第六話
【港町マリッセル 宿屋】
港町マリッセルの夜は、潮風に乗った静かなざわめきが耳に届く。エドラン一行が宿泊する宿屋は、冒険者ギルドからそう遠くない場所にあり、港の見える立地が人気の小奇麗な宿だった。
2階の部屋で、一行は簡素な木のテーブルを囲んでいた。宿の女将が運んできた夕食は、港町自慢の海鮮料理と北国らしい素朴な料理が見事に組み合わされている。テーブルには、大きなウインナーやホクホクの蒸しジャガイモに加え、刻んだキャベツやこんがり焼かれた魚のフィレや濃厚な味噌を使った魚介のスープが並べられていた。
バーリンは目を輝かせながら焼き魚を手に取り、骨の周りを器用にナイフで切り分けると一口頬張った。「ふむ、これはいい!新鮮な魚じゃ!この脂の乗り具合……北国では味わえん贅沢じゃのう。」
「バーリン、話し合いを忘れてないだろうな?」エドランは軽く笑いながら、蒸しジャガイモをスプーンですくった。
「忘れとらんよ。ただ、腹が減っては戦ができんというじゃろ?」バーリンは豪快に笑い、次にスープを一口すすった。「このスープ、魚の旨みがしっかり出ておる。港町はこうでなくてはいかん!」
タルヴァスは控えめにサラダを口に運びながら、静かに部屋の隅を見やった。
「バーリンの食欲で気持ちは和むが……ここも安全とは限らない。スパイがいたギルドの近くだ。周囲には常に気を配るべきだ。」
エドランは頷き、声を落として言った。「そうだな。今夜は慎重に話を進めよう。まず、ギルドマスターが言っていたことを整理する。」
エドランは手元の木製カップを回しながら話を始めた。
「まず、冒険者ギルドも教会も『天啓』について掴んでいる情報はほぼ皆無だ。これは分かった。」
「教会は情報収集を続けている。」タルヴァスが続けた。「奴らが何かを隠している可能性もある。あるいは、我々と同じく本当に手がかりがないのか。」
「問題は、ギルドにスパイが入り込んでいるという事実じゃな。ギルドにも奴らが紛れ込んでおるとなると、どこまで信用していいものか分からんのう。」バーリンはパンをかじりながら言った。
「だが、スパイが潜んでいるからといって今すぐ手を出すわけにもいかん。明確に敵対しているわけではないし、下手に動けばこちらが不利になる。」
エドランは腕を組み、少し考え込んだ。「そうだな。今は静観するしかない。ただ、真教派が『天啓』の加護を狙っているのは間違いない。それが何のためか、どのような力を持つのかを突き止めない限り、対策を講じるのは難しい。」
「じゃが、『天啓』に関する情報が皆無ということは、このまま手をこまねいておるわけにもいかんじゃろう。」バーリンが真剣な表情を見せながら言った。「これからどう動くつもりじゃ?」
「いくつか選択肢がある。」エドランは指を一本立てた。「一つは、このまま各地を渡り歩き、少しづつでも手がかりを得ていく方法だ。新たな情報が手に入る可能性はあるが、時間がかかりすぎる。」
「もう一つは?」タルヴァスが問いかける。
「危険だが、真教派の本拠地である聖都に潜り込むことだ。」エドランは低い声で続けた。「教会の動向を把握しながら、彼らが『天啓』を見つけたという報告があれば、それを追い抜く形で行動する。」
部屋が一瞬静まり返る。バーリンがナイフを置き、重い口調で言った。「聖都か……それは無謀にも思える。だが、情報を得るには確かに効果的じゃろうな。」
「リスクは高い。」タルヴァスが口を開いた。「だが、敵の計画を知るには必要な手段だろう。我々は何も知らずに動いている。この状況を打破するには、彼らの内部を探るしかないのかもしれない。」
「準備が整わないうちに動けば捕まるか、もしくは消されるか。」タルヴァスは窓の外に視線を向けながら言った。「しかし、真教派が先に『天啓』を見つければ、さらに厄介な事態になる。動くなら早い方がいい。」
エドランは腕を組み、深く息をついた。「確かにどちらも一長一短だ。だが、敵を知らなければ手の打ちようもない。まずは情報を集めつつ、聖都に潜り込む準備も視野に入れるべきだろう。」
話し合いを続ける中、バーリンが空になった皿を前に満足げに笑った。「よし、腹も心も満たされた。あとはお前らの決断に従うだけじゃ!」
「さすがにリラックスしすぎじゃないか?」エドランは苦笑したが、その顔には少しだけ疲労の影が見えた。
タルヴァスは立ち上がり、窓際に向かうと低い声で言った。「今夜は私が見張りをする。念のためだ。」
エドランは短く頷いた。「ありがとう。俺も少し眠る前に考えをまとめておく。」
こうして、一行は夜の静寂の中でそれぞれの役割を果たしながら、次なる行動への準備を進めた。