆のサインも入っていた。


「アンジェちゃんよかったね、家族から大切にされてるみたいだよ・・・」








去年よりも短く感じた長期休暇も終わり学園の授業が始まった、王太子殿下を含む最上級生の卒業までもう半年を切った。


相変わらず殿下の腕には駄聖女がぶら下がっているし、ヌコーニ様と殿下の関係も険悪だ、顔を合わせる度に虐めた虐めてないと口論する姿は日常の風景になっている。


ヌコーニ派閥の取巻きは僕以外だと5人、今でも続々とコヴァーン家の悪い噂が出ているのに減っていない。


学園での僕の生活は平穏だ、眼帯をしていて目立つので生徒達からの視線はあるのだけど、あまり気にしない性格だから問題ない。


アクセサリーの制作は僕一人だと限界があるので王都の郊外に小さな工房を作ってもらった、お金を出したのはお義母様だ、僕もお金を出すと言ったのに断られた。


工房で雇われた職人さんが素材を設計図通りに削り出し、僕のところに届けてくれる事になっている、だから僕がやっていた工程が減って今までの3倍増産出来るのだ。


マダムの話だと僕のアクセサリーは飛ぶように売れているらしい。




授業が終わった後、スタン君にはヌコーニ様と先に帰って貰うように伝えて僕は学園の端にある空き教室に向かう。


帰りは王都の街をのんびり歩いて帰る事になる、どこかでお菓子でも買って帰ろうか・・・そんな事を考えていると目的の空き教室に着いた。


がちゃ・・・


「来たわね」


教室の中には駄聖女と取巻きの女の子が3人、男の子が3人立っていた。


ぱらっ・・・


僕は鞄から1枚の手紙を取り出す。


「こんな手紙で僕を呼び出して何の用かな?」


今日のお昼、食堂から戻ると僕の鞄の中に手紙が入っていたのだ。


「「ジュワイヨの宝飾店」に売っている銀のアクセサリーをあなたが作っているって本当なの?」


駄聖女の目的は貴族の間で話題になってる僕のシルバーアクセサリーのようだ。


「うん、作ってるよ」


「ヌコーニ様と仲がいいようだけど」


「仲良しだね」


「・・・もうすぐ破滅する彼女になんて付いてないで私の派閥に入りなさいよ、そしたら私の為にアクセサリーを沢山作らせてあげるわ」


この駄聖女、予想以上に頭がおかしいようだ。


「ヌコーニ様とは親友だから裏切れないなぁ・・・」


「そう、なら二度とアクセサリーなんて作れない身体にしてあげましょう」


そんな意味不明な事を言いながら駄聖女は後ろの男の子3人に向かって・・・。


「両手を潰しなさい」


命令された男の子が僕に掴み掛かる。


しゅっ!・・・


とんっ!


「ぐぇ」


ひゅん・・・


ぱこーん!


「きゅぅ・・・」


僕は制服の懐に隠し持っていたヌンチャクを取り出し男の子の脇腹を狙って攻撃する。


この前の襲撃事件で酷い目に遭ったから僕は体力をつけて自作の武器を携帯している、このヌンチャクは庭師のおじさんに貰った一番硬い木を使っているから簡単に腕の骨くらいなら折る事が出来るのだ。


まだ少し運動不足なのと非力な少女の身体という事もあって実戦は不安だったけど、同年代の男の子3人くらいなら簡単に倒せるようだ。


「あれ、もうお終い?、ちょっと突いただけで沈むなんて弱いね・・・「羅刹の龍」が遊んであげようと思ったのに(ニコッ)」


「ひっ・・・お・・・覚えてらっしゃい!」


蹲っている男の子2人を引き摺って残りの男の子1人と女の子3人、それから駄聖女が教室から逃げ出した。


僕は天井に向かって話し掛ける。


「手加減したから骨は折れてないと思う、あとで駄聖女が文句を言ってきたら正当防衛の証人になってね」


トントンッ・・・


音がして天井裏から気配が消えた・・・ヌコーニ様の護衛に戻ったのかな・・・。


「ヌンチャクだけで片付いたかぁ・・・残念、鞄の中にトンファーも入ってたのに使えなかったよ」


実はここに来る前にヌコーニ様に付いていた2人の護衛・・・コヴァーン家の「影」を1人借りたのだ、目的は相手が強くて負けそうな時に助けて貰う為だ。


「ちょっと身体を動かしてから帰ろうかな」


僕は鞄からトンファーを2本取り出して構える、中学生の頃、家の近所に琉球古武術の師範?と自称する怪しいおじさんが住んでいて3年間厳しく仕込まれたのだ。


しゅっ!


ぶぉんっ!


しゅっ!、しゅっ!


「哈ぁっ!」


ぶおっ!、ぶおっ!・・・


「せいっ!」


まわしげりっ!・・・


「とぅっ!」


しゅたっ!


「ふぅ・・・」


まだ身体が出来てないからキレが悪いし重さが足りない、もうちょっと鍛錬しないと大人相手だと負けそうだ。






「ふぁぁぁ・・・かっこいい!」


ガタッ!


