自己への問ひ掛け
〈海月など海月なんぞと虛子を思ふ 涙次〉
【ⅰ】
さて、前回の續きです。
正直じろさんは焦つてゐた。事を速やかに執り行はないと、「彼女」を取り逃がす事にもなり兼ねない。
自己への問ひ掛け- カンテラにはやり方が分からなかつたので、じろさんに教へられて、テオが設問を考へた。「かう云ふ仕事はやはり小説家先生に頼まないとね」。自分も詩人な癖に・笑。
【ⅱ】
以下、問ひと答へ。
貴方には、自分が守りたい誰かゞゐるのですか
-ゐる。
貴方には、負けられない者がゐるのですか
-ゐる。
貴方には、自分がナーヴァスだと思ふ時がありますか
-ある、かな?
貴方には、或る使命が自分に課されてゐると思ふ瞬間がありますか
-ある。
貴方には、問ひつめられるべき自己と云ふ物が、あると思ひますか
-ある、かも知れない。
貴方には、揮ふべき鉄槌を揮ふのが自分であると云ふ、自覺がありますか
-ある、かもね。
貴方には、こんな茶番、と云ふ仕事があるのですか
-確かにこれは茶番だ。
貴方は、こんな問ひは莫迦げてゐる、早く脱出したい、と云ふ氣概が自分に備はつてゐると思ひますか
-あゝ、あるよ。早くこの茶番を止めてくれ。
これにて設問を終はります。解放されたと云ふ、解放感はありますか
-ないわきやないだろ!
【ⅲ】
カンテラは、最早怒りの相に轉じてゐた。そして、その怒りをぶつけられる對象は「彼女」-司露子しかゐない、と云ふ事も分かつてゐた。「早くしてくれ、じろさん。出立だ!」
と云ふ譯で、カンテラ、スランプを脱出したのだつた。揮ふべき鉄槌は、自分が持つてゐるのだ、さう強く思つたカンテラであつた。
⁂ ⁂ ⁂ ⁂
〈スマホにてスマホの事をやりぬるを天は見てゐるスマホ狂ひと 平手みき〉
【ⅳ】
カンテラとじろさん、再び魔界へ- 司露子は待つてゐた。カンテラは必ずわたしを斬りに來る。だが、霧子さまの事は、奴の心に重いに違ひない。果たしてわたしを斬れるかな? さう思ふと、覺えず不敵な笑みが浮かんでしまふ露子であつた。だが-
カンテラ「やあ、あんたか。會ひたかつたぜ」
「何!?」愕然とした霧子- 何、この余裕は? 昨日の悄然としたカンテラは、何処に行つたのだ? 然しカンテラはすらり拔刀した-「しええええええいつ!!」哀れ露子は、傳・鉄燦を振り下ろしたカンテラの、顔を見上げ、「そ、そんな」-事つてあるの、と迄は云へなかつた。剣の露と消された命であつた。
【ⅴ】
この勝負、タブーなき者、即ち今のカンテラが勝つたのだつた...
魔界は黑ミサもおじやん。「祭壇」の女、誘拐もおじやん。人間界では、杵塚の生命と、貴重な、映画に賭ける情熱も守られた。
そして、カンテラ一味、活氣を取り戻す- やつぱりカンテラ兄貴が、かうでなくつちや。テオ、笑(ひたいが、猫に笑ひはない・笑)ふ。
今日も和やかなカンテラ事務所であつた。
⁂ ⁂ ⁂ ⁂
〈水論もなき世なればぞ諍へる 涙次〉
【ⅵ】
幕間狂言としては上出來だ!! と思ふけど、だうだつたでせうか。え、狂言こないだもやつた? 野暮云はないの・笑。と何故か陽氣な作者でした。テオに釣られたか。それぢやまた、アデュー!!
PS. 金庫を開けて、皆へのボーナスを取り出さうとしたカンテラの手を止めたのは、誰あらう、じろさんだつた。「カネはもつと上手く使ふもんだぜ、カンさん」。お仕舞ひ。