第七話
【港町マリッセル 宿屋 早朝】
朝日が港町マリッセルを静かに照らし始める中、エドランたちは宿の一室でテーブルを囲んでいた。昨夜の宿屋の女将が用意してくれた軽めの朝食――焼きたてのパンと、魚介のスープ、果実のジャムが並べられているが、食事に集中する者は誰もいない。
エドランが深く息をつき、テーブルに両肘をついた。「俺たちの次の目的地は決まった。聖都セレスティオンだ。」
その言葉に、バーリンが手を止め、眉をひそめる。「やはり、そうじゃったか……。無謀とも言える決断じゃが、目的を果たすには確かに必要な行動じゃろうな。」
「無謀だとわかっていても、やらなければならない。」エドランは真剣な眼差しを向ける。「『天啓』の加護がどれだけ重要なものなのか、それを真教派が何に利用しようとしているのか。敵の懐に潜り込めば、何か掴めるかもしれない。」
「確かに、聖都に潜入すれば情報は得られるだろう。」タルヴァスが低く言った。「だが、それだけ危険な場所だ。奴らの勢力が強い地で目立てば、俺たちの命が危うくなる。」
「だからこそ慎重に動く。」エドランは力強く答える。「そして、それに向けてまずはどのルートを取るかを決める必要がある。」
エドランがテーブルの上に広げた地図を指差しながら話を続ける。
「マリッセルから聖都までの最短ルートは、トレイドラン平原を西へ横断して、新都市グリモーヴァを超える道だ。しかし、グリモーヴァは真教派の街だ。こちらの行動が敵に知られるリスクが高い。」
「ふむ……確かにそれは避けたいのう。」バーリンが頷く。「真教派の街では、どこを歩いても目が光っているじゃろう。下手に踏み込めば袋のネズミじゃ。」
「もう一つのルートは、平原を南下し、交易都市ベルカストを経由する方法だ。」エドランは地図上の南側を指した。「ベルカストは真教派の影響がどこまで及んでいるか未知数だが、交易で賑わっているから出入りの数も多い、俺たちが紛れ込むのも容易だ。その後、さらに南下し、エルフの森ルミナウッドを迂回して南から聖都に向かう。」
タルヴァスが顎に手をやりながら考える。「南のルートは時間がかかるが、他に良い選択肢はなさそうだ。」
エドランが地図を畳みながら結論づけた。「遠回りにはなるが、ベルカスト経由で南ルートを取ろう。」
「ところで、真教派はギルドにスパイを送り込んでいる。」タルヴァスはエドランを見ながら言った。「私たちがこの街を出ることが知られれば、追手がかかる可能性がある。行き先をくらませるための策を考える必要がある。」
バーリンがにやりと笑った。「なら、こうしてはどうじゃ?荷物を二手に分けて運び出し、一方を港に向かわせる。船で別の街へ向かうよう装うのじゃ。」
「それは良い手だ。」タルヴァスが冷静に補足する。「さらに宿の女将に口裏を合わせてもらう。私たちが港に向かったと広めてもらえば、敵はしばらくそちらに注意を向けるだろう。」
「なるほど。時間を稼げる策だな。」エドランは満足げに頷いた。
「では、バーリン、タルヴァス、それぞれ手分けして準備を頼む。俺は女将と話をつけてくる。」
話し合いを終え、一同は立ち上がった。エドランが力強く言葉を発する。
「覚悟してくれ。これからは一歩進むたびに危険が増すだろう。それでも俺たちは進まなければならない。」
「当たり前じゃろ。」バーリンが笑いながら手を叩いた。「この年寄りを甘く見るなよ。まだまだお前らを守る力はある。」
「いつでも動ける。」タルヴァスは短く答えたが、その目には確固たる決意が宿っていた。
こうして、エドラン一行は次の行動に向けて準備を始めた。
聖都セレスティオンへの旅路は、すでに危険な香りを漂わせていた。