「誰?」


教室の入り口で物音がして慌てて振り返ると・・・。


男子の制服に身を包んだアンジェちゃん・・・殿下が扉の隙間から覗いていた。


「でんっ・・・殿下?、どうしてここに・・・」


少女のように目をキラキラさせて僕の動きを見ていた王太子殿下ことアンジェちゃんが空き教室に入ってきた。


「駄聖女が泣きながら私のところに来たの・・・シーアちゃんに呼び出されて酷い事されたって・・・」


アンジェちゃんが僕に影響されて駄聖女って呼び始めた、お願いだから本人の前で使わないでね。


「呼び出されたのは僕の方、襲い掛かられたのも僕の方だけど・・・それに殿下の姿の時はその喋り方やめた方がいいですよ、誰が見てるか分からないですから」


「えー、だってぇ・・・」


「だってじゃないでしょ!、それに護衛も居ないようだし危ないです!」


「護衛は居るもん」


そう言って扉の方に視線を向けるアンジェちゃん・・・そこにはいつも殿下の側にいる取巻きの男の子が立っていた。


メガネをかけた地味で目立たない子だ。


「ごきげんよう、シーアちゃん」


男の子の口から聞き慣れた女性の声がした。


「え・・・もしかしてトリスさん?」


「あれ、分からなかった?」


「分かんないよ、男の子の制服着てるし・・・それにトリスさん19歳だって言ってたよね、年齢誤魔化して学園に来てたの?」


「でもヌコーニさんのところの護衛はもっといってるでしょ」


僕の頭にスタン君(34歳)の姿がよぎり、それ以上追求するのをやめた。




「・・・というわけで、手紙で呼び出されて派閥に入れと言われました、それから駄聖女の為にシルバーアクセサリーを沢山作れって・・・断ったら手を潰されそうになったから返り討ちにしました」


僕は先程の出来事を殿下に説明した、どこで誰が話を聞いてるか分からないので今はいつものアンジェちゃんとのお友達モードじゃなくて王太子殿下用の口調で会話している。


呼び出しに使われた手紙も渡してある、筆跡を調べれば証拠になるだろう。


「あらぁ・・・じゃなくて!、ふむ、状況は分かった、明日ホリーの奴に厳しく注意しておこう」


「よろしくお願いします」


「もうすぐ暗くなる時間だな、帰りは馬車かい?」


「いえ、歩いて帰ろうかと」


「そんなのだめよ!・・・じゃなくて!、それはダメだ、私の馬車で送って行こう」


「・・・」


確かに遅くなったし駄聖女の相手で疲れた、いつも僕とお喋りしている時の癖が抜けないのか時々女性口調が混ざる殿下のお言葉に甘える事にした。


王家の紋章付きの馬車で屋敷まで送って貰い、帰ったところをヌコーニ様に見られて凄い顔をされたけど僕は悪くない!。










王太子殿下の卒業が間近に迫ってきた。


定期的にヌコーニ様やアンジェちゃんの愚痴を聞き、駄聖女に絡まれながらも僕は学園生活をそれなりに楽しんでいる。


それから・・・僕は国王陛下と文通をはじめた。


何を言っているのか分からないと思うが僕にも理由が全く分からない。


直筆サイン入りのお礼状が陛下から届いた後で僕は返事を書いた、陛下からの手紙をそのまま放置するなんて普通はありえないから貴族としては当然の行動だろう。


友人として今後も殿下を支えますのでご安心ください・・・みたいな内容だったと思う、社交辞令みたいなものだ、これで陛下との手紙のやり取りは終わる筈だった。


でも何故か再び陛下から返事が来てしまった!。


(息子の考えている事が分からない、相談に乗ってもらえないだろうか・・・あいつは幼い頃から・・・以下略)


その長い手紙には父親としての不安と葛藤が13ページに渡り綴られていた。


そんなの僕に相談されても困る、自分で考えろ!・・・と叫びたい気持ちを抑えて無難な返事を書いた、そうして何度も手紙をやりとりしているうちに陛下に気に入られてしまったのだ!。


最近では王妃様への贈り物は何がいいだろうか、今年は北部辺境地域が不作だから来年の税率を下げた方が・・・などといったアンジェちゃんと全く関係の無い事まで相談されるようになった、本当にいい加減にして欲しい!。


ゴンザレス様にも文句を言った、でも陛下は僕からの手紙を楽しみにしているらしい、最近は顔色がよく生き生きとしているから申し訳ないが適当に相手してやって欲しいと言われたから断る訳にもいかない。


