第三十八話
【地下施設内部】
案内された通路は、来た道とは違っていた。
幅は同じ。
灯りの間隔も変わらない。
だが、人の気配が薄い。
作業音が、背後に遠ざかっていく。
「……まだ、奥がある様じゃな」
バーリンが言う。
「ええ」
男は、歩みを止めずに答えた。
「ですが、あなたが入る区画は、
ここまでです」
「入る?」
「はい」
その言い方が、引っかかった。
通路の先に、簡素な扉があった。
鍵も、封印もない。
男が扉を開く。
中は、何もない部屋だった。
椅子が一つ。
水差しが一つ。
記録板すら置かれていない。
「……ここで、何をする」
バーリンが問う。
「確認です」
「何の?」
男は、少し考えるそぶりを見せた。
「観測が、終了したかどうかの」
バーリンは、黙った。
「あなたは、
ここでこれ以上行う作業がありません」
「拘束も、尋問も、ない様じゃが」
「必要ありません」
「……わしは、
ここを見て回った」
「はい」
「感じたこともある」
「承知しています」
「それでも、出すのか」
男は、頷いた。
「はい」
「理由は?」
「役割が、終わりましたので」
その言葉は、
あまりにも平然としていた。
「わしの、役割じゃと?」
「そうです」
「何をした?」
「見て、理解しました」
バーリンは、思わず笑った。
「随分と、安い役割じゃの」
男は、否定しなかった。
「必要な分だけで、十分です」
沈黙が落ちる。
地下の空気は、変わらない。
だが、バーリンの中でだけ、
何かが噛み合い始めていた。
「……最初から、
わしを捕らえる気はなかったな」
「はい」
「殺す気も」
「ありません」
「逃がすつもりでも、ない」
男は、少しだけ首を傾げた。
「逃がす、という表現は適切ではありません」
「では、何じゃ」
「戻っていただきます」
その言葉で、
ようやく輪郭が定まった。
――ここは、檻ではない。
――通過点だ。
「わしが、
ここで見たことを話したらどうなる」
「止めません」
「信じられたら?」
「必要に応じて、対応されるでしょう」
「信じられなければ?」
「何も起きません」
男の声は、変わらない。
「……ずいぶんと、
都合が良い」
「はい」
あっさりと、認めた。
「必要な範囲で、
整っていますから」
扉の向こうに、
微かな外気の流れを感じた。
地上へ続く、緩やかな上り坂。
「……わしは、
敵ではなかったのか」
バーリンが、ぽつりと問う。
男は、答えなかった。
否定もしない。
肯定もしない。
「ただ――」
男は、最後にこう付け加えた。
「あなたは、
観測対象として、
非常に有用でした」
バーリンは、足を止めた。
老いたドワーフは、
その言葉を胸の中で反芻する。
有用。
敵でも、味方でもなく。
「……何が起こっとるんじゃ」
誰に向けた言葉でもなかった。
男は、深く一礼した。
「お気をつけて」
それは、
礼儀としても、
忠告としても、
どちらとも取れる言葉だった。
バーリンは、何も言わず、
通路を進んだ。
背後で、扉が閉まる音はしない。
振り返れば、
そこにはもう、
施設も、人も、見えなかった。
ただ、
**最初から出口として用意されていた道**
だけが、
静かに地上へと続いていた。




