雪の日
あれは付き合ってからずいぶん時間が経った日のことだった。何気ない話をしていたときのことだった。
君は雪が好きだと言った。
僕はそれまで大して雪が好きじゃなかったのに君のせいで雪を好きになってしまった。
だから僕達は約束した。
「初雪の日は何があっても会いましょう」
僕は仕事をしているし、君だって仕事をしていた。きっと会うのは夜になってしまうだろうけど、それでもいいから一緒に初雪が見たかった。
その約束をしてから一ヶ月ほど経った日、初雪が降った。
僕はその日、急ごうとしたばっかりに仕事でミスをした。何とか終わらせ、約束の場所へ向かった。既に待ち合わせの時間は過ぎていた。
君は、いなかった。
僕は君に電話をした。
君は僕を責めた。あたりまえだった。
なのに……
僕はいなかった君を責めた。
どうしてそんなことをしてしまったかはわからない。
どうしても仲直りをすることが出来なかった。
それから僕達はあまり連絡を取らなくなった。僕の仕事も忙しくなり、会えないことも連絡を取らないことも当たり前になっていた。
君のことをもうそんなに思い出すことはなくなった日、初雪が降った。あれからずいぶんと時間が過ぎてしまったのだと感じた。まさか君はいないだろうと思った。
それでも僕はあの場所へと行った。
足早に過ぎる人達を横目に何時間も僕はそこにいた。
君は、来なかった。
当たり前かもしれない。君にはもしかしたら新しい恋人がいるかもしれない。それでもいい。君が幸せなら。
僕も、もう君のことを思い出したりせず、新しい出会いを求めなきゃいけないのかもしれない。
また君のことを考えずに日々は流れていくものだと僕は思っていた。
君のお母さんから電話が来た。
君の葬儀に出て欲しいと。
初雪の次の日のことだった。
一瞬頭の中が真っ白になった。
それからぼんやりと、君が死んだことを理解した。
その日、僕は仕事を早上がりさせてもらい、君の葬式に参列した。
写真に写っている君は最後に僕が会ったときより綺麗になっていた。
そんなところで僕は時間の流れを改めて感じた。
君の死因を聞いたのは、君が死んでからしばらく経った日のことだった。
君のお母さんが、落ち着いたから話をしたいと言ってくれたのだった。
僕と君のお母さんは喫茶店で待ち合わせをし、会った。
あの日、雪で滑ったトラックに轢かれたのだとお母さんは静かに言った。こんな皮肉な話があっていいのだろうかと僕は思った。
それから少し話をして、僕達は帰ることにした。
別れ際に、君の形見として携帯電話を貰った。
君の携帯電話はボロボロだった。これだけ傷だらけになりながらも液晶画面は無事だった。
あれから君に新しい恋人がいたのなら、僕が携帯電話を貰ってもいいものなのかしばらく悩んだ。それから中身を見るにもしばらく抵抗感があった。
けど、僕は気になっていた。
僕と会わなくなった後、君が誰と連絡を取っていたかを知りたかった。
メール画面を開くと、そこには僕の名前。僕からのメールが残っていた。
何かの間違いではないかと思ったが、受信されているメールは僕からのものがほとんどだった。
送信画面を開くと、受信画面と同様、僕宛のメールばかりがあった。
そして、僕は見つけた。
保存されていたメール、宛先は僕だった。
「今年の初雪は、一緒に見ようね。今夜七時にあの場所で会いましょう。今度は絶対帰ったりしないわ。ずっと待ってる」
スクロールをするとしばらく空白、さらに下に進むとこう書いてあった。
「あなたと出会った日も雪だったの。だから私は雪が好きなの。大好き」
僕は気が付くと携帯電話を握り締め、泣いていた。
携帯電話の画面が歪んで見えた。それでも懸命に画面を見つめ続けた。
僕は約束の場所へ一人でいた。
君へ伝えたかったことを伝えたかったから。
言わなかったけど、君が好きだって言うものを僕も好きになりたかった。だから、雪を好きになった。
大好きな君と、君の好きな雪を見たかった。
もっと早く言えばよかった。
ずっと、一緒にいよう。
雪が僕の言葉を君に届けますように。
2006