「隣国との貿易問題を解決したいって言われても僕にどうしろと!」










いよいよアンジェちゃんの卒業が3日後に迫ってきた、今日は僕の部屋にアンジェちゃんとトリスさんが来ている。


「もう少し偉そうに言えない?」


「あぅ・・・無理」


「偉い王太子様なんだから出来るでしょ、愚民よ平伏せ靴を舐めろ!・・・みたいな」


「・・・無理だよぅ」


「もう一回やってみよう、できるだけ悪人っぽい顔をして見下すように」


「・・・ヌコーニ、お前との婚約を破棄する!、この国の聖女でありゅ・・・あぁぁぁ・・・」


「はいやり直し、本番の時は噛んじゃダメだよー」


「うぅ・・・難しいよぅ」


「ここが一番大事なところなんだから、お城に帰ったらあと20回は練習する事、いいね?」


今僕はアンジェちゃんに婚約破棄の演技指導をしている・・・どうしてこうなった・・・。


昨日アンジェちゃんが卒業パーティの時にはヌコーニ様をエスコートすると言っているのを聞いて僕は驚いた。


「何で?、普通は駄聖女をエスコートして一人寂しくパーティにやって来たヌコーニ様に向かって婚約破棄を宣言するよね」


「え?」


「パーティの場で婚約破棄するんでしょ」


「うん、そのつもり」


「当日の段取りを教えてくれる?」


「2人でパーティに入場して、そこで美味しい料理を食べながらヌコーニさんに・・・」


アンジェちゃんが自信満々で語った計画は穴だらけだった!。


ダメなところを指摘していると次第にアンジェちゃんが涙目になる、仕方ないので僕が脚本を考えて当日の作戦を全部練り直す事になったのだ。


「これで本当に上手くいくと思ったの?」


「うん・・・ぐすっ・・・」









ここは学園内にある晩餐会場だ、今日この場所で卒業記念パーティが開催されている。


高い天井、光り輝く魔導灯、用意された美味しそうな料理、楽器のできる下級生による楽団演奏・・・毎年卒業式を終えた最上級生はここから大人の世界に羽ばたくのだ。


「にゅっ・・・にゅこーに・・・」


いきなり噛んだ!・・・まだ大丈夫だ、王太子殿下が奇声を発しただけ・・・殆どの参加者は気付いていない。


「ぬ・・・ヌコーニ、お前との婚約を破棄する!、この国の聖女であるホリーに対する陰湿ないじめの数々、もはや見過ごす訳にはいかない!」


言えた!、練習した甲斐があったな、セリフを言い切ったアンジェちゃんを見て僕まで嬉しくなった。


パーティ会場内に居る国王陛下や卒業生の親達の注目がアンジェちゃんと駄聖女に集まる。


駄聖女は貧相な胸をアンジェちゃんに押し付けて泣いている・・・ように見えるのだけどあれは演技だ。


たった今婚約破棄を突き付けられたヌコーニ様は無言でアンジェちゃんと向き合っている、国王陛下は無表情だけど・・・あれは笑うのを我慢している顔だ。


僕は予定通りヌコーニ様の背後にそっと歩み寄る。


アンジェちゃんによる長いセリフはまだ続いている、チラチラと断罪内容の書かれた手のひらを見ているから他の人に怪しまれないか心配だ。


昨日は王城内にあるアンジェちゃんのお部屋に押しかけ徹夜で練習したからとても眠い。


「ふわぁぁ・・・」


思わずあくびをしてしまった・・・それに気付いたアンジェちゃんが僕を睨む。


勝利を確信したのか、殿下の話に加わっていた駄聖女も饒舌になった。


「シーア様も酷いですぅ!」


僕を指差して非難する。


「・・・醜い傷物女のくせに!」


勢い余って話題が僕の容姿に関する事にまで及んでしまった。


ピキッ・・・


今まで何を言われても平然としていたヌコーニ様がキレた、高位貴族の令嬢がしていい顔じゃなくなっている。


このままアンジェちゃんがヌコーニ様に婚約破棄を宣言して断罪を終えたら筋書き通り全て丸く収まるのに僕があくびをしてしまったせいで計画が狂い始めたようだ。


「ヌコーニ様、落ちついて・・・」


そう言いかけた僕を残して1歩、また1歩と聖女様に近付くヌコーニ様・・・こうなってしまうと彼女は押さえが効かない。


僕は仕方なく背後から彼女の首に腕を回して・・・。


がしっ!


「・・・っ!」


きゅっ


ガクッ・・・


締め落とした・・・


力が抜けて崩れ落ちそうになるヌコーニ様を僕が後ろから支える、顔を覗き込むと白目を剥いていたから瞼に触れて目を閉じさせた。


他のパーティ参加者目線だと断罪された悲しみのあまり気絶しそうになっている可哀想な令嬢に見える・・・よね。


「とっ・・・とにかくヌコーニよ!、お前は罰として国外追放とする!」


予定外の事態にセリフが飛びかけていたアンジェちゃんが持ち直した、徹夜で頑張って練習した成果だね、この茶番が終わったら頭を撫でてあげよう。


「鎮まれぃ!」


国王陛下が椅子から立ち上がった・・・急遽お願いしたにも関わらず予定通りのタイミングでセリフを言ってくれた、口元を見るとムニムニ動いているからやはり笑うのを我慢しているのだろう。


これで僕の役目は終わりだね、さて、ヌコーニ様をどこかに寝かせて美味しそうな料理を堪能しよう。









混沌とした卒業パーティが終わり学園は10日程の短期休暇に入った、もうすぐ僕が学園に入ってちょうど3年・・・14歳になる。


結局アンジェちゃんは騒動を起こした罰として1年間、王国南部の領地で謹慎する事になった。


公式にはフェリック殿下本人の強い希望により王位継承権を放棄、新しい王太子は第二王子のアポロ殿下になる事が国民に向けて発表された。


実質的な廃嫡扱い・・・でも王族としての籍は辛うじて残されたらしい、国王陛下からは謹慎が終われば下級貴族の爵位をやるから好きにしろ(訳=自由に暮らしていいよ)と言われたようだ。


こうして・・・先日までお喋りしていたアンジェちゃんは僕の前から姿を消した。





「えーと、不祥事を起こしたり、罪を犯して廃嫡になった王族は・・・」


僕は今、王都の図書館で本を読んでいる、アンジェちゃんの処遇が気になったから調べているのだ。


「重罪の場合は処刑、軽い場合でも去勢した上での追放処分・・・うわぁ・・・」


確かに廃嫡になった王族が外で子孫を残すと厄介な事になる、それを防ぐ為に決められているらしい、去勢の方法は僕の前世と違って過激だ。


「物理的な方法として男性の場合はまるっと全部切り落とし、女性は手術による摘出かぁ・・・」


この方法は既に技術が確立されていて安全で傷口も目立たなくなるらしい、他に重い犯罪者に使われる魔法的な方法もあった、下腹部に魔法刻印を施してアレしようとすると全身に激痛が・・・。


