表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北国物語(仮題)  作者: GP
第一章
38/41

第三十七話

【地下施設内部】


案内された区画は、

先ほどの作業場よりも一段、静かだった。


音がないわけではない。

だが、音が揃っている。


布を畳む音。

水を汲む音。

紙をめくる音。


どれも、必要な分だけ、必要な間隔で響く。


「……ここは、何の区画じゃ」


バーリンが問う。


「調整の場です」


男は、そう答えた。


「治療とは、違う様じゃが」


「ええ。治療は、すでに終えています」


通路の左右には、

半開きの扉がいくつも並んでいる。


中を覗くと、

人がいる。


横になっている者。

椅子に座り、目を閉じている者。

静かに、帳面に文字を書いている者。


誰一人、拘束されていない。


「眠っとるのか?」


「起きています」


「考え事でも?」


男は、少し首を傾げた。


「整理、でしょうか」


バーリンは、その言葉を反芻した。


「……何を整理しとる」


「これまでの行動と、今後の役割を」


「役割、のう」


一つの部屋から、人が出てきた。


若い男だ。

体格は普通。

兵に見えるほど鍛えられてはいない。


顔色は良く、

目に怯えも興奮もない。


「終わりましたか」


管理の者が声をかける。


「はい」


若者は、即座に答えた。


「今後は?」


「必要な場所へ向かいます」


「迷いは?」


若者は、一瞬だけ考えた。


だが、それは“悩み”ではなかった。


「ありません」


それだけ言って、

若者は通路の奥へと歩いていった。


歩き方は、普通だ。

急ぎもせず、遅れもせず。


だが、立ち止まらない。


バーリンは、その背中を見送りながら、

低く呟いた。


「……あやつ、

 ここに来る前は、何者じゃった」


「記録によれば、商人です」


「家族は?」


「います」


「それでも、ああして行くのか」


「必要ですから」


男の返答は、変わらない。


「どこへ?」


「今のところ、

 支援が必要な区域へ」


「危険は?」


「想定されています」


「命の危険じゃ」


「はい」


バーリンは、足を止めた。


「……それを、

 あやつ自身は分かっとるのか」


男は、静かに頷いた。


「理解しています」


「それで、迷わん?」


「迷いは、判断を遅らせますから」


その言葉に、

バーリンの胸が、わずかに軋んだ。


「戦場でも、同じことを言う連中がおった」


男は、初めてバーリンを見る。


「戦場、ですか」


「ああ。

 命令を待たず、

 合図もなく、

 決められた場所に立つ連中じゃ」


男は、否定しなかった。


「効率的ですね」


「……効率、か」


バーリンは、拳を握り、また開いた。


「効率のために、

 人は、どこまで削ってよい」


男は、即答しなかった。


だがそれは、

考えている沈黙ではない。


「削ってはいません」


「では、何をしとる」


「整えています」


その言葉が、

地下の空気に、静かに沈んだ。


バーリンは、理解した。


ここでは――

人は壊されていない。


選ばせることを、

やめさせられているだけだ。


「……なんたることじゃ」


思わず、口をついて出た。


男は、困惑した様子で首を傾げた。


「どうかしましたか?」


バーリンは、周囲を見渡す。


「ここには、

 敵も、怒りも、憎しみもない」


それなのに。


「それなのに、

 人が、

 “使われる形”だけが、

 先に決まっとる」


男は、静かに答えた。


「それが、

 最も多くを救う方法です」


バーリンは、否定しなかった。


ただ、

**“ここにいる者たちの顔が、

 二度と迷わない顔になっている”**

その事実だけを、胸に刻んだ。


そして確信する。


――これは、兵を作る場所ではない。

――だが、

――戦争が始まれば、

――真っ先に“兵士として使える”人間を生み出す場所だ。


それが、

誰の命令でもなく、

誰の悪意でもなく、

ただ仕組みとして存在している。


その完成度の高さが、

老兵の背に、

じわりと冷たい汗を滲ませていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