「両方ともえげつないなぁ・・・でも正式に廃嫡になった訳じゃないからアンジェちゃんのお宝は無事な可能性が・・・」


僕は本を元あった場所に返却して新聞を手に取る。


「ニードロップ家当主の処刑が執り行われ、後継は遠縁の・・・」


卒業パーティの後、ゴンザレス様の反撃が始まったのだ。


ニードロップ家当主・・・貿易大臣であるフロントチョーク・ニードロップの数々の犯罪が証拠付きで明らかにされた。


貿易大臣の立場を利用した違法薬物の取引、人身売買、武器密輸、脱税、贈収賄、敵国への情報漏洩・・・しかもその罪を政敵であるコヴァーン家に全て被せようとしていた。


この事件が国王陛下によって公表され、コヴァーン家に囁かれていた数々の疑惑が払拭された。


当主フロントチョークは裁判にかけられて有罪、共謀していた妻と後継の子息も捕まり死刑となる予定だ、残る唯一の家族・・・養子のホリー・ニードロップは教会での終身奉仕を命じられた。


駄聖女が拘束された時、自分はニードロップ派閥の下級貴族ホリー・ドロップキックで、ニードロップ家の当主に雇われ王太子を籠絡すれば王妃になれると唆された・・・などと意味不明な供述をしていたらしい。


「新聞によると・・・ドロップキック家の三女であるホリーは2年半前に病死し、家族から死亡届が出ている為、聖女ホリー・ニードロップとは別人と思われる・・・か」


ニードロップ家の後ろ盾が無くなって身柄は教会預かり、性格が悪いので教会関係者には嫌われていると聞いている。


しかも教会に軟禁状態で外には出られず一生タダ働き・・・ちょっと可哀想だけど自業自得だね。







短期休暇が終わり学園に新入生が入ってきた。


「ごきげんよう!、ヌコーニ姉様、シーア姉様」


馬車から降りた僕達に挨拶をしたのはアポロ殿下だ、新品の制服がよく似合っている。


アンジェちゃんとの婚約破棄の後、王家とコヴァーン家・・・両家の話し合いの結果ヌコーニ様とアポロ殿下の婚約が成立、もちろん当事者2人の意思も尊重されている。


アポロ殿下はヌコーニ様にとても懐いていて「姉様」呼びだ、何故か僕もシーア姉様と呼ばれている。


「「ごきげんよう、アポロ殿下」」


殿下とヌコーニ様は手を繋ぎ仲良く学園の廊下を歩く、まだ身長は殿下が頭2つほど小さいけれどすぐに追い越すだろう。


「ふふっ、美形のおねショタは尊いなぁ・・・」


僕は2人の後ろを歩きながら独り言を呟いた。









「シーアお嬢様、お手紙が届いております」


「僕に?・・・ありがとう」


学園が始まって10日ほど経ったある日、僕に手紙が届いた、差出人を見るとアンジェちゃんだ。


「謹慎先の領地に着いたのかな?」


サウスウッドと呼ばれている南部の領地は自然豊かで屋敷のすぐ側に森や湖が広がっているそうだ、ちなみに僕は生まれてから一度も王都から出た事が無い。


大自然に囲まれた生活が羨ましいと手紙に書いて返事を出そう。


国王陛下とは今も変わらず文通が続いていて最近は人生相談っぽい内容になっている、僕はカウンセラーではないのでいい加減にして欲しい。


それから・・・ヌコーニ様とアポロ殿下のお茶会にも毎回呼ばれていてアクセサリーの販売も好調だ、マダムからは増産を頼まれているからしばらくは忙しい日々が続きそうだ。









ざわざわ・・・


わいわい・・・


「さぁ皆さんお食事に行きますわよ!」


お昼になり僕達は食堂に向かっている、現在のヌコーニ様と愉快な仲間達は全部で10人だ。


ヌコーニ様と僕、最後まで残っていた取巻き令嬢5人と婚約破棄事件後に戻ってきた初期取巻き3人組・・・。


その様子を少し離れて眺める女の子達が居る、駄聖女に寝返った令嬢、家の命令で仕方なく距離を置いた娘・・・理由は様々だけど一度失った信用は簡単には戻らないだろう。


「あ・・・ヌコーニ姉様!」


とたとたっ!・・・


先に食堂に来ていたアポロ殿下がヌコーニ様に気付いて駆け寄って来る、まるで子犬みたいで可愛いな・・・殿下の取巻きは3人、どの子もタイプは違うものの美少年揃いだ、少し離れた席からこちらを見ている。


僕達も場の空気を読んで殿下の取巻き3人組の近くに場所を確保した、一緒に2人のイチャイチャを鑑賞しながら食事をするのだ。


ようやく学園生活に平穏な日常が戻って来た・・・。








アンジェちゃんからは定期的に手紙と絵が送られて来るようになった。


僕が大自然に囲まれた景色を見たいと手紙に書いたからだと思う、その絵はとても素人が書いたようには見えなかったし回を重ねる度に上手くなっていった。


僕は毎回凄い上手い素晴らしいと誉めていた、実はお屋敷の近くに年老いた画家が住んでいて、そのお爺さんに直接手解きを受けていたのだとか。


本人は何もない田舎だから練習時間は沢山あるの・・・と言っているけどアンジェちゃんには絵の才能があると思う。





今年の長期休暇を使って僕はアンジェちゃんの居るサウスウッド領へ遊びに行く事にした、もちろん事前に陛下から許可を貰っている。


(息子は殆ど手紙をくれないから心配だ、向こうに行って様子を探って来てくれないか・・・出発前には何かあれば手紙をくれと言ってあったのにあいつときたら・・・以下略・・・話は変わるが昔から息子は雨が降ると体調を崩しやすくて・・・以下略・・・)


などと陛下からは長文の手紙が来た、僕は手紙をそっと閉じて見なかった事にする。


サウスウッド旅行に行く事をヌコーニ様に伝えると私も行きたい連れて行けと言う、でもアポロ殿下とのお茶会やお妃教育があるのでゴンザレス様から却下されて泣いていた。


「旅行は危ないわ!」


自分が行けないと分かったら今度は僕に行くなと言うヌコーニ様・・・。


「僕は強いから大丈夫だよ」


懐から出したヌンチャクを振り回して説得する。


「一人は絶対ダメ!、スタン君が一緒に行きたいって言っているわ!」


急に話を振られて慌てるスタン君・・・、目が泳いでる、一応ヌコーニ様は僕の事を心配してくれているようだ。






・・・という事があって今僕はスタン君と一緒に南行きの魔導列車に乗っている、この国は結構な田舎まで魔導列車の路線が整備されているのだ、もちろん列車の走ってないところの移動は馬車になる。



こととん・・・たたん・・・がたたた・・・


ふぃぃぃぃん・・・


「わぁ・・・いい景色だねー」


「そうですねー」


「・・・」


「・・・」


しゅおぉぉぉぉ・・・


がたたん・・・こととん・・・ととん・・・


ててん・・・とととん・・・


「スタン君、お茶いる?」


「いえ、お気になさらず」


「・・・」


「・・・」


僕は異世界転生して初めて見る知らない街の景色に興奮してスタン君に話し掛けている。


・・・会話が続かなくて気まずいよ!。


そんな事を思っていたのも初日まで、2日目を過ぎる頃にはお互いの気まずさは無くなった、僕は景色を楽ししみつつ本を読み、スタン君は時々僕に話を振る。


昔あの村には仕事で行った、今見えている山の向こうには湖があって・・・そんな説明を聞きながら僕は4泊5日の列車の旅を終えた。


「ここからは馬車で半日かぁ」


「では私は定期運行の馬車を見つけて・・・」


「失礼します、シーア・ユーノスお嬢様でいらっしゃいますか?」


気配も無く執事服の男が僕の背後に立っている、馬車を探して僕から離れようとしていたスタン君は腰の刃物に手を掛けて戻って来た。


「驚かせてしまったようで申し訳ありません、私はサウスウッド家に仕えております執事のセバスチャンと申します」


執事といえばセバスチャン、遂に出て来たかセバスチャン!。


「あ、はい、僕・・・私はシーア・ユーノスです、こちらはスタン・ラリアット君、護衛をしてもらっています」


「馬車を用意しております、こちらへ」


アンジェちゃんが馬車を用意してくれていたようだ。






「わぁい!、シーアちゃんだぁ!」


がしっ!


サウスウッド家のお屋敷に到着すると玄関から飛び出してきたアンジェちゃんに抱き付かれた、少し身長が伸びたようで僕は見上げて会話をする。


「久しぶりだねアンジェちゃん、絵に描いて送ってくれたとおりの景色でびっくりしちゃったよ」


お屋敷の中に案内された僕達は当主様に挨拶をした。


王国の東西南北にある辺境の地は王家の直轄地で最も信頼のおける臣下が治めているそうだ、中でもサウスウッドの当主様は国王陛下の幼馴染で親友、僕の事も陛下から聞いてよく知っていた。


「私のお部屋に案内するね、3階にあって窓から見える景色が綺麗なの」


「元気そうで安心したよ、しばらく見ない間に大人っぽくなってるし!」


普通に喋っているけれど僕の視線はアンジェちゃんの股間に向いている。


今日のアンジェちゃんは白のブラウスにグレーのロングスカート姿、どう見ても女の子だけど僕は彼女?の股間のモノが無事なのか気になって会話が頭に入って来ない。


「ふふっ、元気だよ・・・シーアちゃんも少し背が伸びた?」


そう言って柔らかく微笑むアンジェちゃんを見ていると・・・ナニが無事かなんてどうでも良く・・・は無いけど!、今は聞かないでおく事にしよう。




「お久しぶりです!、トリスさん」


アンジェちゃんのお部屋にはトリスさんが居た、護衛として一緒にサウスウッド領まで来ているのだ。


「シーアちゃん久しぶりー、田舎過ぎて驚いたで・・・」


僕に話しかけたトリスさんの言葉が途中で止まった、どうしたのかと思って顔を見ると・・・耳まで真っ赤だ、視線は僕の後ろに立っているスタン君に向けられている。


トクンッ!


僕は初めて人が恋に落ちた音を聞いた気がする・・・。


トゥンク・・・


再び恋に落ちる音がしたので僕の後ろに立っているスタン君を見ると・・・顔を赤くして物凄く挙動不審だし視線はトリスさんに釘付けだ。


2人の様子がおかしい事にアンジェちゃんも気付いた、僕より年上な事もあって事態を察し2人に席を外すようお願いする、お部屋の外で気が済むまでお話すればいいと思う・・・。


「私トリスさんがあんなになったの初めて見たよ、あの人って奥様居るの?」


人の恋話が大好きなのかアンジェちゃんは目をキラキラさせている。


「スタン君は独身だって言ってたけど・・・」


「それなら私達で2人の恋を応援しようよぉ!」


「えぇ・・・アンジェちゃんちょっと落ち着こうね」


しばらく僕とアンジェちゃんはお部屋で最近の出来事を話したり、王都の様子を伝えたり・・・楽しくお喋りをした後で扉の外をそっと覗くと・・・。


「まだ無言で見つめあってるよ!」





この土地に来て3日経った、僕達はサウスウッド家でとても歓迎されている。


料理は森に出る野生動物や魔物を使っているらしく新鮮でどれも美味しい、川が近くにあるから魚料理もよくテーブルに並んだ。


「料理が美味しいからここに長く居たら太っちゃうね」


僕の言葉を聞いてアンジェちゃんの隣でお肉をモリモリ食べていたトリスさんの手が止まった、このお家では僕達はお客様だ、主人や護衛の区別なく同じテーブルで食事をしている。


フルフル・・・


「アンジェちゃん、私もしかして太った?」


アンジェちゃんに尋ねるトリスさんの声は震えている。


「トリスちゃんは太ってないよ」


お魚を上品にフォークで取り分けながらアンジェちゃんが答える。


「とっ!・・・トリス嬢はぁ!、と・・・とてもお綺麗ですぅ!」


唐突に叫んだのはスタン君、相変わらず挙動不審だ。






「まだ手も繋いだ事が無いってどういう事?」


サウスウッド領で10日間の滞在を終え明日王都に帰るという夜にアンジェちゃんが叫ぶ。


お部屋の中にはアンジェちゃん、僕、トリスさんの3人だ、すっかり親密になっていると思っていたスタン君とトリスさんの恋は全く進展していなかった。


いや、本当にどうしたんだよ・・・3日前にも2人で森に行ってたよね、偶然ワイバーンに襲われたって大きな死体を楽しそうに担いで帰って来たじゃないか・・・。


「・・・私がスタン様の手を握ろうとしたら空から襲い掛かってきてね、邪魔されて腹が立ったから私が剣で串刺しにしたの、それを見たスタン様が首を落としてくれて・・・あれはカッコよかったなぁ」


「トリスさんはスタン君が好きなんでしょ、僕達はもう明日帰っちゃうのに」


「・・・王都に戻ってもお手紙は交換しようって」


「それなら僕とアンジェちゃんの文通に混ぜてやり取りすればいいよ、僕の方はスタン君の手紙を預かって送るからアンジェちゃんはトリスさんの方をお願い」


「うん、わかった」


色々あったけれどこの10日間本当に楽しかった、お屋敷の周りを散歩したり森の入り口まで野鳥を見に行ったり・・・今までよりもっとアンジェちゃんと仲良くなった、もう大親友だ。


絵の師匠にも紹介してもらった、名前はフィンセント・チッチャイコスキー、普段は極彩色の個性的な絵を描く人なのに実は写実的な絵も得意という凄い人だった。


若い頃は幼女の全裸姿を写真のように緻密に描いて捕まった事もあるのだとか。



もう夜も遅くなってきた、田舎な事もあって窓からは星が綺麗に見える・・・サウスウッド領は本当にいい所だった。


「また来たいな」


僕の呟きにアンジェちゃんが反応する。


「私も来年王都に戻るけど、また絶対一緒に来ようね・・・」








更に1年が経ち僕は15歳になった。


アクセサリーで稼いだお金を使って僕は王都の路地裏で小さなお店を開いた、名前は「ヴテック・シーア商会」だ。


主に取り扱うのは庶民向けの衣料品、僕が前世でやっていた「ドラゴンアビス」でも取り扱っていたTシャツやハーフパンツ、それからブーツだ。


黒を基調にした独特のデザインが受けて一部の人達の間で評判になっている。


この世界には無地の服が殆どで、シャツの後ろにイラストが描かれているものは全く見ない、だからその隙間を突いて商品展開したのが成功したのだ。


まだ商会長一人、従業員一人の小さな商会だけどこれから事業を拡大して老後は優雅なスローライフを目指すのだ!。


「商会長、何一人でニヤニヤしてるんっすか?」


僕に声を掛けたのは従業員兼共同経営者のジョーイ・ヴテックさんだ、僕より5つ年上の20歳。


彼は大通りに店を構える衣料品店で働いていたのだけどクビになり、路地裏で酔っ払いに絡まれていた所を偶然通りかかった僕が助けたのだ。


初対面で彼と意気投合した僕は洋服の縫製が得意と聞いて商会の立ち上げを持ち掛けた。


最初は小娘が何を言ってるのか・・・という感じだったのだけど、僕のデザイン案を見て顔色を変えた、僕は貴族令嬢で事業に失敗しても負債は全て僕が負うという条件を出したら2つ返事でパートナーになってくれた。


当初、商会の名前は「ヴテック・ジョーイ商会」にしようと提案したのだけど、自分の名前がそのまま商会名になるのは畏れ多いから僕の名前も入れてくれと強く迫られて「ヴテック・シーア商会」になった。


「このシャツ、特に売れ行きがいいっすよ、もっと作りましょう」


「僕はドラゴンのやつの方が売れると思ってたんだけど・・・そんなに売れてるの?」


「はいっす、子供達にも人気だから小さいサイズのも増やすっすよ」


そう言ってジョーイさんが手に持っているのは黒地に大きく「異世界人」と白い漢字で書かれたTシャツだ、デザインはもちろん僕、試作品をお屋敷で着ていたらヌコーニ様に大笑いされた!。





「こんにちはー、新作を納品に来ましたよー」


僕は裏口から合鍵を使って「ジュワイヨの宝飾店」に入る、まだまだ売れ行きが好調な僕のシルバー・アクセサリーを納品にやって来たのだ。


今日お店はお休みなのだけど、マダムは店に居ると聞いていたので今後の商品展開についても打ち合わせる予定だ、お店が開いているとお客様優先だから落ち着いて話ができない。


がしっ!


いきなり誰かに抱き付かれた!、防衛本能が働き相手の首に腕を回し締め落とす体制に入る。


きゅっ!


「んぐぅ!・・・きゅぅ・・・」


がくっ!


「あら、シーアちゃん・・・って!、きゃぁぁぁっ!、アンジェちゃん大丈夫ぅ?」


「え・・・」


マダムが商談室から出て来て叫んだ、僕の腕の中で絞め落とされ白目を剥いている女の子の顔を確認する・・・去年会った時より更に大人っぽくなった我が親友、アンジェちゃんだ!。


「ぐしゅっ・・・ひっく・・・ぐすっ」


「アンジェちゃんごめん、でも急に後ろから抱きつかれたら誰だって驚いて締め落とすよ?」


「そんな事するのはシーアちゃんだけよ・・・」


マダムが呆れたように僕に言う、隣では目を覚ましたアンジェちゃんが泣いている・・・。


「久しぶりに会えたから驚かせようと思ったの・・・それなのに酷い・・・」


「アンジェちゃんが元気そうで嬉しいよ」


「・・・私、明日からこのお店で働かせてもらう事になったんだぁ」


1年遅れたけれど店員になれたようだ・・・それなら何かお祝いしないと・・・。


「そうなんだ・・・そしたら次のお休みの日には一緒にお買い物に行こう」


「うん・・・楽しみ」






「・・・それでね、これからはトリスさんと2人暮らしなの」


「大変そうだねー」


トリスさんもサウスウッド領から戻っているそうだ。


スタン君との文通はこれまで10回を軽く超えている、僕の手紙と一緒にサウスウッド家に送られたからトリスさんの手元にも届いている筈だ。


スタン君はトリスさんが王都に戻ってきたら結婚を申し込むようだ、僕に婚約指輪を作って欲しいと少し前に依頼されたから銀の合金を使って今の僕に作れる最高のものを格安で仕上げた。


本当なら10倍の値段でも売れただろう、でもスタン君にはお世話になっているし幸せになってもらいたい。










王都に戻ったアンジェちゃんは陛下から貴族街の外れにある築100年以上の古いお屋敷を貰った。


トリスさんに聞いたのだけど・・・お屋敷を見たアンジェちゃんはゴーストが出そうで怖いと一晩中泣いていたそうだ。


一応普段生活するお部屋は頑張って掃除したおかげで住めるようになったのだとか。




「アンジェちゃん遊びに来たよー」


ギィィ・・・


「シーアちゃん・・・」


アンジェちゃんが外れかけた扉から顔を出した、窓ガラスは割れているし聞いていた以上に酷い状態のお屋敷だ。


今日はアンジェちゃんの家に遊びに来たのだ、コヴァーン家から護衛という名目でスタン君も連れて来た、どうやらヌコーニ様はアンジェちゃんが「あの」元王太子だと気付いているようだ。


ゴンザレス様から聞いたのかもしれないし、彼女は変に鋭いところがあるからずっと前にバレていた可能性もある。


今はお昼過ぎ、スタン君とトリスさんにはお庭に出てもらっているから今頃は2人でイチャイチャしているかスタン君が結婚を申し込んでいるかも・・・。


「僕もヌコーニ様も身長の伸びは止まったのにお胸は大きくならないんだよ」


スタン君とトリスさんの話をしているうちに会話の内容が自然と恋愛や結婚になった。


僕に対して将来結婚するのかと聞くアンジェちゃん。


「僕は傷だらけだし身体は女性だけど心は男だから男性と恋愛なんて考えられないなぁ・・・それに胸も小さいから結婚相手だって嫌でしょ」


僕の言葉を聞いてアンジェちゃんの視線が僕の胸に・・・。


前世での僕は貧乳好きだったので望むところではあるのだけど、改めて見られると恥ずかしいな!。


ちなみにヌコーニ様も発育が悪い、寄せて上げても僕より少し大きい程度だ・・・結構気にしているようだから胸の話はしないよう気を付けている・・・。


恋愛の話が出たせいでアンジェちゃんを少し意識してしまった・・・艶やかな黒髪に整った顔立ちの超絶美少女だ!、僕だって年頃の女の子だから性欲くらいある。


初めてお部屋で一人えっちをした時にはアンジェちゃんに押し倒されて無理矢理・・・という妄想をしたら大変な事に・・・実際になってみて分かったのだけど女の子の身体って凄い!。


まだ恋愛感情は芽生えていないけれど僕はアンジェちゃんが大好きだ、2人は生物学的に間違いなく男女だからお付き合いもできるしアンジェちゃんに付いているかいないかは別として結婚もできるだろう・・・。


でも仲のいい友達という今の関係を壊したくない気持ちの方が強いのだ。


「アンジェちゃんも相手が僕なんかだと嫌だろうし・・・」


「え?、何か言った?」


「なんでもないよー」


コンコンッ!


バタン!


「アンジェちゃん聞いて!、わ・・わたわたわたっ!、けっけっこここ!」


お部屋にトリスさんが駆け込んできた、指には僕が作った最高傑作がキラリと光ってる・・・スタン君よく頑張った!。


「トリスさん落ち着いて、ほら深呼吸」


「すー・・・はー・・・」


「それで、どうしたの?」


どうしたのか分かっているのにニヤニヤしながらアンジェちゃんが尋ねる。


「す・・・スタン様から・・・けけけけ・・・」


相当動揺しているようだ。


「もしかして結婚を申し込まれたとか?」


「そう!、それ!」


ぽろぽろっ・・・


「うぅ・・・ぐすっ・・・嬉しいよぉ・・・一目惚れして、かっこいい人だなって・・・ずっと好きだったの」


「そのずっと好きだった人は今どこに居るの?」


「あ・・・中庭に放置してきちゃった!」


「ダメじゃん!」











僕は17歳になり、今日で6年間過ごした学園を卒業する。


本当に色々あった・・・入学した時には元両親から逃げる事で頭が一杯だったのに今は優しい義両親と友人達に恵まれて自分の商会まで持てた。


僕の作るアクセサリーは新作を出せばすぐに売り切れるし、ヴテック・シーア商会の経営も順調だ、お店にアンジェちゃんやチッチャイコスキー師匠の絵を飾っていたらお客様から売ってくれと問い合わせが殺到している。


商会を立ち上げた時に一度、僕の元父親がユーノス家にやって来た事がある、何の価値も無いと思っていた娘が小さいとはいえ王都に商会を開いたのだ、その話は僕の元実家であるオースター家の耳にも入った。


僕に無関心だった元父親がようやく興味を持って調べたのだろう、次期王妃様の親友、貴族や庶民の間で人気のシルバーアクセサリーの製作者、アポロ王太子殿下のお茶飲み友達・・・。


役に立たないと他家に売り払った娘の価値に気付いた元父親がユーノス家に返せと言って押し掛けてきたのだ。


もちろん義両親は断った、更にしつこく食い下がって来たのでコヴァーン家当主・・・ゴンザレス様も交えた「お話し合い」の結果、ようやく諦めたようだ。


学園を卒業したら義両親に親孝行しつつ商会の勢力拡大を本格的に始めるつもりだ、目標は王都のプァルコというお洒落なお店が並んでいる通りに2号店を出す事、あくまでも目標だけど成功する自信はある。


それから・・・去年スタン君とトリスさんは結婚した、もちろん結婚式には僕も呼ばれた。


トリスさんは結婚してもアンジェちゃんの護衛を続けるらしい、休日には王都近くの森に夫婦2人で狩りに行っているそうだ。






卒業式が終わり、次は卒業パーティだ、婚約者の居る生徒はエスコートしたりされたりして会場に入場する、僕は居ないから一人だしヌコーニ様はアポロ殿下と一番最後に入る事になっている。


次々と生徒が入場していくのを見ながら去年の料理は美味しかったとか、上級貴族達に商会の宣伝をしておかないと・・・そんな事を考えている僕の隣で誰かが立ち止まった。


「お嬢さん、ご一緒しても?」


「え・・・」


声を掛けて来た人物を見て僕は固まった。


「あ・・・アンジェちゃん?」


人差し指を口に当てて僕に微笑むのは男装・・・いや、男の姿に戻ったアンジェリカ・ラブレアこと・・・フェリック・アンブレラ第一王子殿下だった!。


「あの日、私の晴れ舞台に協力してくれたお礼だ・・・微力ながら君の晴れ舞台に華を添えよう」


何だよそのキラッキラな笑顔!、こんなの反則だ、女なら全員惚れてしまうだろ!・・・僕は惚れないけどね!。


「・・・思った事が口に出てるよ・・・さぁ、行こうか親友!」


フェリック殿下の差し出した腕に戸惑いつつ、僕は自分の腕をそっと絡めた。




ざわっ!


「きゃぁ!」


「あのお姿は・・・フェリック殿下よ!」


「辺境で謹慎されていると聞いたが!」


「何て事・・・美しさに磨きが掛かってるわぁ!」


僕はフェリック殿下にエスコートされてパーティ会場の中央に進む・・・。


「見られてる・・・みんなに見られてるよ(ぼそっ)」


「あぁ、見られてるね、注目の的だ(ぼそっ)」


「後で覚えてろよ(ひそっ)」


「私は頭の悪いバカ王子だから忘れてるだろうね(ひそっ)」




最後に入場したヌコーニ様達より注目を集めてしまったじゃないか!、戸惑う僕の手にキスをしてアンジェちゃんは陛下のところに行ってしまう。


獲物を狙う野生動物みたいにジリジリと近寄っていた令嬢達は残念そうだ。


陛下を見るとニヤリと悪い笑顔で僕に手を振ってきた、最近はどうにかしてアンジェちゃんと僕をくっ付けられないか企んでいるようだとゴンザレス様が言っていた・・・本当に勘弁して欲しい。


結局アンジェちゃんの股間のアレが無事なのかまだ聞けていない、一度勇気を出して尋ねてみたら微笑んで誤魔化されたのだ!。


それに僕の中ではもうどうでもいい事だ、ついていてもいなくてもアンジェちゃんは僕の親友なのだから。


目の前には美味しそうな料理が並んでいて、向こうではヌコーニ様とアポロ殿下がいちゃついている、学園を卒業しても僕はまだ17歳・・・。


「僕の異世界人生は始まったばかりだ!」









*** ヌコーニさんが婚約を破棄されましたぁ!(完) ***

読んでいただきありがとうございます。


面白いなって思ったら下のお星さまやいいねをポチリと押してもらえると作者が喜びます・・・。


〜リーゼロッテさん〜や、スペースシエルさんの合間に思いつきで短編を書いていたら勢い余って5万文字を超えてしまいました。


シーアさんは好きなキャラなので気が向いたら続編を描きます、あまり期待しないで気長にお待ちください。

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